分量的に書ききれなかった「表現の不自由展」話つづき。こちらが本題。
本題に至る前の前編はこちら
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この記事内で、憲法学者の南野森氏がコメントを寄せている
www.asahi.com
表現の自由をめぐる問題に詳しい南野森(しげる)・九州大教授(憲法学)の話
……主張に反対する「敵対的聴衆」が押しかけてくるというだけでは、施設の管理上支障が生じるとはいえず、それで表現や集会の自由を制限できるわけではない。電凸(でんとつ)と呼ばれる電話による集団的な抗議などで、気に入らない言論や表現活動を封じ込めようとする行為は、民主主義社会を極めて危険にする。行政のトップが威圧的な妨害活動には屈しないという毅然(きぜん)とした姿勢をとらなければ、そうした行為をする人たちに「成功体験」を与えてしまう。違法でなければどんな抗議も良いかのような吉村洋文大阪府知事の発言は、電凸を許容しているようなメッセージに受け取られるのではと危惧する。東京展のような民間ギャラリーの場合も、電凸などで抗議する人たちに成功体験を与えないために…(後略)
注目、ちゅうもーく。
「電凸(でんとつ)と呼ばれる電話による集団的な抗議などで、気に入らない言論や表現活動を封じ込めようとする行為は、民主主義社会を極めて危険にする」
「電凸」「電話による集団的な抗議」は「民主主義社会を極めて危険にする」のよ、紳士淑女諸君。
「今回の」話ではない、普遍的な話として。
こういう意見は、たとえばこういう主張と対立する。
特定の言論あるいは表現に対して、それを批判する言論なり表現が対抗的に登場することは、むしろ言論・表現の自由を体現している状況だ。「弾圧」という言葉は、行政当局なり警察組織なりの公権力が介入した場合に限って使うのが普通だと思う。
— 小田嶋隆 (@tako_ashi) 2018年6月13日
「歌詞が気に入らない」と感じ「歌うな」と発言することもまた「言論」「意見」「表現」であるということがどうしてわからないのか。「表現・言論の自由」は、あくまでも公権力が国民の表現・言論を弾圧することからの自由を保障したものであって、国民同士の意見の対立はむしろ自由の成果だぞ。 https://t.co/bWHis6Es6g
— 小田嶋隆 (@tako_ashi) 2018年6月13日
このツイートは何に関してかというと、2018年に、いまだに名前を憶え難いあの…ああ「RADWIMPS」のHINOMARU という歌が物議を醸した時の話だ。「廃盤にして、二度と歌わないと表明を」とかなんとか。
ラッドウィンプスがHINOMARUを釈明した。「一つの嘘もありません」は反省になりません。日の丸御国御霊は、政府が若者に戦争させるために作り、アジア市民を数千万人も殺させた嘘だから 同曲を廃盤にし、2度と歌わないと表明を。それが反省です
— 園良太 Sono Ryota 3.11原発事故の東京からの避難者 (@ryota1981) 2018年6月11日
要求行動:6月26日17時~神戸ワールド記念ホール前 pic.twitter.com/oKhlzaeJ68
というか、「抗議が殺到」したとかの話で言えば、最近のネット界隈をにぎわしたものを、ザーッと記憶をたどってランダムに…
・ろくでなし子講演
・百田尚樹講演
・竹田恒泰講演
・香山リカ講演
・会田誠アート
・「人工知能」掃除ロボット表紙
・ガルパン展示
・宇崎ちゃんポスター
・キズナアイNHK登場
・駅の車いす問題
・呉座勇一発言
・毎日新聞「万能川柳」
・NIKEのCM
・岡村隆史発言
あーめんどくせー
togetter.com
とかで。
で、これに関係する議論を2019年に、同じ憲法学者の木村草太氏が語っていた。どっちが学問的業績があるかとか、論文が引用されているかとか、知名度があるかとかは知らぬ。
その重要部分…というか「抗議と表現の自由」に関連した部分を当方が既に論評しているので、そこを再掲載しよう。もう元記事は、普通には読めない。当時注目して保存していた俺のセンスのよさよ。
・さて、今回の目玉はこれ。記号を便宜上ふっておく
A:電話での抗議についてはどうか。今回、多数の抗議電話により、事務局や愛知県の業務はパンク状態にあったという。通常、一人一人が電話で意見を伝えること自体は、脅迫などを伴わない限り、禁止されるべきものではない。
B:しかし、今回、抗議電話をした人たちは、抗議メッセージを伝えることを超え、不特定多数の力によって、展示会を中止させようとする意図があったのではないか。まず、先に「B」だが……こりゃいわゆる「ゲスパー」論で、「…という意図が有ったのだろう」だったらねえ、たとえば上の100田さんの話でも『抗議メッセージを伝えることを超え、不特定多数の力によって、百田氏の講演会を中止させようとする意図があったのではないか』となりますしねえ。
そして「A」が今回、わざわざ記事を書いて紹介する理由である。こう、非常に重要な見解を述べている。
