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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

漫画小ネタ集(漫勉、新九郎奔る、パトレイバー、相田裕新作…など)

浦沢直樹の「漫勉」 さいとう・たかを回が再放送


10月23日(土)「さいとう・たかを」回の再放送が決定!
さいとう・たかを」回をEテレに続いて総合テレビでも再放送します。
10月23日(土)16:00~16:44 総合テレビ
NHKプラスでも1週間配信します。
どうぞお楽しみに
今年79歳を迎える大御所、さいとう・たかをが登場する。
言わずと知れた「ゴルゴ13」の生みの親であり、劇画という分野を確立した日本を代表する漫画家。
今回、47年間連載が続く「ゴルゴ13」の制作現場に密着する。スタッフによる協業制を漫画界に取!

www.nhk.or.jp

半分ネタだった「眼しか描かない」が映像記録で否定されてよかったけど、こういうニュースを聞いて思うのは「漫勉、ベルセルク三浦建太郎の撮影はできなかったんだよなあ…」と。




ゆうきまさみ「新九郎、奔る!」の太田道灌回が面白い。”外交交渉”を正面から描く

基本、外交交渉やネゴシエーションは、絵的に成立しにくいので、自分的には大好きだけど、それ「だけ」を描くのは難しい。
でも今回の新九郎-太田道灌交渉は、かなり正面から、純度の高い「交渉」漫画を描こうとしているようにも。

何しろ、電話交渉三大漫画のひとつ、「パトレイバー内海課長vs後藤隊長」を描いたひとだ。
m-dojo.hatenadiary.com

今回も、うまいセリフ回しがあってな…
道灌のせりふ「(新九郎は)頭はそこそこ回るようですが、かえってそういう相手のほうが与しやすい」
そういうところは交渉事でホントにあるので、いかにもらしい。

ちなみに道灌といえば、多くのひとは「七重八重 花は咲けども…」で知られてるでしょうけど、その話、この作品では既にやってまして(道灌が思い出話を新九郎に語る形で出てくる。※互いに知らない状態で)、それは有名な話なんですが、そこから発展した「道灌」という落語がある。
直接、道灌が出るわけではないですよ。

www.youtube.com

www.youtube.com

春、狩りの途中、突然の雨(村雨)に降られた道灌、近くに見えるあばら家に雨具を借りにきますと、この家の身なり賤しい娘は、顔を赤らめ、山吹をひと枝差し出します。
道灌がどういう意味かと首をひねると、家来が説明をします。

『七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき』(兼明親王・後拾遺和歌集)、

山吹というのは花は咲きますが実がなりません。「実のひとつだに」と「蓑(みの)ひとつだに」をかけ、雨具は一つも無いということでございましょう。

道灌は「余はまだ歌道に暗い」と恥じ、以後和歌に励むようになります。

これを聞いた男は、うちにもよく傘を借りに来る奴がいるのでその歌で断ってやろうと…

道灌~古今亭志ん生・柳家小さん・三遊亭金馬他【動画】 | 聴き比べ落語名作選



そのパトレイバー、2週末連続でBSトウェルビ放送


脚本・映像・音響…全てに頂点をきわめた超大作アニメーション!
1999年、夏。自衛隊の試作レイバーが突如、無人のまま暴走──。しかし、それは相次ぐ事件の本の幕開けに過ぎなかった!何者かが仕掛けたコンピュータ・ウイルスによって、次々と暴走するレイバー。我らが特車二課第2小隊のはみだしポリスたちは、姿なき犯人を追ってメガロポリスを駆け抜ける!──
ロボットやコンピュータ犯罪が日常化した世紀末の東京を舞台に、高密度なストーリーとスリリングなアクションを展開する最高のSFアニメ・エンターテイメント。(オリジナルサウンド版)



世界が息を吞んだ<TOKYOウォーズ>!最初は誰もそれを信じなかった。
2002年冬。横浜ベイブリッジに謎のミサイル投下…!
報道はそれが自衛隊機であることを告げるが、該当する機体は存在しなかった。これを機に続発する不穏な事件は警察と自衛隊の対立を招き、事態を重く見た政府は遂に実戦部隊を治安出動させる!!東京に〈戦争〉を再現した恐るべきテロリストを追って、第2小隊最後の出撃が始まる!(オリジナルサウンド版)

