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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

【嫌な話】関東大震災の或る自警団参加者、自らを「パリ・コンミューン」になぞらえていた、という…。

日付が変わったが…いや、日付が変わったからこそよりその日に近くなるのか、1日に関東大震災が発生し、その後、その震災や火災を何とか生き永らえた避難した中で、朝鮮人、あるいは朝鮮人と誤認された人々が、各地の「自警団」によって惨殺されるという事件が勃発した。

小池百合子都知事がメッセージを追悼式典に送る送らないという話題が、逆に注目される契機になっている。

【記者】ありがとうございます。2点目です。来月1日で関東大震災から101年を迎えます。1日に行われる関東大震災直後の朝鮮人虐殺の犠牲者追悼式典の実行委員長が今週月曜日、追悼文の送付を改めて求める会見を開きました。知事の受け止めをお願いします。

【知事】これはもう何度もお答えしておりますけれども、慰霊大法要を行います。都知事として先の関東大震災及び大戦で犠牲となられた全ての方々への哀悼の意を表させていただいております。震災による極度の混乱下での事情で犠牲となった方々も含めまして、全ての方々に対して慰霊する気持ちを改めて表すということで私自身は対応してきたわけでございます。この考えは今後とも変わらないということです。

【記者】ありがとうございます。そうしましたら各社さんお願いします。知事の指名を受けてから社名とお名前を名乗った上で質問お願いします。

【知事】朝日新聞さん。

【記者】朝日新聞の土舘と申します。今の質問に関連して2点と、また別に1点、計3点お伺いできればと思います。今の朝鮮人虐殺をめぐる史実について、知事は明確な態度をあまり示していないように、これまでの都議会等での答弁等ありますが、改めて朝鮮人虐殺の史実についてのご見解、そして1日にですね、追悼式典と近くで開かれる朝鮮人虐殺と追悼碑の撤去を求める団体「そよ風」が同じ時間帯に集会を予定していると告知しております。都は、この団体への公園使用許可を出しているんでしょうか。というのも、この団体、昨年も集会での参加者からヘイトスピーチと都が認定されたような集会を開いているというところで、人権尊重条例では公共施設の利用制限の基準があると思うんですけれども、その適用についてどう考えているのかというところで、まず2点お伺いさせていただければと。

【知事】3点目もどうぞ。

【記者】3点目についてはですね、一部報道で神宮外苑の再開発を巡って、都が昨年9月から、樹木の保全策の具対策を事業所側に要請していましたが、報道では約100本を減らす、樹木伐採を100本減らすだとか、イチョウ並木と球場の距離をセットバックして、10m近く予定よりも取れたとかという内容が出ていますけれども、この情報について認知されているのか、都として把握されているのかというところを教えてください。

【知事】まず、追悼文関係でございますけれども、そのそもそもの認識ということでございますけれども、様々な研究が行われていることを承知をいたしております。そして対応について、公園の占用許可の申請については、都市公園法などの法令に基づいて適切に対応してまいります。

www.metro.tokyo.lg.jp


この朝鮮人虐殺事件について、事実関係を否定する意見も一部にはあるようだが、もちろん各地で、混乱状況の中で発生した以上、たとえば一けたまで正確な死者数を数えるのは勿論不可能だが、逆にいえばその何倍も、無かったとするのは不可能だ。
このへんは言うまでもない話で、早めに本題に入らにゃならんのだが、記者会見引用したらスペース取っちゃったな。


よし本題。
この事件について、ちょっと新書で知見を得たので、そちらを紹介したい。

それが佐藤卓己「流言のメディア史」。

関東大震災に限らず、様々なトピックを書いている…というかもとは雑誌連載コラムだったな。
4月にこのテーマで、一回この本を紹介していたのだった。
m-dojo.hatenadiary.com




ただ「流言のメディア史」である以上、関東大震災という日本史上に残る流言の一大事件、扱わないわけがないわけで…しかし、意外なところで意外な人物の、意外な記録を発掘し、紹介しているのだ。
その名は中山忠直(中山啓)。教科書に載るような歴史上の人物ではないが、ウィキペディアには項目があってもいい人物、というべきだろう。いや、あってもいいというか、現にあったよ。今調べた。

ja.wikipedia.org
中山 忠直(なかやま ただなお、1895年4月26日 - 1957年10月2日)は、日本の詩人、著作家[1]。宇宙のイメージを盛り込んだ詩作品などによってサイエンス・フィクション (SF) に連なる先駆的なものと評価されている[1]。マルクス主義を経て、勤皇社会主義と称する極右思想に拠り、さらに日本人=ユダヤ人同祖説に立って天皇ユダヤ人の血を引くと論じて著書の発禁処分を受けた[1]。「皇漢医学」の名称の下に漢方医としても活動し、製薬事業を興すとともに、関連する著作も書いた[1]。筆名として、中山 啓を用いた時期がある

