INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

秀吉の朝鮮出兵描く「センゴク権兵衛」が必読な6つの理由

新連載ジャンプ新連載「逃げ上手の若君」が、「中先代の乱」の北条時行、つまり南北朝時代を書くということで話題(ひとつ前の記事も参照のこと)だが、こうツイートしました。


そのセンゴク権兵衛、
2019年に「あと1年ぐらいでの終わりを見据えている」と宣言した話はどこへ行ったの か(笑)
m-dojo.hatenadiary.com

という話はこっちへ置いといてー。

今その「もうちょっとだけ続いている」「センゴク権兵衛」が、とんでもなく面白いことになっているのです。
それはその前に描かれている、小田原北条攻め…コンスタンチノープル以東で最大級の巨大要塞・小田原城に拠って立つ北条家を打倒、恩師にして旧主の織田信長ですら未完で終わった「天下一統」を成し遂げた豊臣秀吉による次なる野望「朝鮮攻め」…文禄慶長の役を いま、 描いている真っ最中だからです。

これが必読の理由を、以下箇条書きで述べたい 。

そもそも朝鮮出兵を描くこと自体がかなりの「大冒険」な件。

実際、少年漫画青年漫画とわず戦国時代は屈指の人気設定なわけですが、朝鮮出兵が描かれた作品自体がいくつありますか。
皆無ではない(誰の作品だったかも忘れたが、亡命して朝鮮がで戦った日本の亡命客将「沙也可」が主人公の漫画があったよ。あとコメント欄にて頂いたが、そう同じ講談社の「へうげもの」だね!!9巻から)のだが、本当に少ないったりゃありゃしない…。

そもそも寸土も得ずに帰ってきた「勝ち戦」ではない事案だとか、当時としてもかなり「無名の師」(大義名分のない戦争)であったというのはもちろん大きい。だけど、例えばこの名称を「朝鮮出兵」とするだけでも、なかなかに紆余曲折やプレッシャーがあったりするんだよ(これは機会あれば別立てで書きましょう)
それは間違いなく「いろいろと…まぁその、大人の事情がありまして…」なんですわ。
花の慶次」は原作小説である「一夢庵風流記」で描かれた朝鮮描写を、ある意味ではかなり無理して、ある意味では結構鮮やかに「舞台を琉球」にアレンジして描いたのだが、その時大方の反応は「ああ、朝鮮のくだりはそうやって回避するのね。まあ仕方ないよね」で衆議一決(笑)。


だから、これが「描かれていること」自体が、結構な大事件なのです。

f:id:gryphon:20210126121652j:plain
センゴク権兵衛 朝鮮出兵

「残忍な絶対君主の下で生き残れ」デスゲームの面白さな件。

日本史上、最も強大な権力を持つ「絶対王者」として振る舞えた人は?といえば豊臣秀吉はそのトップランキングに入るでしょうね。
この人物の性格設定をどう考えるかというのもなかなか難しくて「人殺しを好まぬ明るい大気者」というようなイメージを少なくとも出世街道中はもたれていたのも事実で、そのイメージで捉える見方も根強い。
その一方で権力を確立した後の秀吉が「冷酷残忍」であったことも多くの資料から裏付けられそうだ。戦場以外でも秀吉・信長が刀をふるって直接、人を殺したことも記録に残っている(家康は、多分その経験はないんだ)

そして命令に法則性や予測可能性が少なく、かなりその時々の気分によって懲罰の軽重や、方向性が変わってくることもありました。リアル鬼舞辻無惨状態(笑)
そうやって絶対権力者の気分ひとつで、その下で権勢を誇っていたものたちが一夜にして「重罪人」となる…この下で様々な駆け引きや権力闘争、密告、忖度、疑心暗鬼…が生まれていく。そんな中でどのように生きるか?

f:id:gryphon:20210126121950j:plain
センゴク権兵衛・朝鮮出兵

追従するように見えて、静かに権力をその下で伸ばすという戦略もある。

f:id:gryphon:20210126122121j:plain
センゴク権兵衛・朝鮮出兵

これはまさに一種の「デスゲーム」であり、毛沢東スターリンの政権下では特に甚だしかった。
このシチュエーションを最近の「センゴク」シリーズでは奇しくも描いており、本当に秀吉に対してどういう態度をとるか、どんな一言を発するか、それ自体がゲーム的な面白さを(第三者から見ていると)感じるのであります。
この状況って、あんまり日本漫画の中では登場しないんじゃねーかな思うんですけどどうでしょう(似たものは本当に「デスゲーム」的なものになる)
結構な回数を使って描かれた「利休切腹」も、この絶対権力者の下のデスゲーム、という感じの描かれ方をしていた。
その一方で、「ただの功臣粛清ではない、美と権力の対立」という味付けもなされている。



西洋まで巻き込んだ壮大なスケールになっている件

登場人物の「本心」に壮大なフィクションを置き、細部はリアリティで固めている件

ふたつまとめて。

以前書いたこの作品評の一部。
『…ところどころで斬新な解釈というか、敢えてのオリジナルな解釈や描写をしているけど、それはむしろ、フィクション的な思考実験としての、史実に対しての「動機」という、外からでは究極的には分からない部分(だから、どんなに空想を飛躍させても、絶対的に間違いとはいえない)で、面白い解釈をしているところが、逆にプラス評価となった。北条家の「悪逆許可証」や光秀叛乱の「秩序を無くしては万人の万人に対する闘争となる」という話など……』

