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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

中公新書「海賊の世界史」~『ダンピアのおいしい冒険』と連動する書籍として。

まず、トマトスープさんの「ダンピアのおいしい冒険」がこのマンガがすごい!2021にランクインしたことに改めてお祝い申し上げたい。

ダンピアのおいしい冒険 1

ダンピアのおいしい冒険 1

ダンピアのおいしい冒険 2

ダンピアのおいしい冒険 2


自分は過去にいくつか応援記事を書いていて、そこにさらに付け加えることはあまりない
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だけど、ただ一言申すなら、ビッグコミックスピリッツに、最近は中世欧州の天動説・地動説を題材にしているような「チ。」の連載も始まり、大変注目されている。
そういう点で前も書いたように「天地明察(のコミカライズ)」や「風雲児たち 蘭学革命編」などと合わせた「知を追うものを主人公に据えた歴史漫画」という大きな固まりで同作品を捉えると面白いと思う。

動かせ 歴史を 心を 運命を ――星を。

舞台は15世紀のヨーロッパ。異端思想がガンガン火あぶりに処せられていた時代。主人公の神童・ラファウは飛び級で入学する予定の大学において、当時一番重要とされていた神学の専攻を皆に期待されていた。合理性を最も重んじるラファウにとってもそれは当然の選択であり、合理性に従っている限り世界は“チョロい”はずだった。しかし、ある日ラファウの元に現れた謎の男が研究していたのは、異端思想ド真ン中の「ある真理」だった――


命を捨てても曲げられない信念があるか? 世界を敵に回しても貫きたい美学はあるか? アツい人間を描かせたら敵ナシの『ひゃくえむ。』魚豊が描く、歴史上最もアツい人々の物語!! ページを捲るたび血が沸き立つのを感じるはず。面白い漫画を読む喜びに打ち震えろ!!

風雲児たち~蘭学革命篇~

風雲児たち~蘭学革命篇~

天地明察(特別合本版) (角川文庫)

天地明察(特別合本版) (角川文庫)



さてもう一つ。ダンピアの魅力はその「知の追求者」…、当時最先端の博物学者であり冒険ルポライターであったインテリの彼が、野蛮の象徴たる「海賊」でもあることだ。海賊には ONE PIECE やら ディズニーシーで、ふわっとしたイメージが強固だが、真面目に考察すれば暴力・軍事力・法と正義・国家・支配……と言った物を考える非常に便利な鍵となる。
それは今現在の、それらの典型と一部で重なり、一部で別物だからだろう。

そんな海賊の真面目な研究書もたくさん出ているんだけれども、 自分が最近読んだ一般向けのわかりやすい入門書が桃井治郎「海賊の世界史」でした。

古代ギリシアヘロドトスは英雄と言い、ローマのキケロは「人類の敵」とののしった。ヴァイキングは西欧を蹂躙し、スペインとオスマン帝国が激突したレパントの海戦は海賊が主役だった。イギリスが世界帝国を築く過程ではカリブ海を跋扈するバッカニア海賊が裏面から支えた。19世紀にアメリカの覇権主義で消えた海賊だが、現代にソマリア海賊として甦る。キリスト教イスラームの対立、力と正義の相克など、多様な視座で読み解く、もう一つの世界史。

どうも自分は、やはり「海賊」が実感として分かりづらい面がある
領域を支配せずに、権力が成り立つのか?
そもそも船の1艘2艘、数十艘ぐらいが、本当に国家の軍隊に匹敵するような脅威たり得るのか?
が実感でつかめないのですよ。このへん、前にも書いたかな。ヴィンランドサガはその実感を補う力があったけど、この本も、そういうスキマを埋めるものでした。



以下、少し要約…

・海賊の歴史はトゥキュディデス、ヘロドトスの時代から記述されている。
古代ギリシャのサモス島支配者ポリュクラテスが始祖かもしれない。

キケロアウグスティヌスらが語った「アレクサンドロス大王と海賊」という逸話があるそうだ。
『大王が海賊に「海を荒らすのはどういうつもりか」と問うた時、海賊は少しも悪びれずに「陛下が全世界を荒すのと同じです。ただ私は小さい船でするので盗賊と呼ばれ、陛下は大艦隊でなさるので皇帝と呼ばれるだけです」』


・時代は下ってカルタゴとローマが地中海でガレー船を操り覇権を競う。航海技術で一日の長があるカルタゴに対し、ローマが敵船に食い込んで、乗り込むための渡し橋となる「コルウス」を開発、船同士の戦争を、白兵戦のような形で戦うことで対抗した。

最終的にはローマがカルタゴを滅ぼすがまさにその後の地中海で、ローマに最後に立ちはだかるのが、東地中海に拠点を置く有象無象の海賊たち。
最後にこの海賊たちを屈服させ、海にもローマの平和を打ち立てるのが、カエサルと対立するポンペイウスである。


キケロアウグスティヌスは、この地中海における海賊の隆盛と、ローマ国家によるその鎮圧を観察し、「国家と海賊はどのように違うのか」を論じている。これが一種の政治学国際法学の先駆けである。

義務について (岩波文庫 青 611-1)

義務について (岩波文庫 青 611-1)

