真田広之が制作にも関わった「SHOGUN」がエミー賞だとか。
自分はネトフリやディズニーの「独占配信」にはどうにも食指が動かないので当分見ないと思うんだけど、おめでとうございます。ましてや真田広之はバイオマンにもゲスト出演したレジェンドだし。
イエローフォーは死んだ。
超電子バイオマンでイエローの役者が失踪する騒ぎになった時
— keitaiさんの制作進行 (@keitai70211) September 16, 2024
詫びゲストとして同事務所JACのトップスターであった真田広之さんがまさかのノーギャラ出演した話もあるんだよね
しかも真田さんは誰よりも早く現場入りしてた上に非常に礼儀正しかったという
後に世界進出成功したのも頷ける人柄だよね https://t.co/lqNEAgCbV5 pic.twitter.com/KzcciOyEtK
#真田広之 さん『SHOGUN 将軍』で
— オッズくん (@odds_kun) September 16, 2024
エミー賞主演男優賞受賞!!
おめでとうございます㊗#超電子バイオマン40周年 pic.twitter.com/W0oUlG0zf1
いや、この話はどうでもいい。
真田氏の受賞や大谷翔平の大活躍をきっかけに、またぞろ「個人がスゴイか日本人がスゴイ」かの論争があった。
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以前はノーベル賞にまつわる定番議論でした(最近、日本人の受賞が途絶えているからな…)
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自分は、マイノリティの属性に関しても同様に「同じXX属性として誇りに思う」が言われてもそっちはスルーされがちとちゃう?が気になりつつ…
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しかし、そこから、もう少しだけ反転させて論じたい。
というのは「SHOGUN」大ヒットで最初に感じた感想ってのは俺の場合ね……これは「ゴースト・オブ・ツシマ」「ニンジャタートルズ」「アサシンクリード(&弥助)」「るろうに剣心」「鬼滅の刃」…もろもろのヒットのたびに思ってるんだが…「日本スゴイ」の逆、大前提としての「日本スゴクナイ」が念頭にあるタイプなんです、わたくしというかわたくし以前の世代というか
そもそも、日本のような小さな島国の古い歴史に、世界のほとんどの国が興味をもつ『筈がない』。【それなのに】16、17世紀の日本の歴史を下敷きにしたドラマが世界で大ヒットしたり、サムライ、カタナ、ニンジャ、ゼン、ジュードー、カラテなどが世界の共通ワードになっていること自体がなんとも不自然だなあ…
こういう大前提の自己認識があって、
【それでも】SHOGUNやゴーストオブツシマ、アサシンクリードといった作品の人気を見ると、あれっと思う訳。…そういう人いない?
ただ、これに関しては、自分で答えを4年前に用意している(笑)。
これは再度読んでいただいたほうがいいので、一番重要なところを装飾で強調しつつ再掲載する。
日本への「元寇」をモデルにしたゲームがPS4で作られ、話題を呼んでいる。元寇そのものについての話や、剣術や、時代考証や、「文化盗用」についてまで…
そんなテーマのどれもこのブログは以前から一枚かんでいるので、興味ある単語で検索してもらえればありがたし。
それはそれとして…今回のその話題で強く思ったのは「そもそもアメリカのゲーム会社に『モンゴルvsサムライをテーマにゲーム作ったら面白いんじゃね?』と思わせる基盤があったのは有難いことである」というものだった。
こういうのを強く思ったのは、そもそも「ウィザードリー」だったんだけど、実はパロディ、おふざけ的な意味合いもあったらしいウィザードリー(当時は知らなかった)に、まずプレイヤーの属性的にそのまんまサムライやニンジャがあり(たしか戦士や盗賊の上位互換だったよね?)、また敵の怪物に「ドラゴン」とは別の、オリエンタルな「ロン(龍)」がいたりした。
なんでそうなったかといえば、近代的なメディアやエンタメの中心が西洋だった近代初頭、新渡戸稲造の「武士道」から嘉納治五郎の「講道館」まで、非西洋文明の中では比較的早く、あちら(西洋)のルールに入り込んで知名度を高めることができたこと、戦後に映画やテレビドラマが発展した時も、クロサワやザトーイチ、そしてサニー千葉が知名度を高めたことがあるだろう。
この時代には「眠れる超大国」である清、チャイナも相当なもので、チャーリー・チャンやフー・マンチューらが活劇で活躍したりもし、「東洋の神秘的なアレコレ」を中国人が体現していたので、そういうご都合主義的な魔術で解決したり犯罪を実行させたりするなよ!!との意味で「推理小説に中国人を出してはならない」とノックスが言ったりした。
このへんの時代、そういう情報に地域や国ごとの濃淡があるのは、ある種已むをえないことといえる。中国人は拳法とかそういう部分で「漫画的に映える文化」あるから登場する確率多いんですよね。アメリカ人やフランス人も同様。
— もへもへ (@gerogeroR) 2020年7月2日
