「風雲児たち」この前気合を入れて紹介したのはコミックスの発売のときだったか。
それ以降も、咸臨丸など遣米使節一行のアメリカ見聞録、勝海舟、薩摩の冷酷な「水戸浪士切り捨て」など興味深く、紹介したいことは多かったのだが、ちょっとサボっていた。
しかし、今回がひとつのターニングポイントであったことと、「風雲児たち」でかなり前に描かれていた”伏線”が回収されたので書いておきたい。
以前も書いたけど、幕末をペリー来航の1853年から、戊辰戦争の1868年までとするなら、1860年の桜田門外の変はその「折り返し点」なのである。
それは時間だけでなく、状況的にもそうであった。
ありえた歴史としては、この作品でも描かれたように、けっこうしたたかにペリー使節と交渉もし、海外事情にも通じた中堅官僚を多数要し、世界的にもきちんとした都市・農村運営をしていたエドのタイクーン(大君)・ガバメントが中心になって、近代化が主導されたかもしれない。その場合は…後述しよう。
しかし、それをやらせなかった失策を、桜田門外の変以降の江戸幕府は行うのである。
ひとつは攘夷派のテロが与えた反動により、使節を日本に送ってきた米国軍艦ナイアガラ号を冷遇したこと。
この話、作者は「風雲児たち」とは別に描いたエッセイコミック「挑戦者たち」で、こちらは端的に2Pほどで描写しているのでそっちを紹介しよう。
- 作者: みなもと太郎
- 出版社/メーカー: 少年画報社
- 発売日: 2004/07/30
- メディア: コミック
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司馬遼太郎の「明治という国家(テレビ番組は「太郎の国の物語」)」でも「ブロードウェイの日本人」がアメリカ人の熱狂を生んだことは一章を割いて語られていた。
- 作者: 司馬遼太郎
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 1994/01/01
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- 発売日: 2006/12/22
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第1回 ブロードウェイの行進
19世紀半ば、あたかも奇蹟のごとく出現した「明治国家」日本。万延元年、日米条約の幕府訪米使節団に、やがてその新国家を誕生させる三人の侍が乗り合わせていた。国民国家の成立を密かに期し、若き革命の志士たちに巨大な知的刺激を与えながら、自らも幕末の葬送者として次なる時代へ道を拓いた勝海舟。勝の終生の政敵で、崩壊する幕府の運命を予見しつつ、非業の死を遂げる幕臣 小栗忠順。勝海舟批判の論陣を張った国家設計の助言者福沢諭吉。幕府使節団の訪米から明治憲法発布まで、世界史上類をみない文明誕生のドラマをとおして明治創生の精神を語る。(1989年10月NHK総合テレビにて放送)
ブロードウェイで、サンフランシスコで、アメリカ市民が、使節団に熱狂したのは、世界すべてに扉を閉ざしていた神秘の国が、わが国の善意あふれる友情で扉を開いた!(アメリカ目線)といったり、娯楽の無い時代の「珍獣」「人間動物園(時事ネタはさむ)」扱いであったのかもしれない。同時代の李氏朝鮮やチベットからの使節であっても同じような熱狂はあったかもしれない。
ただ同時に、日本が250年かけて洗練させた文明文化、そして派遣された上流階級の挙措態度が、好感を持たれたことも否定はできないと思う。
いまだに「サムライ」が英語においても一種の褒め言葉であるのは、新渡戸稲造や岡倉天心らのプロパガンダも間違いなくあるが、結果的にはあちらの判断。集合知が「サムライ」を褒め言葉として定着させたのだ。
だが、そんな絶好の機会を、遣米使節を帰還させたアメリカ艦船に一発の礼砲も撃たず、最新鋭の銃器や機械の使用法を技術者が伝授する、という申し出も拒絶し(受けていたら、戊辰戦争のゆくえは…)、それゆえに日本の海外評価は急落したという。
ちなみに自由の国アメリカでも(だから?)、使節の人たちが貴族かどうかにこだわりがあり、使節がえりすぐりの有能な実務家=身分に関係ない抜擢=あんまり貴族でないことも日本に来て分かって失望した、とかとか。
遣米使節の話は、このリンク先が文章は硬いけどまとまっている
http://1860-kenbei-shisetsu.org/history_credit.html
ダダ漏れしまくった「ジパングの黄金」。制度の隙間に群がるハイエナ、そしてハリスは…
もうひとつは、さらに深刻な話。或る意味、ショーグンの国家は、これによって崩壊したといってもいいかもしれない。
そして、自分の中でも長年興味深く思っていた話なので、詳しく紹介しよう。
