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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「サバンナを駆ける」と表現されたのは「アフリカ系選手」なのか「”チータ”の異名を捕る俊足の一個人」なのか?(プチ鹿島コラムから)

夏の甲子園中止。選手と、関係者にはお見舞い申し上げます。無念の思いは察しようもありません。


・・・・・・に関連して、5年前の夏、甲子園にまつわる小さな事件を、唐突に思い出した。

と言いつつ、個人的には唐突という訳でもなく。

実はこういう本を今読み進めている最中で。

それプラス、ひとつ前のエントリも頭にあって、それでふとおもいだしたのだった。
自分はその話を

芸人式新聞の読み方 (幻冬舎文庫)

芸人式新聞の読み方 (幻冬舎文庫)

という本で読んだはずなのだけど、それを引用しようと思って探したら、ほぼ同じ趣旨のことを著者がネットでも発表していた。
それを紹介しよう

高校野球オコエ瑠偉に関する報道で考えてしまう一件|プチ鹿島コラム
2015.08.16 19:00 デイリーニュースオンライン

 思わず考えてしまう一件があった。「オコエ瑠偉」に関する報道である。オコエ瑠偉とは、高校野球・関東第一(東東京)の3年生。彼の俊足は圧巻であり、その実力とスター性は早くも今秋のドラフト候補として話題だ。父がナイジェリア人で母が日本人の選手である。そんなオコエ瑠偉は甲子園初登場の試合で大活躍……しかし、その報道の翌日。ツイッターオコエ瑠偉に関する記事を問題視する人たちのツイートがまわってきた。スポーツ報知の以下のような表現が批判されていた。

・「オコエ瑠偉外野手(3年)が、野性味を全開させた。」
・「真夏の甲子園が、サバンナと化した。」
・「オコエ本能をむき出しにして、黒土を駆け回った。
・「味方まで獲物のように追いかけた。」
・「飢えたオコエが、浜風をワイルドに切り裂く。

 これらの表現がツイッター「人種差別」だとして非難されていた。私はなんともいえない気分になってしまった。というのも、このスポーツ報知の記事を私はふつうに読んだからである。私は差別主義者なのだろうか。

 ひとつ言い訳をさせてもらうなら、私はオコエ瑠偉の愛称が「チーター」であることを知っていた。……(略)でもたしかに「チーター」の愛称を知らない人が報知のあの記事を読んだら、オコエの「俊足」でなく「出自」を大仰に書いていると思ってしまう可能性もあるだろう。
(略)
 ツイッターでは、《「…サバンナと化した。…本能をむき出しにして…」←この表現を彼のルーツであるナイジェリア人に見せたら大笑いされるだろう。だってナイジェリアにサバンナはないから。アフリカを馬鹿にしている。》というツイートもあった。しかし、チーターという愛称前提で読めば、チーターこそサバンナにいる。とくに不自然ではない表現になる。だから私はふつうに読んでしまった。

 もしスポーツ報知に今回ミスがあったとすれば、みんながみんなオコエ瑠偉の愛称を知っているわけではない、ということを忘れていたことだろうか。文中に愛称のことを一筆いれておくべきだったかもしれない。世の中には通りすがりに正義を吐く人もいるのだから。

 それでも、「いや、オコエ瑠偉チーターと呼ぶこと自体がすでに人種差別だ」と言われたら…(略)

dailynewsonline.jp


「差別」とは先天的な属性、自分の選択したものでないものに対してだ、という定義がある。
オコエ瑠偉選手の俊足が先天的な、あるいはルーツの人種が持つ遺伝的な特徴か否か、となればそこは科学的な検証もいるだろうけど、アスリートとして高校野球からプロまで活躍できるのは、本人の血のにじむような創意工夫と日々の練習があることは間違いない。その結果として得られた俊足やしなやかな体のこなしを間近でみた、チームメートたちが彼を「チータ」と呼んだ(※チームメート由来のニックネームらしいです、これ)。何の不思議もない話である。



しかし、その結果として
オコエ瑠偉がサバンナを駆け、獲物を狙う」というレトリックは、一瞬にして「黒人差別のけしからんヘイトスピーチ」から「チータの異名を仲間からつけられた一個人・オコエ瑠偉の才能と努力を称える名フレーズ」となるのか、ならんのか。

仮になる(差別ではない)としたら、スポーツ報知の記事、記者は”名誉回復”がなされるべきではないか?