★各放送日には『祝!全国無料放送【BS12】劇パトTV放送記念同時視聴会「みんなでパト1&パト2」』の開催が決定!(主催:ジェンコ
詳しくはPATLABOR OFFICIAL WEBSITEhttps://patlabor.tokyo/news/1261/)をご確認ください。

patlabor.tokyo

ヤングアニマルに連載中の…タイトルはえーと……『勇気あるものより散れ』、これが結構面白い。



あ、このかたスピリッツの生徒会漫画「1518」のひとなんだ。
あれはいい作品だった


ただ、それとは別に、最近書くこと多い「ジャンル」の話するけど、
・「怪力」「不死身(再生能力)」などなどの異様な力
・それを与える力、生み出す力、弱点を補う力
・どっちかがどっちかの「眷属」で主従関係とかサポート役とかになってる
・その人間離れした能力とか、不死という運命に対して葛藤を持つ
・その関係性に「男女」などの属性が入り、恋愛関係が絡むことも多い(※もちろん同性なら恋愛関係が絡まない、とは断言できないわけですが、統計的な可能性の高さから言って…と注釈をつけるダイバーシティさ)

・・・・・・・・というのは、一種の「ジャンル」ですよね。吸血鬼ものの流行などもあるのでしょうけど…
どんな系譜によって、このジャンルが確立したんだろうな。一本のラインでつないだら面白いとも思うけど、それはとても難しそうだ。少なくとも自分はちょっと辿れそうもない。

「戦闘力の高くて忠誠心の厚い部下を持つ主人公」ということだと義経―弁慶から話がつながったりもするし。





【メモ】書き残したのは 山田風太郎原作の話と ナポレオンの話か
あとでかければ

「今はラノベが直接アニメになるから、作り手も『じゃあラノベでいい、マンガ不要じゃん』となるのでは」(岡田斗志夫説)

このまとめ…とは直接関係ない。なぜならこのまとめはまだ読んでないから。ただ、ラノベと漫画の関係、ということで、あとで紹介しておこうと思った話を紹介しておく。

togetter.com


これは、先月のみなもと太郎氏の訃報に際し、岡田斗志夫氏が、以前の対談のyoutubeを期間限定で無料公開している際に興味を持ったトピックだ。
(※公開は2021年10月現在も続いています)


www.youtube.com


前後編動画の後半、46分のところ。

最初に、岡田斗志夫はこういう話を振ります。ここは要約。

永井豪マジンガーZ石ノ森章太郎秘密戦隊ゴレンジャーなど。
純粋にテレビアニメ夜、特撮番組の企画を通すための漫画を70年代からポツポツと出るようになった。
これは自分も横目で見て体験してるんだけどエヴァンゲリオンが始まるあカ月前、荘園エースで貞本義行が漫画にしました。
これはなぜかと言うとエヴァンゲリオンの企画をテレ東に持ち込む時「原作漫画がないと無理です」と言われたんで、その必要に迫られて貞本が漫画を書いたんだけど、貞本はまじめだからそういうのにカチンときて、「アニメはどうなるかわからないけど俺は最後まで描く!」って、その通りになりました(笑)

こういうふうに、マンガはアニメの企画を通すための道具にもなっていった。

ここから本題です。
岡田斗志夫はこういう。

ところが、今ネットでラノベ小説、ライトノベル小説がいっぱい出るようになって…、何が面白いかと言うと、ヒットの傾向が出るとうわーと同じような作品が1ヶ月や2ヶ月の間にいっぱい出るんです。
たとえば異世界転生とかでこういうのが流行ったら、うわーっといっぱい出るんです。

漫画で一本ヒットが出たらタケノコのように類似作が出ますが…さらにその比じゃないくらいの、すごい速度なんです。


で、ネットでラノベが出たら、漫画化というプロセスを通さずしてそのままアニメになるようになっちゃった。


例えば、この「漫画の歴史」もなんで漫画でかかないんですか?

