INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「バーナード嬢曰く。」アマゾンで全巻ポイント50%還元。(残り3日)

えーと、ちょっとAmazonポイントとかの関連がよくわからん
本当に半額還元のところに飛んでいるのか、終了してないかは慎重に確認してね。


はてなの、Amazonとの連携がちょっと不十分なのよ!)


「周りの人を『買収』するなら、こんなふうに」…イスラエル元大物諜報員のノウハウがヤバい(ハヤカワ文庫)

この前の「ルポ トランプ王国2」から、有能な新聞記者が、バーで取材相手を見つけるまでのノウハウを抜き出して紹介した記事は、当ブログの中でも有数のアクセスとブックマークをいただくことになりました。ほとんど、原著の力によるものなんだけどね(笑)。
m-dojo.hatenadiary.com


しかしそれでも、こういう話題に興味を持つ人が意外なほど多いんだな、と感心した…ので、せっかくだから(その部分だけの)類書を紹介したい。

元記事でも

「本質的に共通してるから当たり前なんだけど、ジャーナリストでなく凄腕のスパイ、諜報員もおそらく同じようなスキルを身につけてる。ついでに言うと遺憾ながら、凄腕のカルト勧誘員もこういうスキルを身につけてそうである(笑)」

と書いた…まあ、当たり前というか平凡な連想ですけどね



実は、こういう連想をしたのは具体的な例がある。

早川書房から昭和57年に文庫版が発売された、実在の諜報員が書いた「スパイのためのハンドブック」という本がある。


見る限り紙版しかないらしいが、ただ「新品」があるからいまも発行されているな!!それだけで超人気作品の証明だ。ただ、電子書籍も出すべきだよな……


著者はウォルフガング・ロッツ。
またの名を…『カイロに置かれた、テルアビブの眼』。

ja.wikipedia.org


名前に聞き覚えがあるなあという人は、
ひょっとしたらこちらもかのレジェンド作家の、単行本に載ったインタビュー記事を読んだのかもしれない(笑)



それじゃ逆に胡散臭いじゃないか、というもっともな疑念を抱かれるかもだが(笑)、そうではなく彼の実績は確かなものだ。
というのは最後の最後には彼は正体を暴かれて、敵国エジプトで(見世物的な意味もある)大々的な裁判を起こされ、終身刑に処されたからだ。
その後、第三次中東戦争イスラエルが得たエジプト人捕虜5000人と交換する形で釈放された。
ということで、多大な諜報活動に貢献した実績が保証され、しかし既に面や経歴は割れているからこれ以上諜報の現場に戻ることは不可能。そういう点で、或る種、使い勝手の良い「競馬を PRするための、引退後の競走馬」 的な扱いをされていたため、落合信彦および週刊プレイボーイの「取材」に、上手く対応できるちょうどいい素材だった…と思しい。


別に落合信彦と本当に親友でイスラエルから深夜に電話で、「 AAA」 の機密情報を教えてくれるという人ではないのだ(笑)


まあ、そんな実績のあるスパイだが、引退後の身過ぎ世過ぎのために、スパイ時代の回想録、 そしてこの「スパイのためのハンドブック」を書いた。


何も諜報員時代のリアルな体験談に加え、その諜報員時代に、機密情報を持つ多くの上流階級、高級軍人などをひきつけた軽妙なユーモアがいかんなく発揮された面白い読み物となっている。


ただ、「スパイのためのハンドブック」というだけあって、「じゃあ実際に〇〇ができるかやってみよう!」的な記述があり


・相手に気づかれず上手く尾行し、個人情報を収集するコツ

・連絡係とさりげなく接触し、情報を交換するコツ

・「偽の経歴」を造りそれを気づかれないようにするコツ

・相手に追及された時に嘘と真実を少しずつちりばめ、最低限のダメージでクリアするコツ



などが列挙されている。

ただ基本的に、法に触れるようなことはないわけだけれど、
このハンドブックでかなり具体的に書かれているように、誰か特定の人を疑念を掻き立てることなく尾行し、名前や経歴や趣味を調べる……というのは、かなりヤバいと言えばヤバイ話でありましょう。

しかし一方で、それを推理ゲームのように楽しむ、そんな層もいたりする…
news.tv-asahi.co.jp



そういう危うさもある本だが、
ここで本題。
この本には「どういう風にすれば、人は買収しやすいか」を論じる1章があり、そこでは、例として「ちょっといいホテルに5、6泊する間に、ホテルの従業員を買収する方法」について語っている。


もともと、彼の情報収集活動は、「結構な大金持ち、上流階級の社交好き」という偽経歴のもとに、カネや贅沢品をばらまいてエジプトの上流階級とコネを作り、そこから情報を引き出すというスタイルだから買収についてはお手のもの。

「賄賂の効かない官僚とか公務員にまだお目にかかったことはない」
「どんな男もその人なりの値段がある」
「私は面白半分に賄賂を使ったのではない」
「こういう話は任せてもらいたい。私は場数を踏んでいる」

