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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

国際関係記事のミニトピックまとめて

上の記事も、要は部屋にたまった新聞記事の切り抜きを処分するために書いているようなものです。
その種の小さなトピック…主に国際面をまとめて紹介します。一部はtwitterと重複

ベルルスコーニ党がまさかの復権でイタリア総選挙「三つ巴」

2013.01.16読売新聞読んでおどろいたイタリア情勢話。 
ベルルスコーニ率いる「自由の国民」が選挙が近づくにつれ着実に支持を伸ばし、与党を追撃。「敵地」ともいえる左派司会者の人気番組に出演し、当意即妙の回答で支持率上昇したと。
イタリアは政党連合を作って選挙に臨む。
支持率は中道左派38%、中道右派(ベルの党派)26%、中道派(モンティ現首相を支える派)

ベルルスコーニ氏は、選挙に勝った場合、自身は首相を目指さない意向を示し中道右派を結集…先週末には左派系司会者のテレビ番組に出演して巧みな受け答えを拾うし、支持率を1.6ポイント伸ばした。
(略)
下院選で中道左派過半数を握る情勢は揺るがないが、州単位であらそう上院選は中道左派過半数割れに追い込まれる可能性が増しつつある。

ベルルスコーニの私邸パーティに、リベラルで知られる米俳優ジョージ・クルーニーも参加してた?

しかし復活の目もあるベルルスコーニの運命は、自身の買春裁判が左右する、との話。で、何より驚いたのがベルルスコーニ私邸で開かれたパーティに参加し、裁判で証人申請された一人がジョージ・クルーニーだったと。(まだ実現は未定) http://www.cinematoday.jp/page/N0031348 
イメージ違う気がするが、本人の弁的には「1回会っただけ。ダルフール紛争解決への支援を依頼するため」だそうだが。まあヤン・ウェンリーもトリューニヒトと握手した…ってさすがに私邸パーティじゃなあ。そこは敢えて清濁併せ呑む、ということなのかどうか。相手は世界的俳優だし、首相のほうから熱心に誘われれば、政府を動かしてほしい、と願う運動家は…これこそ、映画になりそうなドラマだ。いや、本当はそのパーティが楽しくて、喜んで行ったかも知れないけどさ(笑)

イスラエルでは与党が勝利する情勢

イスラエルで与党勝利の勢い。
英左派紙フィナンシャル・タイムズでさえ、批判社説の前段階で「ネタニヤフは現在、こういう成功をしている、だが・・・」という書き方だものなあ。 /
[FT]イスラエル首相は「戦術の天才」にすぎない…』” http://htn.to/CymW4a
敢えて、FT紙がマクラで振った「ネタニヤフの成功」の部分だけ抜いてみよう。

[FT]イスラエル首相は「戦術の天才」にすぎない
 
 今が平時で、これが普通の国であれば、ベンヤミン・ネタニヤフ氏は大物政治家なのだろう。
 
 首相としての在職期間は既にイスラエル史上2番目の長さに及んでいる。来週行われる総選挙でも勝利を収め、政権は通算で3期目に突入する公算が大きい。イスラエルがハイテク国家の代名詞になった経済再生も取り仕切っている。世界経済が混乱に陥っているこの時期にも、イスラエルは力強く成長し続けている。
 
 2000年代の初頭には年平均で100人を超えるイスラエル人が自爆テロで命を落としていたが、第2次ネタニヤフ政権時代(2009〜2012年)には1人の犠牲者も出ていない。イスラエルは大規模な武力衝突も回避している。先日のガザ地区の爆撃は(イスラエルの基準に照らせば)比較的限定された戦いだった。
 
 また、ネタニヤフ氏はかなり巧みな戦術を用いて非常に厳しい国際情勢を乗り切ってきたと言えるだろう。アラブ世界で反乱が生じた時には、パレスチナ人の暴動も触発されるだろうと多くの人が予測した。今のところ、実際にはそうした事態には至っていない。
 
 確かに、イスラエルはシリアやエジプトの状況を固唾をのんで見守っているが、今のところ自国の安全保障に影響は及んでいない。さらに、イランに対する制裁をかつてないほどに強化するよう国際社会に促す際にも、ネタニヤフ氏は主要な役割を果たしてきた。
 
 ネタニヤフ氏は米国の大統領にさえ逆らい、これといった対価を払わずに済んでいるようだ。バラク・オバマ氏が2009年に米大統領に就任した時、占領されたパレスチナの領土への入植をやめるようイスラエルに求めた。しかし、ネタニヤフ政権は入植地の建設を続けた。最終的に折れたのはオバマ氏の方だった。

