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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

トランプ支持者を”定点観測”で追う「記者、ラストベルトに住む」。「大逆転再選」説も出る中、映画のような同書ご一読を。

気づけばあと数ヶ月後に迫って参りましたアメリカ大統領選挙
自分はこれでも統計学の信奉者(理解者だとは言ってない)ですから、これだけ統計的に支持率の差がつけばバイデンの勝利、トランプ再選の失敗は間違いないと思っていたが、「前回大統領選を番狂わせに導いた隠れトランプ支持者はむしろ増えている」という記事がこの前話題になりました。

…ロバート・カヘリー上級調査員は取材に対し「トランプ支持でも、そうとは言いにくい空気が4年前より強い」と指摘する。
(略)
1日現在、各種調査の平均でバイデン氏の支持率はトランプ氏を7ポイント上回るが、同社の調査では、五分かトランプ氏やや有利の展開という。カヘリー氏は「人々がバイデン氏の楽勝を信じ、結果が異なれば、選挙の公正さを疑われかねない」と語り、精度向上の必要性を訴える。
 隠れトランプ支持者の存在をめぐっては論争がある…(後略)
www.jiji.com

本当だとしたら、統計学がまたもあの不動産王の前にリベンジマッチで敗れることになり、本当に驚くべき事態となる。

そんな情報が来たので、トランプ圧倒的不利じゃあ、少しインパクト的には弱くなったかなーと感じていた名著をここで大急ぎで紹介しよう。
朝日新聞の金成隆一記者が書いた「記者ラストベルトに住む」である。


どこかでこの記者の名前を聞いたという人も多いかもしれない。
そう、新聞連載の時から大きな反響を呼び、その後は岩波新書にまとめられこれまた大反響を呼んだ「ルポ トランプ王国」の著者の本なのだ、なのだ。


当然、自分は何度かブログで紹介している。
m-dojo.hatenadiary.com

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ただ、本格的に長文でこの本を論じることはなかった…。それはなぜかと言うと、実はこの本は面白いけれども、一般的なルポ、新聞記事以上に何と言うか「映画的」な 作品であり、自分はこの本の紹介文を書こうと思うたんびに「いやこの作品なら、むしろ漫画化したいにゃー」と思って、ブレーキがかかってたんだよ(笑)。
俺の漫画力は、このブログの古い読者ならご存知の通りだが(笑)、それでも、そう思うぐらいに。



何しろ最初の作品「ルポ トランプ王国」はファーストシーンからものすごいんだから。

2015年11月14日金成記者は、まだ共和党内の候補者争いをしていたトランプ集会の取材にが取材に赴いたが、飛行機が遅れて、そのまま だと集会に間に合わない。
その時、空港でアメリカ人の同業者(記者)が「俺もその集会に行く。車に乗せてやる」と申し出てくれる。その車の中で、金成氏は
「どうせ後で失速するんだろうけど、まぁ一応見ておくかと思ったんです」 と語ったところ、「君は本当になにもわかってないな」と、その記者は笑う。

そして、こう断言したのだ(2015年に、ですよ)
「ハッキリ言おう。トランプが共和党の候補になる。なぜって?集会の規模が違う。そして熱気が違う…」
そう言って、彼は去って行ったのだ。