…といった言葉が列挙され、ほとんど「わいろ職人の朝は早い」的な職人的自信を見せている。

そこで、「カイロに置かれたテルアビブの眼」ことウォルフガング。ロッツが「ホテルの従業員来週はこういう風にやる。君達もやってみよう」と語りかける手段は以下の通り。
これは「仮想演習」だという。



以下の仮想演習に

1 ホテルに五、六日の予定で宿泊する。ボーイはあなたの荷物を部屋に運び、あなたは彼にチップをたっぷりはずむ。やりすぎてはいけないが、彼が上客から期待する額の倍くらいをあたえ、親しくなりたい様子は見せるがなれなれしくはさせない。彼が退出してから、部屋係のメイドに電話し、ベッドを整えさせたり、その他のこまごました用事をさせる。ここで、また多めのチップを渡す。



2 しばらくして、バーに行き、一、二杯飲む。バーテンは喜んであなたと会話をするものだ。話は雑談程度にとどめおき、自身についてはあまり語らず、かなり金めぐりのいい実業家といった印象をあたえる。長居せず、深酒もしない。帰り際にバーテンにたっぷりチップをはずむ。



3 ホテル中に、あなたはチップを出し惜しみしない人であるという評判を確立した。
あなたは一級のサービスを受け、従業員は互いに競い合って、あなたにちょっとした 便宜をはかってくれる。あなたの部屋は他のどこよりも早く念入りに整頓され、受け付けの伝言は一番早く伝達され、バーでの飲み物はなみなみと注がれ、誰よりも優しくされる。これらはより多く、大きい報酬を期待して、いずれも自発的になされるものである。今までのところ、あなたは特別なことは何ひとつ頼まず、チップの返礼は求めなかった。
しかし、たっぷりチップははずみ続けるものの、ときおり従業員にそのホテルのこと、彼らの家庭、政治およびその類いの話をさせる。あなたは今や彼らの人気客であり、従業員の全員あるいはほぼ全員について自分の考えをまとめた。 一段階終了。



4 かなり他愛もない性質の特別な頼みごとをしはじめる。
・他の宿泊人についての情報。
・就業時間外にしてもらう特別な使い走り。
・他の宿泊人に来た電話および(あるいは)伝言の内容詳細。
・会いたい人への紹介 (バーテンを通じてしてもらうのが最上)。

頼みごとに応じてくれたら、かならず適当な高額チップで報いてやる。従業員は今 や自分たちが賄賂をもらって、職務織囲をこえたことをしていることを知っており 、 魚が水に慣れ親しんでいるように、それに慣れてしまう。ホテル従業員はそれに 適合している。第二段階終了。



5  あなたは今や、どの従業員が賄路にいちばん敏感で、誰が渡すのに最適の立場にいるかを知っている。第二段階で、すでに目標は達成され、求める情報は得られたかもしれない。それは結構であるが、ここにまた来る機会が少しでもあるなら、そのままで放棄しない、あなたに対する特別サービスを半永久的に続けてくれるよりどころになりえるのである。鼻薬をたっぷりかがされたバーテンや受け付け係は、やがて小切手が郵送されてくることを知っていれば、あなたが関心を抱くような情報を長距離電話で伝えてくることさえするものである。同じく、ボーイあるいは給仕も、あなたのいる いないにかかわらずいつでも、”微妙”な使い走りをしてくれよう。(誰かのお茶に砒素をもるというよな用事はだめだが、他のホテル客の部屋に盗聴器をつけるとい ったようなちょっとした頼みごとならよい)

この「比較的単純な演習」のあと、より具体的な、もっとリアルな「周囲の人を買収する方法」を述べていくのだが、基本的な形・テクニックは変わりがない、と著者は自信満々である。

ただここから先は具体的に移すことを、引用者もはばかる…


ほんの一部だけ抜き出すと、まず最初は「テニスのラケットを借りる」と言った、そもそも何の問題もない公然とした、やけどちょっとした個人的依頼をするのだという。


もちろんそれは傷ひとつつけずすぐに返却し、感謝感激しているところを盛大に示してお礼も渡す。

そういうことを繰り返して「次の段階」に入るのを待つ。

「…時いたらば、彼を直撃する。ただし、そーっと。きつすぎてはいけない。まだ初回なのである。……この段階では明らかに違法なものはまずい。ほんの少し”本道から外れた”くらいのところがよろしい…かくして彼は針にかかった……慌てずに間をとる。…今度は前より少し…」

人を買収するにはこういうふうにやる イスラエルの伝説スパイウォルフガング・ロッツ談(スパイのためのハンドブック)


このくだりは、基本的にユーモアを失わず楽しんで読めるこの本が一転して空恐ろしい「怖い本」に変わる場面でもある。

こんな風に一流の「賄賂職人」が、細心の注意を払ってあなたに接触した時、私に笑顔で話しかけてきた時、自分達は最初に、或いは途中で、そうでなければ最後に、彼らの欲望を見抜き、それを拒否することができるだろうか?


