INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

サイバラのワクチン論、掲載元がSNSの反響に「後追い」


サイバラりえぞうの話す内容もさることながら


もともとは、自分の紙面で発表された作品に載っていた話題。
しかし、それがジャーナリスティックな意味があることに、世間、読者のほうが先に気づいた。
そして、その反響を見て、同紙は「後追い」することに決めた。

いま、「まとめ」やSNSの反響を見て『後追い』することは、むしろジャーナリズムに必要な資質なのだろう、と思う。SNSの後追いをするからカッコイイ、そう価値観を転換してもいいのではないか。
…という話を、少し前に書きました

m-dojo.hatenadiary.com
……現在、「togetterまとめ」や「はてブ」、見ていないけどたぶんnaverまとめやモーメントなども、普通の人が補足するには手に余る、無数のツイートやブログ記事の中から、ピックアップして話題にする能力がある。
しかし、たとえばtogetterやまとめは、その構造上、どれだけ話題になっても議論を呼んでも、人々に注目されるものになったとしても、なにしろごく短文のツイートやコメントが並んだだけのものであるから、「このまとめが『報じた』」、「報じたのはココだ」とは、言いづらい。構造的に。



その結果、どうなるかというと、こういう「まとめ」を見て、「ふーん、今はこういう話題があるのか。ではそのことを書いて、ついでに当事者や識者に取材してコメントも求めよう」と、メディアの中でいち早く、『まとめ』や『はてブ』で話題を呼んでいることをキャッチして、それを自分で「記事」にしたメディアが、結果的にスクープというか元祖というか、そういう地位に収まるのだ。
(略)
別にどうこう、とそれを批判する話ではない。
「まとめ」(はてブ)は何かに注目を集める、議論を喚起する力もあるし、その実例もあるが、あくまで「まとめ」に過ぎない。
それを、どこかの「メディア」が見て、へえ、今これが話題なんだな。じゃあ、〇〇が話題、という記事を書いて、当事者にコメントももとめよう」とやって記事にする。

これは、相互補完の関係にある意味ではあるんだ。だから今後も、
どんどんtogetterの「注目まとめ」でも「今週の人気まとめ」でも「はてなブックマーク」でも参照して、それを独自に「記事」にチェンジしていくメディアは必要だと思います。(後略)

朝日新聞、社説で「旗」を語る(2020年1月11日付)

昨日読んだ。ちなみに、どこか別の記事でローマ法王の「法王」の由来が載ってたな(記憶メモ)オランダ風説書かなんかだそうだ
さて本題、そして記録

www.asahi.com


(社説)東京五輪の年に 旗を振る、って何だろう

 あなたはこれまで旗を振ったことがあるだろうか。

 運動会の応援やスポーツ観戦、あるいはイベントやデモに参加したとき……。

 いったい旗とは何か。米国では、星条旗をこう表現するそうだ。「あなたの信じるすべてのものになりうるだろう」

 今年は東京五輪が開かれる年である。多くの人が多くの旗を掲げる機会がありそうだ。メダルを胸に旗を誇らしげに見上げる人もいるに違いない。

 そんな年の始まりに、少しだけ考えてみたい。そもそも人はなぜ、旗を手にするのか。

     *

 人類に代わって「猿」が支配する世界を描いたSF映画「続・猿の惑星」(1970年)には、2種類の旗が登場する。

 ゴリラの兵たちが行軍で掲げるピンクと黒の旗と、平和デモをするチンパンジーたちが手にしていた白い旗だ。

 ゴリラの将軍は叫ぶ。

 「我々軍人の聖なる義務は武力でかの地を占領し、我々の旗を掲げることだ」

 もちろん現実には「猿」や動物が旗を掲げるようなことはない。それは人間だけの特別な行為なのだから。

 人はいつから旗を使い始めたのか。諸説あるようだが、紀元前11世紀ごろの中国、周の時代が始まりとも言われる。最古とされる旗は白色で、やはり軍を動かす際に使われたらしい。

 起源がどうあれ、旗は集団のシンボルとされてきた。

 近年では、宗主国の権威の象徴として植民地支配に利用され、それに対抗する動きにも使われた。モザンビークの国旗には自動小銃カラシニコフが描かれている。独立闘争をたたえ、「あらゆる手段で国を守る」との決意の表れだという。

 集団の歴史が込められた旗は団結のパワーとなり、その掲揚が巨大な興奮を与えてきた。

     *

 一方で、見る人が代われば、それは激しい憎悪の対象にもなりうる。例えば2001年の米同時多発テロの直後、自由の象徴として米国各地にあふれた星条旗。その同じ旗が、米軍の攻撃で多くの市民が死傷したアフガニスタンなどでは暴力と理不尽さのシンボルとされた。

