一昨年、話題になって、ここでも紹介した、ちょっと面白い裁判がある。
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これが、最高裁判決が間もなく、24日に出る予定なんだそうだ
読売新聞が、実に気合の入った事前記事を出したそうな。
www.yomiuri.co.jp
琉球王国を支えた「久米三十六姓」の末裔まつえいでつくる一般社団法人「久米崇聖そうせい会」が公園用地の利用を申請すると、市は使用料を全額免除した。久米三十六姓が17世紀に建てた前身の廟は太平洋戦争末期の沖縄戦で焼失しており、市は「再建されれば、歴史や伝統を生かした街づくりにつながる」と判断したという。ただ、市の会議では「宗教に限りなく近い」などとして、再建を危惧する声も上がっていた。条例では用地使用料は月額約48万円。廟が宗教施設なら、特定の宗教に対して国や自治体の便宜供与などを禁じた憲法に抵触する恐れもある。
■祭礼を重視
その危惧は裁判で現実となった。市内の女性(92)が14年、市を相手取り、同会に使用料を請求しないことの違法確認を求めて提訴。那覇地裁と福岡高裁那覇支部は18~19年、無償提供を「違憲」とする判決を出した。訴訟で市側は「儒教は孔子の説いた倫理を体系化した学問で、政教分離の問題は生じない」などと訴えたが、地裁と高裁支部は、孔子の誕生日とされる9月28日に毎年行われている祭礼を重視した。儒教が宗教かどうかの判断は避けつつ、供物を並べて孔子の霊を迎えるという様子を踏まえ、「神格化された孔子をあがめる宗教的儀式だ」と指摘。その上で、「無償提供は宗教への援助と評価されてもやむを得ない」と判断した。
双方の上告を受け、先月20日に最高裁の大法廷で行われた口頭弁論。原告側が「宗教的な性格が色濃い」と述べたのに対し、被告側は「地元の歴史と文化を伝える施設。観光資源としても重要だ」と反論するなど、激しい議論が交わされた。
■各地に存在
孔子廟は那覇市以外にも各地にあり、自治体が管理に関わるケースもある。日本最古の学校として知られる「足利学校」の施設は栃木県足利市の所有で、佐賀県多久市にある国の重要文化財「多久聖廟」も同市の所有だ。足利学校の担当者は24日の最高裁判決について、「司法判断を注視している」と話す。
で、twitter上で見た、少し詳しめの解説がほかにある。
塚田穂高氏の連続ツイートだ。
こちらリマインド。那覇市の孔子廟政教分離訴訟、24日水曜日に最高裁判決な。政教問題クラスタはぜひ行ってください。傍聴席少ないかなと思うけど。ちょうど、大手紙が違憲判断用の紙面を準備しているところでしょう。違憲なら一面扱いか。政教分離関係では戦後三件目に。https://t.co/ErybslVSSg
— 塚田 穂高 (@hotaka_tsukada) 2021年2月19日
流れ的には、違憲かなと。また、神社でも寺院でも教派神道の教会でもキリスト教会でも長崎26聖人記念館でも孔子廟でも、この社会が平等に宗教に公有地を貸与できない以上、それなら平等に分離するしかないかと思うので、違憲判断であるべきかなとも考えます。https://t.co/ErybslVSSg
— 塚田 穂高 (@hotaka_tsukada) 2021年2月19日
ただ、大法廷に回付されたのをどう考えるか。2010年空知太神社訴訟と全く同じにはいかないのかなと。空知太神社のケースは、神社と町内会館を分離して区別し、神社部分の敷地を賃貸しするかたちで、無理矢理決着をつけた。今回の孔子廟は、区画分離や全面賃貸しは無理そう。https://t.co/ErybslVSSg
— 塚田 穂高 (@hotaka_tsukada) 2021年2月19日
また空知太の場合は、氏子集団をかなり無理くり「宗教団体」とし、20条1項後段違反としたわけだが、これも今回厳しいのでは。さすがに宗教的側面を有しているからといって「社団法人」をそのまま「宗教団体」「宗教上の組織」にはできないのでは。アクロバチックな展開になる可能性も。
— 塚田 穂高 (@hotaka_tsukada) 2021年2月19日
最も強硬的な「解決法」が、施設の撤去や土地買い取り、これまでの使用料を払うといったものだとして、そうでない解決法もあるんじゃないですかということで、空知太の場合は高裁に差し戻され、区画明確化・有償貸与の道が検討されたわけだが、今回の場合はそれがかなり厳しそう。正直どうしたらと。
