天海=光秀説は大正5年(1916年)に須藤光暉氏が『大僧正天海』で巷でそういう奇説が唱えられているというのが今のところ最古なのかな?
— うじと@那古野今川氏の謎 (@ujito2020) October 2, 2021
という事はこれよりもっと古い出典があるのか…
これはちょっとリサーチしてみようかなぁ
ゴールは大正5年以前のものを見つけらればクリアで(企画倒れの可能性💦
久々の那古野氏に全く関係ないリサーチに妙な緊張感が加わっております。
— うじと@那古野今川氏の謎 (@ujito2020) 2021年10月2日
まずは昭和四年(1929)の高野長英氏の『天海僧正』より
これは天海が光秀と接点があったというだけで全く光秀=天海説の走りとは思えませんな。
次次ー! pic.twitter.com/03yCpbQXKt
続いて
— うじと@那古野今川氏の謎 (@ujito2020) 2021年10月2日
明治三十八年(1905)…?!
「天海僧正は明智光秀」と書いてあるように見える…。
これが事実なら光秀=天海説の出典にかなり近づいたのではないでしょか?
しかし原本が手元に無いので迂闊な事は言えません。
ちゃんと買って確認してみます。 pic.twitter.com/ChTDImhLS7
明智光秀=天海の言い出しっぺは、明智憲三郎の祖父だと聞いたことあります
— また後で (@AmJEdU3RyUekqV3) 2021年10月2日
明智滝朗氏が二十歳の時には既に出版出来るくらい影響力を持っていたのならそうかも知れませんね。
— うじと@那古野今川氏の謎 (@ujito2020) 2021年10月2日
しかし明治時代に既に光秀=天海説を流布させている人物がいるので明智氏は逆に影響を受けて広めた側かも知れません。
そうなんですね。又聞きでそこだけ聞いたので、前後関係知りませんでした。中途半端で申し訳ありません
— また後で (@AmJEdU3RyUekqV3) 2021年10月2日
いえいえー!今回見つけたものが明治時代のものなので逆算すると明智氏はまだ若年になるので違うのではというだけで明智氏の影響は多大であったかも知れません。
— うじと@那古野今川氏の謎 (@ujito2020) 2021年10月2日
私も今回初めて調べるので情報助かります😊
天海=光秀説の現状の初出は大正五年(1916)に刊行された須藤光暉氏の『大僧正天海』だと言われている。
— うじと@那古野今川氏の謎 (@ujito2020) October 5, 2021
しかし今回の調査で宮武外骨が記した『滑稽新聞』(明治三十九年、第百十号)の時点で同説は虚説として既に認知されていたようである。
では、天海と光秀を結び付けた人物は誰であろうか…?→ pic.twitter.com/EchfWweP4s
『滑稽新聞』の記述を鑑みるに明治半ば頃には一定層には知られていたと考えられる。
— うじと@那古野今川氏の謎 (@ujito2020) 2021年10月5日
明智氏と後世の者を結び付けるという手法を取ったのは坂崎紫瀾が伝奇小説『汗血千里駒』で坂本龍馬か明智光俊(秀満)の後裔であるとしたのが初出だと言われ、これが変形し巷では坂本龍馬が明智光秀後裔説が広まった。 pic.twitter.com/Fsek2kTOUc
※さてここからは未確認である為、挑戦したい方がいれば自己責任で確認をお願いしたい。
— うじと@那古野今川氏の謎 (@ujito2020) 2021年10月5日
明治十六年に坂本龍馬明智氏末裔を掲げた坂崎紫瀾であるが…
明治二十一年に『四明餘霞』で坂崎漁長という名に改め『黒衣宰相(天海僧正伝)』という作品を手掛けているのである。
とても怪しくないだろうか…。 pic.twitter.com/4Rlnw5X2rx
明智光秀=天海説の大正時代発祥説について記録更新が出来ました事を伝えておきます。
— うじと@那古野今川氏の謎 (@ujito2020) October 5, 2021
明治三十四年(1901)時点では既に光秀天海説は虚説として知られてようです。
明智憲三郎氏の祖父明智滝朗氏が16歳の頃になるので影響を受けたのではないでしょうか。
(捨てがまりの起源以来のミッションクリア!) https://t.co/aJigoFQNS9
明智光秀=天海説はおそらく明治二十年代のある人物の小説が原典っぽいなぁ。(原本入手にお金かかりそう💦)
— うじと@那古野今川氏の謎 (@ujito2020) 2021年10月5日
大して需要も無さそうなので今回は明治三十四年が光秀=天海説の今の所の初出という事で一旦お終いと致します。
ありがとうございました😊 pic.twitter.com/REieM64PSf
こちらにもまとめがあり、岐阜県図書館のレファレンスが正式に調べた結果もあるけど、だいぶ古く遡ったようだ。
「汗血千里駒」は坂本龍馬を世に出したともいえる一冊であり、最晩年の故みなもと太郎が、「坂本龍馬は勝海舟を最初は殺すつもりで乗り込んだが、勝の見識に感動してその場で弟子になった」という盛った説の出どころでないかと調べ(その結果、違ってた)、それを”完結”直前の回で描いたという。
歴史上の人物で、史実とは思えない「伝説」や偏った「イメージ」が強い人は、その人の史実と、「語られ方の歴史」がともに研究されるべきである、とはずっと主張してまいりました。
https://t.co/6R8MeQ5RPl
— gryphon(まとめ用RT多) (@gryphonjapan) 2015年12月8日
の話って、要は「XXXさんの実像」の歴史と別に
「XXXさんが語られてきたイメージ」の歴史、があるのだよね。
そっちのほうが面白いこともままある。
書籍では、夏目房之介氏が「漫画の中の長嶋茂雄」史を研究した「笑う長嶋」って傑作が。
このブログの持ちネタの一つで、記事自体はたくさんあるので、過去記事リンク集だけ紹介しておく。
m-dojo.hatenadiary.com
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また、「初出調べ」は、多くの人がコメットハンターのように広く挑戦する方が、少数の専門家に任せるより成果が上がる筈だ、とも。
…ある意味ネット時代の強みで、こういうのの語源はみんなでわっと宝探しして、「俺はXXXX年の○○という本に載っているのを見つけた」「いや、それよりX年前の●●の著書にあったぞ」とどんどん発見を更新しつつ、暫定的な結論を出していけばいいと思う。彗星発見は人力に頼るからアマチュアの「コメットハンター」が活躍できる余地があるように、語源や初出の考証はかなりアマチュアが功績を挙げられる分野だと思う。
実は上のリストの考察はよく見ると、節目節目でどう見ても専門家、あるいは「調べ物のプロ」(図書館関係者)の影は感じるのだが(笑)、それでも、まあ構造的に…「用例採取」するまではどんな国語学者も、そのへんのマックに座っている女子高生が知ってる言葉を知らないし、或いはそれが当然だということです。
広い宇宙の夜空から彗星を探し出すアマチュアのコメットハンターがいかに彗星を発見しても「税金を払って維持している天文台のプロでなく、アマばっかり彗星を見つけるのはけしからん!」という人はいないでしょ。
それと構造的に、物語パターンや言葉の初出探しは似ているんだと思うのです。
それに関連する、ひとつの貴重な情報・事例でした。
【創作系譜論】 ※準タグです。この言葉でブログ内を検索すると関連記事が読めます