それを考える時、冷や汗が出る思いをしない方は、あるいは少ないのではないか。



……とそんなことを、凄腕新聞記者がバーで初対面の人間と親しくなり、インタビューに応じてもらうノウハウの記述を読んだ時に、双子の兄弟を思い浮かべるようにこの本のこの記述を思い出したのであります。


実はこの本は、このブログを始めた時から「面白い本なのでいつか紹介しよう」と思っていながら、ずっと本棚にたな晒しにしていた作品でした。

皆さんの「トランプ王国2」への反響をきっかけに、やっと「夏休み」?に宿題の一つを片付けることができました。
(了)

「酒場で見ず知らずの人と親しく話し、取材する方法」を書いた朝日新聞記者の記述が面白かった(「ルポ トランプ王国2」)

今なお、アメリカをひっくり返す力を持っているのか、Qアノンの暴走によって命脈を絶たれつつあるのか…ドナルド・トランプをめぐる勢力図はイマイチ外国からはわかりづらい。

まあそれが現在進行形であれ過去の話であれ、トランプ支持者の実態をルポした金成隆一・朝日新聞記者の
「ルポ トランプ王国」


「記者 ラストベルトに住む」


両方のルポとも大変面白く、貴重なジャーナリズムの記録となっている。
関連の紹介記事を何度か書いた。
togetter.com
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そしてトランプ王国は、岩波新書なのに何か俗っぽいタイトルの(笑)

「ルポ トランプ王国2」

があることは知っていた。

ニューヨークを飛び出し中西部に広がるラストベルトへ。再訪のロードトリップで見えてきたトランプ王国のその後を追う。都市と地方の中間に位置し揺れる「郊外」、さらには深南部(ディープサウス)に広がる熱心なキリスト教徒の多い「バイブル(聖書)ベルト」へ。4年半で1005人に取材した真のアメリカがここに。


ただ
「読めば面白いことは分かり切ってるから、急いで読むまでもない」

と言った変な意識が出てね、積ん読状態だった。


何の気なしに読み始めたらやっぱりおもしろく、そして考えさせられた。



で普通に最初から最後まで紹介したらすごい膨大になるから

金成記者は、どのように普通のアメリカ人と仲良くなって「あなたはトランプ支持者か?そうでないか?その理由は?」と聞けるようになるのか


・そうやって答えた人たちの 「アメリカ無名人語録」ともいうべき印象深いフレーズや、印象深い行動、生い立ちなど


を中心にメモしておきたい。(※と言いつつも…後述)


※「はてなブックマークで同時期に話題になってた記事」の記録なんて残らないだろうから
togetter.com
が一緒にホットエントリだった、とも記録しておきたい。繋がる話。


どのように、東洋人の記者が「普通のアメリカ人」に政治インタビューするのか?

初めてのバーへの入店は、何度やっても緊張する。
車外の気温は摂氏2°c。それでも入店時はコートを着ない。何物も持たない。
人口のほとんどが白人の町。しかも地元民しか入らないようなバーに、コートを着込んだ、見知らぬアジア人の男が一人で入店すれば 、みんなぎょっとする 。

こいつ誰だ、まさか銃を乱射するんじゃねえのか。やばいぞ_____。
そんな視線を一斉に浴びることになる。彼らの視点は私の手元と腰回りに集中する。これが銃社会アメリカの現実だ。相手の警戒心を解くには、できるだけ薄着にして腰回りを隠さない、手ぶら。これが一番だ。

入り口のドアを開けた。想像していた以上に小さな店だった。
「あら一人?」少し驚いた様子でバーテンダーの女性が最初に声をかけてくれた。助かった。存在に気づかれなかったり、無視されたりするのが一番辛い。
「はい、一人です。初めて来ました」「ニューヨークからオハイオに向けてロードトリップ中で、お腹が空いていて、できれば地元ビールも飲みたいです」
カウンターをほぼ埋めている客にも聞こえるような声で目的を告げた。「私は無害な来客ですよ」というメッセージを送るためだ。そしてカウンターに近いテーブル席に座った。
先ほどのバーテンダーがメニューを持ってきた。やり過ぎぐらいの笑顔で礼を伝え「あなたの一番のおすすめ、地元の生ビールをください」と注文した。
こう注文して喜ばないバーテンダーに出会ったことがない。
初めての店では、とにかく店の人と打ち解けることを最優先にしている。
大抵は「 任せなさい」といった表情でビールを持ってきてくれる。目の前に「Breaker」という銘柄が運ばれてきた。(略)うまそうに飲んだ。最初の10分ぐらいは、とにかく必死に「無害ですよ」メッセージを送り続けた。


一杯目を飲みながら、頭の中で取材相手のターゲットリストを作った。この日の最上位は、カウンター席で最も大きな声を出して楽しんでいた女性だ。彼女と仲良くなれれば、他の人ともうまくいくのではないか、そんな気がした。