— 塚田 穂高 (@hotaka_tsukada) 2021年2月19日
「目的効果基準」が適用されるかもポイント。空知太では適用されると無償貸与という助長の「状態」の継続が明らかとなってしまうので適用されなかったのかと。今回、適用されて違憲となると、被告側にはかなり厳しい解消法が求められそう。適用されずに何とか折衷的な改善方向が示唆されうるかどうか。
— 塚田 穂高 (@hotaka_tsukada) 2021年2月19日
あと見逃せないのは、この訴訟、原告側のモチベーションな。「翁長市政がー」「中国の進出がー」から始まっているから。担当は徳永信一弁護士。徳永弁護士は「最高裁違憲を勝ち取った弁護士」になるのか。すごいなあ。近くの神社が公有地上にある場合は、ぜひ徳永弁護士にお願いしたいものですね。
— 塚田 穂高 (@hotaka_tsukada) 2021年2月19日
そして最後に、判決を受けて、産経新聞、神社新報、百地章先生がどんな発信をするか、注目しましょう!2010年空知太神社違憲判断の時は、あれほど判決への憤りを表したんですから。まあ、「神社とはちがうんです」と強弁するのかな。「宗教」に区別を設けるのかな。要チェックです。
— 塚田 穂高 (@hotaka_tsukada) 2021年2月19日
こちら追加情報。那覇孔子廟政教分離訴訟の最高裁判決、2/24(水)15時開廷。整理券を最高裁南門にて14:00~14:10交付のもよう。80席くらい。超えたら抽選。行かれる方は密を避けて、無理なさらずに、お気をつけて。https://t.co/ULWipaumrS
— 塚田 穂高 (@hotaka_tsukada) 2021年2月22日
戦後3件目の最高裁政教分離違憲判断かというタイミングで、これまでの経緯、1件目については、拙稿「愛媛玉串料訴訟の宗教−社会史ー戦後政教分離訴訟の画期・再考ー」を。読みたいという変わった方がおられたら、DMください。TLと人を見て対応(するかどうかを判断)します。https://t.co/qxz8wzQbZY
— 塚田 穂高 (@hotaka_tsukada) 2021年2月22日
実はちょうどいま、氏の編著をある程度読んだところだ。
- 作者:塚田 穂高
- 発売日: 2017/03/14
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
だが…これはあくまでも「編著」なので、氏の責任でもないのだろうけど…なんか、執筆者が「twitterでおなじみ」の方が多く、そして「やはりtwitterに置けレンゲソウ」的な文章が多かった気がします。
その結果、全体的にぼやっとした本になって、似たテーマの本としては間違いなく
ネット右派の歴史社会学 アンダーグラウンド平成史1990-2000年代
- 作者:伊藤 昌亮
- 発売日: 2019/08/14
- メディア: 単行本
こちらのほうの圧勝。まあ片方は1800円、片方は3300円だしね…(笑) でも、その価格差を考慮しても埋められないぐらい、後者のほうが勝ってた。
でも、氏が担当してた章自体は、上の本でも紹介した連続ツイートと同様に優れていたのだから、編著のまとめ的なお仕事が苦手だったのだろう。
本題に戻って…。
孔子を祀るようなものも含めて、文化習俗的な意味合いがあるものは(近年、人工的に復活した、みたいなものも含めて)広く公が補助していっていいと思うのだが、裁判で詰めていくと、まあ違憲という判決がでても、憲法の文面上からはおかしくない。
それにしても、儒教は宗教なのか、否か。
裁判官「ごとき」が、そもそも決められるかどうか、ではある話だけど、裁判官が結局決めなきゃいけないスキームに追い込まれているから、この浮世は面白い。
そして、この裁判がそんな面も含めて問われている、という点では…話が進むにつれて「サンタクロースは実在するのか」を、裁判官が判断を下さなければならない羽目に陥った「34丁目の奇跡」を、ちょっと思い出したのでした。
追記 判決後の沖縄タイムス社説
<社説>孔子廟に「違憲」 文化を萎縮させぬよう
2021年2月25日 06時53分
儒教の祖・孔子を祭る孔子廟(びょう)に那覇市が土地を無償提供したのは「違憲」。最高裁は憲法の政教分離原則に反するとした。「論語」は宗教でなく教養として親しまれており異論も出そうだ。
