INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「Winny 天才プログラマー 金子勇との7年半」…弁護団の事務局長が小説を執筆

インターネット上のビジネスに欠かせないP2P(ピア・ツー・ピア)技術。その可能性を開拓した「Winny」の開発者・金子勇は、2004年、「著作権法違反幇助」の疑いで逮捕・起訴され、無罪判決が確定するまでに7年半もの年月がかかりました。

本書は、「Winny事件」弁護団の事務局長を務めた壇俊光氏が自身のブログを元に小説としてまとめたものです。日本のインターネット技術の発展に負の影響を残したと言われる裁判の経緯を追いながら、壇弁護士が見た金子氏の人物像、Winnyの核心を語ります。

推薦文は、2ちゃんねる開設者・ひろゆき氏から寄せられました。


【目次】
プロローグ
第1章 捜査弁護
第2章 起訴から公判まで
第3章 1審弁護―前哨戦
第4章 1審弁護―警察証人尋問
第5章 1審弁護―技術立証
第6章 1審弁護―被告人質問
第7章 地裁判決
第8章 控訴審
第9章 高裁判決
第10章 最高裁決定
エピローグ
付録 Winnyをより深く知るための基礎知識


小説という形でかくというのは、畑違いでなかなか大変だっただろうな。
映画になるという企画、どこまで進行しているのだろうか。京都府警の「IT敗戦」の象徴的な事件としても知られるが。



偶然のような出会いから弁護人となった壇弁護士は、弁護団を結成。弁護団の事務局長として最高裁まで戦い抜き、2011年には無罪を勝ち取った。ところが、金子さんは名誉を取り戻したのもつかの間、2013年7月にこの世から去る。惜しまれる死だった。

日本の刑事司法によって毀誉褒貶の人生を歩むことになった金子さん。壇弁護士はその闘争の舞台裏を、弁護人の目を通して描いた小説「Winny 天才プログラマー 金子勇との7年半」(インプレスR&D)として今春、上梓した。
(略)
前代未聞の事件の裁判を描いた前代未聞の小説である。ようやく、ネットや技術の本を多く出しているインプレスR&D社が決まった。

壇弁護士が小説の本という形にこだわったのは、映画化を見込んでの理由だけではない。

Winnyを知らない世代の人たちに読んでほしいと思いました。金子さんという人物がこの世にいたということを知ってもらいたいと思ったんです。もしも、小説として本屋さんに並んでいたら、もしかしたら手にとってくれるかもしれないから」

www.bengo4.com

「過去の偉人と現代の価値観」と言えば、ムハンマドは9歳の(弁士中止)



かつて偉人とされた方々も、今の価値観からその言論・行動を見れば、これは問題だろう!というものがあるだろう、と。それをそのまま顕彰していいのか、と。いかさま、さよう。


とこ
ろで。


ja.wikipedia.org

ムハンマド奴隷解放

ムハンマドは当時の有力者と同じく奴隷を所有したが、その取り扱いは当時の基準に照らせばかなり寛容なもので、奴隷解放を勧めていたとされる。クルアーンハディースでは奴隷の所有それ自体は禁じられていないが、なるべく奴隷を解放することに徳を見出し、奴隷に対しても自分が食べるものを食べさせ、自分が着るものを着せ、無理な仕事をさせず大切に扱うべきだと説かれている。ムハンマドアブー・バクルにより粗暴な主人のもとから解放された黒人奴隷ビラールは、初期のムスリムの一人である。

クルアーン:やさしい和訳

クルアーン:やさしい和訳

  • 発売日: 2019/02/07
  • メディア: 単行本

まあ、ここも議論するといろいろあれなんだけど、またさらにもうひとつの話題があります。

アーイシャとの婚姻をめぐる議論

ハディースなどの伝承によると、最初の妻ハディージャが没した後、ムハンマドヒジュラ後のメディナ居住時代に寡婦サウダとアブー・バクルの娘アーイシャと結婚している。ムハンマドの妻たちの多くは結婚経験がある者がほとんどで、ハディースなどの記録による限り結婚時に処女だったのはアーイシャのみであり、特に当時のアラブ社会でも(現在でも中東や東欧など第三世界でもそうだが)他の地域と同じく、良家の子女にとって婚姻以前の「処女性」は非常に重要視されており、アーイシャの場合も処女で婚儀を結んだことがムスリムの女性の模範のひとつとして重要視されている。

