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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

『「平和構築」を専門にする国際政治学者』ブログ(篠田英朗氏)が最近面白い。筆者は吉野作造賞をこの前受賞。

「平和構築」を専門にする国際政治学
篠田英朗(東京外国語大学教授)のブログです。篠田が自分自身で著作・論文その他の情報や、時々の意見・解説を集めています。以前にホームページとして掲載していた情報ともリンクさせています。
http://shinodahideaki.blog.jp/

というブログを最近読み始めました。

実は読み始めの時は、6月にちょっと心に引っかかっていた、この人と直接はつながらなかった。あとからと同一人物と気づいた。




ただ、吉野作造賞は賞として、このブログの面白さを伝えるには、直近のエントリのサブタイトルを紹介するのがいい。

最新記事

長谷部恭男教授の「法律家共同体」=「芸人」認定協会としての「抵抗の憲法学」
船田元・憲法改正推進本部本部長代行の憲法理解を批判する
石川健治教授の「ウグイスの巣」としての「抵抗の憲法学」
木村草太教授の「将棋」としての「抵抗の憲法学」
内閣支持率の低下は、改憲案への逆風か、改憲案が作った風か
戦後日本の「教育勅語」:文部省「あたらしい憲法の話」の岩盤規制
『ほんとうの憲法』を通じて考える東大法学部系の憲法学の伝統
自衛隊員「なりすまし」政治利用は、もうやめてほしい
憲法学者の言うことが全て法律論であるとは限らない
自衛隊員の立場を勝手に代弁するのはルール違反ではないか
http://shinodahideaki.blog.jp/

ホホーッ!なんとも興味深い…

ですよネ?
もともとは、5月の憲法記念日とその少し後ぐらいに、長谷部恭男氏と木村草太氏の憲法論を集中的に読んで、ちょっと憲法論の話をアレコレやろうと準備しているときに検索アンテナに引っかかったのだった。

池内恵氏が、フェイスブックやこのtwitterで時々紹介していることで最近、注目度が高まっていることもある。



そう、たとえば自分もエントリにする予定だった「13条の幸福追求権が、憲法九条の下でも自衛権・あるいは自衛隊の存在と武力行使が認められる根拠となる」、という木村草太氏の理論への違和感は、ここで端的に語られていた話と近かったので、興味を大いに惹かれた次第だ。

木村草太教授の「将棋」としての「抵抗の憲法学」 - http://shinodahideaki.blog.jp/archives/19180722.html


(略)……たとえば、首都大学東京の木村草太教授は、自衛権憲法9条によって否定されている、しかし幸福追求権を定めた憲法13条で個別的自衛権だけが例外として許容される、と論じる。ところが、集団的自衛権はこの例外に該当しない、とも断定する(木村草太『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』他)。
 木村教授の発想は、本来は自然人の権利である幸福追求権を、法人としての国家が集合的にのみ適用するものだと考えている点で、根本的な錯誤を内包している。つまり日本領土が攻撃された場合にのみ政府は日本人の幸福追求権を守るべきだが、攻撃されるまでは守ってはいけないのだという。
しかし、これでは結局、単純に自国の領土が攻撃された場合には自衛権を行使してよいが、そうでなければダメだ、と言っていることと全く変わりがない。13条の参照は、全く何の意味もなく、単なる装飾である。結局、無意識のドイツ国法学の残滓に拘束されている発想が、本来の権利の主体である個々人を、国民という集合体に還元してしまっているのである。そこで本来は個人の権利である幸福追求権が、擬人的に捉えられる国家の権利の中で解消されてしまっている。
そもそも隣国であれば何が起こっても13条とは関係がないが、ひとたび自国の領土内で何かが起こればそれは13条を侵害する事態となる、といった極度に形式論的な……

というわけで、まずは篠田英朗氏のこのブログを、「はてなアンテナ」に登録することをお勧めします。
いまはブクマやSNSで個別の記事に直接行くのが主流で、ブログを更新ごとにチェックすることが減り、正直はてなアンテナに注目することは自分を含めて少なくなっているのだけど、一応ね。
いま16人で、私が17番目の登録をした。この数は、どう考えてももっと多くていいはず。


そして、吉野作造賞を受賞した著作は

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

内容紹介
日本国憲法には9条と並んで国際協調主義が明確に述べられている。しかしその国際協調主義が、安保法制をめぐる議論が(制定を推進する側も反対する側も)「内向き」の性格を帯びるなかで「瀕死の重傷」を負ってしまった、と著者は嘆く。
憲法典に「集団的自衛権を行使してはならない」と書かれているわけではない。それにもかかわらず違憲だと言う(言われてきた)背景には歴史的経緯や独特の理路があった。本書ではそれを戦後史におけるいくつかの重要な分岐点をたどりつつ詳細に検討する。そしてその背後に日本の憲法学の独特のありかたを見出す。

出版社からのコメント
第18回(2017年度)読売・吉野作造賞受賞!