店内の壁に地元誌の切り抜きがあった。バーの経営者の紹介記事だ。立ち上がって読んでいると背後で陽気な声がした。「なー--に読んでんのよ!」

振り向くと、 さっきまで友人らと大声で話していた彼女だった。「私はヘザーよ」。どうやら今夜はついているようだ。ターゲットが向こうから声をかけてきてくれた。


私は丁寧に自己紹介した。

日本からやってきた記者です。今はニューヨークに住んでいますが、運転してここまでやってきました…地方の人々の声を聞くことが旅の目的です__。

記者証も二つ示し、名刺も渡した。店の客の半分ぐらい、10人ぐらいはヘザーと私のやり取りを眺めている。 この頃には私への警戒心はだいぶ溶けていた気がする。名称眺めていたヘザーがまた大声を出した。

「ちょっとみんな聞いて!私、!ニューヨークタイムズよ!!ニューヨーク!」

勘違いされているので慌てて訂正する。「朝日新聞という日本の新聞の記者です。ニューヨークタイムズではありません」朝日新聞ニューヨーク支局はニューヨークタイムズの本社ビルに間借りしており、名刺の住所欄に New York Times の文字が入るためしょっちゅう勘違いされる。
ヘザーは私の訂正 など全く聞いていない。きっとそんなことはどうでも良いのだ。
ヘザーはしばらく騒いだあと「何であれ、インタビューなんて初めてよ。何が聞きたいの?」

ルポ トランプ王国2 取材対象者と酒場で仲良くなるまで


これで一丁上がり。

彼女をきっかけにバーの人たちが次から次へと話しかけられ酒を奢られ、そこでトランプに関する、愛憎様々な意見をそれぞれのライフストーリーとともに聞く…という展開になる。

そして最初はそれを紹介するはずだったのだが、
上の文章を写すだけで結構くたびれたし、お腹いっぱいなので今回はこれでいいや(笑)




何しろこの直後も、同店では
「ジャパンから来たのか!ジャパニーズの男よ、手の甲に塩を振れ!」
「さあ一緒に飲むぞ」
「いいか、手の甲の塩を舐めてからウォッカは一気飲みだ。その後にレモンをかじるんだぞ。何度も言うがレモンを忘れるなよ」
という、「アルハラ」概念はどこへ行ったんだ的な歓迎をされる。


他のお店では掲示板にオススメとして紹介されていた「ドイツ風ザワークラウトポーランド風ソーセージ定食」を注文しただけで、近くの白人男性が振り向いて「良い選択だ!」と大声を上げつつ「だがここのザワークラウトは酸っぱさが足りないんだ」などと言い出しそこから話が弾んでいき、「82歳の俺はトランプ支持で、オバマ支持の息子夫婦とは折り合いが悪くなった」何て告白を聞く。


オハイオ州のバーでは、日本製クッキーをカウンター客に配って歩いたところ
「これはあっちに座ってるベティのおごりよ」「今度はあちらの男性の奢りよ」と『1ドルも使わせてくれないバー』となった…

…なんて話が続くのだけど、そこまで紹介したらこの本を直接読んでもらったほうが早いし(笑)




んで、
改めてこのやり取りを映して思ったのだけど、著者の記者としての優秀さも,もちろんある。
多分、個人的な資質も
人懐こくて
陽キャ
ウェーイ
…なあれなんじゃなかろうか(偏見)。


だけどそうだとしても、いやだからこそ、陰キャの「 オタクくんさぁ…」な人間でも応用できるスキルがあるわけです。

・地元民が集まるような小さな飲み屋に行く
・初めは笑顔で、大きな声で「自分がどこの誰か」を話して警戒心を解く。
・安心感を与えたところで「この人と話して仲良くなれば他の人とも話が広がりそう」な陽キャをターゲットに定める。
・相手が声をかけやすいような行動をとる。
・そこから丁寧に自己紹介し、先方に語ってもらえるように話を振る

…これ、本質的に共通してるから当たり前なんだけど、ジャーナリストでなく凄腕のスパイ、諜報員もおそらく同じようなスキルを身につけてる。ついでに言うと遺憾ながら、凄腕のカルト勧誘員もこういうスキルを身につけてそうである(笑)
※ここについて、類書を紹介してみました。
m-dojo.hatenadiary.com


ただまあ最後の人達は警戒するとして、我々そういう冒険や陰謀に縁のない人間としては「出張先、一人旅の旅先で、地元の人たちと話して盛り上がってみたい」というような人間は、 これは試してみていいのではないでしょうか。


一人旅と言うけど、本当に一人で旅して、旅先の人々と全く交流がないまま帰ってきた、というのもそれはそれで味気ないものだ。

特に海外で、せっかく来たのだからその土地の人々と、この種の政治思想と言うか、「おたくの国の大統領は好きですか?」「選挙ではどこに投票してますか?」くらいのことを(当然語学力がいるけど)バーで話し込めたらそれは楽しいし、司馬遼太郎になった気にもなれそうだ(笑)

それに思ったより上手くいかなくても、どうせそれは旅先での失敗だ、あまり引きずらなくていい……


ということで、本題も大変面白かった「ルポ トランプ王国」だが、その本題はいつかかくとして今回は「朝日新聞ルポ記者が語る 旅先の飲み屋でそこの常連客と仲良くなって話を聞く方法」というのを抜き出してみました(笑)