 特定の集団への憎しみが高まれば、旗は集団の代わりに辱められ、燃やされる。

 米国では1980年代、星条旗を焼いた男性が逮捕されたが、最高裁で無罪になった。判決は、この男性の行動も、憲法が定める「言論の自由」にあたるとした。

 「私は自由を大切に思う。旗を燃やす自由でさえ、その権利を誇りに思う」。いまは亡き米歌手のジョニー・キャッシュは、ヒット曲「みすぼらしい星条旗」を歌う際、そう観客に語りかけたそうだ。

 「日の丸」に対しても、複雑な感情を抱く人々がいる。

 戦後75年が過ぎても、そうした人々から見れば、日の丸を掲げる行為そのものが、侵略戦争の暗い記憶を呼び起こすものにほかならない。

 東京五輪で旭日(きょくじつ)旗を振るのを禁止すべきだ――。最近、韓国の人々からは、そんな声も伝えられる。旭日旗は旧日本陸海軍の旗であり、いまも海上自衛隊自衛艦旗である。

 日本政府は「(旭日旗が)政治的主張だとか軍国主義の象徴だという指摘は全く当たらない」と反発している。

 そう簡単に言い切れるものだろうか。

 昨年のラグビーW杯の観客席でも一部で旭日旗が振られた。わざわざ国際競技の場に持ち込む人の目的は何だろう。快く思わない人たちがいることがわかっている旗を意図的に振る行為に、「政治的主張」はないといえるのだろうか。

 旗がまとう背景や、使う人の意図によって旗は色々な意味を映す。受け止める人次第で見え方が正反対になることもある。

     *

 ニューヨークの国連本部に行くと、ずらりと並んだ国旗の列に圧倒される。地球上には何と多くの国家があるのかということを旗の存在が教えてくれる。

 国だけではない。多様な枠組みでの組織や集団、もっと言えば、様々な主張や考え方も旗は代表している。

 例えばレインボーフラッグに込められた意味は、平和や愛、性的少数者の権利保護など。英諜報(ちょうほう)機関MI6は近年、この旗を本部に掲げた。あらゆる人材を歓迎するとのメッセージと受け止められたそうだ。

 五輪で旗を掲揚するのも、分断や対立をあおる目的ではないはずだ。東京五輪での行動計画には「共生社会の実現をめざす」とある。国別対抗が注目されがちな五輪だが、他者を認める機会としても意識したい。

 なぜ、旗を掲げるのか。五輪を前に一人ひとりが立ち止まり、自由に考えてみるのはどうだろう。歴史を学ぶ、他者を尊重する、平和の尊さを発信する。旗の数だけ、それぞれの思いがあっていい。


結語の「旗の数だけ、それぞれの思いがあっていい」はその通りで、賛同である。要は基本、妨げられるものではなく、妨げるとしたらそちらこそが例外中の例外なのだろう。

f:id:gryphon:20200112072630j:plain
翻る朝日新聞社の社旗(あるスポーツのパブリックビューイング


社説リンク先にはブクマが結構ついている
b.hatena.ne.jp

いまぼくもつけた

(社説)東京五輪の年に 旗を振る、って何だろう:朝日新聞デジタル

でも、同社の立場に立つと難かしいですよ。まず既出だが同社旗も旭日だし(≠軍旗だが、類似意匠まとめて批判されてる(笑))、実際に歴史上も戦前戦中「汚れた歴史」があるし…それぞれの思い、云々は「投了」。

2020/01/12 08:52
b.hatena.ne.jp




ironna.jp

後日、こんな特派員コラムが

digital.asahi.com

 「入り口に、御社の看板が掛かる日本式居酒屋があるんですよ」。日本メディアの先輩特派員から気になる話を聞き、新年会を兼ねて韓国の知人と訪ねた。……「営業中」と日本語の札が掛かる引き戸の脇に「朝日新聞」と記されたホーローの看板が…日本国内の新聞販売所に掛かっていた本物のよう……時々、怒って帰る客もいると聞いた。看板に描かれた社旗が、韓国で軍国主義の象徴と批判される旭日(きょくじつ)旗とデザインが似ているからだ。「マイナスもありますが、うちのお店になくてはならない小道具なので、撤去は考えていません」…

ゴールデン・グローブ賞、長々とした社会問題スピーチに業を煮やした司会者の発言がすごい(ヒドイ)


もちろん、反語というか、そういうスピーチを大前提とした上でギャグにしてる気配もあるし、そもそもあまりに痛烈すぎて反語であってほしいぐらいだが、
どちらにせよ記録はしておこう。

