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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「出稼ぎは天国、命の洗濯じゃ!」…矢口高雄が田舎の本音を描く「おらが村」は、ニッポン60年の「答え合わせ」(キンドル読み放題収録)

さまざまな経過あって、(タブレットとしての)キンドルを使い始め「キンドル Unlimited」という中二病くさいサービスも利用している(お試し期間中)。
www.amazon.co.jp

ところがまだ、タブレットの操作を使いこなせず、まもなく1カ月でサービス止めようか続けようか…というときに、どこかで「矢口高雄の旧作が アンリミテッドに入ってるよ」と聞いたのでした。
自分、なんと検索窓に「unlimited コミック」みたいなやりかたでしか探してなくて、そこに行きつかなかったのである。

結果

ヤマケイ文庫 マタギ

ヤマケイ文庫 マタギ

ヤマケイ文庫 おらが村

ヤマケイ文庫 おらが村

などが読めることが判明したのでした。

マタギ」は、日本のエンタメに脈々と行きつくマタギ幻想(ある意味、ハリウッド映画などで皮肉られる、異様なまでの超人的能力を持ちつつ脇役な「マジカル・二グロ」ならぬ「マジカル・マタギ」)を描いていてこれも面白いが、そのあと読んだ「おらが村」は、なお衝撃的でした。


釣りキチ三平」ではあまり描かれぬ、きれいごとでない雪国農村の話

矢口高雄はもともと、自然体験をもとにかいたフィクションものと、元祖エッセイ漫画ともいえる、自伝的作品の両方を書いてきたひとでした。
そして後者を読むと、半分あまずっぱい回顧と「そんな苦労に耐えた俺達だぜドヤアアア」でコーティングしつつも、やっぱり雪国の田舎相応の、厳しいあれやこれやは伝わってきていた。
嫁は働いて働いて、それが当然的な意識とかね…


自分は、矢口漫画のそれを、ある程度知った上で読んだ上で、「こりゃあ相当だな」と思ったぐらいだから、
何も予備知識なく読むとどうなんだろうな・・・・・・・・・・・


しかも、主人公的な一家は、村の村会議員を務め(しかも革新系!!)その家長はものしりで知られる、一応は亜インテリ、的な存在だ。いつも妻は「わけのわからないことをいっておらをけむに巻こうとしてる」というぐらいだ。村人も彼が「医学的見地」という単語を口にしたら「俺らは逆立ちしてもそんな言葉は出てこない」と感心するような……


しかしだ、そんな中でも
・まず夫と妻は悪態を付きあい、愛してる的な言葉はひとこともいわない
・息子がバイクの「運転免許試験」に落ちただけで「村会議員の長男が落ちたなんてさだけねえ(世間に対して立場が無い)」
・「村会議員さまが「1級酒」じゃなくて「2級酒」を飲むなんてみっともない」と気にする
・そんな議会の出張や視察は酒と女性がつきもの。それも「付き合い」。
・妻が風邪を引いたら、学校の寄宿舎にいる娘を呼び出して看病してもらう。自分で看るなんてのは考えもつかない。
・それでも「学校に行くと小理屈ばっかりうまくなっていいことなんてひとつもねぇ」
・29歳の長男には嫁を貰うのが当然、と両親はやきもきするが、いざ実際に縁談の話がくると母親が「家の格のつり合う話を盛ってくるのがジョーシキだべ」から「三十の売れ残り」「年上」「出戻り」etc…と難癖
・当の長男は、偶然出会った隣村の女性と愛し合うが、両方が跡取りなのでフツーに別れる。作者のところには抗議と恋愛成就を求める手紙が殺到したが、作者は「この村だから」という理由で黙殺

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矢口高雄 「おらが村」
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矢口高雄 「おらが村」


この家以外でも
・おばあさんの具合が悪いのは「狐憑き」だといって、ふつうに巫女が出張して祓いに来る(原付に乗って)
・婚前交渉と、授かり婚は格好の噂話のネタ。
・猥談は、むしろ誰の悪口にもならないのだから大いに推奨すべし。それで盛り上がりましょう。
・逆に、弟が身体障碍者な女性は「あんなに美人で気立てもいいけど、結婚相手はいないね。しょうがないね」となる(これにはさすがに村会議員さんは怒った)
・娘が出戻り?我慢が足りねえ、おめえの家はあっちにきまってるべ!帰る家なんてあると思ってるのか!
・嫁が働くのは当然、の裏返しで「入り婿は牛馬のように働いて当然」。態度が大きくなったと思ったら、娘と母親で結託して、刃物を持ち出して追い出そうとする…

