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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

ゆうきまさみの新作漫画は、社会的偏見により正体を隠さざるを得ない表現者の悲劇を描く(笑…だよね?)

(註:記事の中に、第一話のネタバレを含みます)

作品の感想

まずナタリーから引用します

ゆうきまさみ10年ぶりの新シリーズを月スピで始動
http://natalie.mu/comic/news/89651

ゆうきまさみのシリーズ作品「でぃす×こみ」が、本日4月27日に発売された月刊!スピリッツ6月号(小学館)にてスタート・・・(略)マンガ家を目指す少女と、その兄を描いたコメディ。少女の作品が新人賞で大賞に選ばれ、その授賞式から物語は始まる。喜ばしいはずの席で、少女はなぜか浮かない顔。第1話では、受賞の裏に隠された秘密が

一読、30年選手のゆうきまさみが、ほいっと引き出しを開くと、まだ見ていなかった新しい才能、新しい魅力を持っていたことにただただ驚嘆するばかりだった。なんと言っても、コメディとしてのリズムがいい。上質の落語やコメディのように、大きな筋書きと、小さな場面のくすぐりが共同して、ここちよい和音になっている、そんな感じだった。次回が待たれる。


さて、
ここからナタリーでも書いていない、ネタバレを含めて論じるので自己責任で。

【少々ネタバレ】

なぜ少女が浮かない顔かというと・・・表彰式で見てみたら、その作品は自分のものではなかったのだ!!おやおや「日常の謎」的ミステリー?と思ったら、あっさり、「それは少女の兄さんの投稿だった」とわかる(笑)。
この兄さんが”大天然の大天才”であるところがミソで・・・
・熱心な漫画家志望の妹のアシスタント役をやっていたら、自分もふと描きたくなった。
・できた作品をみたら「なんか女性風のペンネームがいいかな」と思って何の気なしに妹の名前にした(妹自身の投稿はペンネームなので、かぶらないと思ったのだという。)

という単純な話・・・だがもひとつオマケが加わる。
・投稿し大賞になった作品は審査員の一人が「投稿先を間違えてる!」というぐらい、大論争を巻き起こした”BL作品”だったという。(※しかもこのお兄さんの性的指向がそうなのではなく、純粋におもしろい作劇を考えていたらそーなった、のだという)

さて、自分がこの作品を好きなのは、ここから俺命名ジャンルでいうところの「取りつくろいもの」になっていくからだ。三谷幸喜作品的なアレね。つまり、この兄妹は、単純なボタンの掛け違いから起こったこの誤解を、出版社、編集者に説明できず、このままの状態でなんとか、取りつくろうとしようとするみたいです。そこから喜劇的に展開していくヨカン。

さて。
ここから表題の話になっていく・・・ただ躊躇するんだよなあ・・・。この肩の凝らないコメディで、この話題に持っていくのは。ちょっと騒々しい分野だからね。でも、構わず書いていく。

これは「差別」か?

つまり、このように「取りつくろいもの」になる理由というのが・・・社会的偏見、差別主義者の跋扈する今の社会状況がシカラシムルものではないか??という問いです。

こーすることによっておはなしが、前述したような笑える「取りつくろいもの」になっていくのは分かりるのですが、ここで皆さんお待ちかね、「ポリティカル・コレクトネス」の登場でえす。
さて、この女性編集者の態度は”差別”か”偏見”か・・・あるいは?という問いをたててみる。
自分のBL知識というのは、2年前にほぼ頭の中・・・"安楽椅子"で考察を組み立てた

■なぜ「BL」という文化・フィクションが好まれるのか?を徒手空拳でゼロから考えてみる。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110127/p3

からほとんど進歩していない。新知識は「きのう何食べた?」が続いていることと、「げんしけん第二期」が始まったことで補充したぐらいだ。

ただ「げんしけん」第二期の主要キャラの一人のように、「男性だがBL作品が好きで、自分で描くこともあって、だけれどもGLBTだかLGBT(※並べ方はいろいろ)だからではない」という人もいる・・かもしれない。架空の「BL描き男性をヘイトする女性編集者」に、架空の「BL好き男性大学生」を対応させて紹介してもどーなるものでもないんだが(笑)、いちおーいることにして話を進めていきましょう。


ま、とにかく、本人の個人的な、リアルな性的指向がどーこーに関係なく、
(1)創作意欲のたまものとして結果的に「BL漫画」を描く「男性漫画家」がいた、と。
(2)それを知らずに、その男性に「(ああいう)BL漫画を、男性が描いたらドン引きですわー」と編集者が言い放つ。
(3)その結果、(1)の男性は正体を明かす(カミングアウト?)ことができなかった。


この展開・・・「愉快なコメディ」なのか「深刻な社会的差別・偏見を告発するドラマ」なのか?
かの(2)の女性編集者は、恥知らずの差別主義者なのか???
その一方で、こういう感覚が差別だとしたら、下のような感覚もまた問われるかもしれない。


「個人の趣味、好き嫌いの話。だからOK」かも?

ちゃんと自分の過去記事で反論も用意してある親切設計。

■差別でもDisでもなく、純粋に「私は嫌いだ」と言う権利…マドンナのあじさい騒動で考える。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110918/p2
 
■GSPが「自分は”個人の感覚として”女子格闘技はちょっと…」と発言したらこうなった→つまりこの問題。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20121122/p1

編集者は、直接的な、個人の性的指向を嗤った…「のではない」。そーユーBL物語を漫画に描く男性に対して”自分が”ドン引きする、という、個人の感覚、好き嫌いのことをあくまで語っているのだ。
だからセーフ・・・かもしれない。
さて、どーなんですかね。
アウトか?
セーフか?
(一応、ぼくのマジレス的には、編集者の発言もこの好き嫌い表明なので差別にはあらず、論に組みしておきます。異論は認める)
そんな異論のひとつ。上にも引用しているけど

■「放浪息子」をめぐるホモフォビア(同性愛嫌悪)
http://togetter.com/li/92256
個別の発言者の何気ない一言が、言説実践として機能し、差別そのものを再生産することとなる。「単に番組の感想を述べているだけ」とか、「嫌いなことを表明しているだけ」といった意見は、「これは個人の意図を表明しているだけだから、差別はしていない」という信念を表明している。
 
「嫌いなものを嫌いと言ってなにが悪い」という言い方は、自分の意見は単なる感情の表出にすぎない、と言っているわけだが、それが他者の尊厳や人格に絡む発言である以上、その発言は単なる表出ではなく表現として考えられなければならない。こうした発言の道徳性をどう考えるか、という問題なのです

 
♪ あ
ポリティカルゥー コレクトは
こういう具合に 描きやんせ
「アウト?」
「セーフ?」
ヨヨイノヨイ!!


憲法記念日の日に書けたのも、何かの因縁ではあるか。
とにかく、さまざまに考えさせられる問題作でした。