なにこの、映画冒頭部は。



そして、新書のラストシーンは(※ネタバレご容赦。嫌な人は回れ右で)…


前作「ルポ トランプ王国」は、本当に傑作だったが、特にプロローグとエピローグが傑出していた。エピローグは、あまりにもできすぎた、見てきたような一場面だが、著者が本当に見てきたのだからしょうがない(笑)
最後のシーンをさらしてしまうのは躊躇するが、ほら「2」が出た時はテレビでも「1」を放送したほうが興行収益上がるでしょ。
そんなことで、「1」のラストシーンを紹介するね。
…トマスは深呼吸して続けた。 「大陸の真ん中に暮らすオレたちが本物のアメリカ人だ。エスタブリッシュメントは外国には旅行するくせに、ここには来ない。「つまらない」「何もないから行きたくない」と言う。真ん中の暮らしになんか興味なしってことだ。エスタブリッシュメントは、自分たちがオレたち より賢いと思っているが、現実を知らないのは、こいつらの方だ
テレビに映るカリフォルニア、ニューヨーク、ワシントンは、オレたちとは違う。あれは偽のアメリカだ。ルイ・ヴィトンのカバン? サックス・フィフス・アベニュー(ニューヨー クの高級百貨店)でお買い物?そんなのアメリカじゃねえ。みんなが映画で見ているのはニューヨークやロサンゼルスばかり、オレたちのことなんて誰も見ない。ここが本物のアメリカ だ、バカ野郎!」
すると、トマスの双子の兄フランク(42)が来て「この地図、ちょっと違うな」と言い、ノー トに何やら描き加え始めた。メキシコ国境沿いの壁だ。
「トランプが美しい壁を造るんだ」

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金成隆一「ルポ トランプ王国」ラストシーン

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金成隆一「ルポ トランプ王国」壁の絵

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……もうね、ここでエンディングテーマが響き、スタッフロールが流れていく展開ですよ(笑)。

あんまり映画的なので(そのせいか?)、岩波新書で出た続編が前代未聞の?「2」がつくスタイルだからね。


そしてぶっちゃけ、当方が今回紹介する「記者ラストベルトに住む」は、ややこの「トランプ王国2」とネタかぶりはするものの、それはしょうがない。これも含めたトランプ王国シリーズ、 スピンオフシリーズだと考えて欲しい(笑)。
この傑作シリーズをむざむざ岩波書店に渡すのは悔しいので、自社からも出したいと思う朝日新聞の決断は責められまい。






そしてようやく本題に入る。

今回紹介するこの「記者、ラストベルト〜」は、簡単にいえば「表題の通り」なのである(笑)

トランプ王国の最初のルポを書いて、 トランプ支持者たちの生活、心情、思想…をより深く知りたいと思った金成記者は、本社に「いわゆるラストベルト(アメリカ中西部においてかつて製鉄業や製造業で栄えたが今は衰退している(※だからラスト=錆で象徴される)地域のこと。オハイオ州など。)にアパートを借りて、近くの住民と交流して定点観測を行いたい」と提案、この企画が実現し たのだ。
ちなみにラストベルトよりもっと盤石なトランプ支持地域、共和党の牙城の地域はたくさんある。 むしろラストベルトとは伝統的に組合を要する民主党が強く「2012年の大統領選挙ではオバマが獲得し、2016年にはトランプが獲得した州」なので、それゆえに注目度や重要度が高いのであった。


そして金成記者は、最初の取材で知り合った人物を介して「この街でアパートを借りてしばらく暮らしたい」と相談すると…

たちまち人気映画の第3作目が始まる。

「ここがどんな町かわかってんのか?」
「〇〇通りは子供と一緒には絶対にいかない地域だぞ」
「お前のニッサン車で、交差点一時停止したらその瞬間に強盗犯に狙われるぞ」
「ドラッグの売人がうろつき、銃を使った犯罪は毎週起きている」
と、相談を受けた人とその友人達は口々に止める(どんな町だよ…)。
そしてお節介にもホテル業界で働く娘に声をかけて「特別料金で一泊35ドルという格安を確保させた、ここにしておけ」とか「そもそも早めに計画を教えてくれれば一緒に探してやったのに」と…。下町人情喜劇か(笑)
しかし、それでもアパートを借りて住むことに価値があるのだと説得した金成記者が本当に住み始めると、 ガレージから取り出したソファーやライトなどの日用品を提供してくれるのだ。

そう、基本的に、金成記者が知り合ったトランプ支持者たちは極めて下町的な人情を持っているのだ。


この本の中で非常に忘れがたいセリフがある。

バーで出会った娘さんから「父親は熱心なトランプ支持者で小さなサンドイッチ店をやってるの。話を聞いてみたら?」と紹介された 61歳の親父さん(ちなみに娘さんは、記者のノートに手書きで「無料サンドイッチ券、私のツケ、無料!」と書いてあげたそうな)。