ただ、当時の習慣により、このムハンマドの最愛の妻と呼ばれたアーイシャは、結婚時9歳であり、対してムハンマドは50歳代に達していた。そのため反イスラーム主義者の一部はこれを口実に(一部(略))とムハンマドを攻撃する姿勢を見せている。

これに対して、前近代の人類社会では有力家系の子女が10歳前後で結婚することはありふれており、このこと自体は歴史的事実として確認されている、という反論がある。豊臣秀吉は10歳の幼女を側室にしたことなど、歴史上の人物は、ほとんどがこの例に倣っており、ムハンマドだけを攻撃する理由が不明である。その場合は結婚してもおおよそ初潮後の適齢になるまでセックスは行わないのが通例であった。インドのイスラーム学者マウラナ・ムハンマド・アリーアーイシャムハンマドと初夜を迎えた年齢は15歳であったと主張している[13]

これは
危険が
やばい。

だが、良くしたもので、
偶像崇拝禁止の見地から、似姿としてのムハンマド(彼の魂に平安あれ!!)の像は無い。
ここでも指摘されている。



だが、悪くしたもので
彼の言葉…いやいや違う、預言者ムハンマド(彼の魂に平安あれ!!)の口を通して、唯一の創造主であるアッラーの言葉を記した聖なるクルアーンは、現実の状況として、物として神聖不可侵の扱いをされている。

www.afpbb.com
www.newsweekjapan.jp
www.afpbb.com



かつて、日本の元勲伊東博文公…いやいや、少々周旋の才の有った俊輔とかいう孺子の像がつくられたことがあったんですが、こやつが長じて稀代の助平親父として名を知られまして、こんなデモンストレーションが行われた。

『…各々六尺褌を外づして縄になひ、其縄を(伊藤)博文の銅像に打ちかけて引き倒し、一同エンヤエンヤのかけ声にて市中を引廻せし上、斯かる好色老爺の銅像を置くに好適の場所ありとて、福原遊郭の門内に引ずり行て…』

遊郭のあるところの交番前に置かれた、というのが気が利いてるじゃないか!!
m-dojo.hatenadiary.com


これにならって、もし、仮に、IF、シミューレーションとして、こういう場面を敢えて想像します。
『…其縄をコーランの書に打ちかけて…、一同エンヤエンヤのかけ声にて市中を引廻せし上、斯かる好色老爺の妄言の書を置くに好適の場所ありとて、…』
どこに置けば「好適の場所」でしょうかね??


むろん、これは逆説的な夢想、「こうあってしまってはよろしくない」という警告を込めたシミュレーションである。
「当時の慣習として、10歳前後で婚姻をするのは、今の価値観からみて良くないものであっても、その時代は普通であり、そのことで預言者ムハンマド(彼の魂に平安あれ!)を批判するにはあたらない」
と、たしかに思うのです。


だが、ひとつだけ厄介なことがあって
預言者ムハンマド(彼の魂に平安あれ!)の教えや言動は、その時代・地域の制約があるとか、その当時は正しかった、ではない。全知全能の神が、時代も地域も超えてお示したもうた永遠の真理である」という立場に、信仰者として立つ人もいるようなのである。まあ、不信心者として、その立場に立たない、とすればなんでもないんだけどね。


しかし、そんなわけで、いろんな議論で「ムハンマド(彼の魂に平安あれ!)」を代入すると、それまでの理路が大胆にバグる、あるいはシャレにならなくなるのは困ったものであります(じゃあ触れるな)

f:id:gryphon:20200621095915j:plain
あんたはこの件に以後一切ふれるな(神聖モテモテ王国

追記 ほんとに似た事例が勃発してた

伊著名ジャーナリストの像に抗議の落書き、エリトリアで12歳少女と結婚
6/17(水) 9:50配信

CNN.co.jp
ミラノ(CNN) 伊ミラノにある著名なジャーナリストの像に対し、赤い塗料をかけたり、「人種差別主義者」や「強姦(ごうかん)魔」といった文言を落書きするといった汚損行為が17日までに確認された。像をめぐっては現在撤去を求める活動が展開されている。