だが、しかし…と続き、しかも大きな問題を列挙していくのだが、それにしても、批判したい政治家に、まず前振りとしてここまで功績を列挙せざるを得ないところまで持ってきた時点で、われわれは今後の「ネタニヤフ時代」継続を前提にせざるを得ないのかもしれない。


ベルギーとスペインで国王が「独立派」を牽制。政治介入するなと反発も受ける

朝日新聞2013.01.15.より要約。

ベルギー国王が昨年末「ポピュリストが国内の別の地域に経済危機の罪を負わせようとしている」「1930年代のポピュリストの行動を忘れてはならない」と発言。
これの対象と目された、北部独立志向の「新フランドル同盟」は
「国王は一切政治に関わるな!!」


スペイン国王は新年インタビューで「極端な見方を持ったものたちによって分離主義が導かれている」。
バスクカタルーニャから
「選ばれているわけでもない国王に、独立に向けた努力を非難されるいわれは無い」


ちなみに既に2014年に独立の是非を問う住民投票がある英国のスコットランド独立党は党首が「スコットランドが独立しても、英国王にスコットランド国王を兼ねてほしい」と発言、党内外で「いや、それも住民投票だ」との意見が出たとか

うん、ヨーロッパの記事見ると、えっ国王がこんなに政治に関われるの?と思うことあるもんな。
ちょっと関連記事
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110108/p4
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20070405/p4
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20061125#p4
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20051126#p5


フランス、「ビシー政権」の呼称を「ペタン独裁」と改める法案が議会に

あら、日付が切り抜きにない・・・2013年1月の毎日新聞で、企画記事「領土と主権」の第三回だ。あ、原文ネットにあったわ
http://mainichi.jp/select/news/20130104ddm007030093000c.html

領土と主権:第1部・独仏和解の現場から/3 不名誉な歴史背負うビシー
毎日新聞 2013年01月04日 東京朝刊

 ◇「ナチス協力政権」崩壊から69年

 フランス中部ビシー市中心部の公園。脇に建つ白い6階建てのアパートに目を留める人は少ない。「ペタン元帥の執務室は3階。建物の前でみんなで元帥の歌を歌った」。近くに住むクロディ・ドゥバイアンクールさん(83)が、少女だった73年前を思い出す。建物の名は「オテル・デュ・パルク」。第二次世界大戦中、フィリップ・ペタン元帥が率いる通称「ビシー政権」が設置された場所だ。パリなど北部がドイツ占領下にあったフランスで、ドイツに協力しながら南部の「自由地域」を統治した。だがナチスに加担した不名誉な歴史から、市には当時を記録する資料館も記念施設もない。

 昨年10月、ビシーを巡る一本の法案が国民議会(下院)に提出された。起草者は地元選出のジェラール・シャラス下院議員(68)。「ビシー政権」の通称を公的文書で「ペタン独裁」に改めることなどを求める内容。「ビシーのイメージが悪化し、観光産業などが経済的損失を被ることを防ぎたい」と法案の意図を語る。

 クリストフ・ポムレ市議(48)は「ビシー」の名の不公正な使用をインターネットでチェックする。サルコジ前大統領が「ビシーがフランスを辱め、裏切った」と演説したことに抗議したこともある。

 1940年、対独戦に敗れたフランスは、第一次大戦の英雄ペタン元帥に全権を与え、ドイツと休戦条約を結んだ。厭戦(えんせん)ムードから国民に歓迎され「世論調査があれば支持率は90%を超えていたはずだ」と元薬剤師のジョルジュ・フリューリさん(87)は回想する。

 だが戦後、ユダヤ人移送への積極的関与などが明らかになると、「ビシー政権」は厳しい批判の対象となった。仏国立科学研究センターのアンリ・ルソー研究部長(歴史学)は「ユダヤ人迫害に協力したのは『ビシー政権』であり、一般国民ではなかったという物語をフランス人は信じたかった」と解説する。「ビシー政権」の名とともにビシーの町のイメージも悪化した。
(略)

「名称変更の正義学」の一例でもあるな。

国連事務総長はフランスのマリ内戦介入を歓迎している。

【ニューヨーク=長田弘己】武装イスラム過激派が勢力を強めている西アフリカのマリで、フランスが過激派掃討のため軍事介入したことについて、潘基文(バンキムン)国連事務総長は十四日、「(関係国が)マリ政府の要請に素早く応えていることを歓迎する」との声明を出し、評価した。

別の記事では「武装したテロリスト集団」と相手方を呼んだとか。