すごい残酷なこと言うと韓国は漫画というかエンタメ的に受けそうな「わかりやすいネタ」がない。 https://t.co/k3OUC8SFZHドイツ人なんて日本のエンタメでは「ナチ絡み」じゃないとなかなか出れなかったからなwwwwとくに70-80年代。
— もへもへ (@gerogeroR) 2020年7月2日
だが、それは「グローバリズム」のおかげで、相当に解消されてきている。
いまだにエンタメやメディアの中心が英語圏的なものであるのはやや残念ではあるが、ここでのギミック、設定…想像力に、非西欧圏のあれこれが加わっていくのは慶賀の至りだ。ブルース・リーやジェット・リーもそうだし、チュモンやチャングムや、例の「愛の不時着」もそうだろう。
m-dojo.hatenadiary.comバーフバリなどの「ボリウッド」も、ムエタイなどのタイ文化も同様だ。中国の「西遊記」が堺正章や夏目雅子が演じて、日本で作られ、それがイタリアその他で大受けだった、なんて展開もある。
そんな中で、日本の大ヒットを受けて、「鬼滅の刃」もやっぱり世界でファンが増えている…その結果、角が生えてて人を食っちまう狂暴な「鬼(ONI)」が、…伝統的な解釈はともかく、世界のエンタメサブカルのガジェットのひとつになっていくのだろうな、と思う。最近はメディア・エンタメの中心も西洋以外に生まれているし(たとえば中国で人気を博せば、(元は中国思想でもあるが)「陰陽師」が世界的に知名度を上げるだろう)。
www.oricon.co.jp
以前も気になっていたが「ノブナガ」って、世界的にはどれぐらい浸透してるのかなあ?なにしろ戦国サブカルには欠かせない人物だし、タイムスリップした現代人に会いまくる特殊技能を持っている(笑)
それが世界に広まっている可能性も大ありだ。ちょいと興味があるのは、
外国人がありがたいことに、逆にjapanの「サムライ」「チャンバラ」「ニンジャ」を愛してくださるじゃないですか。でも、ノブナガ、ヒデヨシ、イエヤス、シンゲン、ケンシン・・・などのイメージや意味、あるいは「センゴクジダイ」をどの程度把握してくだすっているのか、とか、幕末の「ローシ」「シンセングミ」、あるいは「イシンレボリューション」をどう把握してるのか…そんな知名度やイメージが、なかなか計りづらい。こっちも測りづらいんだから、あっちも計測しがたいでしょう。
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日本だって、どんどんどんどん、こういうエンタメサブカルの想像力の中により多くのものを取り込んでいきたい。
三国志は80年代ぐらいから、日本のサブカルチャーに一段と浸透して、我が国のコンテンツだ!と簒奪できるぐらいに定着した。
実際、いまは中国の三国志イメージは大きくKOEIに左右されている、ということである。
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中東のサラディンの知名度などもここ数十年で上がってきたし、FGOは世界の英雄偉人を集めているはず。鬼(ONI)のような、宗教迷信伝承に関わるガジェットも、どんどん世界中から遍く伝わり、こちらからも広げていい。
初対面でかなり深めな依頼がくる、ちょっとヤバいなこの人は・・そっと離れます。フォローで応援、喜びを腕立てで表現します!リツイートで犬がニャンと鳴いてそんな自分に驚きます。いいねで子供の見る悪夢が放送中止になります。#アルリカ #黒魔術 #やばいよ #エッセイ #漫画 #危険 pic.twitter.com/gSNxeNTO2W
— 星野ルネ (@RENEhosino) 2018年7月5日
アメリカのゲーム会社が元寇をテーマにサムライのゲームを作った、は、ナショナリズム的に喜ぶのもいいが「負けてられん!わが国もこれまで以上に、世界中からエンタメサブカルのネタを吸収せねば!!」と考えるべきだと思うのです。
長々と書いてしまったが、もう一回我と我が身を振り返ればいい。
タイにも、日本の明治維新やリンカーンの奴隷解放令に負けないぐらいに、国家をドラマチックに改革し、民衆の生活を向上させた「坂の上の雲」な物語がある。
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中東にも、源平合戦に負けないぐらいに、ふたつの一族が、その存亡をかけた大戦争を行った叙事詩(ウマイヤ王朝からアッバース王朝への交代)がある。
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英雄王二人が、武田信玄と上杉謙信のごとく、お互いに認め合いつつ対峙した攻防がある(マンスールとアブド・アッラフマーン)
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しかし、これらの話も詳しく調べれば血沸き肉躍る物語だろう。だが、それに材を取った物語は無いとは言わないが、残念ながら世界に広く知られ、見られ読まれているとはいいがたい。特に英語圏、いわゆる「欧米圏」では……たとえば「ハリウッドの企画」に挙がるまで、実際にハリウッドで映像化される前の段階で、力尽きてるんじゃないかいな?
