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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

チェグク法相の妻逮捕。この一連の騒動で「韓国の国民性」に言及した人がいたが(…青木理氏ですが)


この逮捕劇その他について、直接的な感想はあまりない。検察の思惑だとか、政府の思惑などは多くの民主主義国と同様にあるだろうが、多くの民主主義国同様に、それも含めて国家体制の根本は揺るがない、そんな事件が発生した、というだけに感じている。(追記;そう書いたら、偶然某国では経産相が辞任したそうで、実に偶然だ(笑))
それは終戦記念日にここで論じた通りだ。
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ここにかいたことを再度論じ、付け加えるなら、こういう事件によって、文政権の支持率がどうこう、って話あるでしょ?最近読んだ本だけど、70-80年代に韓国大使館で情報収集任務に当たっていたひとが回想してた。
「支持率と言っても、その時代、公になった世論調査の支持率なんて、なんの信頼性もなかった。回答者は、どこが調査を行っているかを冷静に観察して、それにそった意見しか言わないから」。

日韓インテリジェンス戦争

日韓インテリジェンス戦争

そこから、支持率を根拠に政局を論じられるまでに、韓国民主主義は不可逆的に成熟した。
さて、ここまでが前フリ。
以下、本題へ。

政治状況を論じることと「国民性」「民族性」の関係について―青木理氏の発言を軸に

この発言を、自分もテレビで実際に見た。その時にも興味深く思って書きたかったが書きそびれていたので、チェ氏の妻逮捕をきっかけに書いておこう。
最近すっかり定着した「ワイドショーの発言がそのまま記事になる」ことの恩恵を活用させていただき、報知サイトから引用しよう。

hochi.news
 チョ氏が法相に就任したことに、コメンテーターでジャーナリストの青木理氏(53)は「韓国っていう今の国のありようっていうのが映し出された」とし、「10時間記者会見したんですよ。14時間、聴聞会やったんですよ。ある種の手続きとか建前っていうのは、きちんと尽くすんだと。それこそが正義なんであるというような、民主主義のありようとか政治のありように対する、正義のありようっていうものに対する、こだわりっていうのが強いんですよね」とコメント。

悪化する日韓関係には「韓国が過去の歴史とかにこだわって、日本に何とかしろって言い続けるのは、韓国の政治とか建前とかっていう正義を求めるっていう、あるいはきちんと手続きを尽くせっていう。韓国の今の国民性みたいなのがある。日本はどっちかというと、もううやむやにしちゃえよ、ごまかしちゃえっていう方向に行くっていうのが、今の歴史問題の対立なんかにも非常に映し出されているところがあるなって思いながら見てました」と見解を示した。

たしか、テレビの実際発言では「国民性という言葉はすきじゃないけども…」と、少しそんな言葉を留保したいのだろう、と思わせるところがあった。
まあ、そんなことは構わないんだけど。

実際、自分も、チェググ氏が法相就任前に行った長時間の記者会見や、その後の展開には「国民性」が無関係ではない、と思っている。それはやはり、論理の精緻さを極めた朱子学だし、政権の根本たる李王朝は安定しながら、その中で「党争」が、しかも内乱や内戦に至らない形で展開された、そんな歴史的背景があったと思っています。


ただ、そういうことでなく、ある国の社会現象を分析したり予想したりする時に「民族性」「国民性」というのを持ち出せるんだよな?ということの確認であります。

togetter.com

そう「〇〇人というものは」というのを、まとめて否定する議論、そういうことを言ってはいけないとする議論というのがある。

そういう立場に立つ場合、それが悪口だろうと称賛だろうと、問題視されるというわけです。というか、実際に構造は同じです。


※星野ルネ氏は、こういう経験を漫画にしているけれども、彼自身が民族性論や国民性論を全面否定しているわけではありません


つまり、
韓国の人は感情が高ぶった時に何をするか分からないので(GSOMIAを)破棄する可能性はあると思います」武藤正敏・元韓国大使
「韓国の政治とか建前とかっていう正義を求めるっていう、あるいはきちんと手続きを尽くせっていう。韓国の今の国民性みたいなのがある」青木理氏・元韓国特派員
というのは、結論は異なってても、現実社会の動きを「国民性・民族性」をもとに語るという点では同じだ、ということ。
なかよくしろ。
実は、この関連で検索してたら、こんなyoutubeがあった。青木氏は文化人類学者の東大名誉教授・伊藤亜人さんと対話してるのだが、文化人類学者ってことは徹頭徹尾、国民性や民族性から語る人だ。

www.youtube.com
13分あたりからが国民性議論が迫真に入って面白い。いまyoutubeは自動音声の文字起こし自摸あるんだけど

18分20秒あたりから青木氏、
「韓国人、半島気質と、列島気質の違いとも聞くと、ちょっとこれは埋めがたいものがあるのかな」…と、国民性・民族性に言及している。あっ、言っちゃったな。
「半島気質」だって。「列島気質」だって。

伊藤氏は韓国人の「民族性、国民性」に関して、こう(ひとまとめにして)論じている。
「その法とか論理に対して、『情』というのは相いれないものだと日本では考えがちですけどね。僕も最初はそう思って臨んだんです。だけども、そうではなくて(韓国では)一方では論理的であり、しかし論理で…何だろう、満たされない部分はねやっぱり情で訴えるってことだと思うんですよ」

つまり、まとめると

・「国民性」「民族性」は、おそらく全部はカバーできないが、どこの国や地域の社会問題を語る時でも、やはり材料となり得るものだろう。
・その時、それが批判的な言及でも、肯定的な言及でも、とりあえずフラットに考える必要がある。そのクオリティの上下や、それに対しての賛否があるだけだ。
・それをたとえば「ヘイトスピーチ」や「ステロタイプ賛美」などと、どう区分するのか、であろう。
・「ヘタリア」なんとなくセーフ。


という話。
そして、これらを認めるなら、認めたうえでなら

も、良かったな、国民性や民族性で論じられるなら「日本人の劣化」も「韓国人の劣化」も「バヌアツ人の劣化」もあり得る、となろう。
書店に並ぶでしょう。


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