■抗議を拒否できる正当な理由とは
法律家たちは、個人による意見表明の自由を確保しつつ、展示主催者や行政機関の業務遂行を妨げないようにするにはどうするべきかについて、新たな理論を提示せねばならない。例えば、抗議を受け付ける方法を手紙やメールに限定したり、匿名での抗議を拒否したりしても正当と言えるのはどのような場合なのかを、理論的に整理する必要があろう。
そう、つまり、「抗議の電話、ファクス、メールがじゃんじゃか寄せられてくる」ことに関して、それが表現の自由を脅かすかどうか、どうも憲法の専門家の中でも、まだ未整備未議論の状態だ、と木村氏は認めたのだ。
ここが重要。頑張って論じてほしい。そして「憲法学」は、その結果をあなた方の上司である「法哲学」に伝えて、法哲学の側もフィードバックしてほしい。
ということで、木村氏が「新たな理論を提示せねば」「理論的に整理する必要」と慎重だった「抗議」についての問題を、ゴルディアスの結び目宜しく、まとめて「民主主義社会を極めて危険にする」と一刀両断したのが南野森氏。ここ覚えときましょう。
なお
「違法でなければどんな抗議も良いかのような吉村洋文大阪府知事の発言は、電凸を許容しているようなメッセージに受け取られるのではと危惧」というくだりだが、大阪で今回、会場を主催者に貸し出すように命じた(つまり表現の不自由展側に配慮した決定)地裁の判断では、抗議に関して
抗議活動も表現の自由の一環として保障されるべきで、一定の限度で受忍するしかない
としているそうだ。
しかし、実際、「電話などで抗議する行為」が危険……もう一度正確に引用しよう、【電凸(でんとつ)と呼ばれる電話による集団的な抗議などで、気に入らない言論や表現活動を封じ込めようとする行為は、民主主義社会を極めて危険にする。】という命題が真なら、これは以後、いろんなところに反響がいくわいな。
この問題、自分ももう少し端的に考えたことがある
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厄介な部分は、幸福の科学や朝鮮総連が組織的に行うもの…」たとえばこういう例…
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とは別に、「結果的に」驚異的な数の批判、抗議、異議申し立てが殺到したら…である。これについての考察は、以前これらを参考にした。
5万RTのデマもあれば5RTの真実もあるというのは当たり前なんだけど、5RTの時には真実だったものが5万RTされたら別の薄気味悪い何かに変わってしまうみたいなことってあると思うんですよね。
— CDB (@C4Dbeginner) October 7, 2018
上のCDB氏のツイートは、キズナアイに関するものだった。一応ツリー全体を紹介しようと思ったが、なんか途中で枝分かれしてしまって、どこが着地点で上のツイートにつながるのかわかんなくなった。
消すのも惜しいので、一応保存しておこう。
キズナアイというキャラはリアル芸能界で言うときゃりーぱみゅぱみゅ先生くらいの立ち位置にいるキャラクターで、そういうのを知らない人がNHK番組のゲストに出てるきゃりぱ先生の襟首ひっつかんで「こんなオタクに媚びたロリコン衣装の地下ドルをNHKに出すな」的なことを言ってしまった状態だと思う。
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月3日
いわゆるアイドルファンの現場も、駅で乃木坂のコンサート帰りの若いファンの団体に出くわして見てるともうすっげえ女子率高いわけですよ。男の子もオシャレで、普通にカップルで乃木坂推しに来てる子が山ほどいる。ボブ・ディランの歌うとおり、時代はみるみる変わって行く。https://t.co/8h9zCfOJFC
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月3日
僕の地元に大きな本屋に中学生くらいの男女グループが来ると、それこそツイッターで議論になった表紙のラノベも男女で楽しそうに「これ読んだ~」って回してるし「これはBL?」とか男の子も何の抵抗もなく読む。もう20世紀末日本の男女が完全に分断された文化のトラウマで彼らを測るべきじゃないと思う
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月3日
彼らの世代はたぶん、ミソジニーとミサンドリーの百年戦争みたいな不毛な怨恨とは関係なく新しい時代を生きていく。何も学ぶことなく骨まで憎み合いながら自滅していくのは旧世代だけでたくさんなんで、野狐禅みたいな怪しい社会理論で彼らの足をひっぱるべきではないと思う。https://t.co/kffquyN7bC
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月3日
