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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

万延元年の「テロルの決算」〜桜田門外の変描く「風雲児たち」21巻発売

29日に発売されます。
ちなみにNHKの人気番組「家族に乾杯」?で、人気アイドルが「風雲児たち」のことを紹介してくれたとか。
そりゃ追い風だ。とにかく知名度さえあれば、の作品。
このブログも微力ながら宣伝のつもりだぜ。



風雲児たち 幕末編 21 (SPコミックス)

風雲児たち 幕末編 21 (SPコミックス)

以前、この作品については、まもなく討ち入り、という回を取り上げて紹介しました。年甲斐もなく作者・みなもと太郎のジジイ(※還暦過ぎている)が年甲斐も無くまどか☆マギカのパロディをやってる、という話が話題になったんだっけ。

■万延元年のジャッカルたち…「風雲児たち」で、桜田門外の変がカウントダウン。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120105/p2
(過去の「風雲児たち」関連リンクもあります)

現在、連載中の雑誌「乱」ではこの事件の「後始末」部分を丁寧に、丁寧に描いている。・・・のはいいんだけど、ジジイてめぇの余命を考えろ(笑)。かといって以前のようなはしょり・爆走はゆるさんので、せいぜい丁寧に描きつつ、長生きして両立させやがれ(ツンデレ)。

桜田門外の変は「その後」も悲喜劇を生み続け・・・

2010年度の漫画傑作選を選ぶとき、同作品はこの変に至る「安政の大獄」を描いており、自分は「この部分を長い風雲児たちの中でも独立の読み物・・・『安政の大獄篇』と考えて、ここだけでもお試しで抜き出して読んでみては?」と薦め、ベストテンでもそう扱った。

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110327

こうやって単行本が出ると、内容的にはここまでも含めた「大獄&桜田門外篇」とみなしたほうがいいだろうな。



以前も書いたかもだが、この事件が発生した大名の登城行列は、もともと、雪は降っていたが「見物人の多いイベント」であり、場所は茶店などもある繁華街。今の世の中で、秋葉原で大事件が発生したとき、山のような体験談や映像がSNSにあふれたように、この事件も日記、手紙、公文書などに山のような記録があふれている。
それを抜き出し、再構成してみるとこんなに詳細が分かるのか…と。教科書で一行「井伊直弼は殺害された」とだけ書かれる、そんな事件の裏側に。(教科書は教科書の意味と役割があるのは承知だが)

井伊の首が落とされたときに「鞠を蹴るような音がした」なんて、実際の記録になければ「?」な記述で、だれもそういう音を演出では入れないだろう。
満身創痍の彦根藩士が、首の無い井伊の遺体をかごの中に入れて、かついで二、三歩歩いたところでバッタリ・・・

というのも普通のストーリー的にはわけが分からない。実際の記録にあるから、こういう「ノイズ」も迫真性を持ってせまってくるのだ。

武家政権300年が生んだ「体面」の矛盾

この桜田門外の変は、武家政権がいかに硬直し、形骸化しているかを明白にした事件でもあった。


・襲撃現場に到着した藩の援軍は「犯人の追跡・逮捕」以上に「血で穢れたこの現場を清掃せよ!ぐずぐずしてると他の藩が通る」という仕事に懸命。
 
・跡継ぎが決まらない状態で藩主が死亡したらお取り潰し。そもそも武門の家は襲撃されること、被害を受けること自体が不名誉。だから首が無い状態なのに「ご病気中」という建前を通し、町人たちに「倹約で 枕いらずの 御病人」とからかわれる。儀礼上、お見舞いも将軍家から使わされ、お土産の朝鮮人参に対しては「人参で 首をつなげと 御使い」だ。さらには儀礼上、御三家の水戸藩まで強制的にお見舞に参上(笑)。


・・・しかし、こういう悲劇以上に、ちょっと重く印象に残るのは、まったく予想外の襲撃に逃げ出してしまった行列の彦根藩士だ。職務上も倫理上も、たしかに言い訳不可能。そして上のように衆人環視、公上も私人も記録が膨大なこの事件、「行列の何番目に位置していた藩士の誰某と何某が無傷なのに逃げ出した」ということまではっきり分かっていて・・・彼らがどうなっていくのか。当然、「最大限の慈悲で切腹させてやる」ぐらいの話になる。
命を恐れて斬り合いの現場から逃げ出した彼らは、せいぜい1日か2日かの延命を代償に、武家社会での一族の社会的抹殺と永遠の不名誉を与えられることになる。 
・・・この悲喜劇が重いのは、自分だってその立場の藩士だったらそうだったかもしれない、とも思わせる普遍性があるからだ。

