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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

【創作】鬼殺隊にも協力した南方熊楠翁、官に問はれ「鬼」について教示す、の話

こちらからの触発。
togetter.com


1930年、昭和5年ぐらいの話であろう、と言われるが、詳細な記録は残っていない。

部屋に雑然と、しかし膨大に積まれた資料の中に、その、日本最高の知性はいた。布団を頭からかぶり、足だけを出している。


その夫人が、さすがに咎める。「あなた、せっかく東京からお偉い方々がいらっしゃったのに」

猫楠 柳田国男南方熊楠

「わしはこのほうが頭がさえるんじゃ」


「あ、いやいや奥様そのまま。わたくしたちは、はじめてお会いした時もこうでしたね。爾来、これが正式な面会作法ということです」
紳士は、どちらかというと、同行した軍人らしき人物数名に、この空前絶後の無礼者の奇行を理解してもらうために、やや説明口調の大声で語った。

猫楠 柳田国男南方熊楠

「それで、結構です」

軍人たちも、口をそろえた。

「実はこうやってお伺いするのも、はばかりながら御国のさる筋からの依頼でして……実はとある筋から、南方先生は『鬼』について大変お詳しいと伺いまして。いや、先生の博識はもちろん存じ上げておりますが、それを超えて…実際に見聞きもふくめて、されたとか。どんなことでもいいから、お話を聞かせていただければ」

「もう、本邦では鬼なぞ絶えて四半世紀は経っておるワイ。異国にはまだいる、ようじゃがな」
まるで足の裏から声がでるように、布団の中から明瞭な声が聞こえてきた

「学問の立場からは、本邦に鬼絶えしことには一掬の涙をそそがんとするが、世の善男善女においてはこれ幸いに過ぎるものあるまい。かつて身命を賭して鬼狩りを行う若者多し。今は市井にて隠遁し、ささやかなる幸福を楽しむ。その静謐、あに妨げんや」

「えっ、いやいや、そうすると、実際に鬼がいたと?そして、それを倒せる人が??桃太郎もかくやですな…」
軍人の格好をしながら、、髪を驚くほど伸ばした、美男子……年齢はとうに中年をすぎているが、それでもそのわかわかしさと美貌が目立つやせた男が、驚きの言葉を語る。この御仁、とある名家の名物お嬢様…(とんでもないじゃじゃ馬だ、と口さがない者はいう)の亭主としても有名なのだが、口の悪い連中なら、「鬼嫁の旦那だから、鬼調査の役割を仰せつかったのだろう」ぐらいは言うかもしれない。

はいからさんが通る 

南方は、間髪を入れず返す。
「鬼までも虎に食われる事が『風俗通』に見える。曰く〈上古の時、神荼しんと欝塁うつりつ昆弟二人あり、性能く鬼を執る、度朔山どさくさんに桃樹あり、二人樹下において、常に百鬼に簡閲す、鬼道理なき者、神荼と欝塁は打つに葦索を以てし、執りて以て虎を飼う〉」
鬼を退治することは不可能ではない、という単純な話ですら、即座に古今東西の例を思い出し、さらさらと語る。これが南方の知か。来訪者はあらためて感じ行った。

「鬼の力、その根本はなんでしょう。 そして逆に、鬼を排除する力、その根本はなんでしょう?」
柳田が鋭く問うた。


「これはさまざまに個性の大小あれど、洋の東西を問わず共通している。人の血肉を喰らい、滋養とする、これが一。太陽の光を浴びると、あの恵の光が逆となり、あたかも毒を吸うたかのごとき苦しみを味わい、時には滅する」

知とは、自己運動していくものなのだろう。興が乗ったかの如く、声に力が入り、口調も早くなる。

「この議論は、吾輩が英国留学したる折りにすでに倫敦では話題なり。大英博物館では、研究に着手したものの、すぐに旅客船の事故により夭折したジョナサン・ジョオスタアという貴族の研究メモが残って居った。これによると、鬼とは起源或いは主流の一派として、中南米の古代帝国にその由来があるとも言われる。だがその後、洋の東西を問わず似た鬼という存在そのものは存在する。これがその中南米をオリジムとするものが伝播したるものか、各自各自に一斉成長したかは研究を待たねばならぬ。」

漱石事件簿より 南方熊楠の英国留学

「されど、それに対峙するに、一番良い方法は、これも世界で共通しておる。それは自分の息吹を操る呼吸というもので、日本でも四半世紀前に、遂に鬼の絶滅をもたらしたる勢力は、これによって人智を超えた、鬼を滅する力を持つものなり。これは日の光の力と実は同様にて、吾輩の見立てでは、それと原理をまったく一にする技が…遠い西蔵ラマ僧らによって伝えられているのだから、まったく世界は広いか狭いか、判断に苦しむものなり。」

ジョジョの奇妙な冒険、トンペティ

「この技は人体に必須の呼吸、すなわち酸素を操るがゆえに、不老長寿の技法ともなりぬ。ゆえに欧羅巴の紳士らも、万里の波頭を乗り越え、ラマの師にめぐりて修行するものあり。これらを経て、英吉利や伊太利にて、この研究は進んでいるものなり」

