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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「本好きの下克上」4話で「不便な粘土版だから数千年後に残った」皮肉を思う/中島敦「文字禍」をこの機に読もう【記録する者たち】

えー、「本好きの下克上」なんとかabemaTVの配信見ています。その4話について…
abema.tv
※2019年11月4日現在、まだ無料で見られます

見た範囲では「ちょ、ちょいお嬢さん、本好きは解るし、俺もその末席だとは思うが、20世紀の知見を中世風異世界に持ち込むなら、もっと優先すべきことがあるんじゃない?公衆衛生とか農業とか…」と思わないでもないのだが、原作ではこのへんの説明もあるそうですね。また、そこは「本当にヤバイくらいの本好きだから」でもあるようで。


で、そういう世界と主人公を設定して、世界の文化文明の識字・読書・出版の歴史を追体験する、というテーマにはまことに興味をそそられる、のだが、まず最初の段階として「紙」がないということで…主人公は”正解”である紙の存在は知っているのだろうけど、やはり木からパルプを取り出して簀の子ですいて紙を作る、というのは手間がかかる(自分も学研「発明発見のひみつ」で通り一遍のことを知ってるぐらいだなあ…)


で、自分が見た範囲(2話と3話だっけ?)では、まずこの世界では「羊皮紙」は既にある(しかしすっごく高価)。
そして主人公は最初にエジプトの「パピルス」を真似しようとする。しかし、パピルスは、いわば茎を「編み込む」ので、すっごく手間がかかり挫折する。
そしてメソポタミア文明にならって粘土板に文字を刻むのだが…と続く。

パピルスvs粘土板 重くて厚くて硬い、不便な粘土板だが…だが、だから歴史に残った

パピルスと粘土板を比べると、パピルスの方が軽くて薄くて書きやすいねん。手間はまあ、ちょっとかかるが、労働力は豊富だしな……

パピルスは次のような工程によって作られる。この製法は20世紀に入って、復元及び確立された物で、古代エジプト時代においても同様の工程で製造されたとされている。

材料として数mの高さがある草の中ほどの部分を切断する。材料を取る場所が茎の中ほどに近づくほど製品の質は高くなる。
刈り取った茎の皮(表皮・皮層・維管束の部分)を剥いで長さを揃え、針などを使って縦に薄く削ぎ、長い薄片を作る。茎は断面が三角形をなしていて広い面から薄片を削いでいくため、幅は少しずつ狭くなる。
薄片を川から汲んだ水に漬け、細菌が繁殖してある程度分解が始まるまで2日ほど放置する。
フェルトや布を敷いた台の上に少しずつ重ねながら並べ、更にその上に直交方向に同じように並べ、さらに布で覆う。
配列を崩さないように注意しながら槌などで強く念入りに叩いて組織を潰し、更に圧搾機やローラーなどで圧力を加えて脱水する。2、3日かけて圧搾・脱水させる。
乾いた布で挟んで乾かし、4日ないし1週間かけて日陰などで乾燥させる。
表面を滑らかな石や貝殻、また象など動物の牙などでこすって平滑にし、その後、縁を切り揃えて完成となる。
製作にはかなりの人手と日数を要した事、1枚1枚手作業によって製作されていたために高価だった。
ja.wikipedia.org

だが。
粘土板は重要な文書を「焼いて」陶器にして、保存することができた。本好きの下克上4話でも、最後はそれをしようとして爆発(ようは作り損じの陶器が割れるようなものね)しちゃうというオチだが…

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本好きの下克上 粘土板
いまでも縄文弥生の「土器」や古代中世の「かわらけ」が出土するように、焼いた粘土の耐久性はすさまじい。

3000年以上の長きにわたって用いられた材料であり、今までのところ発見されている粘土板だけでも40万枚になると言われており、今後まだ多くが発見される可能性がある[1]。

出土する粘土板は楔形文字だけが刻まれているものが圧倒的に多いが、なかには地図や図などが刻まれたものもある。当時あまりに一般的な材料だったので、出土する文書の比率としては日常的でこまごましたもの、たとえば領収書や納税記録やメモ書きなどが多いが、そうしたものばかりでなく、出土する場所によってはもっと重要な文書、たとえば学術書、外交文書、歴史書などの割合が高くなる。また「人類の(古代の)文学史上に輝く金字塔」などと賞賛されることのある『ギルガメシュ叙事詩』もこの粘土板で記された
ja.wikipedia.org


パピルスは、だいたい耐久性100年ぐらいらしい。
55096962.at.webry.info


なんというのかねえ。不便で遅れている「粘土板」しか筆記するメディアがなかったところは、「それゆえに」記録がいまも残っている。
パピルスや、羊皮紙という、もっと「便利」なものに残された記録は、それゆえに残らなかった(あーいや、エジプト文明も相当に、今でも記録が残る文明だし、羊皮紙だってそれなりに残るけどね。粘土板と比較した場合に)・・・

