この記事の、当方のブクマコメントにかなりのはてなスターがついた。
家族や友人に何も知らせず完全に「蒸発」してしまう人が年に数千人いる。なぜ彼らは姿を消し、どこで何をしているのか。過去の人間関係を断ち切って生きている人々を追ったドキュメンタリー映画『蒸発』(3月14日から日本公開)を見たノンフィクション作家の北尾トロさんは「リアルな描写から厳しい現実だけではなく、人生をリセットしたことで得られるかすかな希望も感じられた」という――。
president.jp
拙コメント
以前から思うけど、「その人はどこの誰であるか」がすぐわかる社会と、消えたいと思えば消えられる(その状態でどこかで暮らせる)社会と、どちらが良い社会なんだろうね。
https://b.hatena.ne.jp/entry/4784152796813464162/comment/gryphon
これに予想以上のスターがついたのは、やはり琴線に触れる話(問い)だったのかと思う。
実はこのブログの初期あたりは、何度も話題にした話だった。
たとえば2012年の記事を再紹介しよう
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2012年6月9日の朝日新聞には社会面トップ記事でオウムの高橋克也、菊地直子容疑者の潜伏を解説する
「ニセ夫婦 こう化けた」という記事が載っている。朝日は記事デジタル化によって、記事のネット掲載が非常に少なくなっているのでそのまま紹介できないが、要約しよう。【逃亡オウム信者はこうやって他人に成りすました】
・1999年6月、2人はラブホテルなどを転々としながら、東京やさいたまの区役所、市役所に通い詰めた。
・窓口近くの記入台に立ち、隣で記入する人の書類を盗み見しては、使命や住所、生年月日を次々書き取っていた。
・それぞれ自分と同世代の人を選び、この情報を持ち帰った。
・二人の情報の中に同じ「櫻井」姓があった。再び2人で役所に行き、それぞれの櫻井に成りすまし住民票を入手した。
・住民票を入手後はアパートに入居、信用金庫の口座を開設。
・この手口は林泰男も使った。
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・多重債務で苦しみ、にっちもさっちもいかなくなった女性「もう死ぬしかないわ・・・」
・その親友「なに言ってるの!債務なんてね、数年すれば時効になるのよ!貴方も時効になるまで逃げればいいわ」
・債務女性「そんなの無理よ」
・親友「できるわよ!!あなたは私になるの」
・女性「?」
・親友「まず・・・私の住民票や関係書類を持って、原付の免許を取りに行ってきて。ペーパー試験だけだし、必至に覚えれば簡単でしょ。 そして、貴方の写真で、免許証をつくれば・・・顔は貴方だけど、身分はわたしの免許証ができるわ。顔写真つきの身分証明書だから、あとはなんでも出来るわ。アパートをどこかに借りることも、バイトの面接も、口座をつくることもね。そこで時効が来るまでおとなしく暮らしなさい。 私は仕事も住居も変えないから、ふたりの私がいることになるけど、生活圏が重ならなければばれないわ」
こういう話が、おそらく琴線に触れるのは、共通したロマンだからだろう。
原文を紹介できないのが残念だが、夢枕獏氏が流浪の将棋真剣師を描いた「風果てつる街」のあとがきにありましたかね。
自分が創造していた、世界最強を目指す物語(餓狼伝、獅子の門)などと対比させて、「それに負けないぐらい、ひとり漂い、きままに旅をして野垂れ死に…に男は憧れるのだ」と。
そんなロマンを、絵で描いた名場面

おまけでひとつ「失踪日記」

谷口ジロー「遥かな町へ」も畢竟、それを描いた作品だ。
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・・・・・・・・・・・まさにこの時期、自分や妹や母親を残して、まじめ一方だった父親が突然失踪していたのである。その真相は幼かった主人公には当時わからなかったが、「女の影」などもあるような、無いような・・・・・・・
そして博史は、この歴史を変え、失踪する父を止めようとする。
幼かった過去の世界線(あれ?この用語、意味分からないけどさらっと使っちゃった)とは異なり、48年の大人の知識と経験を積んだ自分なら、父親を止められる・・・・・・・・・・・・。
だが。
えー、ここからが、作品の肝の部分だと自分は思っているので、いわゆるネタばれではないけど、避けたい人は、できる限りお避けいただきたい。
その上でかくと・・・・・・・・・
要は、自分が父親を止めるための力になると思っていた
「大人として生きた経験」こそが
父親を止めることのできない、自分の足かせになってしまうのだ。
ただ、いま、技術によって、社会の「本人確認」の厳格化によって、その環境は失われていく。
上のオウムの逃亡のような、多重債務の逃亡のための原付免許取得は、いまはシステム上防がれた。いいこと…なんだろう。
大体の身分詐称は、「写真付きの身分証明書」を起点にして、それをチェックするところからスタートすれば防ぐことができる。
そして現にそうなりつつある。
写真も、人間の目視なら、たとえば扇久保博正と石渡伸太郎の身分証明書をついうっかり、注意不足ではい同一人物ですね、とやることもあろう。
だが「顔認識」システムによって、そういう取り違えも、そのシステムを使えば、3億人にひとり、のレベルとなっているわけだ。
だから、失踪者に対しても、ピッとそういうカメラで認識し、失踪者データベースに繋げれば…「はい、このパチンコ屋で住み込みで働く山田太郎さんは、15年前に北海道から蒸発した田中一郎さんです」ともわかるようになるわけだ。
それはピンポイントで探した時?そうだけど、さらに街灯の防犯カメラと連携すれば、そこを買い物、アルバイトで通らざるを得ない無数の群衆1万人のなかから、失踪者をピックアップすることも可能だろう。
そういうのを嫌がる人の中には、かなりの確率で「犯罪者、犯罪者予備軍」がいる。そういう人が困ることはむしろ推進すべきである…隙の無い論理だ。
このへんのことは「SF」として自分は元々扱ってきたが、このブログを書いている20年超だけですべて「現実」になっている。

