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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

家康が秀頼に寛容なのは実の子(不義の子)ゆえで、だから秀頼も意地で抗戦した…という見立てがある(山岡荘八?)

「どうする家康」で、大坂の陣が描かれました(放送の回は二条城会見や「国家安康」事件、来週が戦闘か)。

配信中ですね。

どうする家康(45)二人のプリンス
11/26(日) 午後8:00-午後8:45
配信期限 :12/3(日) 午後8:44 まで


関ヶ原で敗れ、牢人となった武士が豊臣のもとに集結していた。憂慮した家康(松本潤)は、秀頼(作間龍斗)を二条城に呼び、豊臣が徳川に従うことを認めさせようとする。しかし、初めて世間に姿を見せた秀頼の麗しさに人々は熱狂。脅威を感じた家康は、秀忠(森崎ウィン)の世に憂いを残さぬためにも、自らの手で豊臣との問題を解決しようとする。そんな中、豊臣が大仏を再建した方広寺の鐘に刻まれた文言が、大きな火種になる!
https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2023112602093


さて、そもそも大坂の陣の…史実方面でも、この「物語」方面でもいいけど、いろんな書き方がある。
特に大きいのは「家康および徳川家は秀頼…豊臣家を、けっきょく滅ぼしたかったのか?」という点である。
案外、わかるようでわからない。

というのは、織田家も結局、秀吉はさすがに滅ぼさず、例の三法師が成人したらちゃんと織田家を大名として遇した(こいつが「どうする家康」でも描かれた、東軍による岐阜城攻略の時の岐阜城の守将、つまり敗軍の将である…この岐阜陥落は、ある意味で歴史を変えた)。兄ちゃんの織田信雄も、北条滅亡後に領地替えを嫌がったら改易されたけど、かなりの領土を持つ大名であった。

こんな感じで、一名家として遇されていたのでは?大阪城を手放さず、浪人たちを大量に召し抱えるなど「野望」を持ったから、目をつけられて滅亡に至ったのではないか?と(もともと日本国の統治権は豊臣のものではないか!というのもわかるが、あくまで徳川方から見て…)


司馬遼太郎なんかは、家康を「豊臣絶対滅ぼすマン」として描いていたはずだけど…。

だいたい、その線にそってみなもと太郎も描いた。

みなもと太郎の家康は秀頼に恐怖する

だけれども、
案外、史実的な資料にも準拠しつつ「最後まで家康は、秀頼を助けたがっていたのではないか?」とする見方も結構ある。

それを伝奇的な「家康は関ヶ原で暗殺され、そこから別人になった。その別人が戦争を防ぎ、豊臣と共存しようとする…」と描写したのが「影武者徳川家康」なわけですね。


だが、ここで紹介したいのはまた別の作品。
それは山岡荘八原作・横山光輝画の「伊達政宗」です。どこまで原作に忠実かはわからないんですが。

伊達政宗なのに、秀頼がどうのこうのって話が載ってるの?載ってるんです、だって政宗大坂冬の陣・夏の陣とも出陣し、実際に最前線に立っている。そして「娘婿」である家康の息子、秀忠の弟たる松平忠輝の後見人でもあったし。

だから大坂夏の陣が描かれる。
そして家康は、それほど積極的に大坂を攻めたいわけではなく、和平の道は無いか、秀頼を救う道は無いかと模索し続ける。
それは、山岡荘八がそもそも家康をかなり美化して描くパイオニアのひとりだったからだろうか?
そうかもしれないが、それだけではない。少なくとも横山が漫画にした「伊達政宗」では、そこからなんとも奇想天外?というかおどろおどろしいというか……

政宗の娘婿にして家康の息子…つまり松平忠輝は、兄で将軍の秀忠とともに、このいくさにどうも血気がはやりすぎる。
それは若くて戦場経験の少ない若者の気負い、兄弟同士の競争心かと思われていたが……

実は秀頼は家康の息子ゆえに、家康は穏健だった?(横山光輝伊達政宗」)
秀頼は家康の息子、と疑われている(伊達政宗


そ、そして…当の豊臣秀頼も、それを疑い……疑うがゆえに、家康の”助命”提案を受け入れるわけにはいかない。
それぐらいなら、父親たる太閤秀吉の残した大坂城を、わが墓所として散ろう、とそのような妄執ともいえる覚悟をしているのだ。

おまけに、ここで語られる疑念は
シンプルすぎるといえば言えるが、
たしかに、その分ストレートに疑問の起点となし得る。

秀頼は家康の子か?との疑惑(伊達政宗


この話が、学問的にも俎上にのぼっていることは、以前も記した通り。
m-dojo.hatenadiary.com
m-dojo.hatenadiary.com
togetter.com

第十一章 秀頼の父
 一 疑い
 二 豊臣鶴松の場合
 三 拾(豊臣秀頼)の誕生
 補論一 秀吉実子説がある朝覚、石松丸、
       および養子金吾(小早川秀秋)らについて
 補論二 軍陣と側室 - 茶々の行動と名護屋


だからこそ、家康の慈悲にすがって一命をながらえたら、ああやっぱり…となる。

秀頼は家康の息子か?

山岡荘八原作・横山光輝画の「伊達政宗」は、政宗イスパニアの力を借りて天下取りを本気で目指そうとしているとかの描写もあり、やっぱり奔放な想像力に満ちた作品だと思う。だから、「秀頼は実は家康の息子」という”噂”があったか?なんて部分も、特に根拠はねーよ、小説家のおもしろおかしい想像だよ……というだけの話かもしれない。
いや、そうだろうと思うんだけどね。
ただ、なんかびっくりするようなそんな奇想を、もっと正統派の話だろうと思って読んでいた山岡荘八原作の横山漫画を見ていたら突然浴びせられた…という過去の経験を、「どうする家康」大坂の陣の回で思い出したので、皆さんとシェア。