「外国の方が、我が国より先んじているのですか?それは大ごとだ」
随行していた、これは海軍の軍人が叫んだ。この男は、ぎゅっと両の拳を握りしめたが、左手の指が一部欠けていた。


「これの研究では米国のスピイドワゴン財団と、バチカン及び英国王室の出先機関のようなところで研究してるから調べてみたまえ。ただスピイドワゴンの財団はフレンドリイで開放的じゃ、……しかしマァ、米の財団、氏素性定かならぬが石油で一山あてただけの流れ者が、その財産をば惜しげもなくつぎ込んでつぎつぎ最新研究をしているというから驚くべきものだのう。それを擁する、あの国とは、ことを構えたくないものだネ」
「だがそれとは対照的に、バチカンや英国王室機関…ことに英国のその、通称ヘルシングは交流に積極性あらず。困難あれば『ミナカタからの紹介で、マイクロフト・ホームズ様からヘルシングに、協力を要請してもらうことにになっている』といえば、よかろうよ。もしくは先代のヘルシング卿にいささか協力したミナカタの知り合いである、と言えばよろしい。」

初代ヘルシングに比べればこの程度ピンチのうちにも入らない(ウォルター)
財団を作ったスピードワゴン

「鬼と闘うには、やはりその、呼吸以外にもなにか身に着ける必要がありましょうか」
「身に着ける…ああ、そういえばだがネ……、星状多角形の辺線は、幾度見廻しても止まるところなきもの故、悪鬼来りて家や人に邪視を加えんとする時、まずこの形に見取れ居る内、邪視が利かなくなるの上、この晴明の判がなくとも、すべて籠細工の竹条は、此処ここに没して彼処かしこに出で、交互起伏して首尾容易に見極めにくいから、鬼がそれを念入れて数える間に、邪視力を失う」

togetter.com


「つ、つまり」

「かつて、奇妙なる因縁にて、鬼狩りを自らの使命とする善良なれど勇敢な若者あり。彼は市松文様のはんてんを常に着ておった。鬼狩りの天賦の才か、はたまた偶然か。あの文様は、鬼の邪視力を失わせる力になったろうて。」


ふむうとうなる声が聞こえる。



「わたしからも、ひとつ質問よろしいでしょうか」

坊主頭の、真面目なようでいて不遜にも見える陸軍軍人が挙手し、質問した。

石原莞爾虹色のトロツキーより

「もし世界が、最新なる兵器ーーたとえば一発で一刻を焦土と化す新爆弾や、地球の裏側まで飛べるような飛行機などを開発し、東西の最終戦争が起こらんとするとき、人を鬼化する能力や、その鬼をも退治する呼吸を操る法などは、戦争の技術として軍が大々的に使うことを得ましょうや」

終戦争?
突飛に思える質問だったが、これまでの話を聞いた部屋のものには、異様な迫力を持ってその言葉が響いた。

しかし、南方の答えは明白だった。

「それを戦争に使おうというならネ、どっちが鬼でどっちが人だかわからなくなるわな」

「はっ」

「こういう奇妙の神秘なる技を軍に使おうという人は世に多いが、古今成功した試しあらず。かならず乱臣賊子が紛れ込むのだよ。陸軍にも、ドーマンセーマンの手袋をしていた加藤何某という男がおったろう。幸田露伴翁にも顛末を聞いたが、いやはやじゃよ…」

[asin:B07L46Z7F6:detail]


「ただわが親友、孫文に聞いたことがあるが、日本人で南無妙法蓮華経の信者の何とかという男が、中国のそういう似た技に、強い興味を持って調べていたというぞ。北…何と言ったかのう」

漱石事件簿」より南方熊楠孫文

村上もとか「龍<RON>」に登場する北一輝(コミックス版第6巻)
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やがて日も暮れて、一行は南方邸を辞することとなった。
もちろん見送りなど、あるはずもない。


「残念ながら、石原君が代表して聞いてくれた、鬼の軍事活用という話、南方先生の話を聞く限りでは協力が得られなさそうですね」
「ふふふ、柳田先生もそもそも、協力する気なんてひとつもなかったでしょう? 私も、こんなことに手を染めたらあの細君にどやされますからね」
「ああ、あの有名な、元お転婆娘…おっと失礼」

「さて私は、ここから満州にとんぼ返りです。最終戦争はやはり人智によってなされるとの確信を得ただけで有意義でした」


この、南方邸への使節は、相当に上部が関わっていたものだったようである。
この報告は、ひそかにまとめられ、日本国の中枢に閲覧された。

その中でも、上位の責任者は
「ああ、そう。」
「南方だね、まことに南方らしいね」と、短い感想を述べたという。

昭和天皇南方熊楠 水木しげる「猫楠」より




おまけ情報

こんなに読んでもらえるとは思わなかったです。感謝を込めてボーナストラックとして再度。

上の話の中で、孫文や英国留学当時の南方の画像は「漱石事件簿」が出典です。2020年10月現在、ここで全話読める。
https://www.sukima.me/book/title/BT0000555159/


これまでに当ブログの中で書いた、コラボやクロスオーバー的な架空創作(一応小説じみたものも、シノプシスだけのものもある)
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