「インタビューなんて初めてだ」と照れながら、しゃべる気満々で記者の前に立ったその親父さんは自己紹介として第一声でこう語った。
「私の名前はボブ・ローリー…70年代に父親がサンドイッチ屋を始めた。それから40年後、息子の私が今その店に立っている…私の人生は、ここに出勤し、家に帰り、(光熱費などの)請求書をきちんと支払う。それが私のしていることだ(work here and going home,paying the bill)
「人生とは働き、帰宅し、 月々の請求書はきちんと支払うことだ!!」
こんな人生観と倫理観の持ち主が、 トランプを支持したのである。トランプ本人は破産法などを上手く使い結構支払いを踏み倒したりしてるのに(笑)。

この人だけでなくトランプ支持者には真面目に働いたこと、そして家賃や公共料金の滞納をしていないことを誇っている人が多かった、と記者は保証している。


そしてこのボブさんは、 いかに個人経営のサンドイッチ店が大規模チェーン店との競争で苦戦しているかを語り続ける。朝5時に出勤し、ソースやミートボールの仕込みから始める。一つ一つのサンドイッチに肉を入れすぎれば商売にならないから、少なすぎず多すぎず。バイトの手元をチェックする必要がある。うちはレタスひと箱29ドル払うが、 フランチャイズなら大量購入だから半分以下だろう。30年前は経営も楽だった、大手とも競争しなかった。店に鍵も必要なかった。30年で昔より良くなったのは「刻みレタス」で売られて、自分でレタスを切らなくなったことぐらいだ…

どうだこの言葉の圧倒的なリアリティ……
こういう言葉を引き出す英語力やコミュニケーション力、そして一人を小さな街に住まわせるだけの取材費用……なんだかんだ言ってもこれが the 朝日の底力なのである。


その余談はともかく、そんな、やや頑固で辺境ながらも真面目に働き、小さなビジネスを回している人がなぜトランプを支持するのか?
「トランプの政策のほとんどのことは別に私の暮らしを楽にしてくれるわけじゃないよエルサレムの認定とか北朝鮮問題とか…減税だってどの大統領も言ってきた。そこじゃないんだ」
「どう説明すればいいのか分からないのだがな、私は彼を見ているのが楽しいんだ。しんどい日も彼は私を笑わせてくれる。ニュースを見ていたくなるんだ」
「トランプは私達と同じ言葉を話す」
「私が育った頃は全てがイージーだったが、今ではメリークリスマスも言いにくくなっただろ。ハッピーホリデーという人もいるけど、私が子供の頃はそうでなかった。それが正しいかと聞かれると、私にはよくわからないが」


それぞれがバラバラのように見えて点と点をつなげるとじわりと「トランプ王国」の国境線が見えてくる。



その後も金成記者は、 次々と人々にインタビューを試みる。当然ながら、 前述のボブさんと同様、メディアにインタビューをされる機会などは滅多に無い人達。
勇んで、しかしお仕着せの言葉ではなく自分なりの言葉でトランプ支持の理由を語っていく。

慣れてないから時々地元の人しかわからない固有名詞がバンバン入ってくるのはご愛嬌だ。
「まるでフォートノックスだよ」「8番工場の建設は30年代だっけ」…云々
…驚くなかれ、そこには 民主党オハイオ州トランブル郡の委員長と幹部一同までいるのだ。



ちなみに日本のタバコ屋日本のお菓子…ヨックモックのシガールや北海道土産の白い恋人が物凄い好評で「こんなにうまいものを初めて食べた」「友人にも食べさせてあげたい」と、異世界モノの定番みたいな展開になって(笑)、 それは取材のえがたい潤滑油になった様子。日本スゴイ(笑)



75歳の白人女性カレンはこう語る。
「2008年も2012年もオバマに入れた。理由は彼が民主党候補だったから。以上」「でも、もうインチキされるのにうんざりしたのね。口ばっかり。だから政治家にはうんざりなの。トランプが政治家ではないという事実が気に入ったわ」


民主党オハイオ州トランブル郡の幹部たちはこう語る。
「そもそも俺たちはな、ケネディ時代の民主党員なんだ。トルーマン時代と呼んでもいい。民主党は働く人々の政党ってことを強調すればいい。民主党はもっと真ん中に戻る必要がある。リベラルになってはだめだ」
 
