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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

本日「DNA親子鑑定」判決。法の発想に無かった「DNA」を科学が生んだのだから、そりゃ混乱するわ。歴史よ、科学にひれ伏せ。

=記者解説=DNA鑑定「父子関係」訴訟
2014年07月12日 09時22分
http://www.saga-s.co.jp/column/saga_rensai/20401/83160
 結婚後に生まれた子が、父と血のつながりがないことがDNA型鑑定で分かった場合、法律上の親子関係は取り消せるか−。最高裁で17日、注目の訴訟に判決が言い渡される。妻が結婚中に妊娠した子を夫の子と推定する民法の「嫡出推定」の規定が、血縁関係を科学的に証明する鑑定技術の発達で、大きく揺らいでいる。家族のかたちが多様化する中、時代に即した法制度のあり方はどうあるべきか。佐賀県内の専門家らも司法判断を注視している。

http://alfalfalfa.com/archives/7400217.html
 DNA型鑑定で血縁がないと分かれば父子関係は取り消せるのか。そんな争点の裁判を、四国地方の40代男性も起こしていることが新たにわかった。これまでに判明している2件の裁判は、いずれも妻側が父子関係の取り消しを求めているが、この裁判は男性が取り消しを求めている。3件とも17日に最高裁で判決が言い渡される。DNA型鑑定の結果は父子関係にどう影響するのか、統一判断が示される見通しだ。

何度かここでも語った話題だが、自分は明確に「科学タカ派」…いやタカもハトも基準が分からんか(笑)、言い換えると「科学と知の側」に立ち「因習と迷信と非科学」を討伐する立場に立ちたいのである(笑)。
DNAの遺伝情報をその子に受け継がせた人間が「父親」だよ。
それが科学。知恵。知性。理性。啓蒙。
そうじゃないというのは牛痘をすると牛になる、とか、カメラに魂を吸われる、とか、そーゆー迷信邪教のたぐい。

まったく、科学を知らぬ無知蒙昧の民とは、あわれなものでございます。



ま、以上は煽りで……、そもそもこの裁判でも、それは前提とした上で「血はつながってなくても、ともにすごした親子の関係、実の親子以上に親子じゃありませんかい」という、浅田次郎の「天切り松」のような泣かせる話。

天切り松 闇がたり 1 闇の花道 (集英社文庫)

天切り松 闇がたり 1 闇の花道 (集英社文庫)

(この巻の「百万石の甍」が、そのテーマを扱っている)

そういう意味で、これまで親子だと思って暮らしてきた人のつながりを重視し、そちらで育つという判断があっても、別におかしかない。

だが、自分の意見としては、仮にそうであったとしても
「『実の親』はDNAを受け継がせた、結婚期間中の母親の浮気相手。だが、育てるもろもろの権利は、その女性の元夫にある」とすべきで、「父親(親権)は元夫」と定義しちゃーいけないと思うのなりよ。
そういう場合は親権を移動できるような規定を、今後立法でもいてはじめてそうするべきだと思うのどす。

しかし「人類数千年の解決不能の問い」を解決した「DNA鑑定」。その科学の勝利を、あらためて寿ごう。

本日、別のところで、こういうのを紹介させてもらった。
このブログでは何度か紹介済みだが、実物がそのたびにどこかに行って、正式な原文を紹介できなかった(笑)。今回は孫引きできる。

