追記、竹宮惠子さんの #少年の名はジルベール と #扉はひらくいくたびも も読んだが、竹宮さんは今でも自分を語るために "大泉サロン"や"萩尾望都"というブランドを必要としているのを感じた。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) April 27, 2021
竹宮さんはおそらく、出会った当初は萩尾さんを下に見ていたのではないだろうか。それがみるみる頭角を表し「抜かれた」と感じたことで、身の内に厄介な修羅が宿ってしまったのでは。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
そのあたりの心理は、二人と親しかった山岸凉子作品に沢山描かれている、あの感じではないかとも思う。『スピンクス』や『木花佐久夜毘売』を始め、多くの作品に置いて行かれたり抜かれていく側の「嫉妬」が描かれている、あの感じである。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
対比しないで欲しいという萩尾さんの望みとは裏腹に、トキワ荘でもこれによく似た出来事が起きている。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
手塚治虫が身の内に引き寄せた"東北の天才少年"が「石森章太郎」として成長し、マンガの、特にコマ割りをどんどん改革して行った、あの時期に手塚さんも同じような修羅を抱えていた。https://t.co/bxaFUjF1sG
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
この顛末は、深夜に手塚治虫が石森章太郎の部屋を訪れ「どうかしていた」と直接謝罪したことで、保坂さんが言う意味での解釈がなされ、過去のことにはなったとは思う。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
しかし双方に深い傷が残り、それは萩尾さんと同様に石森章太郎側に深かったのを感じる。
それは、手塚さんや竹宮さんの傷が、自分の修羅に対する「失望」に留まっているのとは対照的に、石森さんや萩尾さんは自分が創作の拠点としていた"楽園"を追放されたという、芸術家生命に関わる「深い喪失感」を負ったからだ、と感じる。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
失ったものの大きさがまったく違うのだ、と思う。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
このツイート、途中で拙ブログの過去記事にリンクを貼っていただいた。その縁で遡って、読むことができた。
その記事とはこれだったが、これはドラマ放送に絡めての再紹介で、
m-dojo.hatenadiary.com
メインの内容はそこから飛んでいるこちらになる。
作品内容は、その記事を読んでもらうとして…この、「石ノ森先生から見た手塚治虫」を描いた短編が、石ノ森生誕80年を記念して最近、新しい本に収録された、ということをあらためてお伝えする。
石ノ森章太郎 の物語 [ 生誕80周年 - 石ノ森自身が描いた15の自伝的ストーリー 漫画作品集 - ] (SAN-EI MOOK)
- 作者:石ノ森 章太郎
- 発売日: 2018/08/06
- メディア: ムック
213… 風のように……背を走り過ぎた虫 『 ビッグコミックスピリッツ 』 小学館 1989年 8月 14日号・8月 21日号
(略)石ノ森章太郎は1954年のデビューから1998年60歳までの44年間に及ぶ作家生活の中で770もの作品を描いている。
石ノ森章太郎が巨匠と言われるのは「仮面ライダー」「サイボーグ009」などのヒーローものから「佐武と市捕物控」といった時代劇、「HOTEL」のような現代劇などあらゆるジャンルを手掛け、どの分野でもヒット作を持っているから。そんな石ノ森章太の膨大な作品群の中から、著者自身が登場した作品をセレクトしたのが本書『石ノ森章太郎の物語」。
トキワ荘での生活を描いた「トキワ荘のチャルメラ」や姉、由恵との思い出を描いた「青いマン華鏡」、息子たちとの夏休みを綴った「小川のメダカ」、手塚治虫とのエピソードなど、各作品を386ページにわたり紹介しています。石ノ森章太郎のファンだけでなく、新しく石ノ森章太郎作品を知った読者にぜひ手にとってもらいたい永久保存版の1冊となります。
【追記】その前の、@kieteki氏の竹宮・萩尾論
あ、そうそう、冒頭に紹介したスレッドだが、最初のツイートに「追記」とあることに気づいた。そのひとつ前にも、同書を論じたツイート群があったのだ。
