ここで(あまり必然性なく)名前を出してしまったついでに(笑)、夢枕獏の旧作についてちょっとメモしておこう。
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この前、少年サンデーの総大主教・高橋留美子猊下の「MAO」に、こんなやり取りが出てきましてな。
『MAO』第90話「言葉は呪い」。幽羅子が話さなかったこと。新章というより幕間。ネットにも他人を病ませる為の呪いの言葉が溢れてますが、自分に関係あってもなくても気に病む義務などありません。ところで、呪われたのは菜花か読者か。#高橋留美子 #摩緒 #菜花 #華紋 pic.twitter.com/nw9SJ1EvYZ
— 新井さとし (@the_arai) 2021年4月21日
で、これと同じことを夢枕獏が「陰陽師」で書いていたと。岡野玲子の漫画版でどうぞ。てか、
かなり有名な場面と、両者のやりとりだよね。
小説版を見てみようか。
「うむ。この世で一番短い呪とは、名だ」
「名?」
「うん」
晴明がうなずいた。
「おまえの晴明とか、おれの博雅とかの名か」
「そうだ。山とか、海とか、樹とか、草とか、虫とか、そういう名も呪のひとつだな」
「わからぬ」
「呪とはな、ようするに、ものを縛ることよ」
「たとえば、博雅というおぬしの名だ。おぬしもおれも同じ人だが、おぬしは博雅という呪を、おれは晴明という呪をかけられている人ということになる-」
しかし、まだ博雅は納得のいかぬ顔をしている。
「おれに名がなければ、おれという人はこの世にいないということになるのか-」
「いや、おまえはいるさ。博雅がいなくなるのだ」
「博雅はおれだ。博雅がいなくなれば、おれもいなくなるのではないのか」
肯定するでも否定するでもなく、晴明は小さく首を振った。
「眼に見えぬものがある。その眼に見えぬものさえ、名という呪で縛ることができる」
「ほう」
「男が女を愛しいと思う。女が男を愛しいと想う。その気持ちに名をつけて呪れば恋-」
以上は
名前や肩書が人の考え方や行動を縛ることに陰陽師を読んで気付いた
http://shirousagi.hatenablog.jp/entry/onmyoji/
からの孫引き。
この話が面白いのは、そのお話の中でのファンタジーな『設定』としても読めるし、
民俗学というか、宗教学的な意味としても読めるし、
あとは俗世間の、浮世のことわりとしても読めるんだよね。
少なくとも、自分はそう呼んだ。
「陰陽師」でも「MAO」でも、呪いは実際に存在している世界だ。その世界で「呪い」とはどういうふうに成り立っているか、ということで見れば、安倍晴明の語りはまことにSF設定の説明のようなものである。
また一方、名前というものが呪術と大きく関係しているのは、民俗学・宗教学的にもその通りな訳で、アジアに「緯(いみな)」という習俗があり、あるいは幼名が「捨丸」「拾丸」だったり、東南アジアの一部では直訳すれば「糞まみれ」だったりして、悪魔の嫉妬を買わないようにした、なんてこともありますよね。名前(本名)を教えてくれというのは、それだけで求婚を意味したりなんかも。
籠こもよ み籠こ持ち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に 菜摘ます児
家告いへのらな 名告ののらさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居をれ
しきなべて 我こそいませ 我こそば 告ののらめ 家をも名をも
そして、普通の処世訓的な意味というか、実際上も、「言葉は呪い」というのは早々間違いではない。
というか、上の「MAO」の話もそう深刻な話ってわけじゃなく、女性主人公が別の女性から、そのMAOという少年への思いを聞かされるのだが、それは要はMAOとその女性があまり近づかないようにとの牽制である、という話。
A君と仲良くなりそうなB子さんをけん制するために、先んじてC子さんがB子さんに「わたし、A君が好きなの」という…ぐらいの話だ。だから、その「呪い」の解決方法が「気にしないこと」で済む(笑)。
一方で自分としては…やや陰陽師寄りの話だが…これまでも存在していたが、特定の名称が与えられなかったものを「セクハラ」「モラハラ」「アルハラ」などなどと名称が与えられ、概念が生まれたために、それが社会問題となり、解決に大きく踏みだしたりしたことを思い出すわけです。
社会問題じゃなくても、「共感的羞恥」という言葉で、ドラマやアニメで誰かが笑われたり恥をかくと、自分もいたたまれなくなる…という現象が「概念」として発見されたりしたことがあった。
あるいは「サークルクラッシャー」「オタサーの姫」でもよろしい。
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これらは、みな安倍晴明的にいえば『呪(しゅ)』よ。
2023年追記
カレーにもシチューにも豚汁にもなり得る、玉ねぎジャガイモニンジンを煮込んだ「あれ」の名前は…?という例。
togetter.com
子路が曰わく、衛の君、子を持ちて政を為さば、子将(まさ)に奚(なに)をか先きにせん。子の曰わく、必ずや名を正さんか。子路が曰わく、是れ有るかな、子の迂(う)なるや。奚(なん)ぞ其れ正さん。子の曰わく、野なるかな、由や。君子は其の知らざる所に於いては、
蓋闕如(かつけつじょ)たり。名正しからざれば則ち言順(したが)わず、言順わざれば則ち事成らず……
子路が言った。「衛の君が、先生をお迎えして政治を為すなら、先生はまず何を第一にしますか」
先生がおっしゃった。「まず必ず物の名前を正すことから始めるだろう」
子路が言った。「これですからね。先生の遠回りなことは。どうして名前なんか正すのです」
先生がおっしゃった。「だからお前はがさつだというんだ由よ。君子は自分の知らないことについては口をつつしむものだ。名前が正しくなければ言葉が順当でなくなり、言葉が順当でなくなれば物事が成立しない…
……ロミオと言う名をおすてになって。
それがだめなら、私を愛すると誓言して、
そうすれば私もキャピュレットの名をすてます。
私の敵といっても、それはあなたのお名前だけ、
モンタギューの名をすてても、あなたはあなた。
モンテギューってなに?手でもない足でもない、
顔でもない、人間のからだのなかの
どの部分でもない、だから別のお名前に。
名前ってなに?バラと呼んでいる花を
別の名前にしてみても美しい香りはそのまま。
O Romeo, Romeo! wherefore art thou Romeo?
Deny thy father and refuse thy name;
Or, if thou wilt not, be but sworn my love,
And I'll no longer be a Capulet.
What's in a name? that which we call a rose
By any other name would smell as sweet;
marieantoinette.himegimi.jp
これにてひとまずおしまい。
夢枕獏「陰陽師」は別のところで「桜のように、俺は俺らしくありたい」というやはり哲学的で詩的なひとことがあり、これは岡野氏とは別の方(睦月ムンク氏)がコミカライズしている。
てか、それを自分がまた例によって記事にしている(笑)
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追記 2023年、こんなツイートが話題に
本当かわからんけど、武術や剣術で「技」に名前をつける理由が得心できる説明。
— 瘴気領域@小説を書く人 (@wantan_tabetai) April 24, 2023
しかし、なぜかゴルフ漫画w pic.twitter.com/DorqwcgZPb
いかん、出典が抜けていた。https://t.co/f5BfPAmwJw
— 瘴気領域@小説を書く人 (@wantan_tabetai) 2023年4月24日