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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「いだてん」第1部完に際して(1)〜東日本大震災などと対比させ

まず、途中で脱落することも多いNHK大河ドラマ、当方忙しい時は斜め読みならぬ斜め視聴をしたこともあったものの、まずは視聴し続けることができました。

1部完についてつらつらと、断片的に

この前の回で自警団の場面が出てきたのは良かった

といっても、尺は短いし、描写に例えば「お前は日本人か?」という言い方ではなく「お前朝鮮人か?」「五十円五十銭と言ってみろ」というような具体的なセリフがあってもよかったのではないか。まあ、別のドラマでも本来は描かれるべきかもしれないが(たとえば同様に関東大震災が出てくる映画「風立ちぬ」にだってそんな場面が描かれなかたし)

名曲「復興節」が紹介されたのは良かった

東日本大震災のときに、確かに一回紹介したはずだったが……過去記事捜しても見つからないんだよな。たしかにまず検索し、「おお、初音ミクの復興節があったよ」と驚き喜んだはずなんだが…だが自分はティーンエイジャーの時から、この種の歴史を記念するような古い歌が好きだったので「洒落男(♪俺は村中で一番モボだと…のあれね)」や「ラッパ節(金鵄勲章か違います)」「ストトン節」などと同様に「復興節」も知っていたし、愛好していた。
この歌詞も曲も、今は完全にパブリックドメインだから、いだてん視聴者のために、youtubeとともに再度掲載するね。ただ、俺の持ってた音源は今川焼の歌詞は無かったな…


添田さつき・復興節/ 土取利行(唄・演奏)Hukko bushi/T.Tsuchitori


家は焼けても 江戸っ子の 意気は消えない 見ておくれ
アラマ オヤマ忽ち並んだ バラック
夜は寝ながら お月さま眺めて エーゾ エーゾ
帝都復興 エーゾ エーゾ


騒ぎのさなかに生まれた子供
つけた名前が震太郎
アラマ オヤマ震地に震作 シン子に復子
其の子が大きくなりや地震も話のタネ  エーゾ エーゾ
帝都復興 エーゾ エーゾ

後半で描かれた、「気晴らし」「娯楽」が震災や戦災の中でも必要ということ。

上の「復興節」を捜しに、2011年当ブログの古い記事を捜していたら、その種の話題が目についた。
当時、計画停電と節電に協力しつつも(しましたよ本当に)、時間をやりくりしてその自分の感想や考察を書いておいて本当に良かったと思う。今となってはたった8年前だけだけど、貴重な資料集だ。


まず当時「花見自粛の議論」というのがありましたよね、という話。覚えてますか?

m-dojo.hatenadiary.com

そこからリンクを飛ばしている、当時のtogetter(togetterは、本当に有用な、当時の世相の冷凍保存だな…)
togetter.com
togetter.com


そして文章としては、この時の「編集手帳」(先代)が一番読ませる。

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……人を悼む心が花にもあるのか、今年はサクラの開花は遅めというが、それでも四国や九州から、ぽつりぽつりと花便りの届く季節を迎えた◆花に浮かれる心をたしなめて「泣いてる人」を思いやった暮鳥の優しさにうなずきつつ、だが――とも思う。生き残った者の誰かしらが、生かされてある者の誰かが世の中の歯車を動かしていかねばならない。音は小さくとも、季節の催事も“ガッタン”と刻む歯車の一つだろう◆この春、多くの人が愛でるのは、花ではなく、酒でもご馳走でもなく、生きてある身のありがたさに……

2011年上半期の文章だから、この単行本に収録されているはず

読売新聞朝刊一面コラム - 編集手帳 - 第二十集 (中公新書ラクレ)

読売新聞朝刊一面コラム - 編集手帳 - 第二十集 (中公新書ラクレ)


もうひとつ、喋り言葉として、大きな災害から日常に戻ることを、ガツンと力強く語ったものがいる。

9.11直後に、ビンス・マクマホンJrが語った言葉である(堀内勇akaひねりン訳)

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我々は、この火曜日のNYとDCでのテロ行為の被害者、被害者の家族友人達に、哀悼の念を捧げたい。我々の国の指導者達は、我々に日常、アメリカの日常に戻れと言っている。我々の憲法で定められた権利を行使せよと言っている。そして私はこれが、あの火曜日の悲劇以来初めての、この規模での人々の集まりだと思う。大切なのは、われわれのこの集まりがテロリズムに送るメッセージだ。それは単純に『我々は、恐怖に怯えながら暮らしたりしない!』ということだ。ヒューストンの人々は恐れない。テキサスの人々は恐れない。そして、アメリカ国民は恐れない。我々は誇り高き国民だ。我々自身に、我々の国に、そしてアメリカ人であることを誇る(会場再び大「USA」コール)。そして我々は闘う。我々は我々の家族のために、我々の権利のために、そして我々のこの偉大な国のために。アメリカの心は傷ついた。しかし我々の魂は輝く、ちょうど我々の自由の灯火が決して消えないように。

…というように、8年前の3.11その他をおもいださせる「いだてん」第一部最終話でした。

また別のテーマで、あとで別記事を。