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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

戦後の田舎で本を読む、ということ〜矢口高雄「ボクの手塚治虫」(現在kindle読み放題)、本題前の冒頭部から感動的で困る…


togetter.com

この前、上のツイートとまとめがネットでバズって「矢口高雄の各種作品がいま、キンドル読み放題になっている」と広く知られる事となりました。

先立つ6月にこんな紹介記事を書いた自分も嬉しく、合わせて読んでもらえれば幸い。
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www.amazon.co.jp

だが・・・・・・・今回このAmazonキンドル読み放題・矢口高雄目録を見ていて「これが読み放題に入ってるのか!!ウッヒョ〜〜〜〜てえへんだあ、てえへんだあ!!」と三平っぽく驚いた作品があったのです。

その筆頭、1丁目1番地に挙げられるのはこれだっ!!

ボクの手塚治虫

ボクの手塚治虫


ちなみに自分は文庫も持ってるぞ


前にも書いたことがあるけど、何が面白いかというとここ。

…そもそも1939年生まれの矢口高雄は、自伝漫画の先駆者とは言わないが、自分の履歴がそのまま漫画コンテンツになると自覚し、本当に作品にするという点では、かなり本格的な人だし、少年期、思春期、青年期などそれぞれの生涯を描き、非常に優れた「昭和の地方で生まれ育った人の記録」となっている。
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そう、複数のシリーズに分かれて、矢口高雄は自分の自伝サーガを紡いだ(漫画のほかに文章も多数)。この続編、銀行員時代を描く「9で割れ!」もめちゃくちゃ面白いんだが(実はこれも現在キンドル読み放題!)
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その原点として、やはり「ボクの手塚治虫」を読んでもらわなければならない。


それでは内容を紹介しよう・・・・・・・・
と書いたところで、ここからは失敗報告をせねばならない。手塚治虫がまだ登場しない、ほんの冒頭のプロローグ部分ですらあまりに語ることが多く、全体の紹介は今回は行えないのだ!!正直スマン。
だが、ホントにしかたないのだよ!!


何を、そんなに冒頭部分で紹介せねばならぬか。
それは戦前生まれの矢口高雄が、そしてその親が「マンガ」というか「本」「物語」に触れ、読み、楽しむためにどれほど苦労をしなければならなかったか、という、本当に読むだけで涙溢れる物語なのである。

その直接的な原因は戦争の惨禍であり、まだ打破されていなかった旧体制の非能率や搾取や不平等であり、またまだまだエネルギー革命も技術革命もいまだしだった、絶対的な遅れや貧しさゆえでもある。
その苦しみという点で、あえて「順位」をつけるなら、戦争の死や負傷、労働そのものの苦しみ、飢えや病気…のほうが、本や物語のための苦労よりは大きかったのかもしれない。

だが、それでもなお、矢口高雄本人も、それらの不足以上に、物語、本を求める欲求を鮮明に覚え、描いた。
だからこそ、飽食の世でも、別のところで共感のセンサーを大きく振るわせることができるのだと思う。
以下、仕切り直しで、当時の日本の田舎での「物語不足」の状況を見てもらおう。

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矢口高雄「ボクの手塚治虫」より 学問否定の村、新聞すらない…

新聞、雑誌なしの村。「学校が炭の焼き方教えてくれるのか?理屈こねる怠け者が生まれるだけだ」
これ、結晶化していけば、言葉の正しい意味での「反知性主義」になり得たかもしれないのだが、結局反知性主義を、少なくともイデオロギーとして構築するためには教養がいるのだ(笑)


しかし、そんな環境であっても
何割かの人は、知を欲す。物語を求める。

ここからが本当に、涙なしではいられない。
冒頭に出てくる「西遊記」のなぞがあかされるのだ・・・・・・・・・

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矢口高雄「ボクの手塚治虫」より お母さんの教養と知への欲求が矢口高雄を生んだ!!

『昔のこったから、尋常小学校6年しか出てないけど… おら 子どものころから小説読むのが好きでなァ… ところがこの家さ嫁いできたとたん、何も読む物がなくて…仕方ねぇから里帰りするたびに…』

もう、涙、涙。
これは、上に書いたような知や教養の物語、啓蒙主義かもしれないけど、むしろ近いのは、「オタク」の物語でもある。
教室のスクールカーストで、マンガや小説などの「物語」に熱中している層が「オタク」として阻害されたり、序列の下とみなされる・・・・・というのがどれぐらいひどいものか、今も続いているのかはわかんないけど、少なくとも秋田の、新聞を取っているものが一戸もない農村、「学問は怠け者を作るだけだ」の価値観が蔓延している村に嫁に来た女性が「本を、小説を読みたい!」と思いつつ、周囲から白い目で見られそうで、あるいは面と向かって叱責されそうで言い出せない肩身の狭さは、やや同種にして、激しさは何十倍であろう。