万延元年の「キューバ危機」?・・・大内戦をとりあえず回避した「危機管理」とは。

上の「枕いらず」や「人参で首を継げ」という風刺を生んだ、タテマエと虚偽の交錯する、幕府の、この事件に関する糊塗政策・・・後世から見れば、実にこっけいで愚劣で、なるほど「ペリー来航(1853)から大政奉還(1867)に至る折り返し点(1860)にふさわしい事件だ」と感じさせるものがある。


しかし一方、今回の「風雲児たち」を読むと、答えをあとから知っている我々の感覚でなく、リアルタイムの彼らが感じていた、「もうひとつの可能性」を知ることになる。

いわば、歴史のIfで言えば、今の歴史教科書、歴史用語事典にはこう記されていたかもしれないのだ。

■万延戦争(1860〜1870)
彦根藩主の大老井伊直弼水戸藩の浪士に暗殺された事件を契機に、両藩とその同盟軍の間で勃発、日本を二分して10年続いた内戦。のちに諸外国も介入し現在、伊豆大島佐渡島がイギリスの永久租借地となるきっかけとなった

そう、処理の細かい手続きや、幕閣の阿吽の呼吸に基づく取り繕い政策がなかったら、彦根藩水戸藩に対して武力報復をしないほうがおかしかったのだ!武田軍団の赤き甲冑を受け継ぎ、三河勢の先鋒に常にたった御譜代の名門中の名門と、「天下の副将軍」の家が…!!
 
それを処理するという大問題。
とりあえず幕府は首都で「暗殺事件」というアクシデントを「内戦」にしないために数々の手を打った。
それが正しい、抜本的な解決策だったのか、「先送り」だったのかといえば後者だが・・・その「先送り」によってとりあえず、江戸と日本の平和は保たれ、明治維新戊辰戦争までこの国は7年の猶予を得た。
みなもと太郎はこの処理をした筆頭老中を「阿部正弘に匹敵する」としているが・・・

もちろん、現在の尖閣諸島問題などをオーバーラップさせる読み方も可能だろう。



こんなドラマに、
薩摩藩はこの機に決起するか?
薩摩藩がやらないなら大久保・西郷らを慕う若手が暴発するか? 
捉えられた浪士たちを、各藩は名誉ある志士として扱うのか、凶悪なテロリストとして扱うのか? 

といった問題も並行して進んでいく。

そんな21巻、ぜひ手をとってご覧ください。

このエントリのタイトルは、同じく要人暗殺をディテールを含めて徹底的に描いた、このノンフィクション本から取った。

新装版 テロルの決算 (文春文庫)

新装版 テロルの決算 (文春文庫)

少年の刃が委員長の胸を貫いた瞬間から社会党への弔鐘が鳴った。テロリストと野党政治家が激しく交錯する一瞬を描き切るニュージャーナリズムの傑作。大宅賞受賞

この小説がある意味先駆け

桜田門外ノ変〈上〉 (新潮文庫)

桜田門外ノ変〈上〉 (新潮文庫)

桜田門外ノ変〈下〉 (新潮文庫)

桜田門外ノ変〈下〉 (新潮文庫)

追記・関連togetter

はてブの関連記事紹介機能で教えてくれました。
こりゃ、当方の記事よりおもしろい(※21巻以前の話題もあります)
http://togetter.com/li/360041

あと『風雲児たち』はチャカポンさん(※井伊直弼のこと。あだなの由来は作品参照)も含めて幕府重臣たちがお見事。チャカポンさんも通り一遍の悪役でもなく、あといってマンセーされるわけでもなく、いいところと悪いところを描いた上で、「ああ、こりゃ殺されるわ……」って理解できる流れは本当に素晴らしかった。
Jiraygyo 2012/08/21 14:36:09
 
風雲児たち」ですと岩倉具視の描き方も納得がいくものがあります。混乱の時代を「わしはやったるでぇ」と、成り上がるためのチャンスと考えているわけですが、こっそり賭場を開いたり、源氏物語のエロ同人誌(これは源氏物語の挿絵ですと主張して春画を売る)作って生活してたんだからそらそうもなる
bakagane 2012/08/21 14:44:29
  
実際、島津斉彬がどれだけ優れた政治家で開明的君主で先々を読めていたのか、というのがあっても、それだけでは世の中は動かず、徳川斉昭のような爆弾みたいな人間が歴史を動かすわけで、それを理解してうまいこと利用していたという阿部正弘の役柄は上手かったよなぁ……『風雲児たち
Jiraygyo 2012/08/21 14:51:13