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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「走れメロス」に登場する”刺客”は誰が放った?『氷菓』で考察回

ひとつ前の記事に続けて、ちょっと文学古典の話しますかね。

…ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。
「待て。」
「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ。」
「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」
「私にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命も、これから王にくれてやるのだ。」
「その、いのちが欲しいのだ。」
「さては、王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。」
 山賊たちは、ものも言わず一斉に棍棒こんぼうを振り挙げた。メロスはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、その棍棒を奪い取って、
「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙すきに、さっさと走って峠を下った。一気に峠を駈け降りたが、流石さすがに疲労し、折から午後の灼熱しゃくねつの太陽がまともに、かっと照って来て、メロスは幾度となく眩暈めまいを感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った…

www.aozora.gr.jp


で、アニメではいわゆる「氷菓」のタイトルで知られている米沢穂信「古典部シリーズ」では、この作品のこの場面について考察される展開がある。

2016 年の『いまさら翼といわれても』だ。

いまさら翼といわれても (角川文庫)

いまさら翼といわれても (角川文庫)

…「わたしたちの伝説の一冊」は、古典部と同時に漫研にも属している摩耶花の姿を、漫研の内紛を絡めて語った小説となっている。第二話第三話とは対照的に、こちらはまさに現在進行形で語られていてスリリングだ。意外なキーパースンの意外な想いが明かされる結末が象徴するように、高校生たちが成長への選択を行っていく姿が印象深い。ちなみにこの短篇には、折木奉太郎が中学一年生で書いた『走れメロス』の読書感想文が丸ごと取り込まれており、その内容も強烈にユニークで愉しめる。

www.bookbang.jp


アニメは2012年に作られたそうだから、もちろんアニメ化はされていない。
www.kotenbu.com


だが、少年エースにて連載中の漫画版「氷菓」では最近、このへんが漫画化されている真っ最中なのだ。
これが、元ネタが元ネタなのに、一寸面白いミステリー考察になっている。…というか原作でも、フツーに読めばやや矛盾を感じないではないところだ。

省エネがモットーの主人公・折木奉太郎が、なんでこんな余計な考察をしているかというと、
これは中学時代の課題でかかされた読書感想文で、本人はそれを黒歴史だと決まりが悪い思いをしている、との設定である。

さて、上の引用部をもう一度読んでみて……

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氷菓」漫画版 走れメロスのミステリー的考察(原作は「今さら翼と言われても」収録)

うむ、そうなんであるわな。
ネット上でもこの疑問があった


togetter.com

そこは推理で飯を食っているプロ(作者が)。これに対し、なかなかに筋の通った仮説を提示する。

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氷菓」漫画版 走れメロスのミステリー的考察(原作は「今さら翼と言われても」収録)

申し訳ないが、結論はもちろん抜いておく。

あと、何か読んでいて「なるほど折木という少年は、頭がいいのだろうが、たぶんモテねえだろうな」となぜか思った(実際、原作ではクラス内ではそんなに目立つ存在じゃねえし)


まだ単行本にはなってないが、いまなら少年エースを購入するか「ブックウォーカー」会員になれば読めるだろう


bookwalker.jp



ただ、面白いんだけど,そもそも題材が架空のお話であるとなると、「こころ」の文学論争を小谷野敦が語ったこの話も出てくる。

……ものすごくバカバカしい情景であると言わざるを得ない。大の大人が、たかが小説の……(略)、学術雑誌の上でかくのごとき「論争」を展開しているのである。
まさに「空の杯でのやりとり」であって、江藤淳などが一顧だにしなかったのも当然であろう。
ここには「作品論」とか「テクスト論」とかいうものの、根本的なバカバカしさが表れている。
m-dojo.hatenadiary.com


ただ、これが「学術雑誌の文学論争」だとそうかもしれんが、「シャーロキアン以来のお遊び、ゲームです」と自己認定すれば、「架空世界の設定を基に、おそらくは作者も意図していない背景を、矛盾なく考察する」というのはまちがいなく面白いお遊びでもある、のでありんす。

高校の古典文学を読むサークル(…という設定はあ~るの光画部が写真を撮る部活動、ぐらいに機能してないが)で、推理が得意の高校生が中学時代にしていた考察が明かされる、という形で論じられたこれはいい”お手本”になっている。

考察系の二次創作は、あるいは「古典部シリーズのこの回で、折木が書いてた読書感想文のアレですよ」といえば、簡単な自己紹介になるかもしれない。

あるいは、こんな例も典型といえるかもです。
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あと、余談なんだけど、自分はミステリーはそんなに詳しくないし、ましてや青春系学園ミステリなんてほとんどこの一作だけだけど、日常の謎の推理を個性あるメンバーの会話劇で行うこの構成は気に入ったので、ある本で鮮やかな謎の提示と、その推理がなされているなあと感心した時などは、彼らを召喚して、彼らに語ってもらう形で紹介したりしている。
今度、ある事件の考察でまた登場してもらうかもしれない。

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「いったいどういう法則で、あたしたちは呼ばれるのかしら?」



「実はそれ、書き手も分からなかったんだけど、今回やっと法則がわかったよ。本やネット上で『謎』→『推理』→『証拠』→『解決』の鮮やかな展開を見たとき、作者は『まるで推理小説だな…日常の謎だな…じゃあ、そういう仕立てで読んでもらおう』と思って、僕たちにお呼びがかかるみたいだ」

最後に余談の余談。今回の話を描くために検索したら、こういうあらたな問いも「メロス」に関して見つかった(笑)

太宰治はなぜ『走れメロス』のラストでほぼ裸のメロスにマントを渡したいけど渡せなくてモジモジしてた少女をぶっ込んだのか
togetter.com

追記 
折木の「考察」紹介ツイートあり