これは2015年、この問題が報道された時、その記事から振り返ってみるとどうなのだろうか。


www.huffingtonpost.jp


そのブクマ

属性テンプレ丸出しの宣伝文句しか浮かばないアタマしか無いのなら、そんな担当は『ポリティカル・コレクトネス』の欠落を自覚した上でメディア職を辞めたほうがいいと思う。 sports baseball 差別 これはひどい media literacy
2015/08/18 リスト yellowyellow 72 clicks

記事を読めばわかるんだけど、現役時代の王貞治を「中国四千年の歴史ガー」と褒めるレベルの表現だったので、アウトもやむなし。
2015/08/17 リスト

差別はいかんよ。
2015/08/17 リスト

純粋日本人に比べて身体能力が優れているという表現を野生に例えるのはそれほど違和感ないけど、野蛮的なニュアンスがあったのかなあ? 社会
2015/08/16 リスト yellow 22 clicks

これって差別なの? 社会
2015/08/16 リスト

結局、スポーツ報知は件の差別記事を削除したのか。日本のスポーツマスコミと野球界はこのような無自覚な差別意識が問題視されることなく生き残っているのだから、本当にたちが悪い。
2015/08/16 リスト

スポーツ新聞の記者に見識求めるのがそもそも不毛だけど記事酷すぎ/そんで次の日曜にサンデーモーニングで張本が高校球児らしさがとか品位がとか言い出すんだろなー、絶対見ないけど
2015/08/15 リスト

そんなに活躍するハーフが珍しいのかという印象 野球 報道
2015/08/15 リスト 46 clicks

バカだねとしか言いようがない。
2015/08/14 リスト 17 clicks

総じてスポーツ紙は品のない表現が多い

格闘技ファンも、この前UFC殿堂入りしたケビン・ランデルマンの異名「リアルドンキーコング」でひと騒動あった。

ケビン・ランデルマンが試合前に垂直跳びをする驚異のパフォーマンス、その跳躍力を知っているものからは、ドンキーコングというゲームで「ジャンプ」が重要な意味を持つところから連想して、そういう異名がついたこともごく自然に思い得るのだが、海外の一部ではそうは受け止められなくてちょっとした騒動になりました。ゲーム由来であることは、トーナメントGPのあおり映像で彼が、初戦でミルコ・クロコップをやぶり2回戦がヒョードルだった時「2面でいきなり、ラスボス登場」と銘打ったことでも確実なのだけれども。
またドンキーコングって、そのジャンプするキャラと、ゲームの名称になった「コング」キャラは別物だし「ドンキ―(とんま)」までご丁寧についてるしね…


www.nicovideo.jp

『アフリカでは今、1分間に60秒が経過しています』

togetter.com
のコメント欄で。

mmmmmtttt37 @mmmmmtttt373
アフリカでは今、1分間に60秒が経過しています


今ではアフリカの生活水準も相当改善し(これが「グローバリゼーション」の恩恵なことも疑いない)、大きな内戦も治まったところが多いので、あまり言われなくなったけど、80年代ぐらいにはアフリカの貧困というのが今以上に大きな問題だった。その時のキャンペーンで多用されたのが、秒や日付で割って「1分間に〇〇人が、1日でXX人が…」命を落とすとかそういう言い方ね。
でも実は1年は365日、1日は24時間あるいは1440分なので、母数にして割った数字を出すのは、ある意味ハッタリで膨らませた数字となってしまう。