そう 、本当に面白い逆説だけど「センゴク」は時代を重ねるにつれて細部のエピソード描写はいろんな資料を持ってきて(もちろんこの資料チョイス、取捨選択によって、方向性を操るのもテクニックのうち)、かなりリアリティーを全面に出して書いているんだけれど、登場人物の「本心」は、実はこういう所にあった!!!
という部分で<すごく大きな嘘>、を書いているんだよね。

f:id:gryphon:20210126122231j:plain
センゴク権兵衛・朝鮮出兵

そして歴史上の人物は「実はワシは本心ではこのように思っておった」というのはあんまり記録に残らないし「これは誰にも明かさなかったのじゃ。永遠の秘密じゃ」とでも言わせておけば、どうかすると正反対の設定だってできる。
この「歴史上の人物の『本心』を自由自在に描く」という点では、今回のセンゴク…つまり秀吉は、何しろ一国の対外戦争であるから、その結果があまりに重大であるから、その仕掛けも巨大なものになる。

作品中では当初「この朝鮮攻めの最終目標は、実は・・・・・・・・・・・・・・することじゃ。ただそれを言ってしまったら意味がないからのう。絶対の秘密じゃぞ」と、石田三成その他の奉行衆に本心を明かす場面が出てきた。

それは前代未聞の、マニラを領有するスペインなども含めた「四か国同時脅迫(だったかな?)」という事態となり、日本で布教しているイエズス会などにも相当な衝撃をもたらした。おいおい、300年前のモンゴルが日本に行ったのと同じような事してんなー、である。

f:id:gryphon:20210126122530j:plain
センゴク権兵衛・朝鮮出兵

ただ実際にこの「朝鮮半島で大暴れして来いプロジェクト」が始まってしまうと、国家というマシーンがフル稼働した計画なので、秀吉本人すら最後はビビって?躊躇してしまう部分も出てくる。
しかし自分のカリスマに99.9%を依拠して成立している「豊臣政権」は、彼 躊躇しビビった時にそもそも保てるのか…そして部下たちは、秀吉自身が作った前述の「デスゲーム」に秀吉以上にビビりながら、その目前にあるプロジェクトに全力投球している。

f:id:gryphon:20210126122259j:plain
センゴク権兵衛・朝鮮出兵

なんか今の日本の会社でも行政府でも、様々な運動体でも、同じようなことが起きてるんじゃないかなと思わせる。その身につまされかたが…

そもそもこの戦争自体が、純軍事面で興味深い件。

ちょっと言い方が変なのだが、基本的に接点の薄かった…それもこの時代としては明確に「国と国」として分かれている二つの勢力が、あまり前触れもなく武力衝突している(と言うか日本の一方的な侵攻だけれども)。その結果として勢力圏の伸長や制海権の有無、拠点の攻略などが、純粋に軍事面で評価が目に見える戦争だった(これは鎌倉の蒙古襲来にも似ている)。

f:id:gryphon:20210126122349j:plain
センゴク権兵衛・朝鮮出兵

勝ち負けという点でも、もちろん領土を寸毫も取れずに戻ってきたのだから大戦略としての勝ち負けは結果的に負けでいいんだが、ただ撤兵の直接的な理由は、国内で絶対権力者が死亡し、その後内乱に至るような権力闘争が起きたから、という点では、ワールシュタットで大勝したモンゴル欧州遠征軍が突然引き返したような事例に似ている。
「結局ヨーロッパから撤退していったのだからモンゴルは欧州に敗れたのだ」というのもなんか変なわけでね。
その辺の純軍事的な戦局、一進一退の攻防における李舜臣の活躍や、アジアにとどろく「鬼のシーマンズ(島津)」の悪名、石田三成らの、近世まれな兵站維持活動。ゲリラ戦による補給路遮断など、いろんな見せ場がある…が、さてそれは描かれるかどうか。

f:id:gryphon:20210126122409j:plain
センゴク権兵衛・朝鮮出兵

いま「センゴク」では「思いもかけず最初の戦局が大順調すぎて、さて逆に困ってしまった」という、20世紀半ばに同じ国で起きたような状況になっている。
このウィキペディアは、教科書レベルではわからない戦局の推移がわかり大いに読むべし
ja.wikipedia.org



それなのに大名たちの最大の課題は「行軍途中に部下が恥をかかされた。あの大名と喧嘩するかどうか」だったりする件

嘘のような本当の話、というか…この件すべて資料に基づいて描いてた(笑)

f:id:gryphon:20210126122610j:plain
センゴク権兵衛・朝鮮出兵
f:id:gryphon:20210126122644j:plain
センゴク権兵衛・朝鮮出兵

「侍の本分は、ナメられたら殺す!」
という人口に膾炙した漫画「バンデット」の名セリフよろしく、本当に、目的地に行軍中の部下同士のいざこざと言うどーしょもない理由で、歴史に名を残す名だたる諸大名が「喧嘩」を起こすことになってしまい、同盟が結ばれる(マジ)。
一方できちんと頭を下げて、逆に危機を回避したり誼を結ぶこともある。

f:id:gryphon:20210126122706j:plain
センゴク権兵衛・朝鮮出兵

あまりに外から見るとあほらしくて、些細な事件であるが、これによって本当に大名間の離合集散が行われるし、さらには当時の武士のメンタリティと言う実によくわかる小事件だった。これを資料に沿って、しかもわざわざページをとって緻密に描写する、これがいまの「センゴク権兵衛」の凄さである。


…と、こういったことがあり、いまの「センゴク権兵衛」を大いに推すゆえんです。

(了)