萩尾さんの作品に『銀の三角』という素晴らしいファンタジーがある。 #一度きりの大泉の話 を読み終えてこの本と『銀の三角』は深くつながっているのではないか、と感じた。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月26日
6年に一度の朝を迎える惑星『銀の三角』。そこに住む民人は長い金虹彩の瞳を持ち、近未来を予言する音楽を奏でることができた。だが、彼等は特殊な能力を持つがゆえに、星系の惑星戦争に巻き込まれ、星系の消滅と共に絶滅したと伝えられていた。しかし、それから3万年後、絶滅したはずの銀の三角人がなぜか再び姿を現す——。過去から未来へと時間移動の能力を持つ時空人・マーリーの遙かなる時空をめぐる謎解きの旅が始まる。
#一度きりの大泉の話 の中で、マネージャーの城さんが「覆水盆にかえらず」と言われたその事が、萩尾さんにとってどういう事なのか『銀の三角』が示しているのではないか。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月26日
『銀の三角』は、観念的で難解だったけれど、何度も何度も読み返していたら....ある日突然「わかった...!」その瞬間、別次元のとびらが開いたような気がした。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月26日
『銀の三角』に描かれているのは、繰り返し虐待された子供の「最後に放った絶望の声」によって、宇宙の秩序が根底から乱されている世界。そして、その瞬間は永遠に繰り返されている。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月26日
作家の保坂和志さんがPTSDについてベルクソンに触れながら「無意識の中では時間は流れていない。過去は遠ざからない」と言っていたのも #一度きりの大泉の話 や『銀の三角』と響き合うような気がする。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
保坂和志さんはさらに「現在は解釈されるから現在になる。解釈できないものは現在ですらない。それはただの衝撃みたいなものだから、自分の経験の中に入って行かない」
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
保坂「今が分かっているという事は、一度しまわれた状態、心を通過している状態。心という線が(外界との境界線として)あったとして、そこで解釈を得たから心に入る」
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
保坂「PTSDの状態では解釈が成り立たないから、その人にとっては情景や光景にもなっていない。ただの衝撃で「えっ」っていう状態」
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
萩尾さんが #一度きりの大泉の話 の中で、精霊狩りシリーズが中断したのは、あの中にあの二人をモデルにした人物が居て書けなくなったから、と書かれていたが、その箇所に一番痛切なものを感じた。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
精霊狩りの精霊たちのコミュニティは、和やかで賑やかで楽しげな様子が楽園の様だった。それは、実家に居場所がなかった萩尾さんがのびのびと自分で居られる場として、あの場を愛していた事の証のように思える。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
あの夜、萩尾さんはその場を追放され、その後も近づくなという矢を放たれ続けた事がわかる。竹宮さんが自分を守るのに必死だったにしても、精神的な暴力を振るった事実は残る。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
『銀の三角』では、たった一人の暴力が世界を崩壊させていく。永い永い時間の中で、その乱れを取り去るために結び目を解いてみたら、パントーという存在も消えてしまった、という衝撃的な結末。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
ここでまた保坂和志さんの言葉に戻るが「過去はいろんな風になり得たものの原型なんだ」という意味で、大泉には色んな可能性があった。しかし城さんの言葉通り「覆水盆に返らず」
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