『アフリカでは今、1分間に60秒が経過しています』
というのは、そういうもののパロディとして面白い文章だと思い、記録しておく。

石原夜叉坊はRIZINでなくONEに参戦?朝倉未来との対戦は無しか…

【みんなの反応】石原夜叉坊選手のONE参戦が決定か!?インスタグラムでチャトリCEOへむけて「準備はできている」と投稿 RIZIN参戦は無さそう・・・・ | MMA遅報



条件違ってたのかね。ちょっと悔しいな。どうもONE、ちょっとテンションが落ちてる感あってさー。

毎日新聞・澤田克己論説委員が、韓国のコラムを紹介。『挺対協批判はメディアと政府関係者にとってタブーだった』



Column
[朝鮮コラムThe Column]ジョンウイヨンの積弊をきっかけに、もう一度考えて慰安婦問題
朝鮮日報 チョン・ヨンウ韓半島の未来フォーラム理事長・前外交安保首席

日本軍慰安婦被害者支援を標榜する定義記憶連帯(ジョンウイヨン)と今回の総選挙で加え、市民党の比例代表で当選したユン・ミヒャン前ジョンウイヨン理事長の偽善と積弊が漸次佳境だ。去る8日、慰安婦被害者であるイ・ヨンスさんの爆弾発言がメガトン級後遺症を運転してきた。イ・ヨンスさんはジョンウイヨンとユン・ミヒャン当選者に向かって、「30年間の中を十分中たし利用されるようにされた」とした。日本大使館前の水曜集会にも「憎悪と傷だけ教える。寄付も被害者に書いたことがなく、どこに使われるかもしれない」とした。このような不便な真実は、被害者である慰安婦たち以外口に出すことができない。メディアや政府当局者は、ジョンウイヨンとその前身である韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)の実体を知っていても、これを報道したり言及すること自体がタブー視されてき聖域だったからだ。イ・ヨンスさんの勇気は、このような聖域を崩したという点で評価されることである。

ジョンウイヨンの実体を離れ際、慰安婦問題の解決策について吟味する問題の3つだけ提起してみよう。



출처 : http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2020/05/15/2020051504467.html

news.chosun.com


反日韓国という幻想 誤解だらけの日韓関係

反日韓国という幻想 誤解だらけの日韓関係

韓国新大統領 文在寅とは何者か

韓国新大統領 文在寅とは何者か

  • 作者:澤田克己
  • 発売日: 2017/06/07
  • メディア: 単行本
韓国「反日」の真相 (文春新書)

韓国「反日」の真相 (文春新書)

タイガー服部本感想。カール・ゴッチと長州力、謎の密室ガチスパー?…を、彼は目撃した…ドアが閉まるまで(笑)

タイガー服部がこういう本を出した。
引退する彼の、最初で最後の単行本になるだろう。

新日本プロレスの名レフェリーが明かす 古今東西プロレスラー伝説

新日本プロレスの名レフェリーが明かす 古今東西プロレスラー伝説

  • 作者:タイガー服部
  • 発売日: 2020/02/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
内容(「BOOK」データベースより)
業界キャリア50年を誇り、新日本プロレス、ジャパン・プロレス、全日本プロレスなどメジャー団体の歴史的試合を数多く裁いたレジェンド・レフェリーの著者は、外国人選手を発掘・招聘する渉外担当としても名高い。ハルク・ホーガンアンドレ・ザ・ジャイアントザ・ロード・ウォリアーズ長州力オカダ・カズチカ…日本のプロレス界に名を残した新旧の名外国人選手から交流の深い日本人選手まで、古今東西のプロレスラーたちの知られざる素顔、リング内外の仰天エピソードを明かす!