  • 作者:キケロー
  • 発売日: 1961/07/25
  • メディア: 文庫

・ローマによって一時期一掃された海賊が、そのローマの衰退によって再び動き始める。一つがヴァンダル王国を作ったヴァンダル族のガイセリック王。
本拠地のカルタゴを出航する時「どこに向かいますか」と問われて「神の怒りのある所へ」と堪えたという(自分達の襲撃は神の怒りだ、というわけだ)
彼らの略奪はすさまじく、まさにアウグスティヌスはこのヴァンダル族に街を包囲されている中で生涯を閉じたという。
そして455年、ヴァンダル族西ローマ帝国、首都ローマに進撃し、14日間徹底的に略奪する。未だに文化や芸術を破壊することは「ヴァンダリズム」と呼ばれるのである。


そして時代は下りアラビア半島を席巻したムハンマドイスラム帝国は拡大を続け、東ローマ帝国と対峙することになる。当然その舞台は地中海であり、キプロス島クレタ島などの激しい争奪戦が行われた。

トリポリのレオ」と呼ばれたイスラム海賊の親玉はいまでもその有名を残す。またそれ以上に例えば2、30人程度の小規模の海賊が小さな村を略奪するようなことが無数にあった。


そんなイスラム海賊が地中海を席巻する時、 北方の海の支配者だったのがご存知バイキング。

彼らも11世紀には傭兵の仕事を通じて地中海にまで進出、シチリアを配下に収めた。
要はこのノルマン人の地中海進出がイスラム勢力により地中海支配に大きな転機をもたらしたのである。
そこからキリスト教諸国のレコンキスタ、十字軍などによって相当にイスラム海賊勢力は押し戻され、その後トルコ対スペインと言う巨大な勢力の対決となる。バルバロッサ兄弟はこの時代の大海賊だ。



・そしてダンピアの時代につながる、新大陸の海賊の時代が始まった。
この時、船も大型の「ガレオン船」に変わっていく。

そして、単純な略奪強盗ではなく、『敵対国の船なら、戦争行為の一環だから OK。 ウチのところの船は絶対にやるなよ!』という「私掠許可」といった複雑な枠組みも生まれてくる。


誰が思いついたか知らないがこの「私掠許可」ってのは確かにうまいアイデアだ。
泥棒強盗は必ずどこかに現れる。そいつらに対して「我々を襲うのは許さんが、あの敵の連中に対してなら盗んでも奪ってもいいぞ」と許可を出して一種の戦力にするなんてのは、まあかなりえげつない手法だと思います。
こういうことがあるから、国家と暴力を考える材料として海賊は有益なのだろうな。


・そしてイギリスの私掠船として、スペインの艦船を追っかけ回しながら世界一周を果たしたドレイク、カリブで「正統な支配者である原住民と同盟し、悪のスペインを討つ!」なんて建前を掲げて略奪しまくった「バッカニア」(ダンピアもこの一味)、その中でも特に有名なヘンリー・モーガンウィリアム・キッドなどなどが活躍した。
ウィリアム・キッドは対フランスの私掠許可状を持っていたが、知らないうちに和平が結ばれてそれが無効になり、絞首刑になるという皮肉な結末を迎える。

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新大陸の主権者の同盟者、の口実でスペイン船略奪の口実にする(ダンピア)

彼が財宝を残したのだという伝説が、その後の海賊物語の大きなモチーフとなる。



・海賊の時代の終わりとは、ウエストファリアの和約を経た『主権国家』の確立とほぼ重なる。主権国家体制とは国家による暴力の独占の体制ということだ。
それへの別れを惜しむかのように……
カリブにも18世紀初頭は、まさに活気に満ちて、それでいて平等な「海賊共和国」的な体制が生まれていた。
それは当時の欧州の厳格な身分制社会、絶対王政と比較するとさらに明らかである。
一人1票、勤務中のケガに対する補償金、戦利品の分配、休日…などが掟に明記されているのだ。

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不思議に民主的な、海賊の掟(桃井治郎「海賊の世界史」)


しかしイギリス国王ジョージ1世が「1718年9月までに投降せよ」という布告を出すと、海賊共和国はそれに従うか闘うかで大きく分裂する。
そして「黒ひげティーチ」や、女海賊アンとメアリ、バーソロミューロバーツなどが次々と敗れ、カリブ海の海賊と、その奇妙な「共和体制」は消えていくのだった。



・その後も、北アフリカなどではイスラム系の海賊は長く残り、その海賊…あるいはその海賊に影響力を持つ地方のベイ(知事)たちから安全を買う和平条約(貢納)もおこなれていた。
だが、空気を読まない「アメリカ」 という国家が建国され(笑)、『その海賊たちへの貢納を払うのは正義にかなうか』が国内の激しい政局に関連した不毛な対立軸になっていく(笑)

結果的に18-19世紀、アメリカは軍艦で北アフリカに対する武力攻撃を行い、知られざるアメリカの、初期の対外武力行使トリポリ戦争」などを経て同地域の「バルバリア海賊」と呼ばれる略奪勢力は一掃される。
これによって海を拠点として国家と対峙した武装勢力である「海賊」は、ソマリアマラッカ海峡での近代海賊行為をのぞいては、一旦歴史から退場する・・・・・・・


といった話を「ダンピア」と重ね合わせ楽しく読みました。
海賊が意外なほど民主的であるというのはダンピアが船長のリーダーシップを疑うため信任投票を行うシーンなどでも登場しますね。

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ダンピアのおいしい冒険、海賊の民主的制度(不信任投票)
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海賊は「不信任投票」もある。負けたほうは島に置き去り(笑) ダンピアのおいしい冒険


「ダンピア」を愛読する人も、その世界を良く知る手がかりとして「海賊の世界史」手にとられてはいかがでしょう。

おまけ

自分が海賊についてちょっとリアリティを感じにくい、みたいなはなしはこちら
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