、農作業と家事の傍ら、それでも本が、小説が読みたい…と実家から冊子を持ってきて、疲れ切って少しでも休みたいであろう寝床で、こっそりとページを繰り続ける。
「布団に入っちまえばこっちのもの」。その小さなスペースは、ブラック企業より息苦しい、農家の舅姑の監視を離れた、自由な精神の王国だったのだ。
(実際、矢口高雄のじいさま、つまりお母さんの義父は、描かれる姿は釣りキチ三平の一平じいさんと全く同じ姿なのに、とんでもないブラック企業(ブラック農家)精神に満ち満ちていてすばらしい。熱射病は病気のうちに入らん、というのは初歩の初歩。詳しくはこの作品の中盤参照)
というか、この環境を、われと我が身に置き換えて、
その思いはどうだろうか、と感じてほしい。
彼女は「尋常小学校6年しか出ていない」と謙遜するが、その精神は、どこに出しても恥ずかしくない、第0世代オタクだ(褒めてるのか、それ?)

そして、彼女はその本の物語を、息子に読み聞かせてあげはじめる。
それが、自然と人間を描く名作で、少年マガジンほかの読者を熱狂させた「矢口高雄」への、確かな一歩だった・・・・・・・


というか、物語の魔力に捕まった人間の症状なんて、だいたいどこも変わりない。

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子どもたちを集めて物語を語る矢口高雄 ボクの手塚治虫

自分の好きな作品を、周りに大いに語る。それもたぶん早口でだ(笑)

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矢口高雄「ボクの手塚治虫」より 描き始める

ほうら、描き始めた。二次創作しはじめた。だが・・・・・・・・

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矢口高雄「ボクの手塚治虫」より 横顔は書けても正面顔が・・・

この「横顔は描けても正面顔は描けない」を、世の同人漫画家はどう乗り越えているのだろう。自分は白ハゲだから正面もヨコも自由自在だ。鼻なんか描くな(笑)


・・・・・・・・・・・・・・そして、そんなマンガ熱に浮かされた矢口高雄に、お母さんは…

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矢口高雄「ボクの手塚治虫」より 学習雑誌を母親が買ってくれる

泣くしかない。
今の雑誌1冊とは、重みが違うのだ。何しろ、冒頭に書いたとおりの村で、「毎月雑誌を買ってもらったのは、クラス内で僕だけでした」というありさまなのだ。まず入手だけで、街に出かけなければならない。
それを…小学館の学習雑誌購入を、母親は本当に6年間続けてくれたという。
そして小学館のその雑誌を読んで育った矢口は、後年ライバル会社の講談社を大儲けさせることになるわけだが(笑)


そして、この次の次のページでは昭和22年。いよいよ、一冊の本が、大阪の街から日本を震撼させる。

酒井七馬原作、そして奇妙なペンネームの新人・手塚治虫が絵を描いた「新宝島」。

新宝島

新宝島


サカナクション / 新宝島 -New Album「834.194」(6/19 release)-

次と その次と
その次と線を引き続けた
次の 目的地を 目的地を描くんだ 宝島
このまま君を連れて行くと……


しかし、その激震が、雪深き秋田の農村に伝わるまでには、なおしばらくの時間を要する・・・・

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矢口高雄「ボクの手塚治虫」 「新宝島」を読むには、まだ時間がかかった

・・・・・・・・というところで、ほんの十数ページの冒頭部分はおしまい!!


ここから少年・矢口高雄の、鮮烈な「わが手塚治虫体験」があり、
秋田の農村でその漫画家の作品を買うための大変な苦労があり、
さらには熱狂が高じて・・・・・・・と続く(というか本題に入る)のだが、それは後日にて。今回は本題前の「かつての日本の、田舎で本を読む苦労」に集中させてもらった。

(プロローグ・完)

追記 その後、全体的なこの本の紹介記事が完成。

この記事の、続編です
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まんが道」から「ブラックジャック創作秘話」までのミッシングリンク…すでに「手塚治虫もの」は1ジャンル!!みなでリンクを合体させていけ!!

ほっておくと、togetterでは1カ月1本以上のペースで手塚治虫ネタ(プラストキワ荘ネタ)がバズる。
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売れるから企画が続く、それは当然ではある。ではこれらを材料に、うまくつないで「歴史」を描きなさい。

ボクの手塚治虫せんせい

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紙の砦

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治虫の国のアリス (TCコミックス)

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