本日は9月11日であった。
さまざまな回想や、現状を考えることもあるだろうけど、格闘技ブログだからこの話をあらためて紹介しよう。
http://ykdckomori.blog.jp/archives/1000673856.html
から、新聞記事の孫引きとなる。2002年の記事だ。
昨年九月十一日の米国中枢への同時テロの際、乗っ取られた旅客機内でテロリストたちに敢然と立ち向かったジェレミー・グリック氏の勇気の物語はすでに広く知られている。
(略)
しかしジェレミー・グリック氏が幼いころから柔道を学び、日本人の師範から柔道の技と心を教えこまれていたことは、あまり知られていない。
(略)
十五歳のときには全米ジュニア選手権で入賞した。ジェレミー少年の師範は日本の国士舘大学出身の小笠原長泰氏だった。
(略)
ジェレミー少年の練習ぶりはいまもよく覚えているという小笠原氏はコクシ道場での回想を語る。小笠原氏は柔道部主将を務めた母校の国士舘大学から派遣されて一九六七年に柔道指導のために米国にきて、間もなくコクシ道場の運営を任され、現在にいたった。六十一歳のいまも毎日、同道場で指導にあたるほか、ウエストポイントの陸軍士官学校の柔道教師をも務めている。小笠原氏がとくに忘れられないのは九二年の全米大学柔道選手権大会の体験だという。(略) 「ジェレミーはこのとき久しぶりの私に『センセイ』『センセイ』と懐かしそうにあいさつしてくれました。私は臨時にコーチをかって出て、彼は大会個人戦で優勝したのです」
グリック氏がユナイテッド航空93便機内で乗客数人の先頭に立ち、テロリストたちに飛びかかり、その結果、同機が乗客乗員四十数人ともどもピッツバーグの森に墜落したという悲報を聞いたとき、小笠原氏はジェレミーならばそういう行動以外には考えられないと感じたという。
「正義感の強い青年でした。格闘には自信があったでしょう。不当な暴力に屈することは彼にはできなかったのだと思います。私は彼の柔道の師範だったことを誇りに感じました」
テロリストや凶悪犯との遭遇時に物理的に抵抗すべきかは一般化できる話ではないが、彼らに敬意を覚えるのも、ごく自然な感情だろう。
あらためて、魂に平安あれ。
当然ながら日本語記事より、英語で
「Jeremy Glick 911 Judo」などの検索をしたほうが無数の情報に接することができるのだが、わたしの英語力ではその任に耐えない。
ただ、ウィキペディア英語版の項目や
https://en.wikipedia.org/wiki/Jeremy_Glick
遺族が作ったスポーツ奨学基金
http://www.jeremysheroes.com/
インタビュー動画
などを紹介しておきたい。