INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「龍帥の翼」で劉邦と項羽の”ディベート”が描かれる(史記より)/「言葉戦さ」という概念を思い出す

漢楚の戦い―というより、日本では圧倒的に「項羽と劉邦」といったほうが通りがいいよね。それを描く川原正敏の「龍帥の翼」が佳境に入っています。
川原作品であるから、期待されて無理に織り込まれたのか、それとも作者が積極的にそうしたのか…架空設定の「個人戦闘では項羽級の武芸者」というキャラの存在が、巧く生きているか、それとも邪魔になっているかは好み次第という感じでしょうか。
かなり、歴史好きの血が騒いだのか、文献上の記録に沿って描いているので、いっそそっちに振り切っても良かったのでは?とも思うが、逆にそれだとただの絵ときになり、誰が描いても同じ話に成りかねない。むつかしいところですな。


それはともかく、今は元の古典が面白いのか、この作品が面白いのかを
論じる必要もなく、純粋に面白いところ。

f:id:gryphon:20220209100002j:plain
龍帥の翼より 項羽と劉邦が言葉で罵倒し合う
f:id:gryphon:20220209100048j:plain
龍帥の翼より 項羽と劉邦が言葉で罵倒し合う

月刊少年マガジン2022年3月号より、第67話。

そう、現在描かれているのは、廣武山の渓谷「鴻溝」を挟んで、全軍トップの2人が、直接「言い争い」をする場面なんですわ。鴻門之会や四面楚歌と並ぶ名場面。



はてな的」にも(狭いカテゴリーだなおい)、いま史記が話題になっているのでちょうどいい。
cruel.hatenablog.com




……だがしかし。この時代で既に両者が10万単位の軍勢を要するというのに、谷を挟んで、軍のトップが言い争う、なんて、ちょっとドラマチックで、できすぎな噺じゃないですかい?

f:id:gryphon:20220209105503j:plain
龍帥の翼 項羽と劉邦の言い争い

m-dojo.hatenadiary.com
・「史記」の文章が、いわゆる正統な漢文から見ると繰り返し表現などが多い一方で、異様に内容が面白いのは、当時の「歴史講談」をそのまま採録したからじゃないか?
・あの文章の特長は『歴史講談』としてこのストーリーが語られたとき、物語の登場人物の『位置関係・動き』を身振りで示していたと考えるとすっきりする


※ベースの論考はこちら


創作された講談・お話かあ……まあ作劇論としては、物語の後半に入ったこの部分で両者相対して、その思想を語り、2人の対照的な性格を強調するなんて、よくわかってる。少年ジャンプだったら2週連続巻頭カラーで、キャラクター人気投票もやるところですよ(笑)
…で、納得しかけるところだが、偶然にも数日前にこんな連続ツイートがありました。


これに反応した当方のツイートを膨らましてるのが、今回の記事なわけです。

※その後、さらに「言葉戦い」に関する野口氏のツイートあり



言い争う「言葉合戦」というものがあり、どうかするとそれが戦の主流でもあったらしい、という話は例の「センゴク」の……シリーズのどこかで出てきたんですよ。だから遠くまで轟く大音声とか、相手を即興でDisるリリックとかも、武士のたしなみ、武芸の一つ。



と、同時に感心というかふーんと思うのは、まだイエス・キリストすら生まれてない紀元前の戦争でも、
中華文明のわずかしか届かない東洋の辺境でも…
今回の「鎌倉殿の13人」でも描かれてたりするように……
中世の日本は、実に暴力的な”鎌倉蛮族”なんてミームも一部界隈で浸透している昨今ですが、そんな時代や地方でも「おれ、つよい。相手、よわい。だから攻めて、ぶっころして、ぜんぶ俺のものにするウホ」みたいな蛮族度100%……、あからさまな欲望丸出しの戦争はやっぱり人間は避けて大義名分を欲する。そこに「正義」があると信じたい………らしいんですねえ。
こんな古い時代でも、戦争に「正義」を背負うべく、相手とその正当性を、言葉を武器に争っていた。
ここに人間の希望を見出すか。あるいは絶望を見出すか。・・・・・・とにかくわれらといういきものの、ひとつの特徴ではあるようです。



