…孔子は、魯の都・曲阜でにわかに礼学の師匠を名乗って門人を集め、自分は夏、殷、周三代の王朝儀礼について完璧な知識を持っていると豪語したのである。
孔子の礼学は、彼がかき集めた一知半解の断片的知識を、自分の想像力でつなぎ合わせただけの、空想の産物でしかなかった。このように孔子の思想活動の出発点そのものが、極めて詐欺的な性格の強いものであった。しかも孔子は、魯に周に代わる新王朝を樹立して自ら王者となり、わが手で復元した周初の礼制を地上に復活させようという誇大妄想に取り付かれる。
孔子はこの狂気を帯びた妄想を引っさげて諸国を流浪し、各国の君主にその採用を求めたが、どこの君主からも全く相手にされず、もとより実現はしなかった。
だが孔子の夢想が現実世界に阻まれて挫折したとの怨念は、孔子の後学たちの間に広く浸透し、以後儒教の中に深い陰翳を刻むことになる。
- 作者: 浅野裕一
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2005/04/20
- メディア: 新書
- クリック: 12回
- この商品を含むブログ (19件) を見る
上の「孔子は自らが王者、天子となりたかったのだ」というのは、とっぴなように見えてのちの”孔子素王説”にもつながる話だし、有徳王による統治に、神秘的な正統性も加味しているから、そんなに無茶ではない。
また「一知半解」「空想の産物」「詐欺的性格」というのは…まあ口が悪いのは間違いないが(笑)、じゃあそもそも孔子の生きた時代の人間が『夏、殷、周三代の王朝儀礼をマスターしている』というのが時系列的にどれだけ難しいことかを考えるといいわけで。
孔子の生まれた年が紀元前552年。その三つのうち、一番新しい周王朝の成立紀元前1046年頃か。つまり…今で言えば「室町・戦国時代の儀式や芸術を、細部に至るまですべてマスターしてる」…ってどんな歴女だって言わないよね(笑)。
比較して墨子を少し好意的に書いているように見えるが、この本とは別のところで当時の軍事技術について詳しく触れたり、さらにこの本でも「墨子の献身的な自己犠牲や貧しい生活態度を守らせるために、オカルト的な『鬼』の実在を理論に組み込まざるを得なかった」という思想的な皮肉をも書いている。このへんも口の悪さだ。
まあ、そのへんを詳しく書くには時間が足りないので、最初に引用した簡潔で単純なな儒教の短文解説を、ご紹介させていただきました。
儒教が孔子の妄想、もっといえばルサンチマンであるという氏の説は、こっちのほうが詳しく書かれている。呉智英も評価。
孔子という男のみじめな人生が、すべての始まりだった。天子にならんとする妄想と挫折。その怨恨が、ルサンチマンの宗教・儒教を生んだ。従来のイメージを覆す、衝撃の儒教論。
- 作者: 浅野裕一
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 1999/05/01
- メディア: 新書
- 購入: 2人 クリック: 65回
- この商品を含むブログ (17件) を見る