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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「逃げ上手の若君」アニメ化機に「後醍醐天皇こそ諸悪の根源では?」論はどう扱われる…?

はてな、個別のアカウントへのURLが埋め込みやタイトルで「twitter」としか表示されなくなちゃった。
まあここが「逃げ上手の若君」アニメ公式アカウント。一晩で、フォロー数どれぐらい増えるかな?
https://twitter.com/nigewaka_anime

こちらが公式サイト。
nigewaka.run

そのブクマにもかいたが、この作品「ジャンプでなんとか連載は続けられてるけど、いわゆる”クリーンアップ”の打順には食い込んでないんだろう。俺は好きだけどね」ぐらいだと思っていた。
アニメ化が決定するとは思わなかった、すいません、だよ。

ルリドラゴンって、まだ「休載です」という告知されてるんだ…


過去の「逃げ上手」関連記事の一部

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で、アニメ化といえば、こんな反応もあって、ハッとしたんですよ。



そう、えーと…足利尊氏タブー、楠木正成タブー、もろもろ…が派生しているのが、江戸儒学から意味も無く引き継いでしまった、日本近代の幕間悲喜劇ともいうべき「南北朝正閏問題」。

足利尊氏

1921年(大正10年)、中島は、清見寺(静岡県静岡市清水区)にある足利尊氏自作の尊氏木造を拝観し、その感想文を俳句同人雑誌『倦鳥』に投稿した。当時、皇国史観に基づき、後醍醐天皇に背いた足利尊氏は謀反人と断定されていたが、中島は尊氏と足利時代室町時代)を再評価すべき旨、その感想文に記していた。

その記事が掲載されてから13年後の1934年(昭和9年)、中島の感想文が雑誌『現代』2月号に転載される。同年2月3日の衆議院予算総会において、栗原彦三郎議員(野党・国民同盟所属)が、この転載記事を利用して、逆賊たる尊氏を評価するような者が大臣の職にあることは「日本の教育行政にとって望ましくない」と政府の教育行政を批判した。この場は、中島が転載を知らなかったと釈明し、陳謝して収まった。

しかし、軍部出身議員や右派議員を多く擁していた貴族院において、尊氏論は再燃する。これら、軍部出身議員や右派議員は、斎藤内閣の軍縮姿勢と中島が主導した政友会・民政党の連携による軍部抑制策に不満を持っており、政府攻撃の隙を窺っていたからである。尊氏論は、その格好の攻撃材料となった。

中島攻撃を主導したのは、菊池武夫貴族院議員(予備役陸軍中将、男爵、南朝の功臣菊池氏の子孫)である。菊池は、逆賊尊氏を礼賛することは輔弼にあたる大臣の任に堪えないとして、斎藤首相に「しかるべき措置」を取るべきと、中島の商工大臣罷免を迫った。斎藤首相は、すでに中島の陳謝により決着済みであり、議論は場違いであることを指摘した。この答弁に不満を述べた三室戸敬光・議員(子爵)は、さらに中島の爵位辞退をも要求し、斎藤の政治責任を追及した。

議会の内外でも右翼の執拗な攻撃が続き、宮内省にも批判の投書が殺到したため、中島は商工大臣を辞任せざるを得なくなった(爵位は辞退せず)。この足利尊氏論に関わる一連の顛末は、政治に対する軍部の介入と右翼の台頭に勢いを与え、翌年の天皇機関説事件の要因ともなる。
ja.wikipedia.org

楠木正成権助

…この書簡で福沢が述べている通り、「このごろ」(明治7年2月頃)は確かに大胆な表現や内容の出版物が相次いだ。具体的には、明治7年2月の「農ニ告ルノ文」『民間雑誌 一編』と「国法の貴きを論ず」『学問のすゝめ 六編』、同年3月の「国民の職分を論ず」『学問のすゝめ 七編』などである。『民間雑誌』の創刊号を飾った「農ニ告ルノ文」は、農民に対する『学問のすゝめ』のような体裁をとりながらも、農民の租税負担が過重であり、華士族に対する家禄支出の不合理性を主張して、痛烈な政府批判となっている。「国法の貴きを論ず」は、赤穂義士の敵討を私裁として批判し、法を施行できるのは政府のみと主張した。「国民の職分を論ず」は、忠臣義士の討死や切腹を無益なものとして批判し、福沢お得意の比喩を用いて、主人のお使いで一両の金を落としてふんどしで首をくくる権助(ごんすけ)もまた義僕であり、無益な死という点では忠臣義士と同等であるとした。

『学問のすゝめ』は大ベストセラーだっただけに世間の反響もすさまじく、「国法の貴きを論ず」は「赤穂不義士論」として、「国民の職分を論ず」は「楠公権助論」として、批判・中傷・脅迫などの福沢攻撃は急速に高まっていった。これらのうち、赤穂義士については福沢も例として文中で示しているが、楠公楠木正成については一言も触れていないにもかかわらず、権助と結びついて一人歩きしていくことになる。いずれにしても、当時の人々の赤穂義士楠木正成に対する熱烈な思いが怒りとなって福沢に向かって爆発してしまった。
www.keio-up.co.jp

