吾妻ひでお氏が亡くなられた。
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「失踪日記で知られる」・・・といいつつ、彼のことを「『失踪日記』で知られる吾妻ひでお」…と、かくと熱心な SF ファンからブーイングが飛ぶことは重々わかっている。
「全部実話です(笑)」──吾妻突然の失踪から自殺未遂・路上生活・肉体労働、アルコール中毒・強制入院まで。
著者自身が体験した波乱万丈の日々を、著者自身が綴った、
今だから笑える赤裸々なノンフィクション!
ただ誠に申し訳ないけど、自分にとってはまさに彼は失踪日記の作者であり、正直言うとそれ以外のことはほとんど分からない。なんでなんだろうかなーと思ったが、今調べると自分が物心ついて漫画を読んだ時代には、すでに吾妻ひでおは作品を発表していない低迷期に入っていたようだ。逆に何で自分がこの人の名前を、それも大物として覚えていたかといえば…記憶をたどればたとえば夏目房之介さんとかが、「吾妻ひでおはすごいんです」と著書の中で触れていて、それで名前を知った「伝聞としての大物」だったのだと思う。追悼ツイートを夏目氏は出している。
覚悟はしてましたが、そうですか。漫画家を志し何とか周辺で生きていこうとしていた70年代後半〜80年代、多大な影響を受けました。小学館のパーティーで、何故かほの暗く感じる壁があって寄って行ったら吾妻さんがいたのを今でも思い出します。心からご冥福をお祈りします。https://t.co/SL8CUJMLWs
— 夏目房之介 (@fusa811) October 21, 2019
あと新井素子といろんな交流があったらしいけど、そういうところでもかすかに見知っていたんだろうか。
でも自分は「失踪日記」に非常に強いインパクトを受けたし、それは今でも変わらない。
むしろ吾妻ひでおのことを知らない、興味がないという人に、単独の書としての「失踪日記」をおすすめしたい気分がすごくある。
何がすごいのか。一言で言えばこの作品は「サバイバル漫画」なのだ。
簡単に言っちゃえばさいとうたかお「サバイバル」、森恒二「自殺島」「無法島」「創世のタイガ」、山田芳裕「望郷太郎」 岡本健太郎(原作)・さがら梨々「ソウナンですか?」などと同じ枠。
- 作者:森恒二
- 発売日: 2019/09/27
- メディア: コミック
ただ、その舞台が文明の滅んだ廃墟の地球でも、タイムスリップした原始時代の世界でも、大災害の起きた日本列島でも、追放された無人島でもなく「普通の日本の都会、あるいは地方都市の片隅」であるというだけだ。
それ以外はまんまサバイバル漫画の面白さである 。
https://booklive.jp/product/index/title_id/647219/vol_no/001
なんかは、かなりのところまで「試し読み」できるんだけど、野生の大根(あるのかよ)や野生のキャベツ(あるのかよ)を”拾う”。
だいぶ残っている天ぷら油の空き瓶も入手し、これを「デザート」として食す。ビニールシートや腐った毛布などにまきついて暖を取り、冬のふきっさらしの寒さをしのぐ。どれもこれも実際に行ったら生きるか死ぬかだし、ろくな調理用具もない「野生」の野菜を食べたり、天ぷら油を直接舐めるようなカロリーの取り方をして、体にいい理由も、ちゃんとした料理より美味しいはずもない(いや、それを上回る空腹感があればそうとは限らないか)。だがここに、そして吾妻ひでお一流の描写をもって描かれた時「楽しそうだなあ」「自分も体験してみたいな」とほんの少しでも思わないという人はいるだろうか。
夢枕獏が確か「風果つる街」のあとがきで書いていたと思うんだが、「男は(※女性だってそうだと言う異議申し立ては後で受け入れますごもっともです、だが今は先に行きます)、世界征服や世界最強と同レベルで、『あてもなくさすらい、その日暮らしの旅暮らしをして、最後は野垂れ死ぬ』…そんな生き方に憧れる。だから自分はこの、さすらいの将棋の真剣師を主人公とした『風果つる街』を書いたのだ」と。
- 作者:夢枕 獏
- メディア: 文庫
まさに真実の言葉だろう。 吾妻ひでおの失踪日記は、そういう意味での「憧れの漂白とその日暮らし」を―――おそらく本当にきついところは隠した上でだろうが―――描くことに成功したのだ。
この後さすがにこの最低柱の最低とも言える暮らしから脱して、彼は自分の正体を隠し「配管工」としての仕事を得て、同じような境遇だったかもしれない仲間達と、普通に肉体労働をして暮らすようになる。
この部分もまた、男たち(※女性も含む、含む)にとっては「そうか、いざとなったら正体も詮索されずに、とりあえずその日その日の賃金や飯や寝る場所を与えてくれるような仕事もあるんだろうな。いよいよとなれば、そんなことでもして食っていけるさ…」と、それができたのは吾妻氏ならではの優れた資質のゆえではないか?ということは置いておいて、 そんな楽しさというか…、サバイバル漫画を見た時に自分も極限状況で暮らしたら?暮らせるか?と夢想するような、 それと同じ魅力が「失踪日記」には詰まっていた。
この一冊で吾妻ひでおを論ずるのがあまりにナンセンスであるというご意見は誠にごもっともであるが、しかしその一方で彼はこの一冊だけをもってしても、世のなかの人が哀悼の誠を捧げるに価する、と思うのであります。
どうか安らかなれ
おまけ 「ソウナンですか?」って原作・岡本健太郎(山賊ダイアリーのひと)だったの!!知らなかった
いや、作品は読んでいたのに、作者名にいままでなぜか注意を払わなかった。たぶん、なんかの専門家的なひとが書いてるんだと思っていた。いや岡本氏はハンターでもあるから、そりゃ専門家だろうけど、漫画家が漫画原作を書く、そっちの方向性とは思わなかった。
自分は「おもしろいけど、ちょっと絵柄がね…」という感想を持っていたのだから、やはり旧世代だろう。
これ、岡本氏の絵柄で描けば、俺はもっともっと作品として好きだったんだろうけど、客観的にはそうじゃないだろうな、ということはわかる(笑)。
今回、上の記事で書くに当たって、はじめてちゃんと作者名を見たら、とにかく山賊ダイアリーの岡本氏だった、と。ちなみにダイアリーは「休載が続いている」状態らしい。