その流れをいちいち過去記事を追っていくと個人的には面白いんだけど、「顔認識(顔認証)」で検索すればいいか
顔認識 の検索結果 - INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-
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その結果として「技術的には全然可能です…では『政策』としてやるか、やらないか、あるいは禁止するか、となります」
なんですよ。
これは、間もなく始まるのかな、始まったのかな。日本版DBS、だっけ。そこにもつながる。
幅広く言えば
— Gryphon(INVISIBLE暫定的再起動 m-dojo) (@gryphonjapan) March 1, 2026
・「この人間は過去に犯罪をしたか、どんな犯罪か」のデータは、活用で防犯に絶対役立つ
・そのデータは確実に国家(警察、司法)は握っている
・ではどこまで活用できるか?
…まさに「自由か、さもなくば幸福か?」案件。DBSはDBSに留めるべきか拡大すべきか。https://t.co/yTzaw5yC9k pic.twitter.com/VFNP0vmOr5
日本の「トロンの父」坂村健がすでに2014年提言している。
坂村健の目:「ミエコシステム」 毎日新聞 2014年05月22日 東京朝刊
http://mainichi.jp/shimen/news/20140522ddm013070037000c.html
認知症やその疑いがあって行方不明となる人が年間およそ1万人に上っているというテレビの特集番組を見た。高齢化に従い確実に増加する認知症の方々の−−いわゆる徘徊(はいかい)問題について、社会としての体制が未整備だという。特に認知症による行方不明者を捜すシステムに問題があるという。
(略)
今一番有力なのは、顔認識システムだろう。…(アメリカでは)行方不明者の顔写真を登録すれば、即座にどこで見かけたかを検索するシステムも構築されている。(略)…問題はマッチングのシステム整備だけだ。
認知症で、自分がいまどこにいるかもわからなくなり、その一方で「疲れた」の感知機能もマヒして、目的先もわからずずんずん歩いて、遠方まで行って迷子になる高齢者。
それを発見するには、全国の防犯カメラを連動させ、顔認識システムと繋げて、映った映像を検索すればいい。(要注意の徘徊経験者を登録する、なんて手もあろう)
そうすれば、行方不明者をすぐに発見しやすくなる。
……隙の無い議論です。冒頭の「蒸発者」も、このシステムが仮に発動されれば、かなりの数を発見できるでしょう。
だが、それでいいのか。
どうですかね?
政府、行政の側が「消えたい人は消えたままでいたい、そんなこともあるのではないか」という、そういう忖度をすることは珍しいが、そういう「のりしろ」というか「人間模様」に配慮した例が思いつく。
ひとつが「DV被害を受けた(訴えている)人」に対して、行政はある種の「情報は確かに把握している。だが教えない」ということをやっている。
もうひとつは…これ、漫画で読んだきりで、本当にこういう事例があるのか、確認できてないんだけど
「ハコヅメ」のこの場面

これが事実なら「人間…なにもかもを捨てて消えたいことも、あらあな。そろそろいくか、孺子よ」
「山さん、その孺子ってのはやめてくださいよ」
「うるせえなあ…タバコもってねえか」
「僕は吸いませんよ」
みたいな、人情刑事ドラマのエンディングみたいなことを行政がシステムとしてやってるんだろうな。
もちろんこの面倒な免許更新は、運転能力の確認以上に、警察的には行政との縁を切ってひっそり隠れ、逃げているやつらの「宗門改め」をするまたとないチャンスとして使っていることも間違いないが。
アメリカではけっこう「なりすまし」がしやすい説(IT革命のずっと前だから、今がこうかは不明。州の壁や違いもあるだろうし)
初めて米国の会社の書類を扱ったとき、日本の会社の場合当然の、取締役であることを証明する法人登記書類がなく、単に取締役選任の議事録が出ただけなのにまごついた。商号や資本金や役員などのその時々の変更を登記して会社の現状を示す法人登記の制度は米国にはないと知って、人の戸籍に当たる法人登記なしによくやって行けるな、と感じたことを憶えている。
いやその戸籍もないのだった。ある者の親が誰か兄弟が誰か配偶者があるか子があるか何人あるか、日本なら戸籍で直ぐ判るが、米国にはそういう親族登記は存在しない。
という意味はこうである。人が生まれれば医師が出生届けをする。出生地の役所ではそれをそのまま受理編綴する。それが出生登録になる。結婚を届ければ婚姻登録されるし、離婚の判決も裁判所でファイルされるが、婚姻庁との連絡はない。子が生まれれば、その出生地での出生登録があるだけ。要するに、ある人の身分関係の登録を集中して、その親族関係の現状を一覧させる登録制度がないのである。だから、ある人が死亡したとして、日本では遺言で遺産の処分をしてなくても戸籍で法定相続人が決まるが、米国では子が何人いるか、正確に知っているのは死んだ本人だけである。遺言書が日本より遥かに重要視されるのはそのためである。重婚が多いとか、認知や父子関係存否確認訴訟が許されないというのも、みな戸籍がないせいである。
不動産登記簿がないのも、法人登記がないのも、帰するところは戸籍がないため本人証明ができないからであるらしい。m-dojo.hatenadiary.com