と、こちらに全文あり
www.elle.com





news.yahoo.co.jp

上原正三脚本「怪獣使いと少年」、円谷プロが追悼無料配信

galaxy.m-78.jp

f:id:gryphon:20200111075003j:plain
円谷プロ上原正三氏追悼で「怪獣使いと少年」無料配信


怪獣使いと少年」に関しては過去にこういう記事を書いて、実はいまアクセスが多いんだけど
m-dojo.hatenadiary.com

読んでもらえればわかる通り、この時は新しい情報をほぼ発掘できなかった。
この機会に、あの作品に登場された子役さんは、今もご健在だろうか?誰かインタビューして、いろいろ聞いてみる気は無いか?と、もっと取材力があるであろう一般メディアにバトンを渡しておきたい。

ちな
togetter.com


togetter.com

によれば、「怪獣使いと少年」は、氏本人も、なんというか一種の”変化球”で、自分の得意とする直球をズバッと投げ込んだものではない、という意識もあったり、また脚本的には怪獣とドラマの間の関係性にとってつけたところもある(似ているのは映画版パトレイバー2で「面白い話なんだけど、レイバー出てくる必要ない話なんだよね…」というやるかも)とか、まあそのへんの話も言われている。それでも、挙げるとなればこの一本になって……あるなあ、本人的には異色作のものが一番知られている、って人は。

ま、それはともかく、怪獣使いと少年といえば「メビウス」に続篇があった、という話も紹介してたっけこのブログでは。
m-dojo.hatenadiary.com
m-dojo.hatenadiary.com

怪獣使いの遺産

怪獣使いの遺産

  • メディア: Prime Video


あとこんな話が

……例えば『ウルトラマンA(72年)』『怪獣対超獣対宇宙人』で出てくる怪獣は、脚本上ではシーゴラスの指定があったのですが、脚本が怪獣倉庫の在庫を踏まえていなかったためシーゴラスは残っておらず、仕方なく「そこにとりあえずあった」からという理由だけでムルチ(着ぐるみは『怪獣使いと少年』で使用されたそのものが、多少劣化したまま保存されてたものを、スプレーで塗装し直して撮影に使用)を差出し・・・
(略)
・・・あの話で(脚本・市川森一上原正三)「殺された怪獣がムルチであったこと」を軸にして、深読みし過ぎる論を展開すると頓珍漢な姿を晒してしまいます。同じような例で言えば

m-dojo.hatenadiary.com

元はネット配信だった「ケンガンアシュラ」がBS、地上波で見られるみたい

たしか最初に
「へーケンガンアシュラってアニメになるのか…あれ?ネトフリ(アマプラだっけ?)の配信か、じゃあみられないな」
と思ったはず。


実は原作も、そんなに自分と肌合いが合う訳じゃないのと、マンガワンだったか?まだネット(スマホ限定)で連載漫画を読むのに慣れてなくて、途中でやめちゃったんだよね。
でも柔術の専門家のかたが、この寝技描写がすごいと紹介してくれたんだっけ。たしかにすげえ

m-dojo.hatenadiary.com


自分は今後見るかどうかわからんけど、そういう格闘技アニメが、地上波・BSで見られるようになるってことでお伝えしておきます。

「ゴーンが入っています」


f:id:gryphon:20200111025039j:plain
「ゴーンが入っています」あすたるさん@liliel 作成https://twitter.com/liliel/status/1215109345811152903



注意書きもおいとくね

サブカルの魅力が独裁体制の壁を越える…「チャック・ノリスvs共産主義」というドキュメンタリーが面白そう


www.netflix.com








これに似た話、別の事例もいろいろある。

大砲とスタンプ コミック 1-8巻セット

大砲とスタンプ コミック 1-8巻セット

  • 作者:
  • 発売日: 2018/12/21
  • メディア: コミック


最近、見たかったんだけど見られなかった映画に、東ドイツブレイクダンスを扱った、実話をもとにした作品があって…
www.youtube.com
面白いのは当局が睨み始めて
「なんだ”壊れた”ダンスとは!」
「いえ、反資本主義の団結を踊りで表現しているんです」
「ふむ…このダンスを社会主義化するぞ!」
という当局の勘違いを上手く利用した頓智のシーンだ(予告編を参照のこと)

フランクとアレックスは、元オリンピック代表の女性体操選手マティナや同じくブレイクダンスの魅力に取り憑かれたミヒェルと出会い、一緒に路上でダンスを踊るようになる。


ああ、公式サイトがまだあるよ。そこのあらすじね

www.break-beaters.jp


そんなとき、マインハルト委員長率いる「娯楽芸術委員会」は彼らが路上でダンスをしていることを知り、アメリカ生まれの非社会主義的なブレイクダンスを禁止しようと動き出す。ある日他のダンスグループとダンス・バトルをしていたフランクたち4人は、国家警察に逮捕されてしまう。警察とシュタージ(国家保安省)の取り調べに対し、「ブレイクダンスはもともとアメリカの貧しい人々や虐げられた人々の反抗の運動から生まれ、反資本主義の思想を持っているのだ」と説得したフランクの機転が功を奏し、ダンサーたちはほどなく釈放される。しかし、フランクの父は息子の反社会的なブレイクダンスに猛反対。親子の間には言い争いが耐えないようになってしまう。