ちょっと余談集。

劉邦の「羹」返答は中国で諺になってるとか】

検索で偶然見つかって、ちょっと噴き出した。

f:id:gryphon:20220209105811j:plain
龍帥の翼 羹問答 項羽と劉邦

分一杯羹
中日辞典 第3版の解説
分一杯羹
fēn yī bēi gēng

<成>利益を分かちあう.おこぼれにあずかる.▶『史記』で「父親を釜ゆでにするぞ」と項羽に脅された劉邦が「我々は義兄弟なのだからわしの父はおまえの父だ.釜ゆでにするならわしにも1杯分けてくれ」と答えたという故事から.

kotobank.jp

史記」日本語の書き下し文、ネット上には決定版的な資料集はないんだね。

聖書もコーラン論語も、シャーロック・ホームズロビンソン・クルーソーも、原文と日本語訳の資料集があるのだが、「史記」は今回探したところ見つかりませんでした。
何かを移すのならともかく、自力で書き下し文や日本語訳をつくるなんてぇのは簡単にできるとも思えないが、パブリックドメイン化した作者なども探せばあるだろう。
人気の場面(まさに項羽と劉邦とか)だけを優先させたりとかして、おいおいと「史記書き下し文資料集」をどこかが構築したら、たぶん50、60年はアクセスが絶えず、そこからなにがしかの広告料も入るような人気サイトになるんじゃないか、と思った次第。

国会図書館データベースなども加味すれば、自分が見つけられないだけで史記書き下し文(+現代語訳)サイトはあるのかな?あったら教えてください。


史記…というか紀伝体の特徴 一つの事件は、関係者の複数の「伝」を読んで合成しなければならない、というのを実感する。

この広武山でのディベート項羽本紀と劉邦の本紀、両方読まないといけない。史記がベース・スタンダードな歴史書なら当たり前だが、いわば「編年体」がスタンダードなぼくらには、それだけで違和感があり、逆にそれが「違う文化は、違うんだなあ」と面白かったりするのでした。

當此時,彭越數反梁地,絕楚糧食,項王患之。為高俎,置太公其上,告漢王曰:「今不急下,吾烹太公。」漢王曰:「吾與項羽俱北面受命懷王,曰『約為兄弟』,吾翁即若翁,必欲烹而翁,則幸分我一桮羹。」項王怒,欲殺之。項伯曰:「天下事未可知,且為天下者不顧家,雖殺之無益,只益禍耳。」項王從之。

楚漢久相持未決,丁壯苦軍旅,老弱罷轉漕。項王謂漢王曰:「天下匈匈數歲者,徒以吾兩人耳,願與漢王挑戰決雌雄,毋徒苦天下之民父子為也。」漢王笑謝曰:「吾寧鬬智,不能鬬力。」項王令壯士出挑戰。漢有善騎射者樓煩,楚挑戰三合,樓煩輒射殺之。項王大怒,乃自被甲持戟挑戰。樓煩欲射之,項王瞋目叱之,樓煩目不敢視,手不敢發,遂走還入壁,不敢復出。漢王使人閒問之,乃項王也。漢王大驚。於是項王乃即漢王相與臨廣武閒而語。漢王數之,項王怒,欲一戰。漢王不聽,項王伏弩射中漢王。漢王傷,走入成皋。
zh.wikisource.org

楚漢久相持未決,丁壯苦軍旅,老弱罷轉馕。漢王項羽相與臨廣武之閒而語。項羽欲與漢王獨身挑戰。漢王數項羽曰:「始與項羽俱受命懷王,曰先入定關中者王之,項羽負約,王我於蜀漢,罪一。秦項羽矯殺卿子冠軍而自尊,罪二。項羽已救趙,當還報,而擅劫諸侯兵入關,罪三。懷王約入秦無暴掠,項羽燒秦宮室,掘始皇帝冢,私收其財物,罪四。又彊殺秦降王子嬰,罪五。詐阬秦子弟新安二十萬,王其將,罪六。項羽皆王諸將善地,而徙逐故主,令臣下爭叛逆,罪七。項羽出逐義帝彭城,自都之,奪韓王地,并王梁楚,多自予,罪八。項羽使人陰弒義帝江南,罪九。夫為人臣而弒其主,殺已降,為政不平,主約不信,天下所不容,大逆無道,罪十也。吾以義兵從諸侯誅殘賊,使刑餘罪人擊殺項羽,何苦乃與公挑戰!」項羽大怒,伏弩射中漢王。漢王傷匈,乃捫足曰:「虜中吾指!」漢王病創臥,張良彊請漢王起行勞軍,以安士卒,毋令楚乘勝於漢。漢王出行軍,病甚,因馳入成皋。

zh.wikisource.org