たとえば「女子大にトランスジェンダーを入学させる」というのもそうしたリベラルの流れにあるものだと思います。しかしご存知のように、ネットで多くの人がこれに反対し「弱者である女性を守るのがフェミニズムだ」と主張した。明らかな誤用、暴走が始まっているわけです。https://t.co/GJ3tUEFz8o
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月3日
僕も今の十代の中に何も問題がないとか、フェミニズムはもはや不要だという話をしているのではないです。かつて「フェミニズムではない」と蔑まれ排除されてきたものがその評価を変えることが文化史にはよくあり、今の若い世代の文化や感性の中のそうした芽を摘むべきではないhttps://t.co/ydDsrt4UPl
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月3日
若い世代を理想化して書きすぎた面はあると思いますし、今の十代にも様々な理由で深く社会に傷つくことはあると思います。しかし「キズナアイは女性の性的搾取」というような粗雑な理論をネットの頭数だけでNHKにねじこむ「運動」が今の若い世代に支持されるとは僕には思えないhttps://t.co/3CsalL81Ap
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月3日
少なくとも大学に籍を置くフェミニストは「トランスジェンダーは生物学的に男性なのだからマジョリティだ」というようなネットで暴走する奇怪な理論に対して「そういうフェミニズムもある」「私のTLではそうでない人もいる」といったスタンスで座視するべきではないと思いますhttps://t.co/E1i3qD9qz9
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月3日
いかなる対象であれ、例えば宮崎駿のアニメのような世界的に評価を確立したような作品に対しても、いやそうした作品に対してこそアカデミックな批判はあるべきなんです。しかし今のネットの中で、明らかに「小粒な作品を数で潰してそれを運動の実績にする」という風潮がある。https://t.co/66gqxPCvOF
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月3日
多くの米国女子大でトランスの入学が認められ、バスルームの使用についてもトランス利用への支持表明が多くのアーティストから出ていることを見ても、必要なことはそれとは反対のフェミニズムが存在すると知らせることで、座視すべきでないと僕が言ったのはそういう意味ですhttps://t.co/hBsNSNkHkD
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
その通りで、多様性なコンテンツが増えていけばいいと思います。ただ、若い世代にとってキズナアイとBLは対立するコンテンツではなく、同じルーツから出てきた文化として受容されている。BLが善きものでキズナアイが滅ぶべき文化だとは彼らも思っていないし、僕も思いません。https://t.co/oAGGqtfavK
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
オタク表現を安易なネットスクラムで潰すべきでないというのと同時に、世の中みんなオタクじゃねーよという外部の存在は忘れるべきじゃないと思うんですよね。『シン・ゴジラ』にしても、最高のオタク映画だけど、あれが何一つ面白くない、さっぱりな人は世の中に沢山いる。https://t.co/hWNpBNWpQA
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
これについては、肩書きとして「女性のメインキャスター」がいるかいないかで言えば実は意外といると思います。正確には「少し前まではいた」。国谷裕子さんは素晴らしかったですし、有働由美子さんの朝イチも実質キャスター。膳場貴子さんはNEWS23のメインから報道特集へ。https://t.co/kRkIPJBDf0
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
その他にもFNNプライムニュース、テレ東のWBSもメインは女性なんですね。ただ、金田淳子先生のイメージするような「外部の見識ある女性がキャスターとして抜擢される」というケースは少ない。というかそもそも男性においても筑紫哲也的な存在はいなくなりつつあると思います。https://t.co/kRkIPJBDf0
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
つまり「キャスター」という肩書きは残っているけれども、男も女もなるべくアナウンサーでかまわない、というのが今のテレビ局のスタンスなのではないかと思っています。報ステの富川悠太キャスターがまさにそうですが、とてもハンサムで若く細い。そして政治性はない、というhttps://t.co/kRkIPJBDf0
