こういう本がある。
大豆と人間の歴史―満州帝国・マーガリン・熱帯雨林破壊から遺伝子組み換えまで
- 作者:クリスティン・デュボワ
- 発売日: 2019/10/23
- メディア: 単行本
人類が初めて手にした戦略作物・大豆。
その始まりは、日本が支配した満州大豆帝国だった。サラダ油から工業用インク、肥料・飼料、食品・産業素材として広く使われ、
南北アメリカからアフリカまで、世界中で膨大な量が栽培・取引される大豆。大豆が人間社会に投げかける光と影、
グローバル・ビジネスと社会・環境被害の実態をあますところなく描く。
人間が食べる主要な農産物の時間的、地理的な拡大の歴史や、その農作物が持つ性質については一般教養として知っていることが楽しいものであり、そういう点で十分満足のいく本ではあったけど…冒頭のところで、ちょっとアレな話が描写されていた。ペンシルバニア在住の学者から見たら、こういうアジアの起源論争は非常に奇妙に見えるのだろうとは思うが。
……大豆がいつどこで最初に栽培されたかを正確に知ることが、そこまで大事な問題なのかといぶかる向きもあるだろう。知識を得ること自体と並んで ―それによって人類の物語に細部がつけ加わるのだ―― 大豆がどのようにして栽培されるようになったかが推測できれば、大豆の遺伝的特徴を決定してきた人間の選択に光を当てることができるだろう。そうした考察から、今日の大豆の育種業者や遺伝学者たちが新しいアイディアを得ることがあるかもしれない。
だが、新石器時代のこの謎に対する関心で最も熱いのは、学術的でもないし、農業上のものでもない。なによりも地政学的なものである。
長い間中国と韓国は、野生種の大豆を最初に栽培用にしたのは自分の国であると主張して争ってきた。議論の中心は今日の満州と北朝鮮の地域にあった遺跡が誰のものかということだ。つまり、かの地の古代人は朝鮮人なのか、中国人なのかという問題なのだ。二〇〇二年、中国社会科学院のいわゆる「北東プロジェクト」がこの地域の高句麗と呼ばれる古代王国は独立した朝鮮民族の国ではなく、古代中国帝国の中の地方政府だと主張して以来、論争はますます激化している。二〇〇四年、中国外務省は韓国に関するウェブページから高句麗を削除した。続いて韓国は、(中国政府から援助を受けている)中国人学者の中には朝鮮民族主義者が尊重する歴史的な人物、事件、遺物などを「私物化している」者がいると暴露した。中国人学者は、こうした朝鮮国家の紋章は中国の方により近いと主張した。韓国側の怒りは爆発し、韓国内でも議論が沸き立った。
お互いを侮辱し合う激しいやりとりの中に、人類の文明に大豆をもたらしたのは誰だったのかという議論が含まれていた。中国のインターネット記事は、受国で豆乳は朝鮮民族の発明だと主張していることを批判した。こうした証拠のない主張が、中国内、さらに台湾 でも、反朝鮮感情に火をつけたのは、不幸な話である。
一方、国は中国の隠れた動機を探った。 万が一平壌政府が消失した場合、中国が北朝鮮の領有を主張する目的で、概念的な枠組みを作ろうとしているのではないか。反対に中国は、自国の領土だと思ってきた土地の併合をいつの日か韓国が望むのではないかと危惧した。
中国と韓国の政府高官たちは、緊張緩和を目指して対話を積み重ねた。北朝鮮政府は中国人研究者を批判する声明を発表したが、議論に深入りすることはなかった。
皮肉なことに、高句麗の古代人は自分たちのことを朝鮮人だとも中国人だとも考えていなかったのではないだろうか。高句麗人は自身のアイデンティティを持っていて、今日でいう韓国と中国に住んでいた人々とは当異なる民族だと考えていたと思われる。東アジアの古代人が大豆とのつながりで手にした栄光は、古代人に属するものであって、今日のどこの国家にも属さない。しかし、人間は歴史を自分のものにしたいのだ。大豆の歴史も同じだ。手前勝手な想像力で歴史を捻じ曲げて新しい目的のために利用するのである。
人のふり見て、わがふりなおせとも申します。著作権や特許権などが整備された近代国家になってからの話とは違う、古代の起源論争に、そこまで深入りすることはない、と、この第三者から見た冷たい筆致で学べましょう。
ただ、そういう人からもひとつのシミュレーションとして、「北朝鮮が崩壊した時に、中国軍がその領域に軍事的に進出、そのまま「領有」につなげるのではないか?」ということが想定されている、というところは興味深い。
その時に「高句麗史は中国の歴史なのか、朝鮮史なのか?」なる一見不毛きわまりない議論が、そのまま直結する危険もないではない。
■万里の長城、実は2万キロ超 再測量で長さ2.4倍に
http://www.asahi.com/international/update/0607/TKY201206070120.html