闘病中のアントニオ猪木が出演「ライブ・エール2022」NHKプラスで無料配信中…と思ったら前半のみ!(不測の事故とのこと)


うっかりここでは地上波放送の告知をし忘れたけど、だから逆にNHKプラスでの無料配信を伝えられるか。
こちらでどうぞ。

ライブ・エール 宇多田MISIA福山あいみょんJO1氷川猪木!司会は内村光良
8/6(土) 午後6:05-午後6:45
配信期限 :8/13(土) 午後6:45 まで

共有

公式サイト
内村光良作詞、森山直太朗作曲のオリジナルソング初披露!宇多田ヒカルが4年ぶりにNHKでパフォーマンス!福山雅治はヒット曲「虹」を!MISIA×加藤登紀子さだまさしが平和への祈りを歌う。アントニオ猪木・内村の対談&炎のファイターSPステージ!出演:あいみょん大黒摩季・JO1・純烈&ダチョウ・セカオワDAPUMP・NiziU・氷川きよし平原綾香細川たかし三浦大知緑黄色社会桑子真帆アナ他


https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2022080623256


しかし!!!
猪木の出てくるところが配信されてない!!どういうこと?
こういうことだった。



再放送、配信など今後の情報を待て。



「『義経=成吉思汗説』を何度も聞かされ内心うんざり」「井上靖『蒼き狼』は性格がモンゴル人らしくない」…”日本のモンゴル像”をめぐるアレやソレ(宮脇淳子)

<蒙古襲来>──海を渡ってやって来たのは本当にモンゴル人だったのか!?

一度目の文永の役(1274年)、ニ度目の弘安の役(1281年)で、日本に「蒙古」から大船団で襲来したとされる人々……
彼らを〝草原で遊牧をする民族"という、現代のわれわれがイメージする「モンゴル人」と同一と考えるのは間違いである。
史書『元史』『高麗史』には、当時の船員たちの名が記されている。そのほとんどは高麗人である。つまり元王朝=モンゴル人ではないのである。

元寇を『蒙古襲来』なのだから〝モンゴル人が来た"と思い込んでいるのと、今の中国、ロシア、朝鮮の実像を正確に把握できないのとは根が同じような気がしています」(著者)

では、元朝はなぜ高麗人をよこしたのか。
元寇」をフビライ、ひいては世界史的な目線で、元と高麗を舞台として読み解くと、強国モンゴルに取り入り、「元」の日本遠征に自ら名乗りをあげた当時の高麗と現代の朝鮮半島の姿は、いろいろな面でオーバーラップしてくる。
一方、日本は二度の「元寇」から何を学んだのか。対外的に反省しすぎると世界では〝弱い"とみなされることを忘れていないだろうか。
本書では、蒙古、高麗、日本、それぞれにとっての「蒙古襲来」の意義と日本人の誤解を、当時の大陸をとりまく真実の歴史から検証する。
中央アジア遊牧民を中心に、中国からロシアまで幅広く歴史研究をしてきた著者の真骨頂!<本書の構成><; br> 第一章 日本人のモンゴル観
第二章 モンゴルとは
第三章 高麗とは
第四章 蒙古襲来前夜
第五章 大陸から見た元寇
終章 その後

の中から。この本は話の本題よりは、根幹じゃないけど枝葉の話や体験談が面白かった。いくつかシェアしたい情報があったんだけど、まずこちら。

駐日モンゴル大使館の人たちがこぼしていました。会う日本人会う日本人が、必ずといっていいくらいに話題にするのが「義経=成吉思汗説」だと。モンゴル人のほうはしかたがないので、「義経=成吉思汗説」をいろいろ調べて、適当に話を合わせるらしいのですが、ほとほと困るというのです。モンゴルの英雄チンギス・ハーンが、史実でもなんでもないのに、源義経という日本人だと言われたのでは、モンゴル人はイヤな思いをするだけです。
第一章にも出した、マンガ『ハーン』が「義経=成吉思汗説」を採用しているのも、日本の中で、モンゴルの話をいかに日本人に引きつけて、身近に感じさせて興味を持たせるかという手段としては評価します。読者はそこに惹かれて買って読んでいるわけですから。
でも、当のモンゴル人相手に「義経=成吉思汗説」を話すのはやめたほうがいいと私は思っています。

日本人がモンゴル人相手に何も話題がなく、定番の三題噺さながらに出てくる話は「義経=成吉思汗説」、相撲、モンゴロイドなのだとか。

モンゴル大使館、義経=成吉思汗説にうんざり 「世界史の中の蒙古襲来」


なんか、すいませんね・・・・・


もうひとつ。
日本人のチンギスカン像に大きな影響を与え続けているのが、井上靖の古典「蒼き狼」だと思われる。

チンギスカン。
くり返される戦。惨忍冷徹な闘将は、何故にすべてを壊滅し尽くしたのか。

上天より命(みこと)ありて生まれたる蒼き狼ありき。その妻なる惨白(なまじろ)き牝鹿(めじか)ありき。大いなる湖を渡りて来ぬ。オノン河の源なるブルカン嶽に営盤(いえい)して生まれたるバタチカンありき。――最初の祖先バタチカン生誕の伝承

