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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「周りの人を『買収』するなら、こんなふうに」…イスラエル元大物諜報員のノウハウがヤバい(ハヤカワ文庫)

この前の「ルポ トランプ王国2」から、有能な新聞記者が、バーで取材相手を見つけるまでのノウハウを抜き出して紹介した記事は、当ブログの中でも有数のアクセスとブックマークをいただくことになりました。ほとんど、原著の力によるものなんだけどね(笑)。
m-dojo.hatenadiary.com


しかしそれでも、こういう話題に興味を持つ人が意外なほど多いんだな、と感心した…ので、せっかくだから(その部分だけの)類書を紹介したい。

元記事でも

「本質的に共通してるから当たり前なんだけど、ジャーナリストでなく凄腕のスパイ、諜報員もおそらく同じようなスキルを身につけてる。ついでに言うと遺憾ながら、凄腕のカルト勧誘員もこういうスキルを身につけてそうである(笑)」

と書いた…まあ、当たり前というか平凡な連想ですけどね



実は、こういう連想をしたのは具体的な例がある。

早川書房から昭和57年に文庫版が発売された、実在の諜報員が書いた「スパイのためのハンドブック」という本がある。


見る限り紙版しかないらしいが、ただ「新品」があるからいまも発行されているな!!それだけで超人気作品の証明だ。ただ、電子書籍も出すべきだよな……


著者はウォルフガング・ロッツ。
またの名を…『カイロに置かれた、テルアビブの眼』。

ja.wikipedia.org


名前に聞き覚えがあるなあという人は、
ひょっとしたらこちらもかのレジェンド作家の、単行本に載ったインタビュー記事を読んだのかもしれない(笑)



それじゃ逆に胡散臭いじゃないか、というもっともな疑念を抱かれるかもだが(笑)、そうではなく彼の実績は確かなものだ。
というのは最後の最後には彼は正体を暴かれて、敵国エジプトで(見世物的な意味もある)大々的な裁判を起こされ、終身刑に処されたからだ。
その後、第三次中東戦争イスラエルが得たエジプト人捕虜5000人と交換する形で釈放された。
ということで、多大な諜報活動に貢献した実績が保証され、しかし既に面や経歴は割れているからこれ以上諜報の現場に戻ることは不可能。そういう点で、或る種、使い勝手の良い「競馬を PRするための、引退後の競走馬」 的な扱いをされていたため、落合信彦および週刊プレイボーイの「取材」に、上手く対応できるちょうどいい素材だった…と思しい。


別に落合信彦と本当に親友でイスラエルから深夜に電話で、「 AAA」 の機密情報を教えてくれるという人ではないのだ(笑)


まあ、そんな実績のあるスパイだが、引退後の身過ぎ世過ぎのために、スパイ時代の回想録、 そしてこの「スパイのためのハンドブック」を書いた。


何も諜報員時代のリアルな体験談に加え、その諜報員時代に、機密情報を持つ多くの上流階級、高級軍人などをひきつけた軽妙なユーモアがいかんなく発揮された面白い読み物となっている。


ただ、「スパイのためのハンドブック」というだけあって、「じゃあ実際に〇〇ができるかやってみよう!」的な記述があり


・相手に気づかれず上手く尾行し、個人情報を収集するコツ

・連絡係とさりげなく接触し、情報を交換するコツ

・「偽の経歴」を造りそれを気づかれないようにするコツ

・相手に追及された時に嘘と真実を少しずつちりばめ、最低限のダメージでクリアするコツ



などが列挙されている。

ただ基本的に、法に触れるようなことはないわけだけれど、
このハンドブックでかなり具体的に書かれているように、誰か特定の人を疑念を掻き立てることなく尾行し、名前や経歴や趣味を調べる……というのは、かなりヤバいと言えばヤバイ話でありましょう。

しかし一方で、それを推理ゲームのように楽しむ、そんな層もいたりする…
news.tv-asahi.co.jp



そういう危うさもある本だが、
ここで本題。
この本には「どういう風にすれば、人は買収しやすいか」を論じる1章があり、そこでは、例として「ちょっといいホテルに5、6泊する間に、ホテルの従業員を買収する方法」について語っている。


もともと、彼の情報収集活動は、「結構な大金持ち、上流階級の社交好き」という偽経歴のもとに、カネや贅沢品をばらまいてエジプトの上流階級とコネを作り、そこから情報を引き出すというスタイルだから買収についてはお手のもの。

「賄賂の効かない官僚とか公務員にまだお目にかかったことはない」
「どんな男もその人なりの値段がある」
「私は面白半分に賄賂を使ったのではない」
「こういう話は任せてもらいたい。私は場数を踏んでいる」

…といった言葉が列挙され、ほとんど「わいろ職人の朝は早い」的な職人的自信を見せている。

そこで、「カイロに置かれたテルアビブの眼」ことウォルフガング。ロッツが「ホテルの従業員来週はこういう風にやる。君達もやってみよう」と語りかける手段は以下の通り。
これは「仮想演習」だという。