というか、まず、2007年に当方が書いたこの記事を読んでほしい。
このあとも、適宜この過去記事から引用します。
「風雲児たち」とハリスと黄金とをめぐる謎 -
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20070628/p6今回は幕末日本の金流出とインフレについて触れているのですが・・・佐々淳行は、ミッドウェー海戦の軍記を読むといつも悔しくてたまらず、「もう一回読むと勝っているかもしれん」と読み直したりするそうだが(笑)、小生も日本史において、この開国直後の金流出に関するくだりは歯噛みして悔シガラザルヲ得ズ(なぜか漢文調)。
ややこしいからここは読み飛ばしてもいいけど、要はこういうこと
・・・(日本の)金銀比価は当時の国際相場(1対15)を大きく上回る1対5(計数銀貨ベース)・・・鎖国体制のもとで金銀比価は国際相場と大きく乖離していたが、開港とともにその矛盾が顕現し、金貨の海外流出の可能性が発生する。
・・・アメリカ側に押し切られるかたちで、洋銀(おもにメキシコ・ドル)と銀貨(おもに天保一分銀)との交換比率は「同種同量の原則」・・・…日本国内での金銀比価は国際相場のほぼ3分の1にとどまっていたことから、洋銀を日本へ持ち込んで一分銀と交換し、これを金貨(天保小判)に両替して海外に持ち出し・・・リスクなしで多額の利益を獲得できることになる。
こうした金銀流出を懸念した徳川幕府は……海外なみの金銀比価を実現しようとした。しかしこの政策は諸外国からの強い抗議にあい、開港後間もなく中止に追い込まれた。この結果として、かなりの量の金貨が海外へと流出した。
その金が、い、今あれば俺は…どうにもならないけど(笑)、日本が大損をしたことは間違いない。前の記事でも書いたが、「海外から銀を持ってきて日本の金の小判に両替するかんたんなお仕事」でカネの入ることはいること。
横浜には
「ナンセンス商会」「フール貿易」といった、人を馬鹿にした会社が乱立したとか。
…というような話を豊田有恒が何本も短編で書いている。だが彼は自分でも認めるように「当時の白人が嫌い」で、そのせいで美味しんぼ的な善悪の戯画化をしている。「生麦事件は犠牲者のイギリス人のほうがルール違反をしたのであり、殺されたのも当然だ」という書き方の短編もあり、これはこれで丁寧に書けばひとつの視点だったと思うが、ずさんな戯画化がされていたなあという印象がある。
まあ、それは今からさかのぼっての評価で、当時この問題を教えてくれたという点では貴重な作品だった。
そして自分は、リンク先にあったようにそういう予備知識を持った上で、一冊の本を読む。それが「大君(たいくん)の通貨」。
徳川幕府の崩壊は、薩長の武力のみにあらず、もう一つの大きな要因は通貨の流出にあった。ペリーの来航以来日本は、初めて世界経済の荒波に見舞われた。幕府の経済的な無知につけ込んで、一儲けを企む米外交官ハリス、駐日英国代表オールコックたちの姿を赤裸々に描く新田次郎文学賞受賞の傑作歴史経済小説。
- 作者: 佐藤雅美
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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そう、この本では、この問題に関するハリスの「個人的な金銭欲」にかなり焦点を当てて、当時の新聞などいろんな資料を引用して語っていたのだ。
それが非常に説得力あったので、なるほどという感じで、風雲児たちを読んでいたら、最初にこの問題が雑誌で描かれたのが2007年だったらしい。
この作品で、登場初期のハリスはこういう紹介の仕方をされていた。
(10巻より)
- 作者: みなもと太郎
- 出版社/メーカー: リイド社
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なわけで、
みなもと太郎は…貧民のための高等教育機関設立などを紹介、「異文化への理解や尊敬心は薄いが、厳格な理想主義者」という書き方をしているし、そういえば手塚治虫
でもそういう書き方だな。「大君の通貨」だってそもそも小説であるのだし、どんな人物像が史実に近いのか。
- 作者: 手塚治虫
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と、「あれ?大君の通貨、もだいぶハリスのことは誇張してたのかな」と、そういうふうに軌道修正していたのですよ。
- 作者: みなもと太郎
- 出版社/メーカー: リイド社
- 発売日: 2007/12/26
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しかし2013年。11月の「風雲児たち」では……。