像の人物のインドロ・モンタネッリは、1935年から36年にかけてアフリカ北東部のエリトリアに従軍。現地で12歳の少女と結婚したとされる。

69年のインタビューでモンタネッリは、当時26歳で12歳の少女と結婚した理由について、少女を「買った」からだと説明。現地にはそうした慣習があり、エリトリアの兵士の間で浸透していたと語った。

少女を強姦したのかとの問いには直接答えず、結婚したのだから強姦などという問題は発生しようがないと抗弁した。この結婚については、2000年に出版したエッセー集でも自身の立場を記している。

モンタネッリは2001年に死去した。ミラノ中心部の公園にある像に対しては、現在撤去を求める請願が寄せられている。
news.yahoo.co.jp


「わが国は大統領を批判できる国だ。君達(北朝鮮)も存分に言えばいい」…「批判ビラを妨害してくれ」との要求に、『李明博』は答えた。

……北朝鮮が「スーパー甲」(※韓国での流行語、俗語で「上下関係の、上の立場」の意味らしい)として南側を愚弄する今とは違い、8年前は韓国が「甲」だった。李明博(イ・ミョンバク)政権末期だった2011-12年、北朝鮮は韓国側に「一度だけ会ってほしい」と哀願した。当時の千英宇(チョン・ヨンウ)青瓦台外交安保首席秘書官は「北の国防委員会が私の執務室に『会いたい。会って話そう』というファックスを何度も送ってきた。ストーキング水準だった」と振り返った。北朝鮮がこのような態度を見せた理由は、対北朝鮮ビラと拡声器放送のためだった。2010年の韓国哨戒艦「天安」爆沈以降、政府が対北朝鮮心理戦を再開すると、北朝鮮は「李明博大統領に暴言を吐かないのでビラ散布を防いでほしい」と訴え始めたという。韓国政府は「大韓民国は大統領の悪口を思う存分言える社会だ。あなたたちも好きなだけ言えばいい」と一蹴した。もどかしく感じた北朝鮮は「それでは何をすればよいのか」と尋ねた。韓国政府は「北側が天安爆沈の責任を認めれば、民間人統制線内の心理戦は中断させる考えがある」と伝えた。驚くことに北朝鮮側はこの提案を受けて南北は交渉に入った。青瓦台北朝鮮国防委の関係者が米国の目を避けて北京など第3国で会い、何度か「天安秘密会談」を開いた。北朝鮮側は「責任を認めることだけはできない」としながらも「遺憾の表示はいくらでもできる」と融和攻勢を見せた。そして「我々が会談したことは絶対に秘密にしてほしい」と要請したというから、これほどのコメディはない。

北側がこのように低姿勢を見せたのは、政府が大韓民国表現の自由があり、民間が散布するビラは防げない。これを理由に挑発すれば断固報復する」という原則を強く守ったからだ。北朝鮮延坪島ヨンピョンド)砲撃挑発当時、韓国軍の自走砲反撃で韓国戦争(朝鮮戦争)以来初めて本土(黄海道)が砲撃を受けるという屈辱を経験した。労働新聞に「敵の攻撃で血流した戦士のために黄海道の住民が一斉に献血した」という報道があったほど、当時の人民軍の被害は大きかったと推定される。通常兵器の挑発では絶対に南側に勝てないことを実感した北朝鮮は、言葉では「逆賊一味の李明博政権とは絶対に共存しない」と騒ぎながらも、ビラ散布中断などを実現させるために水面下では「会ってほしい」と哀願するしかなかった。北朝鮮に「言うべきことは言う」という姿勢の李明博政権が優位に立って北朝鮮を扱うことができた秘訣だ…