みなもと「そんな時間ないから」

そうですよね。(略)だけどこれ人気が出たら、漫画化とかを飛ばしてドラマやアニメになり得るんです。

だから、
漫画は今や小説と映像の間にある中途半端なコンテンツになりつつあるんじゃないのかな。


だって小説は…失礼ですが、簡単に書けるし、
映像は手間がかかる。

漫画はその中間の、手間がかかる割に当たり外れがある。


今は漫画を飛ばしてそのままアニメになる。


小説は一人の人間が一カ月、2ヶ月、死力を振り絞れば長編をかけるけど、漫画は発表のしくみを含めてえらい手間がかかる。

だったら、最初から「ラノベから映像」でいいじゃん、漫画いらないじゃん …と

その後、マンガはなぜ、テレビの登場によって(紙芝居や映画のように)衰退しなかったのか?

という議論を少しした後

「いま『週刊漫画』は、ネット小説に殺されるのではないか?」と岡田斗志夫氏は再度警告するのです。

・週刊漫画の作品は大作主義になっている。
・週刊雑誌を維持するためのコストが大きすぎると。
・ジャンプの漫画はネームを切って1年準備しないと無理だ、と言われている。
・漫画は巨大産業になり過ぎている。
・ネット小説は、自己責任でどんな冒険でもすぐできる…

※これらは要約なので、正確なニュアンスを知りたい人はまず動画を。
あと、脇道にそれる話だけど、「ヒットの傾向が出るとうわーと同じような作品が…」に関して、以前の当ブログ関連記事を置いておきます。
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そして感想。
「うーん、相変わらず乱暴、ざっくりすぎ!!だが、いいたいことは多少は伝わった!!」と。


自分ですらぶっちゃけ、いかに「マンガ」を描くのが大変かは身に染みてわかっている。
前も紹介したけど、この後半部ね・・・・・・
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漫画というかラクガキだ!!全部白ハゲじゃねえか!!と言われるだろうが、これ書くだけでホント「いかにマンガはめんどくせーか」を十分知ったよ。
背景とか、俯瞰とか描きたくねえね、ぜったい。定規とかだって使うのヤダ。(´・д・`)ヤダ


もちろん、これだけ成熟した日本漫画の中で、マンガを志す人は「マンガという表現形式」を意識的に選んだ人が大多数だろう。
そうでなきゃ無理だ。

だけど、また一部には、なんども力説したようにトキワ荘世代的な「自分は映画を撮りたかった。だがそんな組織も金も無いので、一人で紙とペンがあれば作れる漫画を選んだ」という人も、「小説でも漫画でもアニメでも、とにかく自分の思い描いてた創作世界が、形になればいいんだ!!」という人もいるだろう。

そういう人が、実は漫画を描ける才能も経験もあるけど、手間や時間を勘案して、「とりあえず」なろうとかアルカディアとかに、自分のアイデアを文章、小説の形で発表する。なにせ才能ある人の才能ある作品だからすぐに評判になる。
成ったら秒速で、カドカワやらフジテレビやらなにやらが、ぜひうちで単行本を、コミカライズを、アニメ、ドラマ化を…と、トランク一杯に1万円札を詰め込んで訪れ平身低頭する。

結果、あとでこれを漫画の形にしようと思っていた作者も
「わかごとなれり」で大満足。
そうやって、「物語を作る快感、楽しみを知った人が最初にチャレンジするのはネット投稿小説だった」というのが主流になっていく・・・・・・・・というのはあるのでしょうかね、ないのでしょうかね。


また「文章か、絵か」という技法上の対比も重要だけど、この話は
「大資本のプロの企業の門をたたき、そこで多数の企画会議やコンペや打ち合わせ、手直しをしてそこからコンテンツをデビューさせるか」と「とりあえず、人の目に触れる一般公開投稿サイトにてコンテンツをデビューさせるか」
この選択でもあるよね?

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バクマン。より /持ち込みや応募より、ネットに発表し「掲載場所はありませんか」のほうがいい

こういうやり方されちゃうと 持ち込みするの バカみたいだよな
ネットで発表して「どこか描かせてくれる出版社ありませんか」って
コメント付けとけばいいんだから ある意味賢い
俺達が審査した意味ないな

自分も「なろう」小説を、そのサイトで読んでみるべきなのかなあ……

そういえば、物語という点では漫画と小説は代替可能だろうけど、

「画」の楽しみは書く方にも見るほうにもあるだろう。「ウィッチウォッチ」の最新作は、イラストを描くことを趣味にしていた女の子が、それでは飽き足らず「マンガ」を描こうとする回だったな、そういえば。
ところが、イラストとまんがは色々勝手がちがうらしい。そうかね? 俺はあまり気にしたことないな(あのレベルで気になんかできるか!!)