「私はいつも、自分の暮らしにどんな影響があったのかで評価するよ。国際情勢のことはよく分かっていないかもしれないが自分の暮らしのことなら誰よりもよく知っている。自分のポケットに何が入っているか、自分の銀行口座の状態は…それで態度を決めトランプで試してみた」


トランプに批判的なのに投票した人はこう語る。
「彼はクソ野郎だ。聞いていれば分かるだろ?それでもワシントンの政治家たちにむかって「たわ言をほざくな(no bullshit)」と言えるやつだから、もしかすると本当に変化を起こせるかもしれない 」



それぞれ、トランプ支持者、だけではなく、安倍自民党の支持者も、或いは山本太郎橋下徹石原慎太郎小沢一郎小池百合子……の支持層などと重ね合わせてもいいかもしれない。



もちろん、トランプ支持者が皆ハッピーで楽天的なわけではない。
と言うかこの小さな町で金成記者が取材していたら、「それを取材するつもりはないのに否応なく薬物事件が頻発してその取材に関わらざるを得なかった」というぐらいなのだ。
実際、面識ある女性が薬物中毒で死亡し、その恋人が…上記の日本のお菓子について「リンダは君がくれた日本のクッキーを本当に喜んでいた。死ぬ前にあんな美味しいものを食べさせることができて俺も嬉しいよ」と告げる、そんな場面も出てくる。
と言うか、巨大なデモが暴動になったとか、新しいウイルスが爆発的流行の兆しがある、と言った時に発せられると思っていた非常事態宣言が、地元の自治体では「薬物(オピオイド)中毒の蔓延のため」に発せられていたのだから!4月の時点で39人、直前の1週間で8人が死亡していたという。



金成記者は時に、この街を離れて、トランプに対抗して女性の政治進出を後押ししようという運動や銃犯罪を受けて規制強化を訴える高校生の運動など、反トランプの息吹も伝えている。


そのまた逆に、 白人至上主義団体がケンタッキーで集会を開く時には取材を申し込んだ りもしている。その取材では、「アメリカ帝国主義が日本に干渉することも許されない」「白人同様に日本人も優等な人々だ」「白人が誰かより優秀というつもりはない。しかし私の仲間=白人が最も醜くて愚かでも、守られる権利があると考えるのだ」「白人だからそれゆえに最上位にいる、は間違いだ。我々は自分たちに価値があることを証明しなければいけない」といった、奇妙な理論的変形を遂げていることも記録され、たいへんに興味深かった。

また、ちょっと面白いのは、その集会に向かう時に金成兼成記者は地元のトラック運転手の白人男性から「中国人は来るなここを立ち去れ」と声を張り上げられたのだが…これは「危険だから、お前らはこの辺に近づくな」という彼の身を案じた注意喚起だったのだ。
その砂利運搬業のデイビットにも金成記者はここぞとばかり(笑)話を聞くのだが…、彼は「あいつらがどこから来たのかは知らないがここはケンタッキーだ。ここにはケンタッキーのやり方ってものがある。次も俺のことを笑いものにすればこのトラックの荷台に積んで山奥に捨ててやる。なぜ中国人や黒人だからって嫌うんだ?ほっておけよ。人がみな自分のことだけ心配していれば、世の中はもっとマシになる」
という、リバタリアンと言うか、 別の意味でものすごく「よそ者」を嫌がる価値観が、白人至上主義に対しても向けられている、という、ちょっと変わった挿話。
偶然のなせる技かもしれないが、しかしここに取材者が足を運ばないと、このような想像を超えた取材結果は生まれないのである。



そういった、アメリカ合衆国の「光と影」の全体像を、まるでプリズムのように一旦小さな町の一点に集約させ 家出そうとしたこのルポルタージュ

秋の結果がどうなろうとここに描かれていた問題は、21世紀も超大国の座は譲らないであろう、巨大な実験国家と、そこに暮らす人々が抱えながら続いていることは疑いない。


金成隆一記者のアカウントはこちら。
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(了)