著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
タイガー服部
本名・服部正男(はっとり・まさお)。1945年7月20日、東京都中央区出身。アマチュアレスリングで実績を残し、渡米。70年代後半からフロリダにあるヒロ・マツダのジムでプロレスラーのコーチを務める。80年、全日本プロレス世界最強タッグ決定リーグ戦ザ・ファンクスのマネジャーとして帯同。以後、レフェリー、外国人係(渉外担当)として、日本のプロレス団体で腕を振るう。新日本プロレスを経て、長州力のジャパン・プロレスに参加し、全日本マットでも活躍。新日本復帰後、平成時代はメインレフェリーを務め、数々の歴史的試合を裁いた。長州のWJプロレスに合流するも、再び新日本に復帰。ブシロード体制下の新日本では、レフェリー、インターナショナルコーディネーター、NJPW U.S.A.代表を兼任。2020年2月、レフェリーを引退(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


週刊プロレスで、インタビュー聞き取り形式によって四年間連載していたものを基に、引退記念として一冊の本にまとめたのだという。


全体的な感想では…まあプロレスもののエッセイ本としては水準ではあるけれども、やはり2020年に出した時点で「彼が知っている面白いネタは、どこかに先に書かれてしまってるなあ」というのが、正直な評価。
例えばの一例ですが、タイガーさんはこういう「秘話」を語ります。
「ベイダーが WCW時代、エージェントを勤めていたポール・オンドーフと揉めて控え室で喧嘩になり、オーンドーフが勝った」
…これを「多分誰も知らない話だと思う」とか書いてるけどね、素人の俺ですら知ってる有名な話なんですけど……。


この辺は逆にね、業界の中にいたら何がファンにとって「えっ」とびっくりさせられる話なのか、ああ知ってる、それは有名ですよね、となる話なのか、わかりにくくなるところもある……
それは週プロ記者さんがちゃんと修正するべきところだったと思う。


また、逆に比較すると、昭和平成のミスター高橋や田中ケロちゃんの文章というのは純粋にエッセイストとして優れたスキルを持っていたのだなあと再確認させられた。
まあスキルもそうだけれども、たぶん彼らは日常的に「今、俺が経験しているプロレスラーとの交流の日々は、誰かに売れる商品となる」という意識を持って毎日メモしたり写真をとったりしていたのだと思う。
そういう部分は常に見習いたいものです。


でもまあ、当方のこの感想自体もかなりバイアスがかかったり、偏っているかもしれない。あくまでも個人の観測範囲というやつだ。
オーンドーフとベイダーの喧嘩の話も、客観的には十分に商品になる秘話だったのかもしれない。



そういうことで、このあとは、この本で、完全に個人的に自分が気になってメモしたいトピックス。


アンドレはサーキットして回る地区ごと、地区ごとに貯金していた。だから財産は相当なもので、モントリオールノースカロライナ、フロリダ…といった地域に全て邸宅を所有していた。


ジャイアント馬場は、ラスベガスでは大きな手に片手で1万ドルぐらいのチップを持っていた。そこにハーリー・レイステリー・ファンク、ドリー・ファンク・ジュニア、リック・フレアーがやってきては、いつも小遣いをたかっていた(笑)


ディック・マードックはビールを飲むことを「トレーニング」と称していた。ジョッキの上げ下げがプッシュアップになる、と言う(笑)


・リッキー・スティムボードのお母さんは、アメリカ人と結婚の際に当時のことで余り周囲は好意的でなく、渡米後は、家族との縁が切れてしまい会えなくなった。その話をジャイアント馬場がテレビの解説で話すと、そこから連絡がついて親戚と再会できるようになった。その時ジャイアント馬場は、リッキーに「次回の来日の時はお母さんを連れてきなさい」と伝え、飛行機代や滞在費を全て負担。。親戚一同が成田空港に集まるのも全日本プロレスのバスを出してくれたらしい。



キング・ハク の喧嘩最強伝説は本物で、喧嘩すると、その相手をまず持ち上げて車の3台か4台ぶんぐらいの距離をぶん投げる。合気道の達人が「空手やボクシングは拳を武器にしているが、わしは地面を(相手を投げて地面に衝突させて)武器にできる」と語ったという逸話があるが、まあそれを反対方向から一致させていると言うか(笑)