そして、アッシュルバニパル大図書館

アッシュールバニパルの図書館(Library of Ashurbanipal, Royal Library Ashurbanipal)は、メソポタミア北部のニネヴェのクユンジク(Kuyunjik)の丘に紀元前7世紀に設立された図書館で、王室の記録、年代記、神話、宗教文書、契約書、王室による許可書、法令、手紙、行政文書などが発見されている。遺物の文書記録(粘土板)の殆ど(30,943 点)は、大英博物館(ロンドン)に保管されている。

1849年、オースティン・ヘンリー・レイヤードにより、センナケリブ(705 – 681 BC)の王宮、""南西宮殿""から最初に発見される。

1852年、レイヤードのアシスタントであるホルムズド・ラッサム(Hormuzd Rassam、1826年 – 1910年9月16日)(アデン英国領事館の書記官で、モースル生まれのイラク国籍のキリスト教徒のアッシリア人)により、アッシュールバニパルの宮殿から、より多数の文書の記録が発見される。

アッシュールバニパル王は教養があり、文書の記録や収集に情熱を持っていたと知られていることもあり、上記2カ所の文書記録をあわせて、""アッシュールバニパルの図書館(Library of Ashurbanipal)と呼ぶ。

しかし、その後の挑戦者「紙(&墨)」は前任者の「竹簡」とも合わせて、こちらもまたなかなかの記録性を…
現在、自分はこうやってブログやSNSに電子文字で記録を残しているが、この媒体の耐久性・保存も、正直粘土板より相当に劣る(100年後に残るかいな!!はてながサービス停止するまでの耐久性しかないわ(笑))。
この話、重要なので、項目をわけてあとにつづく。

関連過去記事

「ピラミッドからきちんと知識を積み上げてけば、人類は火星にも行けたはず。どこかで『伝承失敗』があった」 - INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

m-dojo.hatenadiary.com




粘土板の物語がアニメ化された!!この機に、まだの人は中島敦「文字禍」を読んでみてよ

自分はこれ、など紹介したかわからないぐらいだけど、機会があれば何度でも紹介するのだ。しかもアニメ「本好きの下克上」に粘土板が登場したなら、乗るしかないこのビッグウェーブに。

文字禍 中島敦



 文字の霊れいなどというものが、一体、あるものか、どうか。
 アッシリヤ人は無数の精霊を知っている。夜、闇やみの中を跳梁ちょうりょうするリル、その雌めすのリリツ、疫病えきびょうをふり撒まくナムタル、死者の霊エティンム、誘拐者ゆうかいしゃラバス等など、数知れぬ悪霊あくりょう共がアッシリヤの空に充みち満ちている。しかし、文字の精霊については、まだ誰だれも聞いたことがない。
 その頃ころ――というのは、アシュル・バニ・アパル大王の治世第二十年目の頃だが――ニネヴェの宮廷きゅうていに妙みょうな噂うわさがあった。毎夜、図書館の闇の中で、ひそひそと怪あやしい話し声がするという。王兄シャマシュ・シュム・ウキンの謀叛むほんがバビロンの落城でようやく鎮しずまったばかりのこととて、何かまた、不逞ふていの徒の陰謀いんぼうではないかと探ってみたが、それらしい様子もない。どうしても何かの精霊どもの話し声に違ちがいない。最近に王の前で処刑しょけいされたバビロンからの俘囚ふしゅう共の死霊の声だろうという者もあったが、それが本当でないことは誰にも判わかる。千に余るバビロンの俘囚はことごとく舌を抜ぬいて殺され、その舌を集めたところ、小さな築山つきやまが出来たのは、誰知らぬ者のない事実である。舌の無い死霊に、しゃべれる訳がない。星占ほしうらないや羊肝卜ようかんぼくで空むなしく探索たんさくした後、これはどうしても書物共あるいは文字共の話し声と考えるより外はなくなった。ただ、文字の霊(というものが在るとして)とはいかなる性質をもつものか、それが皆目かいもく判らない。アシュル・バニ・アパル大王は巨眼縮髪きょがんしゅくはつの老博士ナブ・アヘ・エリバを召めして、この未知の精霊についての研究を命じたもうた。
 その日以来、ナブ・アヘ・エリバ博士は、日ごと問題の図書館(それは、その後二百年にして地下に埋没まいぼつし、更さらに二千三百年にして偶然ぐうぜん発掘はっくつされる運命をもつものであるが)に通って万巻の書に目をさらしつつ研鑽けんさんに耽ふけった。両河地方メソポタミヤでは埃及エジプトと違って紙草パピルスを産しない。人々は、粘土ねんどの板に硬筆こうひつをもって複雑な楔形くさびがたの符号ふごうを彫ほりつけておった。書物は瓦かわらであり、図書館は瀬戸物屋せとものやの倉庫に似ていた。老博士の卓子テーブル(その脚あしには、本物の獅子ししの足が、爪つめさえそのままに使われている)の上には、毎日、累々るいるいたる瓦の山がうずたかく積まれた。それら重量ある古知識の中から、彼かれは、文字の霊についての説を見出みいだそうとしたが、無駄むだであった。文字はボルシッパなるナブウの神の司つかさどりたもう所とより外ほかには何事も記されていないのである。文字に霊ありや無しやを、彼は自力で解決せねばならぬ。博士は書物を離はなれ、ただ一つの文字を前に、終日それと睨にらめっこを…
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