風の如く蹂躙せよ。嵐の如く略奪せよ。
遊牧民の一部族の首長の子として生れた鉄木真=成吉思汗(テムジン=チンギスカン)は、他民族と激しい闘争をくり返しながら、やがて全蒙古を統一し、ヨーロッパにまで及ぶ遠征を企てる。六十五歳で没するまで、ひたすら敵を求め、侵略と掠奪を続けた彼のあくなき征服欲はどこから来るのか?
――アジアの生んだ一代の英雄が史上空前の大帝国を築き上げるまでの波瀾に満ちた生涯を描く雄編。用語、史実等の詳細な注釈を付す。

著者の言葉
私が成吉思汗について一番書きたいと思ったことは、成吉思汗のあの底知れぬ程大きい征服欲が一体どこから来たかという秘密である。(略)
大国金を制圧しただけで収まらず、西夏、回鶻(ウイグル)と兵を進め、ついに回教国圏内にはいり、カスピ海沿岸から、ロシアにまで軍を派したのである。それも全く彼一人の意志から出ていることである。一人の人間が性格として持って生れて来た支配欲といったようなものでは片づきそうもない問題である。(「『蒼き狼』の周囲」)

本書「解説」より
作者の心をこめて描いているのは、成吉思汗の生成の秘密である。彼をしてこういう運命に赴かしめた根本のものは何か。言わばモンゴル族の夢のみなもとを、彼の生のみなもとに結合させつつ、苦難にみちた生涯を辿らせているわけで、ここには外的事実だけでなく、成吉思汗の内心の苦悩をもつきとめようとする努力がある。(略)
狼の裔(すえ)として、自分こそ「狼になる」――これがモンゴルの男性の情熱の根源であった。
――亀井勝一郎(評論家)

井上靖(1907-1991)
旭川市生れ。京都大学文学部哲学科卒業後、毎日新聞社に入社。戦後になって多くの小説を手掛け、1949(昭和24)年「闘牛」で芥川賞を受賞。1951年に退社して以降は、次々と名作を産み出す。「天平の甍」での芸術選奨(1957年)、「おろしや国酔夢譚」での日本文学大賞(1969年)、「孔子」での野間文芸賞(1989年)など受賞作多数。1976年文化勲章を受章した。

まず最初に余談を……これはかなり有名になってるトリビアな気がするが。

蒼き狼」と言うが正確にはモンゴル語の言語ボルテ・チノの色を示すボルテは「斑点のある」とでも訳すべきものだった。漢語をへて日本語に訳されるとその意味が失われてしまったが、何しろ「蒼き狼」は言葉としてかっこいいので好みも広まってしまった。「白き牝鹿」能代も本当は黄色い毛を表すと言う。

本題。
ところで井上靖の小説「蒼き狼」は、モンゴル人ネイティブが読むと、そもそもチンギスハンの人物造形に大いに問題があるという。

……それは自分の出生にまつわる悩みです。

テムジンの父とされるイェスゲイはテムジンの産みの母であるホエルンを他の部族の男から略奪し結婚しました。ホエルンがテムジンを産んだのはその後です。テムジンは自分が本当に父イエスゲイの子供だろうかと悩みます。

テムジンの一人語りが続く場面で、弟達は間違いなくイェスゲイの息子だというのに自分一人だけは違うかもしれない、といった悩みが吐露されます。
テムジンのそうした悩みは日本の小説には馴染み深い題材です…源氏物語にも描かれているぐらいですから。

しかしモンゴル人にとってそれは全くと言って良いほど理解できない心情です。モンゴル人曰く、モンゴルの男は出自に関して悩んだりはしない。誰の子供でも皆同じだと。
日本人が 作った映画を観たモンゴル人の中には、世界制覇をした男が、そのように自分の出自に関してウジウジと悩むような女々しい性格であるわけがない、と怒った人もいます。

井上靖の描く「蒼き狼」のチンギスハンはモンゴル人とは思えないどころか、実はとても日本人的な人物なのです。
井上靖が作ったなんだかモンゴル人でなさそうな英雄像が一人歩きして、後世の作品でもそれが描かれイメージとして再生産されているのです。


…なんかすいませんね2。

いやでも、井上に成り代わって言い訳するが、言葉や服装や歴史はいろいろ調べがつくけど、別の時代の別の国、別の民族の「メンタリティ」をトレースするのって難しいもんでね・・・・・・。
ついついこの「〇〇に関してどうリアクションするか?」にお国柄が出ちゃう、舞台設定のその国っぽくなくなっちゃう、ってのはあるよね。