ハルク・ホーガンは実はヒロ・マツダに指導されて、 アントニオ猪木新日本プロレスで育ったことをかなり誇りに思っており「俺は日本人と一緒にハードウェイで育てられてプロレスラーになった。他のアメリカのレスラーは生半可なトレーニングで口ばっかりでプロレスができない」「俺はハードウェイを誇りに思っている」「そんなに簡単にプロレスラーになった人間を俺は尊敬しない」 と、悪い新日本育ちみたいなプライドを持っていたそうな。
しかしタイガー服部が「また日本で戦ってくれ」とギャラ額を提示すると「それだとブーツ片方しか履けないな」



ホーク・ウォリアーは六本木でイラクの人間達と揉めた。3人ぐらいを軽くボコボコにしたホークだったがイラクのその与太者たちはカミソリを持ち出し、ホークは「首筋をスライスされちゃった(タイガー服部(談))」。幸いにも動脈、静脈から数センチずれていて「15針縫うだけで済んだ」という。


・ベイダーがレオン・ホワイトから変身してビッグバンベイダーになる時、全日本に既にブッキングされていたのをキャンセルした…と言われているが、それは今振り返るとブラフで本当に全日本から話があったか分からないと。また、後のアルティメットウォリアーが最初ベイダーの候補だったという話は聞いていたがそれはほぼ内定していて、あの甲冑はアルティメットウォリアーのサイズに合わせた設計だったのだそうだ。本人が WWF を選んだためお蔵入りに。



クラッシャー・バンバン・ビガロはベイダーともタッグを組んでいたが、仲は全然よくなかったのだという。新日本の扱いもベイダーより一つ下だったのは…あまりにプロレスがうますぎたので、不器用なレスラーを誘導して名称を作るのが好きなアントニオ猪木からは、逆に張り合いがないと思われたのでは? と。


エディ・ゲレロ、ディーン・マレンコ、クリス・ベノワ。この三人が WWE に移籍する時は「3人一緒じゃないと契約しない」という交渉を行った。個人主義的なプロレス界でこういうことはめったにない。



・ジョー・マレンコはもともと薬剤師の資格を持っていたが、薬の売買ライセンスをとってフロリダで事業を行い今では Beach HOUSE も経営するような大金持ち。


石井智宏 、ぜか海外で非常に人気があり、どこの国のプロモーターと話しても石井の名前が出てくる。イギリス、ラスベガス…全てで大歓声を浴びていた。



・タイガー服部から見てザ・グレート・カブキの「うまさ」というのは別格中の別格だったと言う。「 体が柔らかくて いろんな角度の受け身を全部できる」「四つのコーナーでレスリングができる」「前と後ろだけではなく横のレスリングができる。パートナーのマサ斉藤さんも前後のレスリングだけだった」



ヒロ・マツダカール・ゴッチは基本的にお互いものすごいリスペクトを持っていたが、徐々に食い違い(アメリカンプロレスへの評価という点らしい)が生じてきて最終的には「背中と背中を向けあう関係になった」という。ゴッチが気の合う相手は、ボブ・オートン、グレートマレンコ、ジョーマレンコ、鈴木みのる…みたいな感じだったと言う


ここだけ独立して…長州力カール・ゴッチのガチスパー?

長州力がフロリダに来た時は、結局ゴッチさんとぶつかることが多くて、練習もそのヒロ・マツダ道場で行うことが多かった。
そんな中…ここは原文を引用しよう

ある日、 ゴッチさんが練習で使っていたグレートマレンコのジムに長袖を連れてきてくれて俺が頼まれて。連れて行ったらゴッチさんは長州力だけバッと中に入れて、鍵を閉めたんだよ。カーテンも閉めて。
これ、やばいなって思ったね。1時間以上…もっとかな? 中は見えなかったんだけど、ようやくドアが開いて徴収が出てきたよ。そしたら何もなかったような顔してた。 二人きりで密室のジムだから、俺、長州力が殺されてるんじゃないかと思ってた(苦笑)。でも平然とした顔で出てきた。
あれは今でも謎なんだけどさ。もしかしたら長州はゴッチさんとスパーリングか何かして、勝ってたのかもしれない。その可能性はある。すごい強かったから、長州は。

