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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

少女がグラビアアイドルになる漫画で『マイノリティとプロレスラー』を連想したのはなぜかという話

「…まあ、ヤツらに知っておいてもらいたいのは、ヤツらが俺にヤジを飛ばすたびに、俺は笑いながら1ドルずつを銀行に預けているんだ。ざまあみろ!」
(1950〜60年代のアメリカを席巻した悪役レスラー、バディ・ロジャースの言葉)

1964年のジャイアント馬場 (双葉文庫)

1964年のジャイアント馬場 (双葉文庫)


この話
togetter.com

それを論じるブクマ
b.hatena.ne.jp

そこに自分がつけたコメントが、浮いてる浮いてる(爆笑)
本当は、いろいろ紹介したかったのだが、100字ではこれが限界だった。

昔のプロレスでは社会的地位の低いマイノリティ(日系やアラブ系など)が大悪役となり『どうだ!このマイノリティの俺が、白人の客を手のひらに乗せて大金を稼いでるんだぜ』と内心で誇りを持つことがあったという。
https://b.hatena.ne.jp/entry/4686941115943946306/comment/gryphon

分かる人には通じるかもだが、通じない可能性も多いので、過去記事を引用して補足しよう。


実は、まっさきに連想したのは、プロレスはプロレスでも「小人プロレス」だった。

……素直に認めればよいのである。小人プロレスは奇形者の見世物である、と。
どこをどう言いつくろったって、それ以外の何物かであるはずがない。当然、人権イデオロギーに反することである。人権イデオロギーに反することを、奇妙な充実感を伴って小人レスラーたちは演じているのだし、観客たちは笑い転げて楽しんでいるのである。
反論があるだろう。
小人たちは全き充実感を覚えているのか、観客たちは悲しみは感じていないのか、と。
おろかな反論である。
小人レスラーが全き充実感を覚えているはずがあろうか
悲しみもあり怒りもあり、その上で、人権イデオロギーからみれば不条理とか言い様のない充実感を覚えているのだ。観客たちが悲しみを感じていないはずがあろうか。笑い転げたあと、自らの罪深さを恥し、悲しみを覚え、しかし、次の興行にはまた笑うために見物に出掛けるのである。
人間は、人権イデオロギーと整合関係になどありはしない…

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以上は

という本で、評論家の呉智英を論じた一節です。


いわゆる「小人」の反対、「巨人」も…

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グラップラー刃牙の外伝で、マウント斗羽と猪狩が戦う話の中でも、
「本当なら自分も、エンジニアや芸術家と言った、幅広い道を選択できたかもしれない。しかし、この巨体ではそういう普通の道は歩けない。だからプロレスの道に来るしかなかった」みたいなことをしみじみと回想する一節があった筈。
そして「もう十分だろう」、と・・・・・・・。





医学的な意味(障害)としてのマイノリティでなく民族的マイノリティに関しても,もともとブクマに書いたようにこの種の話は出ている。
空手バカ一代」に登場するグレート東郷

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空手バカ一代に登場するグレート東郷

この作品の中でのグレート東郷の立ち位置はやや複雑なのだけど、初登場した時、主人公のマス大山とその友人遠藤幸吉ではこんな会話が交わされていたと記憶する。
「日本人を強調して悪役をやるとはなんたる国辱!」
「し、しかしこれだけの大観衆を敵に回してリング上で暴れるのは、形は違えど一種の”快男児”とも言えますまいか?」
…しかし、実はみじめにやられるところまで含めて稼いでいるのだと聞くと、やはりそういう評価はできない…と結論付けられるのだが、しかしそれはやっぱりバックステージを見せない昭和の単純なタテマエで、バックステージまでみられる今では、やはりその「一代の快男児」論は逆に復活できそうなのだ。

・・・・・・プロレスがナショナリズムに関して−−少なくとも21世紀の日本において−−何がしかの意義があるとしたら、それはそのフェイク性そのものが、ナショナリズムを高揚させる一方で無効化、相対化、そしてパロディ化しているという一点にある。そしてそれは、同時に行われているのだ。
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G-spirits に、ザ・シークの面白い話が載ってました。

Gスピリッツ Vol.34 (タツミムック)

Gスピリッツ Vol.34 (タツミムック)

  • 発売日: 2014/12/24
  • メディア: ムック
なんでも、シークは「サロメ」なる女性をリングに帯同し、なんとそこでそこで彼女をこっぴどくいじめるのだそうだ。
 
というのは、
「侍女をモノ扱いする横暴さ」
は中東男性に対する欧米の一種のステロタイプで、まさにそのイメージどおりのことが行われているので、レディファーストの国である米国の観客は大ヒートし、ブーイングの嵐となる。


だが…ここからがまた「底が丸見えの底なし沼」なのだが、その「サロメ」こそはシーク夫人で実に辣腕のマネジャー。
売り込みも得意で、「シーク人気」の多くを、彼女の功績に帰することができるとか。結果的に、彼女の売り込み策が回りまわって、シークの来日も実現したんだそうな。

アメリカ、欧米におけるステロタイプの中東偏見
・本人たちは「正義感」のつもり(実際にリング上では悪の光景があるんだが)。
・しかしその中東偏見を逆用し、パロディ化し、そして結果的にその偏見を持つ観客から巨額のドルを召し上げるという「プロレスのヒール」の逆説
・そこで哀れな被害者を演じる女性が、シークのマネジメントで辣腕を振るうという、50-60年代のアメリカなら、たぶん有数の「社会進出」「自立した女性」だという、さらにわけわかんない逆説

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基本、引用だからすぐできると思ったけど、
そうでもなかった。
こんな感じでいいっすか?