アフリカの村に経済インフラを通す事業の投資家が、村に冷蔵庫を置いたのが一番効いた、それで取りすぎた魚を「貯蓄」できるようになり、近隣の村に売れるようになり、その取引のための通信と金融の需要が自然に生まれていった、と言っていた。めちゃくちゃ経済学だ。
— Kohei Kawaguch-i-Sunada (@mixingale) October 16, 2025
これ冷「凍」庫だな。
— Kohei Kawaguch-i-Sunada (@mixingale) 2025年10月16日
有名論文なJensen 2007だと冷蔵庫がないので携帯電話が使えるようになるとその日高く売れる港に行くようになって一物一価になるって話でしたね笑
— J.YAMASAKI (@J_YAMASAKI) 2025年10月16日
まずはDIY電力ですかね。https://t.co/pAU0ep6DYd
— uncorrelated (@uncorrelated) 2025年10月16日
…という真面目な議論に一陣の風!!!
たとえばこのXポストひとつで「異世界なろうファンタジー」の構想が一つ生まれるんじゃないでしょうかね。
— Gryphon(INVISIBLE暫定的再起動 m-dojo) (@gryphonjapan) 2025年10月16日
「氷魔法属性だけのダメ魔法使いが、海沿いの田舎国を10年で最強国にした件」みたいな(笑)
(しかし、こういう話はどうせ既にある。書いてる人達勉強家だからな)https://t.co/hTrDipJANi
なんかAIのお絵描きを使ってみるか

というか、これ俺個人の話なんですけど、
「異世界ファンタジー」で真っ先に思い浮かべる、というかそれのみをほぼ愛好してると言ってもいいんだけど、
現実の社会や経済や科学の発展を、「魔法」とか「異世界」という世界に仮託して分かりやすく描いた作品がメイン的な感覚なのね。これは俺個人の好み。
つまり
「まおゆう」
や
「ドリフターズ」
のようなジャンル。
そう、自覚したのが2013年で、10年以上経過しても意識がアップデートされてない、とブログを書いてるとわかるな(笑)
「内政チート」って言葉があったの思い出した。
m-dojo.hatenadiary.com
いま、メジャーで連載されているのは「魔法」はなく、未来に行き過ぎると災害か戦争かで文明が「逆戻り」しているという、これまたお馴染みな設定だが「望郷太郎」がピカ一なわけです。「オルクセン王国史」も
というかもともと、そういうものなんじゃい、ですよね。
産業革命とかで先んじた国、”文明人”が「未開」を「啓蒙」「開発」していく高揚感を、架空の異世界に置き換えていく物語が「アーサー王宮廷のヤンキー」から始まる一連の系譜となる。
m-dojo.hatenadiary.com
ま、そんな言うまでもない話を、たった一つのXポストから連想しました、というメモでしたー。
しかし、先回りで補足
「じゃあそういうのお前が書けばいいだろ」という声があるだろーが、それには
「心にキャンベル編集長を」と書いておく。
まあ、この人も兼実作者ではあるけど。再掲載しておきます。
あと、一般的な話なんだが…(略)…小説をかく根気や能力がない人間が、自分が思いついたり長年熱望している「●●という設定の作品を観たい!」というアイデアだけ放り出して、あとはどこかからその実作が生まれるのを待つ、というのがもっとあっていいと思う。
m-dojo.hatenadiary.com
m-dojo.hatenadiary.com
m-dojo.hatenadiary.com
m-dojo.hatenadiary.comむかしは、有望な金の卵を抱えている編集者しかそれができなかったんだが、今はネット、SNSによって誰でもできるようになった_____小説をネットでだれでも万人向けに発表できるように。
なら活用したほうがいい。
あれ?自分、それを以前からここでやってたな(笑)
m-dojo.hatenadiary.com
かつての編集者はどうやってたか、の実例
作品が売れるようになってほぼ3年経っていたが、しかし私はまだなにか飛びぬけた事をなしたわけではなかった。
しかし、1941年3月17日、私がキャンベルのオフィスを訪れた時、彼は私にラルフ・ウォルドー・エマーソンの"Nature"と題された初期の随筆からの次の引用を読んで聞かせたのだ。
「もし千年のうちの一夜にしか星々が現れないならば、神の都市の記憶をいかにして人々は信じ、崇め、そして世代を超えて伝えていけるだろうか」
キャンベルは言った、「エマーソンは間違っていると思う。もし星が千年に一夜現れたなら、人は狂ってしまうだろう。これについての物語を書いてほしい。タイトルは「夜来る」("Nightfall")だ」。
重要なSF史家であるアレクシー・パンシンは、他の誰でもない私にキャンベルはその物語を書いてもらいたかったのは間違いないとしている。私は違うと思う。キャンベルは自分の子飼いの書ける作家("his reliables")のうちの誰かがやってくるのを待っていただけで、それがたまたま私だっただけなのだろうと思う。ならば、私にとってはなんて幸運だったのだろう。それはレスター・デル・レイやテッド・スタージョン*3だったかもしれず、私は一生の機会を失っていたかもしれないのだ。
「夜来る」を私は他の作品とまったく同様に執筆し、4月にキャンベルへ売って、それはASFの1941年9月号に掲載された。
私にとって、それはただの普通の一作品にすぎなかった。しかしはるかに優れた批評家であるキャンベルは、それを普通の作品とはみなさなかった。彼は初めて私にボーナスを支払うことにして、私に通常の一語一セントではなく一語一セントと四分の一の小切手を送ってきた*4。(彼はこの事を私に教えてくれなかったので、私は考え込み、そして私の父から教え込まれた厳しい倫理規範に従って、私は彼に払い過ぎていると電話をした。キャンベルはとても面白がった。少なすぎるという苦情に彼は慣れていたが、払いすぎだという苦情を受けたのはその時が初めてだったのだ。もちろん、彼はボーナスのことを説明してくれた。)
彼はまた、私を表紙にした。これは私がASFの表紙になった初めての時だった。そして雑誌の最初に掲載されたのだ。
その物語、「夜来る」、はそれ以来、古典とみなされるようになった。