これとほぼ同内容に近いことは、先行するノンフィクション、田崎健二氏の「真説 長州力」にも記述がある。原文そのままを引用できないのは申し訳ないが…

新日本プロレスでズバ抜けて「強い」のは、長州と坂口征二だったらしい。坂口も柔道のトップ選手だったのだから当然だろう。
 長州自身は本書で以下のように語っている。
まあ、関節技はアマレスにないから、獲られちゃう。でも、その前段階で俺を倒せる人間、寝技に持ち込める人間はいなかった。
 関節獲るのってメチャクチャ楽なんだ。すぐに覚えられたよ。ただ、倒す技術っていうのはなかなか身につかない。覚えるのはしんどいよ。だから、レスリングをみっちりやってきた俺を倒せる人間はいなかったな。それは自信持ってた」(p.108, 下線オレ)

 下線部、UFCなどに慣れた現在の目で見れば、テイクダウンがどれだけ難しいかがよくわかる。まあ、関節技も難しいのだろうが、それは相手を倒してからの話だ。カール・ゴッチのもとでプロレス修行をしていた長州は、当時、ミスター高橋に「立った状態から始めれば、俺、ゴッチさんに勝ちますよ」と発言したというが、さもありなんと思う。
blog.livedoor.jp


真説・長州力 1951~2018 (集英社文庫)

真説・長州力 1951~2018 (集英社文庫)

と同時に誰の文章だったか…長州力本人の談として「俺はゴッチに勝てますよ。寝技だけで戦うなら難しいけど、スタンドから始まるならばね」と言う、幻想ともリアルとも呼べそうな自分を私ははっきり記憶に残している。
ああ、ミスター高橋の本か。

ミスター高橋本によると長州力は「寝技から入ったら負けるかもしれないが、立ち技から始めれば、俺はカールゴッチに勝てますよ」と言っていたそうですが、でも、ゴッチもグレコとフリーの五輪ベルギー代表ですよね。

この両者が戦ったとして、立ち技から始めても、二人ともレスリングベースですから結局は組み合い(またはタックル)→グラウンドの展開になると思うんですけど、それでも長州が勝っていたと思いますか?みなさんのご意見をお願いします。
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp


だがこの辺のピースとピースが繋がることが今後あるかは正直悲観的だ。それこそ YouTube長州力チャンネルでぶっちゃけてくれたら大反響なんだろうが、 この種のことには、一番口が重いのは言うまでもない。
でも、youtubeの「口の軽くする効果」はとんでもないものがあるから、今後しゃべることもあるかな?

長州はこのスパーを「やってない」と言ってる???

玉袋筋太郎)うん。でもね、まあいろいろ、プロレスラー最強伝説とかさ、幻想とかあるんだけど。長州さんがね、カール・ゴッチさん。神様カール・ゴッチ新日本プロレスの旗頭じゃないですか。その人のフロリダに行って、道場でなにがあったのかな?みたいなね、話とか。あれ、幻想膨らみますね。

(田崎健太)膨らみますよね。

小林悠)なんかあんまりカール・ゴッチさんと相性がよくなかったのかな?という。

(田崎健太)まあ、タイガー服部さんは1対1でやったと言ってますけども。長州さんは、やってないって言い張るんですよ。

玉袋筋太郎)正男ですね、正男。

(田崎健太)正男さんはね。正男さんも結構ホラを吹くっていうのがね。やっぱり長州さん(笑)。

玉袋筋太郎)ええっ?タヌキ!プロレス界の。

小林悠)ついて行けない方、いっぱいいらっしゃいますから!

miyearnzzlabo.com

「恣意的」←→「意図的」は言い換え可能か〜飯間浩明氏が考察







全部埋め込みだと、リプツイートは引用元が表示されるはてな仕様のせいでやっぱり読みにくい…


日本語をつかまえろ!

