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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「信仰vsコロナ団体戦」!『感染症促進装置』になるか、次鋒レオパルドン並みに健闘するか…※後者もダメだよ!





地元警察によると、南部の町ライプル(Raipur)の野原に明け方、イスラム教徒約1万人が集まり、バングラデシュが新型ウイルスから解放されるようコーランイスラム教の聖典)の「癒やしの節」が朗唱されたという。

 主催者側の発表では、2万5000人が参加したという。地元警察は、礼拝を行う際に主催者は当局からの許可を得ていなかったとしている。

 礼拝の様子を捉えた写真がソーシャルメディアで広く共有され、大規模での集まりを非難するコメントが相次いだ。

 新型ウイルスの拡散を食い止めるため、バングラデシュ当局はすでに学校を閉鎖し……
www.afpbb.com

そしてこちらは…
toyokeizai.net

感染するかしないかは、インシャアッラーアッラーの御心のままに)というわけだ。イラク北部のクルド人地域では、「若者たちよ、モスク(イスラム礼拝所)に来れ。モスクの集まりは、疾病の流行とは無縁だ」といった詩がSNS上に流布している。

イスラム宗教界からは、珍説や風変わりな治療法が提唱され、ネット上で冷笑を誘っている。フランスに住む北アフリカチュニジア出身のイスラム聖職者は、「このウイルスはアッラーの兵士だ。中国当局は100万人のウイグル人を孤立状態に置いているが、今は5000万人の中国人がウイルスによって隔離状態に置かれている。アッラーの意思によって彼ら(中国人)は治療法を見出せていない」と主張した。当初は中国で広がったが、欧州や中東に拡散した今、この荒唐無稽な主張も批判の的となっている。

一方、イギリスに拠点を置くイスラム宗教指導者は、シーア派(イランの国教)はアイーシャ預言者ムハンマドの妻の1人)がネズミを食べることができるとの見解を示していたと主張しており、アイーシャを冒涜したためにイランは新型コロナウイルスによる罰を受けていると述べた。

イランの聖職者も風変わりな新型コロナウイルスの治療法を発見したと珍説を開陳。SNSアプリ「テレグラム」の自身のチャンネルを通じ、「寝る前にスミレオイルを染み込ませた綿を肛門に当てておく」と解説した。イランでは、この聖職者は支持者からイスラム医学の父として知られている


うーん、普通なら御信仰はご信仰なわけで、それはそれで…なのですが、これは人の密集したところで、人から人に感染するという特徴がある以上はね…
だいたい、信心深い皆様が、いかにその力を借りてウイルスをやっつけてやると思っても、実力差がビッグボディ軍とフェニックス軍ぐらいちがう(老害的比喩)


思い出す、ふたつのエピソード。


さて、そんなこんなで。この前亡くなった伝説のディレクター、吉田直哉氏の

という本がある。あるとき、この宗教家の説法の現場を撮影することになった。収録前の挨拶に控え室へいくと・・・

(略)
「グイッとあけな。グイッと。」
「・・・いえ、これから撮影・・・。仕事中ですから」
「なにィ?それを言うなら、こっちだって仕事中だぞ」
黒縁の眼鏡の奥からにらまれ、これはからまれる、と確信したがコップを手にするのも勇気が要った。尋常ならぬ量のウイスキーなのだ。
こんなに荒っぽい飲みかたは見たことが無い。角ビンのウイスキーを大ぶりのコップのふちまでドクドク注いで、申し訳のようにほんの少しのビールをたらして割って、机の上に溢れさせるのだ。
(略)
創価学会二代目会長となって6年目の戸田城聖氏。
(略)
ひとくち飲んで不覚にもむせると「グイッとあけな」と目が据わっている。ビールをあおりながらウイスキーをストレートでのむのを、アメリカでボイラーメーカーと呼ぶ、というのは後に得た知識だが、ビールとウイスキーの量がこの場合逆転しているのだ。いかに教祖でどんなに酒豪でも、酔わないわけが無い。
(略)
そうこうするうちに屈強な若い人が呼びに来て、戸田氏は立ち上がった。ネクタイは右の肩の上にはね上がり、ズボンは下がってシャツの裾が半分以上出て、みるからに酔漢の姿である(略)。・・・そして、演台にたどり着いて両手を突くなり、いきなり「説法」ははじまったのである。


「おろかものが!
開口一番の獅子吼が、この言葉であった。(略)
「このオレが、病気もなおらん信心をすすめると思うとるのか!

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もとはアイザック・アシモフの科学エッセイ

なのだが、科学が迷信を屈服させる英雄的光景なので、アシモフの筆致も踊るような元気さがあり、あのシリーズでも屈指の名文、名場面といってもいいでしょう。
その文章を紹介しているサイトもあったので、いちいち写す手間をサボり、(おおおよそ)250年に際してこれを孫引きします。

http://ameblo.jp/gallina50/entry-11469186127.html

“主要な抵抗は、消極的な形で現われた。
教会に避雷針を立てることには気まずい消極性が示されたのである。
それは信仰の不足、あるいはもっと悪いことに、無神論を後援するように見える科学への全幅の信頼を示すように思えたのだ。
だが、避雷針を立てるのを拒否した結果は、忍びがたいことになった。教会の尖塔は依然として町じゅうの最高の建物であり、その後も落雷が続いた
避雷針で保護されない町の教会には落雷があるのに、町の女郎屋は避雷針で保護されていれば落雷がないということは、誰の目にもあまりにもあきらかだった。
〜(中略)〜
私の読んだ話によれば、なかでも飛切りの出来事がイタリアのブレシャという都市でおこった。
この都市の聖ナザロ教会は避雷針で保護されていなかったが、その神聖さに包まれた住民は非常な確信を持っていたために、そのドームが考えうる最も安全な場所と思い込んで、そこに100トンもの火薬を貯蔵したのである。
ところが、1767年、教会に雷が落ち、火薬は大爆発をおこして、都市の六分の一を吹きとばし、3000人を殺した。
これでたくさんだった。避雷針が勝ち、迷信は降伏した。

科学の徒(アメリカではごくごく超少数派の「積極的無神論者」)である、アシモフはどんな思いを胸に、最後の「避雷針が勝ち、迷信は降伏した」の一文をタイプしたのだろうか。

その他、アシモフは麻酔による無痛分娩や、進化論などを例に挙げ
「科学軍はどんどん進撃している。迷信軍の抵抗は頑強だが、『避雷針会戦』のあと、主要な戦で勝利したことは一度もなく、その領土は削られ続けている」と楽観的なトーンに終始している。小松左京楽天性とちょっと似てる気も。


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