ハリウッドならぬニャリウッドとはいえ、そこで自分の理想の映画を撮りたいと思った監督さんが、プロデューサーさんに「土下座」して頼む、なんてこともあるのだし。



今現在でいえばヴィンランド・サガのトルフィンが、ちょっと価値観や心情が近代化チートしすぎて、そこに危うさを感じるところもある…だけどバイキングのメンタリティを再現するのはほぼ不可能だし、ホントに再現出来たら読者が共感できずにヴィンランドにいくまでに打ち切られただろうしで(笑)、あれはあれで借景的近代人であることに開き直り、そのまま突っ走ることで見えてくる風景があると思う。


おっと、まさに井上靖のそういうモンゴル小説、中国小説は「登場人物の心理などがあまりにも現代日本人風の”借景小説”だ」と批判を浴びたのだよな、大岡昇平らから。
ちょっと因果めぐりし話。


そもそも井上靖が書いた時代はまだ中国も情報が開放されておらず、資料も研究も不十分だった

イノウエ=サンが書いた小説も

「ドーモ、ジャムカ=サン!テムジン デス」
とか
「ホラズム殺すべし、慈悲はない」
ぐらいの解像度だったかもしれないではないか。……。誰だよ、そういうのがむしろ読みたい、とかいうやつは



もう幾つか、面白いトピックがあったのだけど、まずこのふたつの「どーもモンゴルさん、すいませんっした!!」な話題を紹介。

「吉羽美華 RIZIN」の検索結果が日々剣呑になっていく


なんの

こと

やら。



で、まあタイトルの話だけど、
これはGoogle検索も、SNS内検索もしかり。
こちらは画像検索結果

吉羽美華 RIZIN 検索結果


以上。

追記 その後悪さがめくれちまったっ(ゴマシオ風)

news.yahoo.co.jp

「弔意の強制」という新たな?論点を抱えつつ8月6日を迎え、この日の式典を我々は見る訳だが。

令和4年(2022年)平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)について(5月20日時点)
放鳩

  平和記念式典は、原爆死没者の霊を慰めるとともに、世界恒久平和の実現を祈念することを目的に、慰霊碑が平和記念公園に建立された昭和27年以来、途切れることなく続けてきています。令和4年については、感染症に係る様々な制限が緩和され、社会経済活動が通常に戻りつつあることを踏まえ、引き続き感染防止対策等を徹底しながら、以下のとおり令和3年よりも規模を拡大して開催します。



www.city.hiroshima.lg.jp


人類の悲劇の日を、また迎えた。
自分も、可能なら黙祷しよう。念のため、これは自発的な行動である。

しかし。

7月24日の記事を、以下まるまる再録する。

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<社説>安倍元首相「国葬」 内心の自由に抵触する

2022年7月16日 05:00
社説
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 岸田文雄首相が、街頭演説中に銃撃を受けて死去した安倍晋三元首相の「国葬」を9月に実施すると発表した。史上最長の在任期間、国際社会からの高い評価、国内外から追悼の意が寄せられていることを理由として挙げたが、全く納得できない。憲法が保障する内心の自由に抵触する国葬には反対する。

 国葬とは、国費を投じて国民に追悼を求めるものにほかならない。戦前の「国葬令」は皇族、軍人、政治家など対象者も定めていた。戦後、言論・表現の自由内心の自由(19条)、政教分離(20条)を定めた現行憲法の制定によって失効した。
 戦後、首相経験者の国葬とされるのは1967年の吉田茂元首相だけで、そもそも異例だった。岸田首相はこの例に倣い閣議決定で可能だとする。しかし、根拠法がなく定義もない。国会で説明もせずに公費が使われていいのだろうか。
 吉田元首相の国葬では、当時の佐藤栄作首相が「追悼の辞」で吉田元首相の功績として、敗戦後の苦難の時代に長く首相を務めたこと、サンフランシスコ講和条約を締結して日本の独立を回復したことを挙げ「戦後史上最大の不滅の功績」とたたえた。
 その「功績」の裏側で、沖縄は日本と切り離され、米統治下で人権を制限され核基地化が進められた。吉田氏が調印した日米安保条約、日米行政(地位)協定は現在も沖縄を苦しめている。
 その後の首相経験者の葬儀は、内閣と自民党の合同葬が大半だ。佐藤元首相の場合は自民党と国民有志による「国民葬」だった。内閣として公費を使ってきたことにも批判があった。それなのに今、なぜ国葬なのか。
 安倍元首相の功績の評価も疑問だ。在任期間の長さは功績といえるのか。米国と軍事的一体化を進めたことを米政府関係者が高く評価するのは当然だが、国内には根強い批判がある。誰もが認めるような外交成果はあるだろうか。
 沖縄の立場からはさらに厳しい評価をせざるを得ない。安倍元首相は、沖縄の民意を踏みにじりながら辺野古新基地建設を力ずくで進めてきた。地位協定見直し要求も無視し続けた。「台湾有事は日本有事」などの発言は、沖縄を再び戦場にしようとするものとして批判された。
 岸田首相は「暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜く決意を示す」とも述べた。しかし安倍元首相は民主主義を空洞化させた。安全保障関連法などで強行採決を重ね、森友・加計問題、桜を見る会問題では、長期政権のおごり、権力の私物化と批判された。国会でうその答弁を積み重ね、公文書改ざんなどを引き起こした。数々の疑惑に口を閉ざしたままだった。
 銃撃は民主主義への挑戦であり、今求められることは民主主義の精神を守ることだ。「国葬令」が失効した歴史をかみしめるべきである。