内容ぐだぐだ、でも国民熱狂…謎のクーデター「五・一五事件」とは何だったのか(小山俊樹氏の著作等から)

ビッグコミックの「昭和天皇物語」はいま五・一五事件を描いている。

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昭和天皇物語 五一五事件


で、上で描かれた有名な
「話せばわかる」
「問答無用!」のやり取り前だが、
引用ツイートの画像のように「そもそも刺客(三上卓)はいきなり犬養毅を銃撃したが、弾切れ不発だった」らしい。

このへんの話が、小山俊樹氏@tkoyama3の新書にも書かれている。

ロンドン海軍軍縮条約をきっかけに、政党政治を憂えた海軍青年将校、民間右翼らが起こした五・一五事件。首相暗殺、内大臣邸・警視庁を襲撃、変電所爆破による「帝都暗黒化」も目論んだ。本書は、大川周明北一輝橘孝三郎井上日召国家主義者と結合した青年将校らが、天皇親政の「昭和維新」を唱え、兇行に走った軌跡を描く。事件後、政党内閣は崩壊し軍部が台頭。実行犯の減刑嘆願に国民は熱狂する。昭和戦前の最大の分岐点。

実際5.15事件って226事件より規模が小さいゆえに、余り語られないし、こういう研究書も少ないけど、それもさもあろうというほど事件自体がすっごいグダグダで、むしろ1周回ってそのぐだぐだっぷりが興味を惹かれる。
もし彼らが成功して「維新体制」とか成立しても、絶対に日本は戦争勝てる国になれねえな、と確信できる(笑)


本職の手榴弾の扱いすらどヘタクソで、テンパってやり方間違えるから不発しまくりだし…少なくとも、クーデターを実務面から見たらとても勲章は挙げられないようなポンコツ将校たちでした


515ぐだぐだ話

・官邸襲撃の足はタクシー運転手。脅かして、肩口を拳銃で殴りつけては言うことを聞かせて、首相官邸の表門を突破させた。
・だがその前、首相官邸がどの建物か調べてないのでだいぶ戸惑った。
・実行犯の三上の拳銃がどこかにあるかわからず、他人の拳銃を借りる
・そのとき「壊れてるから一発しか出ない」と言われたの忘れ、うっかり護衛の巡査を撃つ→弾切れ
・襲撃後、「最後は警視庁に行こう。この事態で集まっている警察の精鋭と戦って死のう」→伝わってないので「敵」がいない→しょうがない、日銀で手榴弾でも爆発させるか→成功したが、その後やることが無くなった。

よくまがりなりにも、首相暗殺に成功したな…
そして、このタクシー運転手が気になる。あまりにも突然に「歴史の登場人物」になってしまったこの方、その後はどんな生涯を送られたのだろうか…事件後は調書なんかも取られているかと思うけど、どこのどんな人なんだろうね。



・別動隊の牧田内相襲撃団のほうは、意思疎通不十分でリーダーは「牧野がいる共いないともいえない」「威嚇に留める」とか突然言い出し、仲間は「国賊牧田を殺さず何の決起か」と???状態。リーダーはその後「内通」が疑われるレベルでの失敗だった。
牧田襲撃団のリ―ダー・古賀はその後この失敗に関して泣き言をいう。
「いるかいないかわからないのは犬養も同じだったが、「在宅かどうか自信が無い」と伝えてなかったので、あっちは確信をもって徹底的に探した結果、幸運にも犬養を見つけたのだ」
「私の身になって考えてほしい。期間は2カ月、厳しい航空隊の訓練の合間、自由な土日だけ使って同志と連絡し、武器と資金を調達し、偵察と計画改定を…」
いや分かるけど、そんな言い訳するテロリスト見たことねえよ(笑)




ただ!五・一五事件の一番の重要部分はぐだぐだテロの実行部分にはない。
捕まった青年将校たちの「至純」を絶賛し、減刑を求める「世論」が沸騰したことだ。
同時代人の山本七平(ベンダサン)が、異様な光景としてそれを記したこともある。

togetter.com
戦前の日本では、天皇への反逆は極刑であった筈です。
反逆罪で起訴されるという事が、即座に死刑を意味した筈です。
その上彼らは史上で最も卑劣な行動をとったのですから、日本文化が「恥の文化」なら、このような恥ずべき行ないをした反逆者に情状酌量の余地などある筈はありませんし、(続