「・・・万里の長城は、現存する部分の多くが明代(1368〜1644年)に造られた。同局は2009年、明代の長城の長さを8851.8キロだと発表していた。今回、秦や漢などの時代のものも含めて科学的に測量したところ、全長が一気に伸びた・・・」
■中国、高句麗遺跡まで万里の長城だと歪曲
http://blog.livedoor.jp/hangyoreh/archives/1634436.html
「・・・韓国学界では中国が新たに発見したと主張する万里の長城遺跡が、既存の万里長城の概念とは全く異なる高句麗の遺跡だと指摘する。 中国の‘万里の長城膨らまし’の歩みは結局(略)‘歴史歪曲’・・・」
最初にもどって、この「大豆と人間の歴史」は全体としてもなかなか面白い本であり、あとで要点だけでもメモしておきたい。
そもそも、日露戦争や満州帝国における日本帝国主義のアレぶりも、色々書かれていますしねー。
―――――――――――
築地書館のwebページで更に詳しい内容(訳者あとがき)をお読みいただけます*
―――――――――――
序章 隠された宝
大豆と戦争
大豆たんぱく質が家畜を太らせる
巨大化する大豆貿易
大豆と根粒菌の共生関係
マーガリンを作る
南米と大豆
さまざまな工業製品への利用
第1章 アジアのルーツ
大豆栽培の始まり
食用に加工され始める
豆腐の誕生
フビライ・ハンがインドネシアに豆腐製造を伝える
大豆を発酵させるアジア人
創意にあふれるアジアの大豆食品
第2章 ヨーロッパの探検家と実験
大航海時代にヨーロッパにもたらされる
ヨーロッパで花開く大豆研究
高まる大豆への関心
第一次世界大戦後に広まった新しい利用方法
第3章 生まれたばかりの国と古代の豆
新大陸と大豆栽培
いかにしてアメリカに大豆食品を根づかせるか
栄養失調の子どもたちに豆乳を
産業・医療への利用──大豆に価値を見出す
フォード社と大豆
第4章 大豆と戦争
兵士の食べ物
ナチスは大豆の重要性に気づいていた
満州に目をつけた日本
捕虜の栄養源となる
食料難のソビエトで渇望された大豆食品
戦時下のイギリスで健康改善に貢献した大豆
戦争に勝つためにはもっと大豆を
戦後のアメリカでは、食用から飼料へ変身する
醤油と豆腐の製造方法が変わった戦後の日本
戦争と結びつけられた大豆
第5章 家畜を肥やす飼料となって
エジプトから始まった鳥インフルエンザ
鶏の血のソーセージ
飼料大豆の普及
骨つき鶏肉が日本にやってきた
スペインでのオリーブオイルvs大豆油
世界征服をねらうアメリカ産大豆
大豆で大量生産される鶏肉
劣悪な環境で飼育される豚たち
安い肉が引き起こす問題
消費者の健康と大量生産された肉
森林を破壊する飼料大豆
大量の排泄物が引き起こす問題
第6章 大豆、南米を席巻する
二つの生き方──ブラジル先住民と大農場主
カタクチイワシ不漁に始まる日本のブラジル進出
二人の大豆王
劣悪な環境に置かれた労働者
アマゾンの森林とブラジル農業
アルゼンチンでの闘い
アルゼンチンが大豆かす輸出第一位へ躍りでる
抗議運動
パラグアイでの大豆栽培をめぐる緊張
「大豆連合共和国」
第7章 大豆が作る世界の景色
法的に疑わしいカーギル社の穀物ターミナル
輸出港へのジャングルを貫く道路建設
なぜ南米にばかり環境保護を押しつけるのか
単一栽培が農業を危機にさらす
雑草対策のためのグリホサート耐性をもつ遺伝子組み換え大豆
遺伝子組み換え作物に対する懸念
除草剤の使用を増やす遺伝子組み換え大豆の栽培
遺伝子組み換え作物が土壌に与える影響
グリホサートの農民への影響
グリホサート耐性大豆と不耕起栽培
農業には欠かせない淡水と環境汚染
第8章 毒か万能薬か
大豆の効果を単純化してはならない
大豆の基本的な知識
大豆に関する三大論争──精子減少・循環器系疾患・乳がん
バイオテクノロジーと豆──遺伝子組み換えの基本的ステップ
遺伝子組み換え作物は「フランケンフード」か?
人体への影響は?
非GE大豆とGE大豆
遺伝子組み換え作物のリスク──二つのケース
GMO表示は義務か必要ないか
遺伝子組み換え食品議論のアイロニー
救援物資としての大豆
第9章 大豆ビジネス、大きなビジネス
大豆のはるかなる旅
先物取引の対象として
大豆をめぐるスキャンダル
懸念を生むアメリカ政府の自国農家への支援
反対運動にあう輸入GE大豆
栽培農家と企業間の不公平な契約
豆乳はミルクか?
大豆業界による土地の強奪
第10章 試練の油大豆バイオディーゼル
大豆ディーゼル燃料がインドネシアに与える影響
バイオディーゼルと環境
バイオディーゼルの適切な使用法
バイオ燃料の再生可能燃料識別番号(RIN)制度
気候変動への影響
使用済み油からバイオディーゼルを
使用済み油をめぐる争い
大豆油の需要の高まり
世界の片隅にしわ寄せが
自分の身近なところで変革を
おわりに
謝辞
訳者あとがき
参考文献
引用文献
索引