ちなみにこのあとのコマでは
「それ以来、上海に行くたびに積極的に大量確認せずにはいられなくなった…」
とギャグで皮肉っている(笑)。
ハリスは清教徒的潔癖さを持ち、たとえば日本の混浴慣習を「忌まわしく改めるべき蛮習」と日記に書くほどで、だから「唐人お吉」はいくらフィクションとはいえ気の毒な役回りなのである(笑)。ずっと上から目線ながら、日本を彼らの流儀で善導しようという意識もあったようだ。
しかし、お金の力は………
授業無料大学を19世紀に作り上げた無私の教育者がこうなるのなら、優れたノンフィクション作家がわずか1年前の借金について「??」に満ちた説明をする、のもあり得る話かもしれない。なんだそりゃ。
そして日本の、間違いなく外国との交流によって生まれたインフレは、これら流行とあわせて攘夷思想の”支持率”を高め、維新につながっていく…。
それがなければ幕府官僚は江戸の制度を温存しつつ、開国と近代化をリードしていたかもしれない。ただそのときには、オスマン・トルコや、エジプトのような展開になっていたんじゃないか…と個人的には思っている。
にしても、「ハリスは清教徒的正直者なのか?強欲というのは誇張か?」という2007年に俺が読んで感じた疑問に、2013年に作者はこたえた。
ジジイ、ひっぱりすぎだよw。
その間にあんたが死んでたらどうすんだwww
しかも読み返したら、最初の交渉の描写に、伏線張ってありやがったwww
芸が細かいんだよwww
と、なぜかwを使ってしまう。
金と銀の価値比率なんて、だれが決めたんだろうね。世界人類、みな金を愛す(なんで?)
しかし、この話を聞いて不思議というか…一応納得はするんだけど、根本のところで不思議だなあと思うところがある。
つまり日本では金と銀の価値が1:5だか1:4だった。
だが世界では金と銀の価値が1:15だった。
だからアメリカもイギリスもオランダも、日本で通貨を交換すると、通常の3倍の金が入って大もうけ…だが逆に言うと、日本も通常の3倍の銀が入ってくる。
どっちも本来ならWIN WINなのだ(笑)。ただこっちは一国、あっちは連合国で、多勢に無勢なので大損となっただけで(笑)。
金が銀の何倍の価値があるか、なんて誰かが決めた…いや最終的には国が決めたんだろうけど、はてどこまで理由や根拠があるのかね。
そもそも、もし世界に「金や銀なんてぎーらぎらして下品で忌まわしいなあ。それに比べて、この銅の渋い色!!」みたいな民族があったら、そこに冒険商人が殺到したんだろうな。そしてお互い「こんな貴重なものを、こんなガラクタと交換するなんてアホかいな」と思いつつ、金銅貿易で港はにぎわう…。
日本だと、「茶道具」 にそのたぐいがあったようだね。朝鮮の彩色なき白の陶磁器、ルソンの壷……最近やっと理解された部分もあるけど、日本の「わびさび数寄」の価値観は、西洋はおろか中国朝鮮でも当時理解されなくて、朝鮮通信使が「なんでこんなあばらやに、くすんだ陶器を…」とかやたらと首をひねる記述があるとか。
さらにいえば
宇宙最強の無敵連合艦隊を持つ「ハルバル星」「ハルカ星」(下コメント欄参照)という星がある。(ドラえもん)
彼もアメリカの使節なみに地球で冷遇され、怒りをあらわにしたのだが、この星では「ガラスがダイヤモンドより貴重」のため、のび太たちからビー玉をもらった大喜びで帰国、連合艦隊の地球襲来は回避された。この後、恒常的な国交が地球とハルカ星に樹立されたら、地球から猛烈にガラスが輸出されるだろう。その交換が、はてどっちに有利なのだろうか。
そもそも人間が金が、銀がすきなのはやっぱり猫や犬にもある「キラキラしたもんが好きー」な生物学的本能とかに由来するのだろうか。
このなぞをエッセイ的に考察した話が清水義範の短編集「お金物語」に載っていておもしろかったな。
- 作者: 清水義範
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1994/10
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追記 はてブより
id:settu-jp
「幕末開国時の金流出」は10万両程度ともいわれ当時の国内金貨流通量の0.4%に過ぎずその説には異論も有る。
宣伝
http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20130516/136865574
5外交史は「幕末外交と開国 (講談社学術文庫)」をid:sea_sidesea_side !エントリー 歴史
幕府が決めてるのは銀の価値ではなく銀貨の価値やね。銀自体の価格は江戸時代の日本でも、同量の金の11分の1とか国際価格に近いものだったから。
(あ、「貨幣なんて瓦でもいい」の萩原重秀!!!)