その受賞記念的に、現代オンラインに論文を寄稿した。



最近、こういう考えをわかりやすく新書にしたらしい。

憲法を曲解してきた戦後憲法学の陥穽を突く――
なぜ日本の憲法学はガラパゴス化したのか

2017年度読売・吉野作造賞受賞者が放つ問題作


日本の憲法学では「国民が権力を制限することが立憲主義だ」とされ、
「抵抗」を英雄視する物語が延々と語られている。
あたかも憲法9条が国際法をも超越した存在であるかのような
ロマン主義を流布しつつ、自衛隊日米安保を否定し、安全保障問題を
語ってはいけない裏事情であるかのように扱ってきた。
なぜこのような憲法学がまかり通るようになったのか。
その歴史的経緯を解明し、日本が国際社会の一員として国際協調主義を採り、
真に立憲主義国家になるための道筋を問い直す。


【目次より】
I ほんとうの憲法の姿
第1章 日本国憲法をめぐる誤解を解く
第2章 日米関係から憲法史を捉えなおす
II 抵抗の憲法学を問いなおす
第3章 押しつけ憲法論への抵抗――歴史の物語を取り繕う憲法
第4章 国際化への抵抗――国際法と敵対する憲法
第5章 英米法への抵抗――幻の統治権に拠って立つ憲法
おわりに――9条改正に向けて


旧著もあった

こういう本を紹介して、自分もあらためて篠田ブログを古い記事を含めて読んでみたい。




この人は「ジェシカ論法」で論じるなら若手の中で無敵(最強クラス)

この人の経歴を見て「? どこかで見たな」と思ったら、過去にもう紹介してたよ、ことし3月に。
この時は、個別記事に着目してブログ全体は見てなかったんだな。

南スーダンPKO撤収決定を喜ぶ。「不作為」の犠牲リスクは承知、あとは南スーダン国民諸君自ら平和を求めよ。NGOにも、幸運を祈る - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20170311/p2


そんな中、この自衛隊撤退を正面から「残念だ」と批判する論者がいた。

「平和構築」を専門にする国際政治学

篠田英朗(東京外国語大学教授)氏。

http://shinodahideaki.blog.jp/archives/14804753.html

……しかしUNMISS(国連南スーダン共和国ミッション)は、1万5千人以上の要員が、困難な任務のために派遣されて献身的に勤務し続けている巨大ミッションだ。1万2千人以上の軍事・警察要員だけを見ても、60か国以上から集まっている。彼らは今後も困難な状況の中で任務を遂行し続ける。350人の自衛隊員が、「道路を造り終えた」という理由でいち早く撤収してくるのを、手放しで喜ぶという気持ちにはなれない。少なくともとても外国人に見せられるような姿ではない。

しかし、私も日本人の端くれである。これが日本社会のぎりぎりの落としどころだ、ということが、わからないわけではない。残念だが、仕方がない。これが日本だ。

これまで自衛隊の撤退を要求する人々は、常に抽象的かつ非現実的な言い方で、「自衛隊ではない平和への貢献の仕方があるはずだ」、と言い続けてきた。明日も多くの人がそういうことを言うだろう。気楽である。誰も具体的な方策に関心がないのだから。抽象的かつ非現実的な言い方で、「日本政府は、自衛隊派遣以外の方法で、早く南スーダンを平和にするべきだ」、と言い続けておけばいい。それで日本社会ではOKである。

おなじみ銀英伝の「ジェシカ・エドワーズ論法」(説明は省略)なら、「じゃあお前が行ってこいよ!」といえるのだが、氏の経歴は…
http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/shinoda/shino/keireki.htm

これじゃ足りない、といえる人がいるならジェシカ論法を使って非難すればいいが、そうともいえまい。