そう、SF的な香りのする詩作をものしたこの「勤王社会主義者」は、関東大震災の中で自警団活動に勇んで参加した、その記憶をわざわざ(悪趣味な)詩にしているのだ。
いや、歴史を隠蔽されるより、詩という形で凍結された情景と心情は、後世への遺産となったのか…



佐藤卓己氏は、以下のように詩を紹介している。

流言のメディア史 パリコミューンと自警団

中山は「火星人来襲」を「気味の悪い空想小説」と否定しているのだが、その一方で地球の人類による「他の星の征服」を予想している。その「征服」と一四年前、一九一〇年の韓国併合のイメジが重ねられているか否かはともかく、中山が大震災での「朝鮮人来襲」をリアルに感じていたことは、『火星』所収の二作品、「日本刀」と「妖鬼」で確認できる。前者で、中山は震災時に自ら家の宝刀を腰に差した様子をこう書いている。その太刀は会津戦争を戦った「勤王の謀将」たる祖父が差した形見とある。

あの炎炎たる焰を仰ぎながら×人の放火を警戒するため
この刀をぶち込んで夜の街を歩いたではないか
すっかり武士になったりパリー・コンミユンを想像して見たりしてゐたな
白昼公然と太刀を腰にして歩き得たあの爽快さよ
いま腕をなでて憮然たるものがある すつかり自分の天下が来たやうではなかったか


このまま自警団に加わった中山の明朗さは、「妖鬼」における革命家の密議シーンの陰惨さと対照的だ。
「いやさ東京を全部焼き払らはなかったのが残念でござる」
「しかし×人騒ぎで同志打をやらせたのがせめての喜劇・・・・・・」
当時、中山自身が革命家だったことは、罹災詩人救済のために刊行された詩話会編『震災詩集災禍の上に』に寄せた「新鮮な首都」でわかる。伏字の××は「火星』収載の改訂版では「革命」と埋め戻されている。


俺達は日本を愛し日本の未来のために改造に燃えてゐたが
天なるかな地震に次ぐ大火災は改造の機をまこと早めた
日本は此儘で行けば悲惨な破壊××の外に方法がなかった
それで俺は秘かに破壊後の時局収拾の術策を考へてゐたのだ 然し幸にも災害は上よりの改造を促して××を転換してくれた

日本「改造」への意欲を新にした中山は、震災を契機に「憲法を停止してクデターによつて大化の改新を再現し得る」と期待している。重要なことは、中山のような国家改造論者の脳裏に「朝鮮人来襲」と「災害ユートピア」が並存していたことである。


…頭を抱えたくなる。
あの自警団、虐殺騒ぎが、排外主義的で外国のことなど何も知らない、無知蒙昧な「不逞の輩」な群衆ばかりだったら、ひどい事件であるが、話がわかりすかった。


だが……あの光景に直面し「俺たちはあのパリ・コンミューンだぜ」などと連想が行くってのは、「香炉峰の雪」と聞いて白楽天の詩の一節を思い出し、行動に移したという挿話と比べても遜色がない、ぶっちゃけ教養と機知にとんだ知識階級と言っていい。
そしてその教養が、日本刀を腰に差して「X人の放火を警戒」するのを留めるどころか、ある意味後押ししたのだ。


そして自分が直接見聞きしたはずの、史上例をみない大災害を「日本の未来のための改造をまこと早めた」と言い放つのである。詩のレトリックとはいえ、そこを斟酌する必要もあるまい…
それこそ自警団参加者がお上べったり、従順な操り人形だったらまだわかる。


だが少なくとも中山は「パリコンミューン」という連想に「お上が当てにならないから、自分達市民が仕切るのだ」という意味を当てはめている。すなわち”反体制”だ
だが……
という、
なんともやりきれない、嫌な話なのだ。



じつはこの話、もう一つ別の新書…最近発刊されて大きな話題になった「民衆暴力」という新書にも呼応するような内容があった。

こっちも一緒に紹介すれば話は早いのだが、スマンいつもの通り、いまは手元に見あたらない(またか)。

要は「お上なんて威張るばかりで非常時には何もできない役立たず。その点俺たちゃ勇敢さ、朝鮮人を片っ端から殺してる俺たち(度胸がある連中)こそが国の役に立つ」という、ゆがんだ自負心があった…という話だったと思う。いずれ機会があれば。