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矢口高雄 「おらが村」
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矢口高雄 「おらが村」


・・・・・・・・・・・・仮にここに、たとえば…最も先鋭的な「反フェミ」とかを持ってきても、おそらくこの村、この家族のいうことに全面的に賛同したり共感をする人は、ほぼいないだろうと思われる。
それが時代というものだ。
1970年代に描かれ、時代的には作者の少年時代から青年期、「昭和30年代」を舞台にした「おらが村」を、令和2年に読む意味はこの「ニッポンの答え合わせ」にあるのだと思う。
そして、読んでみれば右派左派、或いはリバタリアニズムとコミュニタリズム、その他多くの対立軸は別として…いまの日本人が、相当に近代化された価値を内面化していて、それはすでに戦後で民主主義を歩んでいたこの時代と比べてもたいへんに違う、ということを教えてくれる。

そんな中でも、「ホンネ」でないといえない言葉 「出稼ぎは命の洗濯」…

だが、それでも…そもそも矢口先生は「世紀のハンサムボーイ」(もうこのネタ知らないか…)、村で初の高校入学、初の銀行勤務を成し遂げ、都会で大大大成功した人です。当然、近代的な価値観を十分しった上で物語を描いている。
だが……いや、「だが」の逆接ではなく「だからこそ」、という順接だろうか。
こっちが読んでみて、すごい衝撃を受けたエピソードがひょこり出てくるのです。「せせらぎ」という回なんだけど…
例の村会議員さん、村議会で、自分のかつて学んだ学校を統合し、旧校舎を大企業に売却しようという案に反対します。
推進派の村長さんらは「大企業がくれば、ここに仕事が生まれる。そうすれば、一家の男たちが冬に働きにいき、故郷を離れる『出稼ぎの悲劇』がなくなる」とメリットを説くが…
あくまで主人公一家の主、議員さんは反対。


・・・・・・・・・で、読み手のぼくは「ハハン、ここで『田舎の豊かな自然を守ろう!』とか『大企業の搾取によって村が壊される』とか一席ブツんだな」と舐めた態度で次のページへ。だが。

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矢口高雄「おらが村」出稼ぎは悲劇どころか、むしろ命の洗濯

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矢口高雄「おらが村」出稼ぎは悲劇どころか、むしろ命の洗濯

出稼ぎは 悲劇じゃねえ!!
出稼ぎを悲劇なんていいくさるのは
机の上でものを考えている
インテリだつのいいぐさだ!


生まれ落ちてこの方…
こンただ深い山ン中で暮し
こーンただ深い 雪に閉ざされで
一生を終えねば ならねえ人だつが
年にたった一回 山も雪もねえ都会さ
命の洗濯に行ぐのが 出稼ぎなんじゃ〜〜〜〜ッ!!


出稼ぎは悲劇じゃねえ……天国じゃあ
だ、だから どンただごとしたって
出稼ぎは なぐなるもんじゃねえ

えーーーーーーーーーー  ( ゚д゚)……。   そ う か も しれないけど、それ言っちゃう???????


に、しても…そういう面は、たしかにあったんだろうなあ、という。

NHKの数年前の連続テレビ小説ひよっこ」はほぼ同時代の話だったはずだけど、場所は茨城。水戸藩の時代から、あるいて一日で江戸につく、そんなところだ。
秋田の、冬は雪に包まれる農村は、あのドラマの田舎の何倍も、都会との縁は薄かったはずだ。

そこから一冬、労働はもちろんつらかろうが、、田舎のしがらみから逃れた一個人として、大都会に出ていく…そんな体験は、たしかにこの議員さんの演説のような意味を持っていたのではないか?


戦前、これは「出稼ぎ」ではなく「徴兵」が、ある意味で似たような働きを持っていた、という説を聞いたこともある。
近代的時間感覚、銃という機械の扱い、洋服、洋食、身体的訓練・・・・・・・・・・・・一定期間集められ、またちらばる徴兵制は、近代の種子を田舎に広げる効用もあった。
しかし、それでも出稼ぎは「悲劇」のほうが通りがいい。
そこを敢えて、こう語った矢口高雄の心境やいかに。