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
金田先生の言う通り、有働さんがNHK退職について語った記事があり、ある時期が来るとアナウンサーは現場から離れる。これは実は会社員としては「出世」に近いのですが、有働さんは現場に残りたくてフリーになり、日テレに移った。(リンクの記事は別)https://t.co/xMyzyGhnd4https://t.co/4nu0YDhk6Y
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
興味深いのは、金田先生の言う「聞き役」「女子アナ」だった存在が報道という番組の中で変わっていくことがあり、小川彩佳アナという人もそうだと思いますが、投書は典型的な育ちの良い家庭の女子アナだった人が、報道番組の中でやはり何かを見て化けていく。有働さんも最初は一介の女子アナだった。
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
これは古舘伊知郎という人もそうで、報ステをやるまでは何の思想もない人だと思われていたし、実際なかったと思うんですよね。明らかにテレビ朝日は「余計な思想のないアナウンサー」として彼を選んだのだけど、報道番組そのものが彼を変えていく。そういうことはあると思います。
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
キズナアイの話に戻ると、ジェンダーロール、ステレオタイプの面は確かにあると思います。ただそれは金田先生の言う通り、今回のサイトだけにあるのではなく、文化の中に多数として残っている。逆に言えば「キズナアイが聞き役をつとめるのは大変に不適切でした」と即時に謝罪して閉鎖する案件ではない
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
もちろん金田先生も多くの他の論者も「ステレオタイプであるから即時に謝罪して閉鎖せよ」という要求はされていないと思いますが、今回の件については最初の動きが非常に激烈なトーンでキズナアイ自体を問題視する動きだったため、二つのイシューの違いが伝わっていない。これは荻上チキさんも言ってる
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
これはライトノベル論争もそうなのですが、「批評」「批判」「規制」の概念がグダグダに溶けて混じってしまっている。これは批判する側も「批判が聞き入れられないのなら規制だ」というロジックを安直に振り回している面があるし、批判される側も完全に最初から喧嘩腰になっている面があると思います。
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
僕の考えはライトノベル論争の時とほぼ同じです。
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
キズナアイに批判的視点、議論すべき点はあるか?イエス。
ジェンダーロール、ステレオタイプな面はあるか?イエス。
今後同様のHPを作る時、改良の余地はあるか?イエス。
キズナアイは差別的表象としてNHKから排除されるべきか?絶対にノーです。
申し訳ないけどワンダーウーマンだろうがズートピアだろうが、大衆向けにメガヒットするようなものがジェンダーロールやステレオタイプと完全に無縁なわけがないんですよ。米国映画は99%の通俗性の上に1%の新しい思想をふりかけて観客にプレゼントしている。批判しうる所なんていくらでもあるんです
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
だから重要なのは「批判がありえる」ということと「だからコンテンツを潰す」ということを分ける必要がある。さもなければコンテンツを潰さないために絶対に批判を認めないという動きにならざるを得ないし、逆に言えばワンダーウーマンだろうがズートピアだろうが潰されることになりかねない。
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
だれかを責めるときには
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
「みんなとちがう」というけど
毎回「みんな」にあてはまる
そんなやつなんているのかよ
できないことへの憧れを
造り変えてく勇気もなく
足をひっぱるのには夢中
なんてもったいないやいやい
ただ恋をしてるだけなの
機械みたいに
生きてるわけじゃない
あたし もんだいガール
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
退屈したくないわいわ
キミも もんだいがある
普通になんてなれないでしょ
あたし もんだいガール?