(SHOGUNと、問題点も含めて色々似てる部分もある、タイがモデルとなった「王様と私」についてもいろいろ考えがいはあるが省略)。
そういう点では、やはりSHOGUNがヒットする大前提として、カナタを手に下げて、エキゾチックなヨロイカブトに身を固めたウォリアーがチャンチャンバラバラとファイトするコンテンツを「おっ、ジャパンヒストリーのアレか、面白そうだ、見てみっかな」と、世界中の人にまず第一印象で思わせる、おやっと目を引くようにさせたことが「キセキの時代」であり、極めてまれな僥倖だったと思う。
この部分で「いや、俺は世界各地の古い歴史を、たとえば平均的なアメリカ人の『サムライ』レベルで知ってる。それぐらいは基礎的教養だよ」と言える人がいたらすごいが。
ともあれ、まず大前提としてうっすらとサムライニンジャカラテのイメージが世界中にある、というのがすごいことでさ。
そこにはカノージゴローもマダム・サダヤッコも、ニトベイナゾーの「BUSHIDO」も、戦前から作られた時代劇映画のフィルムも、黒澤明の映画も座頭市も、サニー・チバ、ショー・コスギも、マス大山も、ミフネトシローも……そういう蓄積と継続があって、初めてまず最初に「まあ、ちょっとは見てやろうか」的な印象を相手に抱かせることができたんだ、と思うのよ。
漫才漫画「べしゃり暮らし」の中に端的な、そういう場面がある。
「あかね噺」でも、同様の話があった。
ここでいう「いつの間にか身にまとった空気」「顔と名前を憶えてもらっている」「会場をホームに」という段階に、「ジャパンの”時代劇”(サムライ・ストーリー)」は、よくも悪くも世界のエンタメ史上の中で達していたんだろうと思う。
それは偉大な先人に感謝し、それを発展させた真田広之にあらためて感謝、という話にもなる。
そしてまた、それを受け入れた側の凄さでもある……とは、上の過去記事にも書いた通り。
そして、1990年代以降、まさに韓流ドラマ、華流ドラマが「そういう空気」を身に纏うことに成功してるではないか。
いろんな国で、チュモン、チャングム、冬ソナ、そしてパラサイトやイカゲームによって「ふーん、よく知らないけど、コリアのドラマなら、とりあえず一話は見てみるか?」という層が恐らく世界中にできている。
「韓国時代劇」の鎧や武器などのビジュアルイメージや基本設定も浸透しているだろう。すでに韓流ドラマファンの朝鮮史の知識は、半端な世界史オタクのおれなどでは、とてもかなうものではない。
タンザニアを旅行するバックパッカーが、同国の映像関係者と知り合って話すには…
(海外縁に任せて歩くだけ)
中華時代劇も同じルートをいま辿りつつあるわけだし、そこにインドやタイのコンテンツも割って入ろうとしているわけでさ。
#赤松健の国会にっき (月・水・金曜に更新中)
— 赤松 健 ⋈(参議院議員・全国比例) (@KenAkamatsu) August 21, 2024
(291)タイ王国視察「タイ沼」編
タイではBLドラマを「Yシリーズ」と呼びますが、何とYは「やおい」の頭文字であり、YAOIは既にタイ語になっているとのこと。ちなみにパリや北米のマンガ系書店にも「YAOI」漫画コーナーがありました。 pic.twitter.com/GuImmoPRIg
そういう大前提を、あらためて思ったエミー賞でした。