パントーの魂を鎮めつつも、その痛みを消そうとすると、その存在そのものも消え去っていく。#一度きりの大泉の話 によって、我々はパントーの悲しみにふれ、悲しみの結び目はとかれ、そして大泉はこの本の中だけに魂の痕跡を残し、萩尾さんの宇宙からは消え去ったのだ、と思った。
— KIE=UNDERCOVER (@kieteki) 2021年4月27日
352ページ、12万字書き下ろし。未発表スケッチ多数収録。
出会いと別れの“大泉時代"を、現在の心境もこめて綴った70年代回想録。「ちょっと暗めの部分もあるお話 ―― 日記というか記録です。
人生にはいろんな出会いがあります。
これは私の出会った方との交友が失われた人間関係失敗談です」
――私は一切を忘れて考えないようにしてきました。考えると苦しいし、眠れず食べられず目が見えず、体調不良になるからです。忘れれば呼吸ができました。体を動かし仕事もできました。前に進めました。
これはプライベートなことなので、いろいろ聞かれたくなくて、私は田舎に引っ越した本当の理由については、編集者に対しても、友人に対しても、誰に対しても、ずっと沈黙をしてきました。ただ忘れてコツコツと仕事を続けました。そして年月が過ぎました。静かに過ぎるはずでした。
しかし今回は、その当時の大泉のこと、ずっと沈黙していた理由や、お別れした経緯などを初めてお話しようと思います。
(「前書き」より)――お話をずっと考えていると、深い海の底から、または宇宙の星々の向こうからこういうものが突然落ちてくることがある。落ちてこない時はただ苦しいだけだけど、でも、それがふっと目の前に現れる時、宝物を発見した、という気持ちになります。自分が見つけたというより、エーリクが見つけてくれた、そういう気分になります。
そしてこの言葉を見つけたことで、『トーマの心臓』を描いて本当に良かったと思いました。
(「17『ポーの一族』第1巻 1974年」より)――今回、この筆記を書くに当たって、封印していた冷凍庫の鍵を探し出して、開けて、記憶を解氷いたしましたが、その間は睡眠がうまく取れず、体調が思わしくありませんでした。
なので、執筆が終わりましたら、もう一度この記憶は永久凍土に封じ込めるつもりです。
埋めた過去を掘り起こすことが、もう、ありませんように。
(「29 お付き合いがありません」より)【目次】(※一部)
●前書き
●出会いのこと ― 1969年~1970年
●大泉の始まり ― 1970年10月
●1972年『ポーの一族』
●下井草の話 1972年末~1973年4月末頃
●『小鳥の巣』を描く 1973年2月~3月
●緑深い田舎
●引っ越し当日 1973年5月末頃
●田舎と英国 1973年
●帰国 1974年
●『トーマの心臓』連載 1974年
●『ポーの一族』第1巻 1974年
●オリジナルであろうと、原作ものであろうと
●排他的独占愛
●鐘を鳴らす人
●BLの時代
●それから時が過ぎる 1974年~2017年
●お付き合いがありません
●あとがき(静かに暮らすために)【特別掲載1】「萩尾望都が萩尾望都であるために」(文・マネージャー 城章子)
【特別掲載2】 萩尾望都が1970年代に描き溜めた未発表スケッチ
【特別掲載3】 マンガ『ハワードさんの新聞広告』31ページ
ご注意】
※お使いの端末によっては、一部読みづらい場合がございます。お手持ちの端末で立ち読みファイルをご確認いただくことをお勧めします。竹宮惠子の大ヒット自伝が、ついに文庫化!
★文中に多々登場する竹宮作品、書籍執筆時に著者が本当は入れたかった作品の中身(コミック立ち読みファイル)を、主だった12作品・計130頁の参考画像集として電子版だけに収録。
石ノ森章太郎先生に憧れた郷里・徳島での少女時代。
高校時代にマンガ家デビューし、
上京した時に待っていた、出版社からの「缶詰」という極限状況。のちに「大泉サロン」と呼ばれる東京都練馬区大泉のアパートで
「少女マンガで革命を起こす!」と仲間と語り合った日々。当時、まだタブー視されていた少年同士の恋愛を見事に描ききり、
現在のBL(ボーイズ・ラブ)の礎を築く大ヒット作品『風と木の詩』執筆秘話。そして現在、教育者として、
学生たちに教えている、クリエイターが大切にすべきこととは。1970年代に『ファラオの墓』『地球(テラ)へ…』など
ベストセラーを連発して、
少女マンガの黎明期を第一線のマンガ家として駆け抜けた竹宮惠子が、
「創作するということ」を余すことなく語った必読自伝。漫画ファンはもちろん、そうではない読者からも
感動の声が続々と寄せられ、
朝日、読売、毎日など各紙書評や
各種SNSで大反響だった単行本が、ついに文庫化。カラーイラスト増ページ、「文庫刊行によせて」を収録。