まともがまともを求めるの?
あたしは もんだいガール
もんだいガール もんだいガール
きゃりーぱみゅぱみゅ『もんだいガール』より
作詞:中田ヤスタカ(CAPSULE)
これは以前にも書いたけど、ワンダーウーマンは両性の平等と女性のエンパワメントのために就任した国連名誉大使を「ピンアップガールそのものだ」とクレームがついて解任されている。でも多くのファンがこれに疑問を感じ、復帰の署名も集まった(結局復帰は叶わなかった)https://t.co/ryllvr3lsJ
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
国連名誉大使としてのワンダーウーマンの絵ってこれなんで、これに抗議が来るのはいくらなんでもPCの問題なのか?という疑問はあるんですよね。PC問題があるなら米国内でも言われるはずなので、「米国旗をあしらったキラキラ衣装に」の部分が政治的に問題視されたのではないかhttps://t.co/iBoSowoM35
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
映画のワンダーウーマンにはこういう動きもあったんだけど、危険だと思うのは「政治的に対立した相手陣営のコンテンツから先鋭的な基準で問題になる点を探して潰す」という動きが始まるともう相互に歯止めが効かない。海外でも起きているし、日本のSNSでも始まっていると思うhttps://t.co/5kL3U8O5OU
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
大衆向けに作られたコンテンツからポリティカルインコレクトな部分を見つけるなんてすごく簡単で、ジブリだろうがディズニーだろうがハリウッド実写映画だろうが簡単に見つかる。単に自分の好きなコンテンツについては「は?全然問題ない。何もわかってない」と集団の合意で押し切ってるだけなんですよ
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
なので何度も何度も何度もの繰り返しになりますが、コンテンツを潰したり、降ろしたり、闇雲にゾーニングを求めるような動きには反対です。「こういう系統のものばかりだから、新しいものが出て来てほしい」という要望の形で声があがり、作り手がそれに応え、観客がさらに応えるのが安全な形だと思う。
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
マイノリティ同士が「やつらの方がマジョリティに近い、こちらは絶対的弱者だ」とお互いを指さして攻撃し合うアイデンティティポリティクスのシビルウォー(内戦)はもう海外でずっと前から始まっていたし、日本のSNSでもいよいよ始まりつつある。そうではない道、共存可能な方向性を見つけるしかない
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
クリエイター側が意見を聞いて作品を改良するという関係が成立すればベストですが、既に作られた作品が変更できない場合には不満の声を聞いて次の作品に反映される、あるいは別のクリエイターがそれを反映する形になると思います。ハリウッドも基本的にそのシステムのはずですhttps://t.co/789HtRdYNG
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
人口の中で女性は半数を占めるので、クリエイターに対する意見としては通る可能性は大きいし、実際多くが通っている。BLもその購買力を通じて市民権を得たわけですし、叩かれているようなコンテンツでさえ20世紀と比べたら大きく変わっていたりします。https://t.co/QZz5gwCUPl
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
僕はよく宮崎駿の女性キャラクターの変遷を例に出すのですが、彼が「カリオストロの城」を作った時、女性読者からの投稿でクラリスの女性像が息苦しいという批判があった。彼の作家性の核心をついているのでむろん反発するんだけど、実はその後で彼の作品は静かに変わって行くhttps://t.co/789HtRdYNG
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