以下の仮想演習に

1 ホテルに五、六日の予定で宿泊する。ボーイはあなたの荷物を部屋に運び、あなたは彼にチップをたっぷりはずむ。やりすぎてはいけないが、彼が上客から期待する額の倍くらいをあたえ、親しくなりたい様子は見せるがなれなれしくはさせない。彼が退出してから、部屋係のメイドに電話し、ベッドを整えさせたり、その他のこまごました用事をさせる。ここで、また多めのチップを渡す。



2 しばらくして、バーに行き、一、二杯飲む。バーテンは喜んであなたと会話をするものだ。話は雑談程度にとどめおき、自身についてはあまり語らず、かなり金めぐりのいい実業家といった印象をあたえる。長居せず、深酒もしない。帰り際にバーテンにたっぷりチップをはずむ。



3 ホテル中に、あなたはチップを出し惜しみしない人であるという評判を確立した。
あなたは一級のサービスを受け、従業員は互いに競い合って、あなたにちょっとした 便宜をはかってくれる。あなたの部屋は他のどこよりも早く念入りに整頓され、受け付けの伝言は一番早く伝達され、バーでの飲み物はなみなみと注がれ、誰よりも優しくされる。これらはより多く、大きい報酬を期待して、いずれも自発的になされるものである。今までのところ、あなたは特別なことは何ひとつ頼まず、チップの返礼は求めなかった。
しかし、たっぷりチップははずみ続けるものの、ときおり従業員にそのホテルのこと、彼らの家庭、政治およびその類いの話をさせる。あなたは今や彼らの人気客であり、従業員の全員あるいはほぼ全員について自分の考えをまとめた。 一段階終了。



4 かなり他愛もない性質の特別な頼みごとをしはじめる。
・他の宿泊人についての情報。
・就業時間外にしてもらう特別な使い走り。
・他の宿泊人に来た電話および(あるいは)伝言の内容詳細。
・会いたい人への紹介 (バーテンを通じてしてもらうのが最上)。

頼みごとに応じてくれたら、かならず適当な高額チップで報いてやる。従業員は今 や自分たちが賄賂をもらって、職務織囲をこえたことをしていることを知っており 、 魚が水に慣れ親しんでいるように、それに慣れてしまう。ホテル従業員はそれに 適合している。第二段階終了。



5  あなたは今や、どの従業員が賄路にいちばん敏感で、誰が渡すのに最適の立場にいるかを知っている。第二段階で、すでに目標は達成され、求める情報は得られたかもしれない。それは結構であるが、ここにまた来る機会が少しでもあるなら、そのままで放棄しない、あなたに対する特別サービスを半永久的に続けてくれるよりどころになりえるのである。鼻薬をたっぷりかがされたバーテンや受け付け係は、やがて小切手が郵送されてくることを知っていれば、あなたが関心を抱くような情報を長距離電話で伝えてくることさえするものである。同じく、ボーイあるいは給仕も、あなたのいる いないにかかわらずいつでも、”微妙”な使い走りをしてくれよう。(誰かのお茶に砒素をもるというよな用事はだめだが、他のホテル客の部屋に盗聴器をつけるとい ったようなちょっとした頼みごとならよい)

この「比較的単純な演習」のあと、より具体的な、もっとリアルな「周囲の人を買収する方法」を述べていくのだが、基本的な形・テクニックは変わりがない、と著者は自信満々である。

ただここから先は具体的に移すことを、引用者もはばかる…


ほんの一部だけ抜き出すと、まず最初は「テニスのラケットを借りる」と言った、そもそも何の問題もない公然とした、やけどちょっとした個人的依頼をするのだという。


もちろんそれは傷ひとつつけずすぐに返却し、感謝感激しているところを盛大に示してお礼も渡す。

そういうことを繰り返して「次の段階」に入るのを待つ。

「…時いたらば、彼を直撃する。ただし、そーっと。きつすぎてはいけない。まだ初回なのである。……この段階では明らかに違法なものはまずい。ほんの少し”本道から外れた”くらいのところがよろしい…かくして彼は針にかかった……慌てずに間をとる。…今度は前より少し…」

人を買収するにはこういうふうにやる イスラエルの伝説スパイウォルフガング・ロッツ談(スパイのためのハンドブック)


このくだりは、基本的にユーモアを失わず楽しんで読めるこの本が一転して空恐ろしい「怖い本」に変わる場面でもある。

こんな風に一流の「賄賂職人」が、細心の注意を払ってあなたに接触した時、私に笑顔で話しかけてきた時、自分達は最初に、或いは途中で、そうでなければ最後に、彼らの欲望を見抜き、それを拒否することができるだろうか?


それを考える時、冷や汗が出る思いをしない方は、あるいは少ないのではないか。



……とそんなことを、凄腕新聞記者がバーで初対面の人間と親しくなり、インタビューに応じてもらうノウハウの記述を読んだ時に、双子の兄弟を思い浮かべるようにこの本のこの記述を思い出したのであります。


実はこの本は、このブログを始めた時から「面白い本なのでいつか紹介しよう」と思っていながら、ずっと本棚にたな晒しにしていた作品でした。

皆さんの「トランプ王国2」への反響をきっかけに、やっと「夏休み」?に宿題の一つを片付けることができました。
(了)