みなもと太郎「風雲児たち」連載150回で記念企画!キンドル版出版! 23巻が12月発売!!
■12月で「幕末編」の連載150回。記念企画
最初の話は、巻末予告に書いてある。
次号予告ページ。
ジジイ、150回で油断してんじゃねえだろうな。
五稜郭まで描き切るまで、死ぬことを許されていねえってことを忘れるんじゃねえぞ。
にしても、偉業だ。
いま1話完結以外の長期連載という点では「ガラスの仮面」はアレとして、「風雲児たち」「西遊妖猿伝」、ぐっと下って「強殖装甲ガイバー」…かな?
次号は12月27日発売で、
スペシャルインタビュー、幕末美女人気投票、さらにはリイド社版電子書籍が幕末編とその前のワイド版、ともに1−5巻まで無料公開される、とか。
■キンドル版が今月まとめて出版された(らしい)
今見たら、ぜんぶ11月の日付だからそうらしいよ。
- 作者: みなもと太郎
- 出版社/メーカー: リイド社
- 発売日: 2013/11/22
- メディア: Kindle版
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これもまた、めでたい。リイド社はリイド社独自の電子出版もあるらしい(それが今度無料公開される)。
http://www.leed.co.jp/search/?ebook_status=1
けど、やっぱり普及にはキンドルですわな。
【追記】その後、リイド社自社版電子書籍の無料公開が正式決定。年末、12/27から。
http://www.leed.co.jp/news/n88.html
『風雲児たち』電子書籍で複数巻無料配信!
2013年11月27日(水)発売のコミック乱2014年一月号、344ページの次号予告に掲載された“歴史大河ギャグの金字塔 連載150話到達!!”の“スペシャル3”「電子書籍販売サイトにて『風雲児たち』の既刊本(ワイド版 第1巻〜第5巻/幕末編 第1巻〜第5巻)が期間限定で無料公開!!」についての詳細をお知らせいたします。2013年11月26日(火)現在、以下の電子書店さまで無料公開実施予定となっております。
■ebookjapan(http://www.ebookjapan.jp/)
実施期間(予定):2013年12月27日(金)〜2014年1月9日(木)
■そして、23巻が12月26日発売。
- 作者: みなもと太郎
- 出版社/メーカー: リイド社
- 発売日: 2013/12/26
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されますな。今回は咸臨丸らの帰国、桜田門外のあとしまつが描かれるというわけか。
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■18世紀の「人力検索はてな」。建部清庵と杉田玄白(「風雲児たち」関連)
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20070927#p5■安政の大獄で「これは冤罪だ!」と声を上げた幕府官僚・木村敬蔵という男がいた
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20100804/p2
■万延元年のジャッカルたち…「風雲児たち」で、桜田門外の変がカウントダウン。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120105/p2
■万延元年の「テロルの決算」〜桜田門外の変描く「風雲児たち」21巻発売
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20121128/p1
■「風雲児たち」最新刊補遺。忠臣蔵以来の、江戸の<実戦>が生んだ悲喜劇。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20121212/p2