たとえ軍の上層部が彼らの刑を軽減しようとしても、世論がこれに承服する筈はない、たとえだれが何かをして彼らを助けたとしても、少なくとも社会は彼らを受け入れる筈はない――と考えるのがわれわれの常識でしょう。
ところがそうではありませんでした。
彼らの受けた判決は、一見重いようでしたが、実質的な服役では、その罪状から考えれば無罪に等しいといってよいでしょう。

また社会も、彼らを糾弾するように見えながら、実をいうと、彼らが裁判をうけている最中に、何と35万通もの減刑嘆願書が裁判長の手元に送られて来ているのです。
これは日本裁判史上最高の数の減刑嘆願書ではないかと思います。
従って戦後一部の日本人が常に主張するように、当時は軍部が横暴で、他の日本人は言いたいことも言えなかったのだ、とはいえません。
嘆願書を送る義務はだれにもないはずですから。

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昭和天皇物語五一五事件嘆願書

テロの目的が権力掌握でも要人暗殺でもなく「社会を変える」ことなら、ぐだぐだ515事件はこの上もない大成功かもしれないのだ。


なにしろ、犬養一人ではなくアジアで当時唯一の「政党政治」を葬り去ったのだから。

著者はこう問う。

それにしても、なぜそうなったのか。言葉を補えば、そもそもなぜ、政党政治はこの五・一五事件で終わりを迎えたのだろうか。犬養首相が死んだからといえば簡単な話となるが、それは十分な回答ではない。戦前に政党内閣を率いた原敬も、浜口雄幸もテロで遭難したが、政党政治はその後も続いた。「テロが起きた」という現象は、重要なきっかけではあるが、決定的な理由ではない

そして、その謎を探る手段として3人に注目する。西園寺公望木戸幸一、森恪。森という人はしらなかったが、木戸や西園寺については意外でした。




で、裁判。
天の配剤に任せて何も弁明せず、といった議論もあったが、結局は法廷で維新の大義を訴える戦術に転換。

首謀者三上卓は、自分の視点で見た犬養暗殺を語る。
「話せばわかる」問答は

「苟も一国の首相が死に際して言い残す何事かを聞くのは武士道の情」としつつ
「首相個人に対する怨みは毛頭ない。私には当時の気持ちは悲壮の感があった。首相の態度は立派だが、我々は首相をにくまず、革命運動の犠牲者として撃つ積りである」
「首相が何事か語り出さんとするのを聞いたら、私は首相に『総ては天命である。我々は首相一個人を撃つのではない、安んじて眠れ』といってやりたかったのです。」

「首相個人に対する人間としての哀悼の念を禁じ得ない。と共に、首相の尊い死を転機として、これまでの邪悪に満ちた日本の政治が、我々の念願する天皇親政へ、又昭和維新への首途たらしめんと心中祈って止まなかった次第であります」


あー……どの面下げて、の言葉だな、と思う一方「間違いなく、日本人のある一面…、その琴線に触れる言い方ですわ、こりゃ」とも思いますわな。

笹川良一はともかく、「大菩薩峠」の中里介山も「一代の危急を救わんとする正大なる報国精神」などと擁護するしまつ。
さらには19歳の少女が、「五一五の方々を死なせたくない」と遺書を残して電車に飛び込んだという。




また自分は思うのだけど、
赤穂浪士桜田門烈士を連想し、そこから逆算して「これだけ公然と武力反乱を行った連中は、赤穂浪士のような存在ではないか…いやむしろそうであってほしい」、そう日本社会は連想したのではないか。まだ娯楽も少なく赤穂浪士はそのエンタメのどまんなかにあった。
それが再現されてほしいという集合無意識……。
けっこう、これが大きいのではないかね。


この前NHK特番で「横綱白鵬」の軌跡が描かれ、「日本人に愛されたかったがかなわなかった」という話をしていた。日本人は何を好み、何を嫌うか。五一五はその歪んだケース・スタディーになっているかとも思う。





