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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

朝日新聞・若宮啓文主筆が退任

朝日新聞主筆だった若宮啓文氏は65歳となり、1月16日に朝日新聞を退社した。12日、1面にコラムを掲載し、オピニオン欄では1ページすべてをつかって40年の記者歴を振り返った。
1面の主張は、こちらで紹介されている。
 http://blogs.yahoo.co.jp/master3511/40357273.html


上に述べたように、今回の退任は基本的に年齢によるものだ。だが偶然ながら、第一次安倍晋三内閣でもっとも先鋭的に対立した象徴のような存在が、第二次安倍内閣の発足とほぼ同じくして退く…というのは、歴史の皮肉といってもいい。

若宮氏が朝日新聞内で社論をどう導いてきたか、第一次安倍内閣とどう対峙したか…などは

闘う社説 朝日新聞論説委員室 2000日の記録

闘う社説 朝日新聞論説委員室 2000日の記録

という本に詳しい。ただ、安倍内閣との対立などというのは傍流のエピソードで、本人もおそらく一番重要だと考えているのは「有事法制」や「PKOへの積極参加」を容認することに踏み切ったことのようだ。
これは安倍批判などと違って、味方から攻撃される……ときどきゴシップ誌などに載っていたのは、朝日内のもっと急進的な護憲派が「S」氏を中心にして路線闘争…というより権力闘争を若宮派に仕掛けていた、という話だった。
これは本来的には、もう保たなくなった要塞は放棄し、防衛線をひきなおすということで、やらないよりはやったほうがいいんじゃないか…と思うが、そこは長年の読者から怒られまくったという。

私たちは同時に「(※有事法制を)使わぬ道具にするために」という社説も掲げ、有事法制はあくまで万一の備えのためであり、戦争を起こさない努力をとことんすべきことを訴えたのだが、朝日のコア読者の一部や共産党社民党支持者の中からは強い批判も寄せられた(同書248P)

そのへんのご苦労は、お察しするしかない。


第一次安倍政権についてのあれこれも同書に書かれている。
ただ、後知恵で見ると一番の失敗とみえるのは、2007年7月30日、参院選の結果を受けて「自らの進退にけじめをつける必要がある」と退陣を求めた「安倍政治への不信任だ」という社説だったろう。

というのは、やはりこれは制度論…というか政治的慣習論(「憲政の常道」)に関するもので、自民党民主党だ、あるいは安倍晋三だ、菅直人だに関係ない問題として「第二院選挙の勝敗によって、首相は進退を左右されなければならない」という命題には向き合うべきで…このときは良かったのだが、そう、2010年の参院選で菅民主党が敗北したときとの社説の整合性が問われることになった。
そのとき、両方の社説を並べてからかうコピペがあふれた・・・
ああ、これか。

12:名無しさん@13周年[sage]:2012/12/17(月) 11:09:46.00 id:zM4ouba50
社説
2007/7/31の朝日新聞(安倍政権)
首相の続投― 国民はあぜんとしている。
政治は結果責任だ。政治家は進退によって責任を明らかにする。今回、結果に対して潔く責任を負おうとしない指導者に国民は失望するだろう。
政策を展開するために欠かせない国民の信任を、首相はまだ一度も得ていない。
続投するというなら、できるだけ早く衆院の解散・総選挙で有権者の審判を受けるのが筋だ。
 
 
2010/7/12の朝日新聞 (菅政権)
日本では、「第二院」である参院選の敗北により首相が交代させられる事態がしばしば起こってきた。
よほどの惨敗ならやむを得ないとしても、短命政権が相次いだ大きな要因だ。
それは腰を据えた政策の遂行を妨げ、国際社会での存在感を著しく損なってきた。もう卒業すべきだろう。
そもそも参院選は「政権選択選挙」ではない

(笑)。短縮版ではなく、もっと詳しい記事はこちら
http://d.hatena.ne.jp/oguogu/20100712/1278924331
 
ただし、これについては、この本でも説明されていて…一度このブログでも紹介したけど、もう一度引用しよう

全国紙では朝日だけが突出したのである。「さすが安倍憎しの朝日だ」との陰口も聞かれたが、決してそういう次元の話ではなかった。
確かに参院選は本来、政権の選択を問うものではない。(※そういう主張をした)日経の主張は私にもわからないではないかったし、今後そうした論理が定着するのは結構なことかもしれない。だが、この場合に果たしてそれが通用する論理だったかどうか。

として
・負け方が激しい。
・選挙戦で首相自身が「私と小沢さんどちらが首相にふさわしいか」と語った

というのが理由だったとしている。 …ただ、やはりちょっと厳しい弁明だと思う。ちなみに、結局退陣して福田康夫首相に代わったときも「参院で明白にノーといわれたのだから早く解散せよ」と「1月」といういう具体的日時まで指定する社説を朝日は掲げた。これも菅直人野田佳彦の首相交代と比較し、筋が通っていたかどうか。


最後に、12日オピニオン欄での国境問題に関する提言で、非常に惜しかったなあ…という話を。

というのが氏の提言(というには少々あいまいだが)。

だが、こういうのはどうだろう。
・中国は、尖閣諸島が日本の領土であると全面的に認める。
・代わりに日本は、名称を「友情諸島」と改める。

こう提言してほしかった!
……はい、普通の人はわからんが、ドッカンドッカン来てる人もどこかにはいるはず(笑)
分からない人は「友情島」でググれ。
(まあ元の文章でも戦略的価値尖閣は高いから、そうはできないというエクスキューズはついているけど)