代講その2
三島由紀夫「奔馬」より
忠義とは、私には、自分の手が火傷をするほど熱い飯を握つて、ただ陛下に差し上げたい一心で握り飯を作つて、御前に捧げることだと思ひます。
その結果、もし陛下が御空腹でなく、すげなくお返しになつたり、あるひは、『こんな不味いものを喰へるか』と仰言つて、こちらの顔へ握り飯をぶつけられるやうなことがあつた場合も、顔に飯粒をつけたまま退下して、ありがたくただちに腹を切らねばなりません。
又もし、陛下が御空腹であつて、よろこんでその握り飯を召し上つても、直ちに退つて、ありがたく腹を切らねばなりません。何故なら、草莽の手を以て直に握つた飯を、大御食として奉つた罪は万死に値ひするからです。
では、握り飯を作つて献上せずに、そのまま自分の手もとに置いたらどうなりませうか。
飯はやがて腐るに決まつてゐます。
これも忠義ではありませうが、私はこれを勇なき忠義と呼びます。
勇気ある忠義とは、死をかへりみず、その一心に作つた握り飯を献上することであります。
- 作者: 三島由紀夫
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