小山俊樹氏の「五・一五事件」では事件後、それも太平洋戦争後の「それからの三上卓」も興味深い。
近衛首相にも接近し、東条とはその権力が「東条幕府」だとして対立し暗殺計画にも関与、憲兵にも見張られる。戦後は参院選挙にも出馬したそうだ。
「議会と政党を、30年来、骨の髄まで憎んできたわたくしが、いま、その憎しみを棄てて、自ら立候補する固い決心をしたのは、考えてみれば歴史の皮肉と言えましょう」


いやいやいや。
結果、落選して
「選挙終えし 後の怒りの しづまらぬ」という正直な句を残している。今月末、この句を再活用しよう(笑)


そして、事件の25年後「招魂祭」を行い、犬養の遺族(息子の犬養健)も招いた。美談に見えるが…

八木春雄(襲撃の仲間)は、この催しについて…三上の相談にあずかった。だが二・二六と違い、襲撃で亡くなったものはいない。「敵側の犬養位のもんだ」と八木が言うと、三上は一瞬なるほど、という表情をして「犬養でいいさ」と答えたという。

コントか。

三上はその後「三無事件」という、さらに不思議で無計画なクーデーター騒動に関わり逮捕される(諫める側に回っており、結局釈放された)などし、1,971年に66歳で死去。
生前、三上と橘孝三郎は「金を欲しがらない右翼」だという評判が立ったという。いや、じゃあ普通の右翼はどうなんだよ(笑)

そんなこんなの紆余曲折を経て、まがりなりにも”復活”した議会・政党政治は、いま、49回目の総選挙を迎えた。
自身も、参院選を経験した三上はどう見ているだろうか。


おくれても おくれても又君達に 誓ひし言葉 われ忘れめや
(招魂祭にて三上が詠んだ句)




五・一五事件はその後の二二六と比べて規模も計画性も小さく、あまり世間の興味を惹かない事件だけど(自分もほとんど知らなかった)事件が小さいからこそ、そこに鮮明に浮かび上がってくるものもあるな…、と、この小山氏の新書を読んで思いました
(了)

『あの最低野郎(金正日)には、パレードでもなんでもやらせとけばいい』…コリン・パウエルの遺言(+それへの疑念)。

コリン・パウエル氏が亡くなった。

父ブッシュの下で闘った湾岸戦争で世界に名を知られ、そこでは大勝利を収めたもののフセイン失脚には至らず、その後はまず「大統領候補」…それも”黒人初の”が期待されながらも出馬せず、その結果当選した子ブッシュホワイトハウス内で穏健派として重きをなすも痛恨の「イラク戦争」で、国連で事実に基づかない演説を行う羽目になったりするなど、波乱万丈の生涯だった。


その人物が、ずっと取材を受けていたというボブ・ウッドワード……ああ、あれやこれはオフレコの情報源でもあったのかな? 


彼に、最晩年に語ったという。
それが、いわゆる「ならず者国家」に対する放置論だった…

…パウエルはアフガニスタン以外の外交問題についても自分の考えを述べた。

たとえば北朝鮮アメリカを攻撃してきたとしても「翌朝には我々が北朝鮮を破壊している」のは目に見えている。その報復を免れるような「攻撃手段を北朝鮮が見つけられると思っている人間なんていないだろ?」と。

「イランについても同じだ。イランも北朝鮮も我々の敵にはなり得ない。なぜなら彼らはそのような報復に耐えられないからだ。私たちは奴らを恐れているかって? 違う。(それより問題は)あっちに(アメリカを攻撃してくる)度胸があるかどうか、だ」



「しかし、時に自暴自棄な指導者が現れることもありますよね」と私が突っ込むと、パウエルは「たしかに、たしかに……」と言って続けた。

「中国は我々に北朝鮮との戦争をさせないだろう。彼らは北朝鮮を愛している。北朝鮮がほしいのだ。私はほしくない。北朝鮮のことなんか気にしていない。あの小さな最低野郎(金正恩)にパレードでもなんでもやらせておけばいい。彼はアメリカを攻撃してはこない。自殺行為になるとわかっているからね」

コリン・パウエル元米国務長官「私を哀れに思わないでくれ」 最後のインタビューで語ったこと | 死去する3ヵ月前に… | クーリエ・ジャポン


なる
ほど。
完璧な作戦っスね~

ただよお~~ハッキリ言って、このての戦略論はずっと語られてたけど、主にそれって、例えばパット・ブキャナンとか、親子二代のリバタリアン議員ポール親子なんかが提唱した、ぶっちゃけ孤立主義のそれじゃないかい?

