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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「事件Aに必須なB、Cも偶然あったなんて、ご都合主義!」を回避する「B、Cのお陰でAを決断した」との作劇法(「信長のシェフ」より)

これは画像確保に失敗してしまったのだが、これも前号になってしまう週刊漫画TIMES連載の「信長のシェフ」から。

[asin:B09H2T476T:detail]

もう、話はだいぶ進んでいて、史実に沿うなら本能寺の変が起きる天正10年です。なにしろ、その直前の武田攻めが現在のエピソードなのだ(もちろん、その通りに事件が起きるかどうかは全くわからない)


ただ、明智光秀は既にもう、完全に信長への「叛乱・暗殺」を視野に入れている。
かといって、信長を決して嫌悪しているわけでない。尊敬心が昂じてというか、少しヤンデレが入ってるというかーーーーーーーーー





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ただ、この作品上の叛乱動機の設定・解釈はこの際はいい。
問題は・・・・・・実は史実上の現実として「いろんな偶然があって初めて成立したので、(長期の、壮大な)陰謀論は成り立たない」という話があります。

togetter.com

2018-04-25 13:27:12
まとめ管理人 @1059kanri
あの天正10年、織田信長が京都に滞在したのは本能寺での3日間だけだった、と言うのはいろんな意味でドラマチックだ。本能寺の変は、本当にほんの一瞬のスキを突いた事件なのですね。


2018-11-20 00:52:31
like a rolling stone @rolling_storn
@1059kanri ハメようとした信長が逆にハメられたってカンジでしょうね。しかし信長という当時のトップ人物が滞在する割には京都のセキュリティが低すぎなのが気になります。やはり明智単独での謀反ではないような気がします。


2018-11-20 09:56:30
まとめ管理人 @1059kanri
@rolling_storn むしろ光秀の単独、独断でなければ成り立たないと思います


2018-11-20 10:07:45
まとめ管理人 @1059kanri
本能寺に関しては、そもそも家康の接待のため堺に行く予定だった嫡男信忠が予定変更して京に滞在したのも偶々だし、信長は変当日の明後日、6月4日には出立予定だったし、そもそも秀吉からの救援要請来て急遽光秀が軍勢を組織したのも偶々なので、ハッキリ陰謀論の付け入るスキは無い。

そうなんだす。

だが・・・・・・・ここで、「信長のシェフ」は、逆転の構図を読者に見せる。

明智光秀は、最後まで反乱に踏み切るかどうか迷っていた。だから、『そんな叛乱に都合よい偶然があるか、ご都合主義すぎる!』という状況がもし万が一生まれたら、それを天の意志として反乱を実行しようと思っていた」

なるほどねえ…(画像を紹介したかったよ)

※のちに、「TIMES 2022年12/2・9合併号」282話に、この趣旨に沿った場面が出てきたので引用します。

信長のシェフ 本能寺の変は都合よい偶然があり過ぎる、の説明⇒「都合よい偶然がもし起きたら天意だ、やろう!と考えていた」


いわゆる「プロバビリティの犯罪」と、やや重なる面もある。
 この話、江戸川乱歩の古い解説文を紹介したらややバズったことがあった。
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あるいは、超有名作品の一部を、ネタバレ込みで引用するが(嫌な人は避けてくれ)、推理小説でも、途中で犯行者が「そこは偶然に任せていい」と覚悟すると、結果的に
推理の意図がそこで途切れて難事件になる、というパターンもある

俺はあの箱を奴の前に突き出して怒鳴った。『偉大なる神に裁きをつけてもらおう。選んで飲め。一つには死が入っている。もう一つには生が入っている。俺はお前が残したものを飲む。さあ確認しようじゃないか。地上に正義と言うものがあるのか。それとも偶然が支配しているのか』
https://221b.jp/na/stud-206-4.html


上のまとめのような話を知っていたから、この「本能寺の変の、伝奇的こじつけ」に逆に感心したんだけど、それだけじゃなく作劇・設定のテクニックとして使えるよね。
けっこう、エンタメを読んでいると、「おいおいここに偶然、こんな人がいて、こんな舞台と、こんな能力があるなんてちょっとご都合主義だろ」と思うことは多い。



まあもちろん、実際の史実としても大事故や大事件は「こんな偶然ってある?」という諸条件がそろうものである。それは99.9999%が「そんな条件が無かったから、結局そんな事件・事故は起きなかった」という、『未発生のフィルター』を通した上で発生するものだからね。
いわゆるスイスチーズ理論ってやつだ。
www.keyence.co.jp

アンメットに出てくるスイスチーズ理論(複数のまさかの穴がうまく重なり、大事故は起きる)

ただ、現実にも「ありえなくね?」という偶然の積み重ねはある、とはいっても、「物語」の中では現実以上の論理性が求められるのもまた事実。
そんなときの「偶然多すぎ・ご都合主義」の”解毒剤”として、「その偶然B、偶然Cがあるのを見て、事件Aを起こそうという意思が発動された」と描写する、というテクニックがある、ということを今回学びました。