「子曰(いわ)く…」は漢文の授業で習った人も多かろう。中国古典は日本でも古来、学問の対象だった。七〇一年には、大学寮で孔子を祭る行事が行われた記録が「続日本紀」にある。
江戸時代には儒学、とりわけ朱子学が幕府の官学となり、その精神は庶民に至るまで大事な道徳規範でもあった。伝統的に日本でも文化や慣習になじんでいる。宗教意識はほぼ希薄で、むしろ教養や哲学としてであろう。
今回の訴訟の対象は那覇市内の公園に二〇一三年にできた孔子廟だ。市の敷地を一般社団法人「久米崇聖会」に無償提供していたことを問題視する市民が起こした訴訟で、憲法の政教分離に反するかどうかが争われた。
当時の翁長雄志市長(故人)が「体験学習施設」として届け出を受け、使用料の全面免除を認めていた。訴訟でも市側は「沖縄の歴史、文化を伝える施設で宗教性はない」と反論したが、一審・二審は「違憲」。最高裁も「宗教性がある。観光資源や歴史的価値により、ただちに土地の無償提供の必要性が裏付けられない」などと述べ、違憲判断を下した。
「久米崇聖会」は十四世紀以降に中国から渡来した人の子孫によって運営される。正会員が限定され、孔子を祭る特別な行事などに着目した判決だった。だが、大部分が無料公開され、儒教や地域の歴史に関する教養講座が一般の人向けに開かれてもいる。
「論語」は長く日本でも愛されてきた。全国各地にも孔子廟があり、その運営にも影響を与えかねない。例えば東京都文京区にある「湯島聖堂」は土地建物とも国の所有で、国の史跡でもある。運営団体が孔子祭も行う。
栃木県足利市の「足利学校」には日本最古の孔子廟があるが、所有は足利市、運営は同市教育委員会である。市民団体が孔子を祭る儀式も行うが、観光や歴史文化を知る目的だという。
もっとも判決には「宗教の普及活動はうかがえない」「政教分離規定の外延を過度に拡張する」などと反対意見も付いた。社会通念に照らし妥当な判決なのか議論を呼ぼう。日本の歴史に根付いた文化活動の萎縮につながるなら、なお残念だ。
追記 塚田氏の解説記事
解説 塚田穂高氏(上越教育大学大学院助教)
公有地の「宗教」施設 確認必要
最高裁が戦後、政教分離関連で違憲判断をくだすのは……(略)3例目である。よって、「歴史的出来事」ではある。……「宗教」に対する公平性を考えるならば、妥当と言わざるをえない(ここでは原告側の訴訟動機等については省略する)。
本判決の注目点の一つは、「儒教は宗教か」をめぐってである。結論的には、この問いそのものには明確に答えず、孔子廟が「外観等に照らして」「社寺との類似性」があり、そこで行われている儀礼に「宗教的意義」があるとした。他方、2018年4月の地裁差戻し審判決では、廟を設置する一般社団法人を憲法20条1項・89条の「宗教団体」「宗教上の組織」に該当するものとしていたが、最高裁では同条項については「違反するか否かについて判断するまでもな」いとした。……「氏子集団」という「宗教団体」に特別な便益を提供していると認定し違憲判断した空知太神社訴訟と比べると、異なる理路を選んだこととなる。
その帰結として、もう一つの注目点である「国・自治体の宗教的活動とは何か」が前景化する。「宗教団体」かどうかはともかく、そういう宗教的な儀礼が行われている宗教的に見える施設に公有地を無償提供していること自体が、「一般人の目から見て」「社会通念に照らして総合的に判断すると」「限度を超える」、20条3項の「(自治体による)宗教的活動」に当たるため違憲だとしたのだ。
これらの点を総合すると、当該団体が「宗教団体」「宗教法人」かは問われず、「社会通念に照らして総合的に判断」される20条3項の国・自治体が忌避すべき「宗教的活動」の外延が広げられた、ハードルが低くなったような印象を持たざるを得ない。
では、本判決の影響はどうか。空知太神社訴訟の際には、全国に数千件も類似事例があるとも言われ、各地への波及の懸念が見られた……・やはり、公有地上の「宗教」施設に対する重要判例が積み重ねられたと見るべきだ。(略)
宗教界、特に仏教界も各寺院であらためて境内地等が公有地にかかっていないか確認しておきたい(そういうケースはある)……(後略)
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