共和党保守派の論客パット・ブキャナン氏が正面から唱えていた。やはり「アメリカ・ファースト」という標語が旗印だった。ブキャナン氏は1970年代から共和党ニクソン、フォード両大統領の補佐官として活躍した。1980年代のレーガン大統領の下でも特別補佐官として重用された。そして1991年には冒頭で紹介したような主張を表明していたのだ。

ブキャナン氏の政治標語には「アメリカよ、故郷に帰れ」という表現もあった。東西冷戦でソ連という強大な敵に勝ったアメリカはもうグローバルな軍事展開などを止めて、本国へ帰ってくるべきだ、という主張だった。国際関与を止めろという孤立主義でもあった。だから日米同盟とか米軍の日本駐留ももうやめてしまえ、というのだった。当時、乱暴な主張とされ、多数派の意見となることはなかったが、共和党超保守、民主党超リベラルの両方から賛同を得ていた。
japan-indepth.jp


”やつら”はどんなに頑張っても、「我々」に勝てる軍備は供えられないし、「我々」を攻撃したら次の日にはその国は消滅している。だから、パレードでも何でもやらせておけ……


このとき、問題はその「我々」に、たとえば日本や韓国は入っているのか。
パレードでも何でもの「なんでも」に、日本攻撃や韓国攻撃、あるいは攻撃を実際にしなくても、攻撃を可能にするための軍備増強や、武器の実験も入ってるのかい?と。
ニセ札つくりや大規模な国家ハッカー行為、大韓航空機事件や拉致事件のようなテロ行為というのもあるな……。

あと、間違いなく「自国民への人権弾圧」は「何でも」のうちに入ってるだろうしね……そこまで含めると介入主義になってしまうのも事実だし。


この種の問いは、状況が多いに違うとはいえ、イスラエルもアラブ・ペルシャの諸国との関係でアメリカに対して持っていた疑問だろう。

小坂俊史「まどいのよそじ」最新回(女性アマ力士)が、実に傑作でした。ジェンダー論、スポーツ論、メディア論……


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まどいのよそじ 小坂俊史 小さな相撲大会で「女性初の横綱」に

この作品は、雑誌名がややこしくて間違えやすいが「ビッグコミックオリジナル増刊」にて連載中

四十にして惑わずとと言いますが、実際に40歳で迷わず生きてる人なんています?そんな作者の思いが詰まったオムニバスショート。様々な40歳が抱える悩み、夢、現実をコミカルにいきいきと描きます。「四十にして惑わず」とか言うけど、40歳で迷わず生きている人なんているの?人生の節目(?)40歳を主人公にしたオムニバスショート。さまざまな40歳をコミカルに生き生きと描く、脂ノリノリの第2集。


マンガを含むエンタメって、本当の人気は「キャラクター」につくもので、作品にはあまりつかない(少なくとも商業的価値としてはそうだ)。だから、主要キャラクターを決めない「オムニバス形式」のエンタメは、労多くして報われることは少ない。
そして、だからこそそういう形式を今とっている作品は「意欲作」「野心作」が多い……と思う。黄昏の流星のあれは置いとけ(笑…といいつつ、いや実際に”たまには”意欲的な良作もあると思うよ)

で、この「まどいのよそじ」は40代…昭和の御世ならまさに社会の重鎮として仕事も家庭も(子どもはそろそろ成人…)完成系に近くなり、人生70時代の、幕の降ろし方も考える時代だった。

だが、21世紀も五分の一を過ぎた今は、40代はたしかに「不惑」どころか迷いっぱなし。自分の可能性、好奇心、向上心、諦念、人間関係、仕事、恋愛……とはいっても、確かに「青春時代」とはやっぱり違う。
そんな微妙なところを描いて…特に技法としては、以前から研鑽を重ねた「モノローグ」の手法を洗練させている。(重野なおき氏と文学的な同人誌を出したこともあったとか。その後商業出版もされた)