s.japanese.joins.com
中央日報/中央日報日本語版
2020.06.18 12:01

現在は被告人、まもなく受刑者となろうという李明博の大統領時代の、一挿話。
なお対比するように、前半では金根植(キム・グンシク)慶南大教授の証言を載せている。

現在は被告人、まもなく受刑者となろうという李明博の大統領時代の、一挿話。

「私は文在寅ムン・ジェイン)です。昨日のインタビューを見ました」。

2015年初め、出勤のため地下鉄に乗ろうとしていた北朝鮮専門家、金根植(キム・グンシク)慶南大教授の携帯電話が振動した。知らない番号だった。会ったこともない文在寅新政治民主連合代表(当時)からの電話だった。金根植教授は前日、脱北者団体の対北朝鮮ビラ散布予告で波紋が広がると、放送に出演して「境界地域の国民の安全が脅かされるなど副作用があるため、ビラ散布の自制を要請しなければいけない」と発言した。これを見た文代表が金教授に電話をかけたのだった。

金根植教授によると、文代表は「ビラ散布はそれ(国民の安全)以外にも問題があるのではないだろうか。(北朝鮮の)主権を侵害する国際法違反ではないか」と話した。金根植教授は「初めて聞く話だ。そのように考えることができるのかはよく分からない。南北が分断されて競争し、ビラをやり取りしてきたが、これを国際法にかけるのは問題だ」と否定的な立場を表明した。すると文在寅代表は「とにかく私はそのように(国際法違反)考えるので、金教授も少し考えてほしい」と言って電話を切ったということだ。

(略)
青瓦台(チョンワデ、韓国大統領府)の雰囲気が本当に心配だ。大統領が北をそのように眺めているのに、どの参謀が『違います』と言えるだろうか。金与正(キム・ヨジョン)労働党第1副部長が対北ビラを非難すると、青瓦台関係者から民主党首脳部まで異口同音に『ビラは百害無益』と話している。このように断固とした極端な表現がどのように出てきたのだろうか。大統領の考えが反映された言葉ではないだろうか」。


李明博自伝 (新潮文庫)

李明博自伝 (新潮文庫)

  • 作者:李 明博
  • 発売日: 2008/09/30
  • メディア: 文庫

再放送のBSP「太平記」、鎌倉討幕戦争がいよいよ佳境!!21日は「笠置落城」。/ネット配信もスタート

今日より正成出づ、という町風俗について。
これについては、10年ばかり前、84歳で亡くなられた菅楯彦画伯からきいた。
まだ江戸期のにおいをのこしていた明治10年代から20年代の大阪の下町でのことである。
「そういう貼り紙が、町々に出ます」
(略)
「町内に長屋々々がごわりますな、そういう町内に必ず一つは寄席がごわりましてな、左様でごわります、別に商売々々した寄席ではごわりまへんで、まあ道楽なひとが自分の家のふた間ほどを講釈師に貸します」
そういうのが、大阪の寄席であったらしい。1年なら1年、ずっと太平記を読み続けるのだという。いまでいえばテレビの連続ドラマのようなものである。
「なにぶん1年は長うごわりますから、途中だれてきて、客の集まりが悪うなって参ります。ところが読み進んで、いよいよ正成が出るというくだりにさしかかりますと、門口に”今日より正成出づ”という張り紙を出します。すると、どっと…」

m-dojo.hatenadiary.com

以上、司馬遼太郎の著書より。


んで、タイミングよく紹介とはいかなかったが
前々回が「帝の挙兵」
前回が「楠木立つ」でした。

つまり、プロローグがおわり、”異形の王権”をかざす魔帝ゴダイゴが、鎌倉のアンシャンレジームについに牙をむいたのである。


ただ、順風満帆に討幕戦争は進んだわけではない。
21日放送は…

楠木立つとの情報を得た足利高氏真田広之)は幕府が苦戦を強いられるだろうと感じる。一方、笠置山に入った楠木正成武田鉄矢)は後醍醐帝(片岡孝夫)と対面し策を述べ下山、河内で挙兵した。不意をついた楠木軍は数日のうちに河内の北条軍を大混乱に陥れた。しかし持明院統の新帝を即位させた北条氏は後醍醐帝を先帝とし、帝(みかど)派から大義を奪うことに成功する…。
www.nhk.jp


