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『風雲児たち』文久2年の「集団左遷」。井伊家”粛清”される/発売32巻は「生麦事件編」

まず、最新刊32巻が発売された、と。

風雲児たち 幕末編 32 (SPコミックス)

風雲児たち 幕末編 32 (SPコミックス)


今回は、何度か言及しているように、ついに「生麦事件」が描写される。

ここについても面白いのだが…その前に、雑誌のほう、最新号の話を紹介しておきたい。

そう、井伊直弼桜田門外の変で暗殺されたあと、急転直下、島津久光が”挙兵”。その軍事的…というより、時勢全体の圧力を受けた幕府は、大きく方針を変え、人事も刷新する。松平春嶽徳川慶喜復権する(これが「文久の改革」)。かつての指導者は、蟄居などの処分を受ける。


しかし、それは「安政の大獄は悪であり、捕まって罰を受けた被害者は英雄。取り締まった側は、悪党である。」という逆転現象であった。木の葉が沈んで石泳ぐ。ぜんぶがひっくり返る…その結果、井伊大老を生んだ彦根藩が、「このままではお咎めを受ける!おとり潰しになる!」との危機感(「安政の大獄が悪になる」だけでなく、「そもそも藩主の首を取られることが士道不覚悟だ」という弱みもある)を持つことになる。

その結論は…『公的な責任追及の前に内部粛清の形で「安政の大獄」「桜田門外の変」の関係者を処分する』ということだった。
そのあおりをもろに食らって、かつては「影の大老」だった長野主膳は、武士としての名誉の切腹すらままならず、「打ち首」に加えて、そのまま身分なども剥奪され墓も作れない「打ち捨て」の処分を受ける。


あ、この事件て「彦根の獄」っていうんだ…。


そして、桜田門外の変で行列に加わった武士たちが、「そこで戦死していないなら、それはお前の仕事が不十分だったからだ」という、とんでもなく苛烈かつ強引な論理で、次々と実質的な処刑、流刑となっていく。

みなもと太郎氏はここで「1860年桜田門外の変の罪を、1862年に問われたってことは…実質、彦根藩では赦免状態だったものを、慌てて再度処断したんじゃないの?」という疑問を提示されている。だとしたら、その処刑や流罪は、さらに暗く陰湿な影を帯びてくる(2年前の事件で、「いろいろあったが、何とか命は長らえたようだ、やれやれ」というところから突然、再度罰を受けるんだぜ)。

飛鳥川 昨日の淵は 今日の瀬と 変わる習ひを我が身にぞ見む」長野主膳辞世の句)
とは、いまに通じる普遍性を持つ詩だ。

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風雲児たち 長野主膳辞世の句(2019年5月発売「コミック乱」より)



さて、そこまでやった彦根藩の運命は???

それは言及を避けるが、幕末に起きた、ある一事件、自分は「なんであそこが、あの場でそうなるのかねー」と冷笑していたが、この話と繋がっていたのだ!! そこでようやっと腑に落ちた。


・・・・・・・というのが、最新号のあらましだが、最終盤、次号へのヒキ部分で、ついに「会津藩京都守護職仰せつかる」の場面が登場する。


「會津肥後様、京都守護職つとめます、内裏繁盛で公家安堵、トコ世の中ようがんしょ」

という俗謡が、今後は悲劇のバラードとなる……


あ、最新号の話だけで、コミックスのほうは紹介書けなかった。


たとえば、

で引用されている、「ガチで欧米列強、日本侵攻に乗りだしたら」という話や、生麦事件のディテール、また生麦事件が島津と薩摩藩の「虚名」を高めるという話も興味深い。