きのうに続き、横田順彌氏の話なのだが、即物的な話。
横田順彌氏は「古書コレクター」でもありました。
氏の、蔵書をめぐる逸話を追悼ツイートから。
横田順彌さんがお亡くなりになったとのこと。合掌。若いころに二人で今日泊亜蘭さんのお引っ越しの手伝いをしたことがあった。横田さんは今日泊さんの蔵書に目を光らせ今日泊さんはそれを牽制し、お二人ともまったく働かない。おかげで孤軍奮闘させられ、お二人から「きみはよく働くな」と褒められた。
— 山田正紀 (@anaryusisu) 2019年1月15日
実は学生時代に、「横田順彌先生の書庫の引っ越しのお手伝い」という、とんでもない経験をしたことがあります。
— 須藤玲司 (@LazyWorkz) 2019年1月15日
当然ぼくごときは肉体労働の役にしか立たず、本を運び終わったあとは、横田先生が「これは《明治の野球》の棚へ…これは《戦前のへんな宗教》の棚へ…」と整理するのを眺めてました。
同じマンションの別の部屋に本を運ぶだけなのに、異次元の物量だったよねー。
— 日下三蔵 (@sanzokusaka) 2019年1月15日
役立たずだったので運び終わったあとの整理フェーズでは漫画雑誌ぐらいしか並べられず、終わったらできることがなくなって、こっそり1969年の少年チャンピオンの『狂人軍』を読んでたおぼえがあります。
— 須藤玲司 (@LazyWorkz) 2019年1月15日
あのへんの界隈は、コレクションをめぐる珍談奇談が「お家芸」のように伝わっておりまして、野田昌宏が矢野徹や伊藤典夫との古本争奪戦を行う「コレクター無惨!」は日本SFベスト集成にも収録されたぐらいだ。
いまは「レモン月夜の宇宙船」というエッセイ集に収録されているようです
- 作者: 野田昌宏
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野田氏が逝去された時、この内容について追悼文で触れていたので再紹介しよう。
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神田の神保町にはかつて、北辰一刀流の道場があり、他流試合も華々しく行われた(と思う)が、一番有名な「神保町の決闘」とは、上の「コレクター無惨!」にある、伊藤典夫とのSFペーパーバックをめぐる争いである。
今まで二束三文で、自分しか集めていないはずと安心していた野田大元帥の隙をついて、つぎつぎと棚から貴重本を奪っていく謎の男。対抗するもなかなか相手も一歩も引かず、ついに野田氏は「俺と同じくSF本を集めている謎の男よ、一度会おうではないか」と街に張り紙をし、ついに対面する。
それが伊藤典夫であり、その後はヒトラーとスターリンのような相互不可侵条約を結ぶ(笑)。
ウィキペディアの「野田昌宏」にもあるが、蔵書は先に死んだ人のものをもらうことになっていた。
もちろん古きよき時代のSFファンらしいジョークの意味もあるが、上の作品の中でも、野田氏がその蔵書をトラックに満載して新居に引っ越す時、バランスを崩して荷台から落ちそうになったとき、「(手伝いに来ていた)伊藤の目が『こいつ、このままトラックから落ちて死なねぇかなあ…』という目をしていた」と回想している(笑)。もっとも野田氏は野田氏で、伊藤氏に薬物入りの茶を飲ませてコレクション無償譲渡契約書にサインさせるプランだったそうだが(笑)。
そんな寄り道してる場合じゃなくて、本題に。本の題に。
要は、そんな系譜にある横田順彌氏の蔵書だ。もちろん「古本界隈」におられた方だから売る側との人脈も相当にあり、どこかが一抱えで保存しない限りは、良心的な形で引き取り、次のしかるべき愛好家に適切な価格で再販売されていくのだろう。それでいいではないか、と言われればそうかもしれない。
しかし、あのような一才能が集め、体系的に「これは《明治の野球》の棚へ…これは《戦前のへんな宗教》の棚へ…」と分類した、今現時点でのコレクションそれ自体が「知の体系」であることももちろんだ。
しかし…残された血縁者の方々が、たとえば趣味嗜好や興味の方向性がまったく一致していて、自発的にすべて保存したいというならともかく、義務感のようなものだけですべて現状のまま保存すべきだ、とももちろん言えない。
そこで、「寄贈」という話も出てくるのだが、かなしくも仕方ない話。
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フランス文学者で元京都大教授、桑原武夫さん(1904~88年)の遺族から寄贈された蔵書約1万冊を、京都市が2015年に無断で廃棄していたことが、遺族側関係者などへの取材で分かった。利用実績が少なかったことから「保管の必要はない」と判断したという。市教委は判断が誤りだったと認め、遺族に謝罪した。
そう、今はかなりの文化施設でも、「もらっても置く場所が無いし…公開も難しいし…」とこういう寄贈図書の受け入れには二の足を踏むのだそうだ。
それはそうだろうねえ。
こちらは、そういう例を乗り越え、個人蔵書と資料が学問の府で知の源泉として活用された、幸福な超超超レアケースの場所。
www.meiji.ac.jp
そして、
大塚英志事務所のtwitterで、こんなツイートがある。(横田氏訃報の前のツイートだよ)
