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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

ディズニーがジブリと提携直前に抱いた「懸念」、今では「お前らド素人?」に見えるけど「常識もすぐ変わる」の実例なんだろーね…

こちらで紹介した本の続き。というかニューヨークタイムズの俺様っっぷり話なんてやっぱり枝葉だからね。
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本題は、やはりジブリ映画とその作り手が海外で評価され、賞を受賞するなどゆるぎないものになっていく過程である、のだが…

ディズニーのジブリへの「無理解」

そうは問屋が卸さなかった。まず、われわれが問題になるとは想像さえしなかった作品についても、アメリカ国内配給部門は難癖をつけてきた。

天空の城ラピュタ』では、少年が銃撃されるシーンをアメリカの子どもには見せられない。

となりのトトロ』では、父親が裸になり娘たちと風呂に入る場面をアメリカでは上映できない。

平成狸合戦ぽんぽこ』では、なんとタヌキたちが陰嚢を使って魔術を行う。子どもに動物の陰嚢を見せるわけにはいかない。

風の谷のナウシカ』では主人公が飛んでいるときお尻が見える場面があり、それはまずい。

おもひでぽろぽろ」では少女が初潮の話をする。それを子どもに見せるわけにはいかない。女の子はまだしも男の子にはまずい、といった具合だ。

MOJ(引用者註 マイケル・O・ジョンソンというディズニーの偉い人)はできるだけ彼らを説得しようとしたが、国内配給部門は『魔女の宅急便』を試しに上映して様子を見ることに固執した(キキが飛んでいるときパンツが見える場面があったが)。彼らの目には「魔女」がジブリの作品のなかではいちばんリスクが少ないと映ったのだ…


ま、この話はいろんなところで聴きます。
となりのトトロの”問題点”とか、ジブリトリビア話が大好きな人も多いので、上の話は周知の事実って人もいるでしょう。でも逆にいえば、その現場を直接見聞きし、何が問題かの議論を通訳ではなく直接聞いたのは、この本の著者ぐらいなわけで……つまりこの本が、一種の元ネタだし、その話の事実性を担保する”出典”なのですよな。


にしても……これがディズニーのなかでも、やや「経営者」側に立った人たちの感覚というなら、「アホなんですか」という思いが頭に浮かびますが、これは個人の感想ということで。




ま、上ではなんとかジブリ擁護の側で説得に回ったMOJの方なんだけど、この人はまぁ、社内的にはジブリ推しに社内地位を『全額BET』してたような立場だったそうで。最終的には成功が評価されたと思うけど、そもそもジブリとの提携話を持ってく前に、こんなレベルだったんだから…。

ディズニーがジブリと手を組んだ時の話

……あまり注目されなかったが、ディズニーの幹部向けプレゼンテーションは、おもにアメリカの一般の観客にもっとも「わかりやすい」ジブリ作品を取り上げていた。MOJを含む幹部は「となりのトトロ」、「天空の城ラピュタ」、「魔女の宅急便」の三本しか見ていなかった。いずれも子どもにやさしいアニメーションでディズニーが全面的に認めるような作品である。ディズニーの幹部はジブリの作品がすべてこれら三作品のようなものだと思いこんでいた
最初のフィルムを見た。
一九九七年四月、来日したMOJは徳間の本社がある新橋の徳間書店ビルの徳間ホールにやってきた。鈴木さんは制作中の『もののけ姫』の最初の予告編を上映する段取りをとっていたのだ。予告編は未公開で、それを見た共同製作者の間でも意見が大きく分かれていた。共同製作者のなかには鈴木さんに構想を練りなおしたほうがいいとまで主張した者もいた。ホールの照明が暗くなるなか、そんなことをまったく知らないMOJはゆったり座り、自分の会社が取得したばかりの作品の人間の腕が切断され、矢が貫通して頭が吹っ飛ぶ、巨大なイノシシの体がどろどろとくずれ、きゃしゃなヒロインが口の周りの血を手でふき取るといった場面が映しだされた。ホールの照明がついたとき、MOJは言葉を失い、顔面蒼白だった。彼はそこにいるディズニー・ジャパンの人たちやジブリや徳間のスタッフ、そして『もののけ姫』のメーキングをつくっていた撮影スタッフの前で自分の感情を見せないようこらえた。ただし、後で鈴木さんと星野と夕食を共にしたとき、宮崎さんに少なくとも暴力を相殺するものを加えるよう言ってくださいと懇願した。たとえばヒーローとヒロインのロマンチックなシーンとか。キスがあればほんとうにすばらしい。宮崎さんは私がすごく尊敬する芸術家であり、作品を変えてくれと言う資格は自分にありませんが、どうかお願いですからそうしてほしいのです。私はディズニーでこの事業提携を支持し、みなさんを支持してきました。私はそのために自分のクビを差しだしたのです。ですから私をクビにする口実をディズニーに与えないでください、お願いです、と訴えた。
鈴木さんは考え深そうにうなずいただけだった。MOJはわかってくれたと理解したが……