オンデマンドでの配信開始

BSで放送しているのに配信??と思うかもだが、NHKアーカイブの稼ぎ頭は一貫して、「ただいま放送中の番組で、ああ見逃しちゃったという人の追っかけ需要」なのだという。ならば再放送と、配信を同時展開するのは、何の不思議もない。

www.nhk-ondemand.jp

今成正和が世に出た「佐藤ルミナとのコンバットレスリング」の動画


たしか…もっと詳しい人はどうかしらんけど、自分の感覚では、まったく無名の存在だった今成正和が、当時日の出の勢いだった佐藤ルミナを相当苦戦させて「こいつナニモンだ!!」とセンセーションを呼んだ…と記憶している。
貴重な映像だ。こういうオープンの場はこわいね。しかし、それでも、あとから思えば「あの今成」から一本取ったルミナもみごと。

「ムービーで撮らないのは勿体ないね」。最晩年のベイダーは、インタビューでそう語った…「記録」に関する3雑談

【記録する者たち】
※【記録する者たち】は準タグです。この言葉でブログ内を検索すると関連記事が読めます

まず、本題に入る前に昨晩、ここでも紹介した「ドラレコは見た!」の内容について書き留めておこう。



という話で

・父親と息子が、富士山を見に、数時間程度はかかるドライブに行く。
・ここは最初に免許を取った息子が、父のコーチの元、試運転に行った思い出の土地
・車中でとりとめもなく「小さい頃は何になりたかった?」といった話になる
・実は父はすい臓がんの末期。この日は非常に体調が良かったので、思い出にと車に乗っての遠出をした。
・美しい富士山を見て、本当に喜んだ父だが、この1週間後に他界。ドライブレコーダーに残る会話の記録が、最後の思い出になった



・・・・・・・・世の中、30、20年前と…いや、たった10年前と比べても、画像や動画を撮る機会というのはスマホ革命もあって、何十倍となっている。世界のさまざまなことが、記録に残っている。
NHKが、20世紀と、だいたい5分の1が終わった21世紀を「映像の世紀」と命名したのは慧眼であった。

だが・・・だからこそ「これ、音声でも動画でもいいから残ってないの?」というのが惜しくなることも多い。
今回の「ドラレコ」ではないけど、たとえば老いた両親が、これまでの来し方を振り返るような、そんな会話や一人がたりが、映像に残っているかと言えば無いだろう(笑)。
そりゃないよね。
うちの亡父はがんを告知されてほぼ余命は半年間ではあったけど、その半年はやはり意識的に言葉を録音したり、姿を録画したりした。元気なころは昭和世代らしく、そういうのを撮られるのを嫌っていたから、最晩年の音声や録画しか残っていないのだけど、それでも無いよりはよかった。



そんな折、これもこの前紹介した、この本を読了した。

例によって面白い話が多くて、特に川田・小橋の四天王2人が…と、内容には踏み込まない、それはあとで語らねばならぬ。

今回紹介したいのは、この本のトリを飾る・・・・・・ベイダー。 いや、「故ベイダー」と記述せねばなるまいか。2018年6月18日、ああ2年前の、本当にきのうきょうの話か……63歳の若さで世を去った、不世出のレスラーだ。


インタビュー初出は

KAMINOGE vol.66

KAMINOGE vol.66

  • 発売日: 2017/05/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

だから、なくなるほぼ1年前だが・・・・・ここで、聞き上手たちにはやし立られ、新日からUWFインターでまで暴れ回った日本時代の思い出、「ベイダー」変身への秘話、アントニオ猪木やスタン・ハンセン、橋本真也ゲーリー・オブライトなど死闘の相手の印象などを思う存分語ったベイダーは、最後にこう言ったのだ。



f:id:gryphon:20200620022841j:plain
「インタビューをムービーに撮らないのは勿体ない」ベイダーが亡くなる1年前に言い残した。



「今日のこのインタビューをムービーに撮ってないのはもったいないね。私が自分の人生をこんなに長く語るなんて機会はめったにないよ。」
「私はもう何年生きられるかわからないし、そうしたらもうこういう話を残すことはできない。だから、今日はいい機会だったと思うよ。」