はちゃめちゃ教師とその教室の生徒を描く「せんせいになれません」とは、ちょっと別の路線なのだ。



そして今回、その中でも実に面白いシチュエーションで……コマで紹介したように、40代の女性体育教師が面白半分に、小さな神社の伝統の相撲大会に出たら優勝。
「史上初の女性横綱」となる。
星新一曰く、「すぐれたシチュエーションを考えたら、そこで作業はある意味終わりで、話は自然に出来てくる」と。

まさに、この設定から話が展開されるのだが、短いページの中に
いまの日本社会におけるジェンダー、女性の地位とは何か、スポーツの意味や公正さとはなにか、そして、何より(小さな神社の大会なのに)「史上初の、相撲の女性横綱誕生!」というトピックを前にしたメディアはどう振る舞うか…というメディア論として、実に風刺と批評が利いている話が連続して続く。
そして、最後を締めくくる、あぜんとさせるオチ……


おしなべてこのシリーズは水準が高いけど、シリーズ全体を通しても屈指の傑作といえるのではないでしょうか。



くしくも、女性は土俵に上がれるのか?の問題に火をつけた、女性初(にして現在唯一)の官房長官森山真弓氏の訃報も伝えられた。

www.shimotsuke.co.jp

news.yahoo.co.jp


そんな、ちょっとした因縁も連想しつつ。


小坂氏は、同じようなオムニバス作品として、いろんな「最後」をお題とした「これでおわりです。」もかいている

紙屋高雪「不快な表現をやめさせたい?」(かもがわ出版)

■内容紹介■
あいちトリエンナーレでの「表現の不自由展、その後」展示中止事件、「宇崎ちゃんは遊びたい」の献血ポスター炎上など実際の出来事を切り口に、自分にとって「不快な表現」にどう向き合えばいいのかを考える。

■もくじ■
はじめに
I「あいちトリエンナーレ」事件の何が問題なのか
II実際に「あいトリ」の作品を見てみる
III「行政の中立」とは何か
IV「宇崎ちゃん」献血ポスター事件を考える
コラム1●自由な批判で表現を取り下げる
ー『はじめてのはたらくくるま』事件
V女性を性的対象として見ることは問題なのか
VIポリコレ棒を心の中に
コラム2●表現の規制に必要な条件は
ー志田陽子教授に聞く
終章不快な表現にどう向き合うか
あとがき

■著者略歴■
紙屋高雪(カミヤコウセツ)
1970年愛知県生まれ。ブロガー。マンガ評・書評サイト「紙屋研究所」の管理人。

いま、ざっとあらためて見たところから、こういうくだりを引用しよう。

そして、もうまったくいま手近にあるだけだから例に挙げさせてもらうだけなのですが、たかぎ七彦さんの『アンゴルモア 元寇合戦記』というコミックがあります。 ぼくはこの作品を「楽しんで」いますが、物語上の演出として、侵攻してきた元・高 麗軍の残虐性は非常に強調されます。子どもを笑いながら殺すシーンから物語は始まります。そのことをもって、「元・高麗軍の残虐さを創作上過度に強調することが、 モンゴル人・中国人・朝鮮人の民族性に対する偏見を助長する可能性がある」という 批判も成り立ちえるでしょう。
つまり、創作物はほとんどのものが大なり小なり政治的不公正を含んでいるのです。 どこかで誰かを傷つけていることは避け難いと言ってもいいでしょう。
しかし、これにすべて対応して不公正を除去しようとすれば「政治的に正しいおとぎ話」になってしまいます…

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「不快な表現をやめさせたい?」 紙屋高雪



www.nishinippon.co.jp


…としつつ、ダイレクトに言及しないように気を遣ったのだが、ご本人が直接にこのテーマで最新記事書いてやんの(笑)じゃーリンク張る
kamiyakenkyujo.hatenablog.com

ペトロシアン敗れ、アンディ・サワーは引退…老い知らずの2人の時計も、ついに動く

ありゃ?同一の大会だけどペトロシアンの試合は公開中で、アンディ・サワーの試合はプレミアム会員限定なのかな?

abema.tv




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にしても、よくぞここまでトップに立ちつづけたものだ。旧K-1が終焉して何年たったよ。

ここまで現役一流選手として舞台に立ったのならそれだけでことほぐべきだが、それでもさびしい。サワーはMMAにも何度か参戦したが、その路線って結局何試合ぐらいしたんだっけ。


ONEキック部門はちょっと専門外でいつも見ていないけど、やはりこの2人は特別。