さらに勢いを増すブレイクダンスに対して、 「娯楽芸術委員会」が打ち出したのは、"ブレイクダンス社会主義化する"ということだった。

news.nicovideo.jp
昨年4月に10年ぶりに開催された南北首脳会談。その関連イベントとして北朝鮮の首都・平壌では韓国の芸能人らによる公演が行われ、金正恩党委員長と李雪主(リ・ソルチュ)夫人も鑑賞した。

それから7ヶ月経って、その様子を収めたDVDが北朝鮮各地の市場で出回るようになったが、当局はこれに対する取り締まりを行った。両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によれば、道保衛部(秘密警察)は、このDVDを特別取り締まり品に指定し、摘発に乗り出した。昨年初頭から行っている「非社会主義現象」、つまり風紀や思想の乱れの取り締まりの延長線上でのことと思われる。

北朝鮮当局は、死刑や拷問など極端な手段を動員して取り締まるほど韓流コンテンツを嫌悪してきた。

…北見は日本のジャズバンドをソ連におくる、という計画を引受け、モスクワに発った。彼の交渉相手は、ソ連の対外文化交流委員とか、日本大使館員白瀬などで、彼はこの仕事の裏に政治的なにおいを感じた。北見はジャズを必要とするソ連の民衆とじかに接したく、モスクワの街を歩いた。たまたま知り合ったトランペットを吹く少年ミーシャに連れられ、北見は「赤い鳥」に…


戦前日本や戦争直後の日本も当事者であるわけで、映画や音楽を通して堕落した軽佻浮薄な西洋文明、を必死に追い求め、受容した日本のモダニストもいたわけだ。
筒井康隆山田風太郎手塚治虫矢野徹や…

笑の大学 舞台版

笑の大学 舞台版

  • 出版社/メーカー: パルコ
  • メディア: DVD
「笑の大学」の創り方

「笑の大学」の創り方

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: ぴあ
  • 発売日: 2004/10
  • メディア: 単行本


だいたい、どこもサブカルチャーに関しては「健全で正しい文化をどこかが決めて統制するところ」は「猥雑で自由で無統制」なところに押しまくられている。
そこだけは解禁して体制の根本を守る路線にした鄧小平以降の中国体制は賢明だったが、金王朝はそこからは学べそうもない。



ここで言っておくけど、ポリコレもそうなると思うよ。ポリコレ”先進国”の若者たちが、腐敗堕落したポリコレ”後進国”の、それゆえに生み出されたエンタメに憧れる、というね。
そしていつか”宇崎ちゃんは遊びたいvsポリティカルコレクト”というドキュメンタリー映画が作られたり、とか(笑)
てか、暴力描写のすごいマカロニウエスタン映画の人気なんかはそういう面もあったし、昨今の韓国映画も暴力表現のすさまじさがよく話題に上る。
日本の漫画アニメの人気にも「永井豪らが力業で切り開いた、過激ともいえる表現が斬新だった」とは夏目房之介氏も語るところだ。
m-dojo.hatenadiary.com

m-dojo.hatenadiary.com
永井豪はイタリア、フランス、スペインの3カ国では神様のような存在だ… (略)
永井豪は当時の欧米では「スーパーロボット」の神様として崇められていたが実は「デビルマン」をはじめとするダークな作品…を、ほとんどの人が知らなかった……一点だけにはあえて触れないようにした。それは先生のエロ作品の存在である。
ロボットアニメであれだけカトリック団体から叩かれていた原作者が「けっこう仮面」のような作品も描いているという情報がヨーロッパ各国で拡散したら、彼の全作品が放送禁止になる危険性さえあった。

はなしを戻すと、この種の「規制や社会の目をかいくぐりながら”不健全”とされた文化を愛し、育てようとする人間の群像劇」って個人的にも好きなジャンルなんですけどね。
これもいつか、一覧化していきたいもの。


新装版 手鎖心中 (文春文庫)

新装版 手鎖心中 (文春文庫)



少年の名はジルベール (小学館文庫)

少年の名はジルベール (小学館文庫)

www.dailyshincho.jp
……その当時、少女マンガにセックス描写を載せる(しかも男同士の)なんて大変なことだった。それを諦めなかった竹宮。だから読者も作家の熱意と覚悟をしっかり受けとめて読み、大ブレイクに至ったのだろう。竹宮の元には中高生の読者からの手紙が連日のように届く。「この作品に救われました」という言葉が深く印象に残っているという。

 寺山修司が「これからのコミックは『風と木の詩』以前、以後という呼び方で変わっていく」(「万才! ジルベール」)と絶賛したとおり、この作品にショックを受けのめり込んだ世代が、その後のBLというジャンルを作っていった。