まず話は、ハリウッドゴジラが公開初日に大入り、このまま大ヒットの予感…という話。
それへの反響を集めたツイート集を作ったのだが
米国版ゴジラ(Godzilla2014)大ヒット!その反響 - Togetterまとめ http://togetter.com/li/669053
その製作で「ゴジラ」で検索するとやたら眼にするまとめが…
痛いニュース(ノ∀`):【韓国】 映画ゴジラにまた旭日旗が 「これはもはや偶然ではない」 (画像あり)
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1797191.html
「旭日旗」の問題、僕が守備範囲としているUFCでも韓国人選手が問題視し、カナダ人のチャンピオンが使用を自粛した、なんて展開があったので、うちのブログではけっこう詳しく扱ってました。
そのへんの騒動やらは当ブログを「旭日旗」で検索してください。けっこう頻繁にこの問題を追ってるブログの一つ、と自画自賛したいところだが、今回の話題はうーんパスで(笑)。
さて、そんな折に紹介したいのが数号前…4月に載った村上もとかの「フイチン再見!」の一節だ。
まずこの作品と主人公の紹介を引用。
http://www.shogakukan.co.jp/comics/detail/_isbn_9784091854292
漫画家・上田としこ。1917年(大正六)生まれ、2008年(平成二〇)没。
これは、まだ誰も歩いたことがなかった「女流漫画家」という道を拓いた
一人の実在した「女」を主人公とした物語である。
上田としこという一人の素っ頓狂な少女が、
戦前の満州ハルピンの高く広い空に、想像の絵を思いうかべた時から、
日本の、女の、「漫画の歴史」ははじまったともいえる。
村上もとかが渾身の力を込めて描く、漫画の青い青い春。
待望の単行本第1集!編集者からのおすすめ情報
膨大な資料、史料、数多くの関係者への取材を重ね、村上もとか氏が満を持して描く「もうひとつのまんが道」。「漫画家漫画」の決定版です。
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現在、話は日本での漫画修行を切り上げ、ハルピン鉄道局に勤め始めた上田のことを描いている。同鉄道局は男女差別、待遇差が激しく、持ち前の積極さや明るさを持った上田氏(なにしろ女流漫画のパイオニアなのだ)は、その状況を改善しようと動くが「そんな活動をしたら、アカ(共産主義者)だと思われるわ…」としり込みする女性の同僚。
そこで上田氏は一計を案じる。
「わたし達はアカ(共産主義者、スターリン主義者)じゃありません!赤と白(日の丸の色=愛国者)です!」
という言い回し自体がまず面白い(笑)ので印象に残ったのだが、それと同時に苦く、複雑な思いが残る。
上田としこの「フイチンさん」は、漫画史上に燦然と輝く作品であり、まあ時代の制約などでいろいろと今の眼で見ると細部の瑕疵は無いではないだろうけど、あの時代に国際的な視野(というより肌感覚)を持ち、中国満州ロシアなど、多種多様な民族を親しみやすく、偏見の無い目で見ていた作品としても評価されている。
上の回でも、ナチス台頭を憂える上田、の図が描かれている
(当時の人物があとから「あのころはナチスに共感してた」と言わないだろうし、創作的な意味合いが強いかもしれないが)
しかし、その上田氏が、職場の女性差別を無くすために
日の丸を高く掲げて、愛国団体を設立して
「祖国の戦争に協力するために、女子の待遇を改善してください!」と訴えたのだ。
世が世なら戦犯、戦争協力者といての糾弾、公職追放(公職じゃないけど)も受けたかもしれない。
まぁ、珍しい話ではない。近代戦において国全体の工業力が必須となったとき、徴兵で前線に向かった男性の労働力を補うために女性が職場で重責を担うようになり、それを梃子にして女性の地位向上、男女平等が進んだのは連合国、枢軸国を問わない一種の普遍現象だった。
また、社会運動に弾圧の恐れがあるときに、その権力公認の思想をまず大上段に掲げて、その中にこそっと自分たちの要求や最終目標を忍び込ませる、ということは多かった。もちろん建前と本音、だけでなく、両方とも本心から信じるというか、自然と渾然一体になることも多い。
日本本国での戦前戦中の婦人運動、社会運動、部落差別などの撤廃運動もまさに「アカでなく赤と白」という形で行われたものが多く、戦後その経歴が傷となったり、「無かったこと」として公然とは触れられなくなったりしたこともある。
ウィキペディアの「松本治一郎」
福岡県第一区の候補に翼賛政治体制協議会から推薦されて立候補したときは、選挙公報の中で「仕事の為には汗を流せ、人の為には涙を流せ、御国の為には血を流せ」「お互は飽くまで米英を打倒し、アングロサクソンの世界制覇を覆滅すべく、一億一心国を挙げて老も若きも鉄火の一丸となり、如何なる困難の中にも突入し且つ此れを突破して、必勝不敗の態勢を完成せねばなりませぬ」と挨拶した。
(略)
敗戦後は突如として軍国主義を指弾する側に転じ、「私は戦争中は全水運動と共に、反戦的な言葉をつねに洩らし戦争の負けることを語つていた」
ウィキペディアの「市川房枝」
市川は国策(戦争遂行)への協力姿勢をみせることで、婦人の政治的権利獲得を目指す方針をとり評論活動を行った。1940年(昭和15年)に婦選獲得同盟を解消し「婦人時局研究会」へ統合。1942年(昭和17年)に婦人団体が大日本婦人会へ統合。大政翼賛会を中心とした翼賛体制に組み込まれ、市川は大日本言論報国会理事に就任[2]。
さらにいえば、併合された朝鮮半島、あるいは清国から割譲された台湾でも、そこの人々たちでこういう態度をとった知識人や運動家は多い。
もひとつ追加すれば「銀座のドン・キホーテ」として一種の名物男だった赤尾敏もそもそもは転向左翼であり、最後まで「社会党や共産党が赤旗挙げてやろうとしてることを、こっちは日の丸かかげてやるんだっ」と言い放っていた。
(4分35秒あたりから見てみてください)
しばしばナショナリズムの議論を巻き起こす「日の丸」についてのエピソード…でもあり、あるいはシンボルと、それを掲げたものがそこに込めている意味、についての普遍的な問題の一挿話として、上田としこ氏を描く伝記作品に出てきた
「わたし達はアカじゃなく、赤と白です!」
という言葉をここで紹介しました。
あ、関連記事をもうひとつつくろう(最初はひとつにまとめるつもりだったが、分離した)
「旭日旗」や「日章旗」が仮にダメだと仮定して…「赤旗(共産主義のシンボル)」はPC的に許されるか?
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20140519/p3