繰り返すが既に「もののけ姫」まで宮崎とジブリのキャリアは到達してたんだぜ?
それでも、ジブリと手を組もう計画を進めていたMOJをはじめとしたディズニーの認識はこの程度だった、という。
そして、「私を首にする口実をディズニーに与えないで」、という泣き落としから入って、なんでか腕の切断や矢が頭を貫通するシーンの埋め合わせが「ヒーローとヒロインのキスがあればすばらしい」となるのか…実にどうも、異世界もので「日蝕だ!神の呪いだ!」とか「脚気は不治の病、予防もできない、どうすればいいんだ…」とか「消毒?なんだそれは?」みたいな連中の言動を見るようで、なんとも低レベルな優越感が刺激されるよ(笑)。「現代アニメ・映画表現倫理無双」ってやつか(笑)。
しかし、MOJのこの感想と提案がいかに「あほらし屋の鐘がなる」、のレベルであっても、この種の表現規制は、まだあるような、無いような、である。むしろ強化されてる面もあるかもしれないな。


だけど、一方でネットフリックスとかが制作に乗り出した日本漫画の原作アニメ、かなり原作準拠の残酷描写や性的描写も入っているとも聞く…これは各国の状況に合わせてカットしてるのかな?

にせよ、宮崎駿の「もののけ姫」を、その描写を撤回せずにぶつけたことも大きな意味を持ったエポックメイキングであったのでしょう。

ちなみに、上のMOJの「暴力を相殺する描写を」「キスシーンがあればすばらしい」に対してジブリ…というか鈴木敏夫宮崎駿は……、ぶっちゃけ「あんたら詐欺師か?人の心とかないんか?」な解決?策を示して痛快である(笑)。そこは本書を読んでくれ。


さらに言うと、このへんは永井豪が、暴力や性描写もありつつ、芸術・文化のクオリティ的に高い作品を創作して、実力で『それもあり』にしてしまった」という流れを、宮崎駿もなぞった、という気もする。
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だから、今現在のあれやこれやの「槍玉」も、時間がたてば…どうなるかな。



あと、MOJの泣きの要求だけどさ、たしかシン・ゴジラと、ゴジラー1.0が両方ヒットしたけど、海外人気はゴジマイの方が圧倒した、という話から
「ああいう映画でも、こてこての、人間ドラマ…と称して、惚れた腫れたの恋愛劇を無理にでも盛り込むのは、むしろハリウッドの伝統」という話があった。それ、そのまんま。




そういえば、この本には、有名なハーヴェイ・ワインスタインジョン・ラセターなど、その後の「Me Too」運動で失脚したり刑事罰を受けた人も出てくる。出版年が2016年なので、もちろん彼らの犯罪・スキャンダルは描かれることなく、ふつうに有能な大物の映画人として登場するのだ。
ラセターはピクサーのほうの偉い人だった(ピクサーは2006年にディズニーに買収された)のだが、けっきょくディズニーの偉い人というより、現場のアニメーターレベルでいえば「ジブリ」「ミヤザキ」といえば、それは圧倒的な支持を受けていたらしい。試写会は押すな押すな。

ラセターは、ジブリを訪れると、ラピュタから財宝を持ち出した空賊のように、こんなことまでやってた。

ラセターは宮崎駿が捨てた絵コンテを持ち帰っていた


なお、逆に鈴木敏夫ジブリのアニメーターをピクサーのスタジオ見学に連れて行ったこともあったが、その感想がこぞって「ゆったりした空間があることがすごい」「ジブリも見習えませんか」だったので、その意見を聞いた鈴木敏夫は深く感銘を受け…アニメーターを海外見学させる企画を、それっきりで終了させたという(笑)



あと、ジブリvsディズニーの興亡は「ディズニーにはヒットしないと思った作品を配給しない権利があるか」と「DVDなど「デジタル化」の権利はどうするか」で、面白い展開があったそうなんだけど、これは後日。