ryukyushimpo.jp


どこの、という情報は割愛する。ある、広島県内・長崎県内ではない行政機関の告知である。

防災行政無線による黙とうのお願い
 (略)…・市では、戦争の悲劇と平和の大切さを子どもたちに伝え、世界の人々と手をたずさえて、核兵器の廃絶と恒久平和を希求するため、平成23年非核平和都市宣言を行いました。
 その趣旨に基づいて、防災行政無線を使っての「黙とうの呼びかけ」を一斉放送しています。戦争で犠牲になられた方々を追悼し、平和な社会を求めるという趣旨をご理解いただき、市民の皆さまのご理解と黙とうへのご協力をお願いいたします。

原爆・終戦の日に黙とうを
8月6日は広島市に、9日は長崎市に原爆が投下された日です。また、15日は終戦の日です。これらの日には、原爆や戦争による犠牲者のご冥福と世界恒久平和を祈るため、サイレン吹鳴を行いますので、1分間の黙とうをお願いします。

日時
広島原爆の日 令和4年8月6日(土曜日)午前8時15分
長崎原爆の日 令和4年8月9日(火曜日)午前11時02分
終戦の日 令和4年8月15日(月曜日)正午

8月6日と8月9日は、広島と長崎に原子爆弾が投下された日です。
広島市長崎市では、それぞれ原子爆弾投下・炸裂の時刻に、それぞれの平和祈念式典において1分間の黙とうをささげます。
原爆で亡くなった方々のご冥福をお祈りすると共に、恒久平和への誓いを心に刻むために、市民の皆さまにおかれましても、ぜひ黙とうしていただけますようお願いします。

原子爆弾投下・炸裂日時
広島市 8月6日 午前8時15分(投下日時)
長崎市 8月9日 午前11時2分(炸裂日時)


これが、単純に安倍晋三の業績や実績、あるいは人格……まあそれを言うよりは「『国民的合意』が国葬に達しない」とかへちまとか、そういう基準だったら、両原爆の日終戦の日は比べるまでもない。こちらのほうに弔意を示すのは圧倒的な「国民的合意」がありましょう。
それに弔意を示さないのは反日だっ。ちがうか。


だが…【弔意を 行政が 示す のは、「内心の自由」に反する】、という論の組み立てしちゃったら、それは成り立たないのよ。
超へそ曲がり、奇矯な思想の持ち主か、あるいは「追悼ではなくヤンキーどもへの復讐を誓うべきだ!」とか言う過激派…どんなのでもいいんだけど、何かの理由で原爆犠牲者や大戦の死者を追悼したくない、と考えるひと。
……、そういう「一匹の羊」がいるか、あるいはいるかもしれないという想定をしてしまい、そういうひとがいるのに弔意を行政として示すこと自体が「内心の自由」に反する…ということだったら、行政機関がサイレンを鳴らしたり、そもそも式典をすることが内心の自由に抵触するのではないでしょうか。

「貴官、なぜ、黙祷せぬ!?」
「この国は自由の国です。黙祷したくないときに黙祷しないでよい自由があるはずだ。私はその自由を行使しているだけです」
「ではなぜ、黙祷したくないのだ」
「答えない自由を行使します」

いや、逆に「8月6日に式典を行い、行政機関が黙とうを命じる、あるいは呼び掛けるのは、内心の自由を侵害することにはならない」というのはどう組み立てればなりたつのでしょうか?
これこそ弁護士ドットコムあたりに記事書いてほしいところですが。



みなさんも、8月が来る前にこのへんの論理を構築せねば、危険があぶない。



儀礼を強制できる権利」というのは、使節管理権の一環なのだろうか。
権利に敏感な司法、弁護士たちも、裁判所が強制する儀礼にはだいたい抵抗せずに従っている。(完全に自主的にその儀礼をやっているだけ、とか帽子を取るのは治安上の要請、とかのエクスキューズはあろう)


「帽子を脱げ、ここは法廷だぞ」―儀礼の強制は内心の自由を妨げるか(裁判長、僕の弟懲役4年でどうすか?)


いや、国民の大多数が納得し同意していればいいのだ、安倍の国葬は賛否が半々だから駄目なのだ……そんな理屈ならわかる。
原爆の犠牲者を悼み、その追悼を公式行事として行い、参列者や中継の視聴者に呼びかけることは、7、8割…いや9割以上の国民が、同意し容認するだろう。


しかし、「弔意の強制」という視点では、1人でも反対者、賛同しないものがいれば……そして公共的な機関、団体が、公の行事として行うこと自体が「弔意の強制」になる……という論の組み立てなら広島・長崎の式典も、終戦記念日の黙祷や戦没者慰霊祭も然りなのですよ…ね?違いますか??


そんな論点も
考えつつ、8月6日が来た。