このスレッドでも書いたけど、宮崎駿の作品は相反する価値観がせめぎあっているんですよね。これは女性の観客を意識したのもそうだし、高畑勲というあまりに強烈な批判者がいつもすぐ近くにいたこともあると思う。でも同時に彼は自分の中の欲望、核になるものも捨てなかった。https://t.co/erLIBmfhOV
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
これライトノベル表紙論争、いやそのずっと前からそうなんですけど、発端となった対象自体よりも「作品を批判したら炎上リプライが500来た」みたいなのが新しいトラウマを作って、もうそのネット戦争が主眼になってしまうんですよ。これはネットのあらゆる局面で起きる現象。https://t.co/9DjzxpDFtb
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
ネット炎上のトラウマで今回の一件でキズナアイを見ただけで嫌な気持ちになるようになり、そういうのが表象論の問題と混じってさらに議論を泥沼にする。そういう負のスパイラルがあらゆる場面で起きている。これスポーツ選手やアイドルのファンダムでも腐るほどある話なんですhttps://t.co/cR37P5X1ak
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
だから表現の自由側もオーバーキルをやっていいことはないんで、青識君が攻撃は最大の防衛理論みたいなの言い出してるけどまあやめとけと。確実にテロの応酬になるだけだから。表現の自由は専守防衛戦だと思います。https://t.co/JAq1RjikgS
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月4日
あらためて金田先生の連続ツイートをRTしましたが、これらは「批判」「要望」として書かれているし、単にこれがキズナアイさんをHPから降板させればいいという話ではなく、全体的な状況論として書かれていることがわかる。こういう全体状況論はあるべきと思います。https://t.co/CuttdD7C63
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月5日
一方で「ありがちなステレオタイプ構造である」だけの理由でNHKが謝罪し削除する必要はないと思います。当たり前ですがありがちなものはそこら中にあるからありがちなのであって、アイドルや女子アナが聞き役のテレビ番組は沢山ある。「それがある」ことではなく「それしかない」ことが問題なわけです
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月5日
なので、繰り返しになりますが、SNSのコンテンツ批評は「これをなくす」運動ではなく「これ以外を求めている人がいる」という声をすくい上げるものであった方がいいと思う。以前も書きましたが、SNSは問題提起能力は優れていますが、問題解決能力としては最低の多数決魔女裁判装置でしかないと思います
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月5日
昨日も書きましたが僕はこれには反対で、むしろ批判とか差別的な部分の指摘はもっとカジュアルに行われるべきだと思います。「批判すべき点があるから、差別的部分があるからコンテンツが潰される」というリスクさえ排除すれば、むしろそれは議論的教材になるはずなんです。https://t.co/yjip0MgdrF
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月5日
コンテンツの愛好者は批判されたり批評されたりすることを恐れているのではなく、批判の結果コンテンツが潰されることを恐れているわけです。繰り返しになりますがここを分けることが大事で、もっと言えば、批判側もみんな自分が好きなものに対してはピタッと口をつぐんで批判をしなすぎるんですよ。
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月5日
僕が以前からSNS批評で問題だと思っているのは萌え絵とかポルノが批判されることではなく、そうしたものを批判する側の人が自分の好きなコンテンツに対してはまったく批判的視座を向けないことで、セーラームーンやエヴァに批判すべき点がないはずがない。完全に無害なエンタメなんかないわけですよ。
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月5日
