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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

【序説】『幕府とは何か(東島誠)』~鎌倉殿も『どうする』の人も知らない?~前書きと目次だけでわくわく~


武力だけでは権力を維持できなかった。正統性なき政権の、支配の正当性とは何か。

700年におよぶ”武士の政権”について、私たちはどれほど本当に知っているだろうか。「清和源氏でなければ征夷大将軍になれなかった」「”鎌倉幕府”は後世の学術用語で、当時は使われていなかった」などの数々の誤解を正すところから始め、古典から最前線までの学説も総括。「京都を食糧で満たす」ことが正当性の根拠となった古代の「都市王権」から、「法の支配」も意識された鎌倉・室町期を経て、「伝統としての権力」が強調される江戸時代までをたどりながら、支配の正当性がその折々にどうアップデートされてきたのかを、歴史学政治学社会学・哲学の垣根を越えて描き出す。日本史を見る眼が一変する、かつてないスケールの歴史書


こういう本が出るということは1月に紹介したんだっけ。
m-dojo.hatenadiary.com


自分の興味としては山本七平「現人神の創作者たち」から続く、儒教的な正統性の論が逆に作用して、皇室・朝廷から実質的に政権奪取の革命を起こす幕府を許容するーーーという展開の部分だったんだけど、三谷幸喜ドラマ「鎌倉殿の13人」で、もう一つ別の興味が出てきた。


それは「実力者の集団、地域を実力で仕切るやくざ者じみた『勢力』がある。その勢力が、いわば『政府』になるためには何をすればいいのか?」ということだ。
これはさらにいえば「なろう的(※未読偏見)」な異世界ものにもつながるでしょ。

めちゃくちゃ浅い知識で例えに出すけど、「オーバーロード」…だよね、ガイコツの主人公の。あれが魔法と怪物の軍団を率いて、後半あたり?で建国するじゃない。あのへんにつながる(※アニメ版総集編の流し見とコミック版の飛ばし読みなので、何か誤解その他があったらすまん。)
このへんは、たぶんあとでやると思う、内容全体の紹介で少し論じたいと思います、




…本題に戻って、いま、これを読んでいる最中。大変に面白い…のだが、内容の自分なりの紹介は、あとにしておこう。
で、ぶっちゃけ手抜きなんだけど、前書きと目次をほぼそのまんま紹介したい。


というのは、自分がまさにこの前書きと目次だけでわくわくしたから。ここのブログ読者とは、何パーセントかはわからんけど、その感覚を共有できるはずだ。


前書きから抜粋。

(略)……私は何を論じようというのか。それは、為政者はなぜ善き政治を行うのか、という問いに尽きる。そしてそれに続けて、善き政治を行わなければ、政権を維持することさえままならないからである、と答えるとするなら、ただちに次のような反応が返ってくるだろう。いや、為政者がどんなに理不尽なことをしても、そしてたとえ巨悪の不正を働こうとも、この国の為政者は、いつまでも為政者であり続けることができるんだよ、と。易姓革命なき日本、市民革命なき日本、そしてデモの盛り上がらない日本である。


国史上の易姓革命とは、悪政を行えば放伐される、ということだ。もっとも、禅譲放伐と呼ばれる王朝交替も、現政権の自己正当化の論理ともなりうるから、易姓革命万歳というつもりもないのだが、それでも変わり、替えることのできる社会と、そうでない社会があるとすれば、日本は圧倒的に後者であることも、疑いない。とは言え、歴史的に見れば、為政者はただ政権の安泰にあぐらをかいていたばかりではない。


自らが他にとって替わられることを恐れ、神経をとがらせている者が執るべき手段はいろいろあろうが、すぐにも思いつくであろうその一つは、圧倒的な武力や強制力をもって周囲を黙らせることであろう。いわゆる恐怖政治である。


だが、二十世紀歴史学の金字塔の一つ、石母田正『日本の古代国家』はその冒頭、ルソーの『社会契約論』第一篇第三章から次の一節を引く。


【最も強いものでも、自分の強力を権利に、服従を義務にかえないかぎり、いつまでも主人であり得るほどに強いものでは決してない。】


最も強いものでも、いつまでも強くあり続けることができないことを熟知している者は、いま一つの心理のありようとして、自己の支配がいかに正当であるか、ということにも過敏となる。専制君主と呼ばれるような為政者のほうが、かえって合議機関を創ることに熱心だったりする、ということが、歴史的にはあり得たのである。


そう考えるなら、武力を生業とする武士の政権は、ただ圧倒的な武力だけをもって権力を維持できたというわけではない、ということに気づくことになろう。もしもそのようなことが可能なら、わざわざ鎌倉幕府は『御成敗式目』を制定する必要などなかったはずだ。いや、そもそも平安貴族社会にとっての新参勢力である武士は、いかにして政権にまで上り詰めたのか…(後略)

幕府とは何か 前書き


そして、目次。

幕府とは何か 目次

目次
第1章 平家政権といくつもの幕府(幕府をめぐる基礎知識;平家政権をどう捉えるか)


第2章 鎌倉幕府、正しくは東関幕府―正統性なき北条氏の正当性(都市王権と武力―一一八六年、鎌倉幕府誕生の前提1;義経の結婚―一一八六年、鎌倉幕府誕生の前提2;正当性の更新と「幕府」呼称の誕生)


第3章 足利将軍家の時代―二つの変動期と正当性の変容(鎌倉末期~南北朝期の転換;統治権的支配とは何か―足利将軍家の正当性;足利将軍家の正当性の推移;足利政権中期の正当性の変化;物流構造の変動と転換期としての十五世紀後半;戦国大名と「公儀」の行方)


第4章 織豊政権―近世の始動と中世の終焉(近世の始動と中世の終焉;中世の黄昏としての織田政権;豊臣政権と中世の否定)


第5章 江戸幕府は完成形なのか―生存の近世化(生存の近世化という視点;正当性から正統性―家康の神格化と近代天皇制の創出;曲がり角としての一六八〇年代;幕府と「被災者」救済―正当性の行方)