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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

久世番子「金の釦 銀の襟」…忠臣と親友は、果たして両立し得るか…

「臣下にはなれん。…何故なら、偉そうに言わせて貰えば、民主主義とは対等の友人を作る思想であって、主従を作る思想ではないからさ。 わしはよい友人が欲しいし、誰かにとってよい友人でありたいと思う。だが、よい主君もよい臣下も持ちたいとは思わない」

単なる良作傑作を越えて古典として扱われ、正外伝合わせて14巻にならんとする田中芳樹銀河英雄伝説」でも白眉とされる一節が、アレクサンドル・ビュコックが世を去らんとする時に、全宇宙を手中に収める寸前のカイザー・ラインハルトに送ったこの遺言だと、個人的には思っている。

銀河英雄伝説〈7〉怒涛篇 (創元SF文庫)

銀河英雄伝説〈7〉怒涛篇 (創元SF文庫)


この古典の問いに、アンサー・ソングならぬ、アンサー・コミックが出た、という言い方をしてみたい。
それが久世番子「金の釦 銀の襟」であります


【電子限定描き下ろしおまけマンガ4p付き!】皇太子殿下のために建てられた男子寮で「御学友」として生活を共にすることになった士郎は…? (このコミックスには花ゆめAi Vol.1,3,5,7,9に掲載されたstory01-05を収録しております。)

書の副題に「-パレス・メイヂ側聞-」とある。これは実は人気作「パレス・メイヂ」の外伝、スピンオフなんですな。

パレス・メイヂ 1 (花とゆめCOMICS)

パレス・メイヂ 1 (花とゆめCOMICS)

貧乏貴族の実家を救うため、帝の暮らす宮殿「パレス・メイヂ」に仕えることになった14歳の御園公頼(みその きみより)。ある時、帝の画帖が破られる事件が起き、御園に嫌疑が…!? 2013年6月刊。


真正面から全部紹介し切れたとは言い難いが、一度か二度、このブログでは紹介したことがある。
この時も「忠誠」がテーマの記事だった。

m-dojo.hatenadiary.com
「パレスメイヂ」というのは、架空の明治的な世界において、明治天皇的な存在が「女帝」であると。それもティーンエイジャーかな? そこに侍従として、同じぐらいだか、少し年下ぐらいの侍従が仕えている、という設定です。
もっとも明治天皇以上に象徴的というか、籠の鳥というか、一国を独裁するような君主ではなく、伝統や慣習などにしばられあまり自由や実権はなさそうです。
だからこそ、侍従たる少年の「忠誠」はその中で輝くのですが…ただ、女王を戴く国には常にあるような、「花婿候補」の皇室の藩屏、高級貴族との鞘当ての中で、この少年侍従の心が「忠誠」なのか「恋心」なのか…それらを言い換えて、なおまた別の概念かもしれない「恋闕 ( れんけつ ) 」なのか。


まあ、そこが分からないところが逆に面白さのゆえんですわな。


そう、本伝では、「帝が女性で、侍従が少年であり、忠誠か恋心かわからない」という仕掛けがあった。
この「側聞」は、本伝でも少し書かれているように、その女帝は既に弟に位を譲って先帝になっている時代。その息子たる皇太子と、同世代の少年の話になるので恋愛要素なしで…って、いまそう書くと、LGBTのポリコレ的に、あるいはBとL的に「男性と男性の関係なら恋愛要素は無い、というのが偏見だ!」と怒られる御代だ。
「統計的には9割の確率で恋愛要素は無いと推計される」と表記しておこう(笑)。ま、そこはするっと流して…


物語は、已むを得ざる事情により、自分の意志ではない形で、皇太子の学ぶ学校と寮に入り「御学友」となった少年の視点で描かれる。
彼はそういう事情であるから、寮の規則や慣習に大いに疑問を持つ。
その一方、逆に昔の、ガチガチに頭の固い御学友からは、危険で反抗的な存在と反発を買う。

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久世番子「金の釦 銀の襟」

しかし、当の「皇太子」本人は、「皇国の守護者」だったら”出来星だ”と言われるような(笑)、とっても良い子。自分が特別扱いされていることに、静かな異論、違和感を持ち合わせており、かといって不良主人公の尻馬に乗って逸脱しっぱなしでもない。

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久世番子「金の釦 銀の襟」

そんな不良御学友、お堅い保守派御学友、そして素直で善良な皇太子本人、そういうトライアングルの中で、ゆるやかに皆が、相互に刺激し合って成長していく話です。

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久世番子「金の釦 銀の襟」

派手で複雑な陰謀劇や政治劇があるわけでもない。その一方で、不良学生も皇太子も保守派も含めて「上流<階級>」の繭にくるまれた存在であり、その外にはもっともっと広大な世界があり、そこには別種の厳しさ、シリアスさが存在する―――こともちゃんと描かれている。


ふりかえって現実の日本史をたどれば、江戸のタイクーン政府を倒し、再びミカドの世をもたらしたメイヂ、いやメイジのレストレーションから令和まで5代がおわしますなかで、ふたつの憲法のもとで押しなべて、世界史的にも珍しいほどに立憲君主として務めあげてきたものである。しかし、彼らが少年期を送る際に、こういう「やがて帝王になるべき存在は、どう少年期に教育を受け、育つべきか」というのは、結構な難題ではあった(別に日本に限らず、だが)。だから久世作品の宮廷もので描かれたエピソードは、時々「あ、現実のアレが元ネタかしらん?」と思うようなものも散見される。
そういう視点で読めば、大嘗祭を目前に控えた令和元年の今、さらに別種の興味を引く作品ともいえるだろう。ただ、この作品のような御学友がいませば、まあ、いろいろと大丈夫だろうよ。次が誰であろうと、あるいはそうでなかろうと。

なお、なんか、別の「パレス・メイヂ番外編」もあるらしい。参考までに。

また、久世先生はある時期、漫画家兼書店員であり、自分はそのエッセイ漫画のほうで知っていたので、最初は同一作者とは思わんかった。