セーラームーンやエヴァの問題点がツイッターで批判されない理由はものすごく簡単で、「ツイッターのボリュームゾーン、最大派閥がその世代だから」というそれだけの理由なんです。下の世代のコンテンツをぶっ叩いている人たちが、自分の思い出作品に対しては信じがたいほどいきなり基準が甘くなる。
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月5日
ポリティカルコレクト的批評というものがあるとして、重要なのは「自分の好きなコンテンツの中にある差別的な要素に気がつく」ということであって、「嫌いなコンテンツ、嫌いな相手の作品の中から非ポリコレ要素を探し出していびり上げる」ことじゃないんです。僕が野狐禅と呼ぶのはそういう態度です。
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月5日
『ワンピース』の中に女性キャラ疎外、男の子中心主義は確かにあると思います。それを指摘するのももちろんあっていい。でもはっきり言うけど、ドラゴンボールや北斗の拳のセクシズムの方が百倍もひどいわけですよ。黄金期ジャンプに比べたら尾田栄一郎なんてとんだフェミニストボーイでしかないわけ。
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月5日
「オタク差別」論争の時にも話したけど、差別っても色々な位相の差別があるわけですよ。「さすがにダメ、載せられない」という差別もある。でもポリコレ批評と呼ばれるものの多くはマイクロアグレッション的なもので「聞き手がいつも女子、ステレオタイプ」なんてまさにそれ。https://t.co/tVxElQUEOR
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月5日
「すべての差別を許さない」と雑多な要素をゼロイチにカウントするから「萌え絵には一ミリの問題もない」とか「萌え絵は悪だけどセーラームーンには何の問題もない」みたいなバカな話になるわけで、こんなもの議論でもなんでもない。小さな差別はどこにでもあるんで、エンタメはそれを学ぶ教材でいい。
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月5日
それがどれくらい許されないのかはその差別の内容によって違う。このへんはk3_neoprotestersさんがヘイトスピーチを何段階かに分けて論じるという制度を提唱されている。あれはやっぱり優れたモデルだと僕は思います。https://t.co/tl06HXl8Nx
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月5日
赤メガネこと赤松健先生が八方にロビーイングしてお茶とお菓子で村人に表現の自由に関するコンセンサスをやっとこ取り付けた所で、青いメガネが暴れ回って台無しにして村人が松明と十字架を持ってジェノサイドに繰り出すというこの『泣いた赤おに』の逆バージョンみたいな展開https://t.co/8m5OM0xZE8
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月5日
そんなわけでご紹介します。全日本オーバーキル選手権大会三連覇中のきゃしゃんさんです。やめようオーバーキルだめ絶対。きゃしゃんさん常に他人のツイートを最初の三文字くらいしか読まずに殴りに来るんでこれも読まないとは思いますけど、それでもやめようオーバーキル。https://t.co/yDFLZwH153
— CDB (@C4Dbeginner) 2018年10月5日
※このへんから、上のツイート(5RTと5万RTは違ってくる)に至るはずだったのに、遡っていたら途中で枝分かれが起きてしまい、なんか違うルートに入ってしまったようです(※twitterのツリー形式は、実はこの問題があるのです)
その他、ちょっと興味深い「表現の不自由展」に関する記事
news.yahoo.co.jp
news.yahoo.co.jp
www.sankei.com
7/9吉村知事囲み(抜粋)
— 沙和 (@katakorinaoshi1) 2021年7月9日
表現の不自由展に関するやりとりだけhttps://t.co/OTTKfv3llo
記者の質問はある程度簡略記載。
知事の発言も、意図を変えない範囲で要約記載。
「蔓延防止(等重点措置)」は字数省略のため、「蔓防」表記です。
仕事の書き起こしではないので、誤字脱字多めです。
※クリックすればツリー形式になってテキストが読めます