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しかし、そもそもの話を辿って行けば…というか、太平記を素直に読んでいくと
「結局、この時期の大乱って、後醍醐天皇がアホでわがままだったからとちゃう?尊氏のせいとか言う前にさ」という感想が、どうしてもでちゃう。

逃げ上手の若君・後醍醐天皇

……討幕が成功し、教科書でも有名な建武の新政は、『逃げ上手の若君』の説明にもあったとおり、主として武士たちへの「恩賞」をめぐり(もちろんそれだけではないのですが……)失敗に終わります。
 
 叡慮《えいりょ》ことごとく日比《ひごろ》に似ず、政《まつりごと》を閣《さしお》き、御遊日《ごゆうび》を易《か》え、宴を尽くさずといふ事なし。

 つまり、後醍醐天皇はまったく人が変わってしまったかのように政治をしなくなり、毎日遊びほうけたというのですね。これを見かねて諫《いさ》め続けた万里小路藤房《までのこうじふじふさ》という賢臣も、最後は出家して後醍醐天皇のもとを去ってしまったという出来事まで起こります。

 ギラっと目を光らせての「めんどい」発言、当たらずとも遠からずの可能性は否めません…
note.com


しかし、それは言ってはならない、タブー中のタブー。言ってはならない。

風雲児たち 水戸光圀 大日本史 後醍醐天皇 楠木正成 足利尊氏

「映画のドラえもんの大冒険、『ソノウソホント』を出せば解決するよね」

椎名高志ソノウソホント

とか
北斗の拳で、トキやケンシロウは子供を肩に担げばシェルターに避難できたんじゃない?」

ぐらい言ってはならない。



そういう縛りをかけた上で、その当時当時の一流の知性があれやこれやと理屈をひねり出した結果「国家と権力の正統性」をめぐる議論が深化したのもまた事実ではあるが…。


「現人神の創作者たち」下巻には、こういう章がある。

失徳・無能の天子・後醍醐天皇批判
天皇批判の逆効果
応用問題としての赤穂浪士
現人神の育成者へ、そして明治維新

どういう意味かは読んでいただきたい。




しかし、それはそれとして、「読めば、賢明な読者の一部は『そもそもこいつがアホで事態をややこしくしてるんじゃん?』と気づくんだが、お話の中ではそれに一切触れずにその登場人物が賢明で偉大なヒーローとして描かれ続ける」という、いまの人気漫画やドラマでも往々にしてありそうなパターンに陥る、それが「太平記」でした(笑)。


その結果として、そして近代日本の歴史教育での不要なタブー化の結果
後醍醐天皇を悪的に描く」ことが、今もうっすらと避けられがち……な部分がありました。

そのせいで、そもそも南北朝時代を舞台にする作品が、無い訳でないが低調である、というのも昭和平成と続きまして……

そして令和。
もしアニメ化なった「逃げ上手の若君」が、後醍醐天皇を原作なりに書けば……それもまだまだオブラートに包まれた感じはあっても、エポックメイキングと言えるじゃないかなー、と思うのですよ。


というか、「後醍醐天皇はアホ」論って、たしかに「逆算して、結果から見る」場合は確かにそう言えるのだけど…、
自分の好みとしては、もっと不気味な「サイコパス」的な”悪の大物”と見立てることもできる。
「逃げ上手」は足利尊氏をそう描いていて、キャラ枠埋まってるんだけどね。

最近、映画のサイコパスキャラ100選が話題になりましたな
togetter.com



自分はそもそも「魔帝ゴダイゴという呼び名をずっと以前から使っていたんだっけ。そこは心に網野善彦

だから、後醍醐天皇は確かに天才かもしれないが、何かが欠落したか、何かが過剰な「異形の天才」であり、才能あれどしょせん常識人の範疇だった足利尊氏が「もうついて行けません」という形で反逆する、という枠組みも(フィクションとして)あり得るか、と思ったりもした。

「まあ日本だって、例えば南北朝の魔帝ゴダイゴを論じるのには多少の時間を要したわけだから」


「この日曜朝6時の、古い大河ドラマ再放送はおなじみの日程で、朝にtwitterのトレンド語になったりしている。ただ、あのころまだ「後醍醐天皇皇国史観タブー」もあり(あったんだよ!)、そんななかでのおそるおそるの初挑戦だったこのドラマだが…」


美空ひばりAiが冒涜なら、「足利尊氏英雄論は後醍醐天皇やら日本国体への冒涜」、ぐらいだって成り立ちそうだ。」


国盗り物語司馬遼太郎が描いた「異能で冷酷の天才・信長に、一時は魅了された常識人・光秀が最後に『もうついてけん』と反乱を起こす」という枠組みは、創作ならそれも見事な構図……「狂気すらはらんだ異能の天才に、一時は魅了された常識人が『もうついてけん』とそむく」という構図は、後醍醐天皇足利尊氏で書いたらけっこうさらにリアルに描けるような(笑)」