おたく第一世代が還暦に入ったということは、彼らが集めた膨大な資料の「老後」の行方の問題でもあって、牧野コレクションでさえ国内に留められなかったのだから池田憲章さん(あくまで例え、です)の全資料がコロンビア大学渡る、みたいなことがこの先起きないとも限らない。 https://t.co/h54luDxbw0
— 大塚八坂堂・大政翼賛会のメディアミックス・発売中 (@MiraiMangaLabo) 2019年1月10日
これに「いいね」をくださった方、コロンビア大の牧野守コレクションのHPみてください。約14,576冊の書籍、10,028の雑誌、1,000を超える戦前のシナリオ、5,500を超える映画館プログラなど、906箱、約80,000アイテムの戦線映画資料をこの国の映画研究は手放してしまったのです。https://t.co/ddVaCoNVfY https://t.co/79ummYkvb7
— 大塚八坂堂・大政翼賛会のメディアミックス・発売中 (@MiraiMangaLabo) 2019年1月11日
アメリカに任せた方がきちんと保存してくれていいじゃないという声が今回もありますが、資料を継承するというのは、単に散逸を防ぐとか保存する、でなく、その人の「学問」を引き継ぎ公共化させるということ。資料のみが北米にわたって保存できてめでたしというのは違うんだけどね。 https://t.co/a5mVAWWzjA
— 大塚八坂堂・大政翼賛会のメディアミックス・発売中 (@MiraiMangaLabo) 2019年1月11日
例えば、少子化になって廃校になった学校とか改造して教室単位で無償で貸してくれてリタイヤしたコレクターや研究者やその遺族がそれぞれ部屋ごとに独自の図書室を運営する「図書館団地」みたいなのって、どこかに消えたクールジャパン機構に行った税金のほんの僅かな一部でできたはずなんだけどなあ。 https://t.co/ckynpSwth8
— 大塚八坂堂・大政翼賛会のメディアミックス・発売中 (@MiraiMangaLabo) 2019年1月11日
自分が2年前に、小説仕立てで考えた「図書館霊園」という話と共通するものがあるので、考えさせられた。
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「大学教授だった父親がこの前亡くなりまして・・・・・・研究者で、自分の本をそれは大事にしていましたし、いろいろ資料も集めていましたから、本を処分するのもどうも忍びなくて…こちらでなら、本を受け入れてくれると聞きまして」「ありがとうございます。当社ではいくつかのコースに分かれています。
1:しかるべき広さのスペースをご提供し、故人の蔵書や資料をそのまま独立した『〇〇さん文庫』として管理するコースです。オプションで机やいすなどの調度品も持ち込み可能で、料金によっては、故人の生前のお部屋にきわめて近づけたお部屋とすることも可能です。もちろん別料金で、目録などもこちらで作成いたします」
2:故人の蔵書と資料を「〇〇さん資料」として独立させますが、一般開架にほかの方のものと並べて管理するコースです。
3:故人の蔵書を、普通の図書館的な一冊として使わせていただくコースです。末尾に「XXX年〇月〇日没の〇〇さん寄贈」と貼らせていただきますが、その後破損や老朽化が進んだら廃棄することもあります。ですが、ある意味で本の「天寿」を全うさせることができます
「お値段はいかほどでしょうか」
「は、それぞれ、コースの料金は・・・・・・・」
これを考えるきっかけとなったのは、数年前の、同じく大変な(世界レベル?)の蔵書家であった彼…「渡部昇一逝く」という報道だった。
http://d.hatena.ne.jp/shins2m+new/20140708/p1
渡部先生の書斎に案内していただきました。
2階建ての書斎には膨大な本が並べられており、英語の稀覯本もたくさんありました。伝説の『ブリタニカ百科事典』第1版の初版をはじめ、歴代のブリタニカもすべて全巻揃っていました。ちなみに先生の蔵書は約15万冊だそうです。これは間違いなく日本一の個人ライブラリーでしょう。
(略)
渡部先生はおそらく世界一の蔵書家です。実際、10年以上前に洋書だけの先生の蔵書目録を作成されたそうですが、それを見たイギリスの古書店主たちが「これだけの質と量を兼ね備えた個人ライブラリーはイギリスにも存在しない」と言われたそうです。凄い!
故渡部氏の、相続のあれこれの手続きも済んだだろう。蔵書がどうなったか…たぶん、散逸を免れた、という結果は聞こえてこないだろうね。
これは、過去のブログ記事のどこかに書いたが見つからないが、ノンフィクション作家やジャーナリストの「取材のためにあつめた資料(貴重な証言録音)」なども、その後の散逸や、著者死後の引継ぎ先などはだーれも考えていない、ということがほとんどらしい。猪瀬直樹氏だけは、そのへんのことを考えた準備をしているとか。
そんな話や議論を踏まえた上で、あらためてコレクターとしても功績ある横田順彌氏の逝去を悼みつつ「『横田コレクション』はこのあと、どうなっていくのだろうね」ということに注目してもらえれば。
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