日本語をつかまえろ!

  • 作者:飯間 浩明
  • 発売日: 2019/11/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

本日「桶狭間」から460年〜名将今川義元は、なぜ馬に乗らず、輿で進軍したのか?

きのうの記事
m-dojo.hatenadiary.com

についたコメントより。

id:fullkichi1964

ちなみに5月19日(旧暦)なら「桶狭間の戦いから460周年」も上がらないとおかしいですな!(笑)
杉谷善住坊の狙撃からジャスト10年前であったという奇遇…………。


id:gryphon
へえ!それはびっくりだ。キリとしては善住坊事件のほうがキリがいいけど、事件としての知名度は比べ物にならないから、なにかの行事があるのかな


杉谷善住坊も不運な男で、こんな織田信長絡みの大事件と10年違いの同日じゃ、どう考えても前者のほうに注目が毎年集まる(笑)。
しかし逆にいえばこの日、彼が狙撃と暗殺に成功して信長が命を落としていたら、一種の因縁話として語られていたでしょうなあ…。


そんな中で、ちょっと今川義元についての(俺にとっての)新情報。

このリンク先で使われている、重野なおき信長の忍び」でも、今川義元はいわゆる、麻呂眉(本当の繭はそり落とし、墨で丸く描いた眉)で、馬ではなく輿に乗っていますね。記述によってはお歯黒もしていたという。

www.ebookjapan.jp

f:id:gryphon:20200519024154j:plain
信長の忍びより なぜ今川義元は輿に乗っているのか

これを、たとえば司馬遼太郎なんかは「公家趣味」に毒されていた、とか「でっぷりと太って馬にも乗れなくなったので輿を使った」みたいに描写していた、と思う。


ところが、
今川義元公の実像に迫る」という、静岡新聞社の出したムックがあるんだが。

ここにこういう記述がある。

信長が奇襲した際、義元は興に乗って出ていた。興に乗っていた理由は諸説言われてきた。義元は馬に乗れなかったのではないか、公家のような生活をしていたので乗馬の訓練をしていなかったのではないか、など。しかしそうではない。興に乗って出て行ったのは足利将軍家から「あなたは外出する時に興に乗ってよい」という特別な許可をもらっていたのである」。将軍家から特別許可をもらえる条件として幕府に相当な献金をしていたであろうし、そういった繋がりや人脈を持っていなければならなかったろう。
合わせて今川氏は「足利から吉良が別れ、吉良から今川が分かれた」という名門だった。義元としては尾張の田舎大名である織田信長を権威で威圧するために、敢えて馬ではなく興に乗っていたというのが理由だ。(12P)


ふむ、なるほど。
文化や権威―――とくに幕府や朝廷の発する官位がどれぐらい、戦国の世の軍事作戦、戦争において有効だったかは感覚的にはわからない…たしか「信長の野望」の第三弾か第四弾は、茶器や古書の所持で文化度の数字が左右されて、やや違和感があったもんだけど、ただ「権威を示せばいくさも有利になる」というのは、やっぱりあったんじゃないか、と思う。

そういう点では「われらは京と繋がりが深いぞよ」「輿まで使用許可が下りているぞよ」は有効だったのかもしれない。
ちなみに、ここで非常に目立つ「輿に乗っていた」ことは、総大将の位置を正確に把握したい織田の軍隊にとってはたいへんありがたいことだったとか(笑)



のちの「第六天魔王」の強襲を受けてまさかの討ち死にとなった今川義元だったが、最後は襲ってきた服部小平太に、自ら抜刀し手傷を負わせ、「東海一の弓取り」の名を証明してみせた。。

静岡にかつてよく見られたオハグロトンボは、今川義元の霊の化身である…と、戦前ごろまでよく言われていたという。

昨日なし 明日また知らぬ 人はただ 今日のうちこそ 命なりけり (今川義元