http://ameblo.jp/gallina50/entry-11469186127.html

“主要な抵抗は、消極的な形で現われた。
教会に避雷針を立てることには気まずい消極性が示されたのである
それは信仰の不足、あるいはもっと悪いことに、無神論を後援するように見える科学への全幅の信頼を示すように思えたのだ。
だが、避雷針を立てるのを拒否した結果は、忍びがたいことになった。教会の尖塔は依然として町じゅうの最高の建物であり、その後も落雷が続いた。
避雷針で保護されない町の教会には落雷があるのに、町の女郎屋は避雷針で保護されていれば落雷がないということは、誰の目にもあまりにもあきらかだった
〜(中略)〜
私の読んだ話によれば、なかでも飛切りの出来事がイタリアのブレシャという都市でおこった。
この都市の聖ナザロ教会は避雷針で保護されていなかったが、その神聖さに包まれた住民は非常な確信を持っていたために、そのドームが考えうる最も安全な場所と思い込んで、そこに100トンもの火薬を貯蔵したのである
ところが、1767年、教会に雷が落ち、火薬は大爆発をおこして、都市の六分の一を吹きとばし、3000人を殺した。
これでたくさんだった。避雷針が勝ち、迷信は降伏した。”
(略)
“一年の間に落雷で死ぬ者の数は、飢饉や戦争や疫病で死ぬ数にくらべて微々たるものだったから、雷に対する勝利はある意味ではたいしたものではなかったけれども、それは決定的だった。
この瞬間から、迷信の勢力はもっぱら撤収作戦を行なうばかりで、大会戦に勝ったことは一度もないのである。

以下、進化論や無痛分娩などで、迷信が科学に駆逐されるさまを、アシモフは躍るような筆致で描いている。

そして
「たとえDNAの結果がどうであろうと、俺の子は俺の子だ!」なんてえのは、「避雷針などなくても、神の前に正しければ落雷などない」「人間がサルの子孫なんてゆるせない」と同じカテゴリーと思っていい。(繰り返すが「俺の子ではないが、これまでの生活の積み重ねがあるので、今後も保護していきたい」という「義父」「養子」的な考え方は考え方でアリですよ?あらためて立法すべきと思うけど)


今回の裁判・判決はある意味、大岡越前にささげられるべきだ。
(フィクションながら)あまりに有名なあの「大岡裁き」、それは当時としては見事で、人情にも則していたろうが、種痘や進化論のように、科学が、その「大岡裁き」をいまや不要にしてくれたのです。
蘭学を大幅に取り入れる道を開いた徳川吉宗の使えた大岡越前なら、この科学の勝利を、喜びとともに天上から見守ってくれるだろう。


いつも、こういうときはこの歌を思い出す。
科学と 知性と 進歩と 啓蒙の側に立って、因習や迷信に対峙するものにとっては一番の応援歌だ。

光が射す未来へ 手を伸ばせば つかめる未知なる世界を
境界線などない 飛び続けろ 遠く遠く Dive in the Sky
 
光が向かう場所へ羽ばたくだろう 大地をいま強く蹴って
果てなき夢を乗せた フロンティアへ 高く高く舞い上がれ

まあ、今回の判決がどうであろうとも、「DNA鑑定によって親子関係が確定する」という事実を後戻りさせることはできない。より多くの人が、その恩恵に浴していくだろう。それは種痘やワクチンがそうであったように。


だけどDNA鑑定には、なぜかこんなに抵抗が。なぜかなあ(笑)?

AERAの…2014年1月27号より。

女性に、抵抗があるひとが多いようす。(といっても、正式な世論調査ではたぶんなくて、読者アンケートだったかも?ならば統計的な意味はほぼ無いだろう。)


コラムニストの北原みのりさんは、さらに厳しい。
「血縁や遺伝子にこだわる日本では、DNA鑑定で問われるのは女性の貞操だけ。男性が仕事ばかりで家族と過ごしてきた時間が短ければ、子どもから尊敬されず、家族の行事では仲間はずれになるのは当然。父になれないのは自業自得です」

この話、何度も書いてきました。関連記事

■親子(父子)の関係証明にDNA鑑定が義務付けられたら?−−科学が政治の上に立つ刻
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20081124/p8
■科学の進歩は人間の幸福! 例えばわが子は妻の不倫の子で、実子では無いとすぐ分かる!!(うーむ…)※「特上カバチ!!」より -
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110429/p6
■「分からない」が前提のものが「分かる」ようになった時・・・…出生前診断の重さと難しさ
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120907/p5
■本日上映開始「そして父になる」。だけど…DNA鑑定を義務付ければ、こんな”事故”はなくなるよね。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20130928/p3
■「婚外子」裁判から大屋雄裕氏が語る、結婚制度のそもそも
http://togetter.com/li/562424
■ 「子供は本当にその父親の子か」、外からじゃ分からなかった時代が数千年。「分かる」時代の法制度とは…
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20131225/p4