くりかえすが、2018年6月に亡くなる1年前にあのベイダー……欧州のCWA,メキシコのUWA、アメリカのWCW、日本のIWGP三冠ヘビー級、UWFインター世界ヘビー級を総なめにした男が語った言葉なのである。
雑誌社のインタビューなのだから、録音はしているだろうけど、録画までは考えないのが普通だ。
だが、こういうふうに言われてみると、いくら音は残っていても、やはり録画されていないのは惜しみてあまりある。この前の話にもつながるけど、今後、雑誌のインタビューは、話を聞いていた当事者の「youtube」と競わねばならない。
インタビューの映像化、話している人の映像を残す、というところに、何かの工夫でモデルチェンジをしていく余地はあるのではなかろうか。


最後に村上もとかの「ミコ・ヒミコ」から

ミコ・ヒミコ」は村上もとかの作品の中ではあまり知られていないものだと思うが、ここでは何度か紹介しています。
紹介する時は「村上もとか版の『エスパー魔美』です」で、大体通じる(笑)。能力は超能力全般ではなく霊能力だけど、その能力を持つ小学6年の元気な少女が、その力で困っている人が否応なく分かってしまうため、お節介にも人助けをしようとする…というところまでそのまんま。
ん?復刻版みたいなものが「グループ・ゼロ」から出てるのか。

ミコ・ヒミコ 1

ミコ・ヒミコ 1

ミコ・ヒミコ 2

ミコ・ヒミコ 2

で、その6年生の三学期(物語も最終回)で…いろいろな話は略すけど、クラスで話し合っていた「卒業記念の企画」について、交通事故で死んだ同級生が残していた案が採用される。
それは
卒業後の1日、みんなで集まる。
その何でもない様子を、ビデオカメラで撮影する。
50年後、みんなでまた集まってそれを見る・・・・・・だったという。

f:id:gryphon:20200620034818j:plain
村上もとかミコ・ヒミコ」卒業記念の企画は「何でもない1日の録画」だった
f:id:gryphon:20200620031454j:plain
村上もとかミコ・ヒミコ」卒業記念の企画は「何でもない1日の録画」だった
f:id:gryphon:20200620031526j:plain
村上もとかミコ・ヒミコ」卒業記念の企画は「何でもない1日の録画」だった



とりとめなく、NHKドラレコは見た!」KAMINOGE「ベイダーのインタビュー」、そして村上もとかの「ミコ・ヒミコ」と3つの挿話を並べてしまったが(ホントに並べると、むちゃくちゃな連想の飛び方だな…)、身の回りの、この会話、この1日を映像の形で記録に残すと価値があるのではないか?

そんな目で、周りをもう一度見てもらえれば、さいわいです。(了)

 

ドラレコが記録した「事故以外」のいろんな映像。NHKで本日夜「ドラレコは見た!」

6月19日金曜
NHK総合1 午後10時45分~ 午後11時05分
(3)「ドラレコに刻まれた親子の物語」


日本の車両の約4割が搭載するというドライブレコーダー危険運転や事故ではない、偶然映った「爆笑」「奇跡」「感動」を紹介。映像に隠されたドラマも追跡取材でお届け。

父と息子の富士山へのドライブ。車中で語られた、今まで知らなかった父親の人生。その1週間後、父はがんで亡くなる。神々しい富士山の姿と共に父の声が記録されたドラレコ映像は息子の宝物になった。中国からは信号を無視して暴走するタクシー。しかし警察は運転手を表彰。一体なぜ、そんな事が?ほかに追い越し運転をめぐって一触即発となったドライバー2人の思わず笑ってしまう仲直りなど、ちょっといい話をたっぷりと。

【出演】澤部佑,池田美優,【声】日高のり子
www4.nhk.or.jp