【注】2012年の夏休み課題図書で、感想文を書くためにあらすじを知りたい、という人はこの文章のあと、こちらもご覧ください
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120824/p3
いま話題の各種エントリ
漫画「バンビ〜ノ!」のミスに感じた「料理の定義」の難しさ
http://d.hatena.ne.jp/locust0138/20120620/1340199681
漫画「バンビ〜ノ!」のミスに感じた「料理の定義」の難しさ(続)
http://d.hatena.ne.jp/locust0138/20120625/1340625062
【バンビーノミス疑惑】トマトは料理に使わないけど無いけどじゃがいもは使う時期って無かったっけ?
http://d.hatena.ne.jp/fut573/20120625/1340592249
トマトとジャガイモがイタリアで食べられるようになったのはいつ?
http://d.hatena.ne.jp/fut573/20120625/1340592249
どういう話題かというと、最初のエントリから引用すると
小学館の週刊誌「スピリッツ」に「バンビ〜ノ!」という漫画が連載されています。
イタリア料理店を舞台とした若い料理人の成長譚・・・(略)・・・劇中ではトマトの致命的な病気が世界的に大流行してトマト生産が壊滅し、トマトが手に入らなくなってしまいました。イタリア料理でトマトが使えないのは大問題です。しかし、トマトはもともと南米原産で、大航海時代にヨーロッパに導入されるまでは料理に使われていませんでした。そこで、大航海時代以前のイタリア料理を再現することで、「トマトなしのイタリア料理」を作ろう。というのが今回の粗筋・・・
- 作者: せきやてつじ
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2005/03/30
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これは連載時から興味があった。ので画像も保存している。
だが、ここで指摘されたジャガイモ気づかなかったなー。知識自体は俺もあったのになー。くやしいなー。
んで、くやしいついでに、ちょうど今、偶然図書館で借りている
- 作者: 池上俊一
- 出版社/メーカー: 岩波書店
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子供向けのジュニア新書だが、ふつうに平易な文章だというだけで、大人も楽しく読めるし専門性も高そうだ。
3番目のエントリのコメント欄にて小生、この記事に先行して少し書いています。
gryphon 2012/06/25 20:40
偶然、図書館で「パスタでたどるイタリア史」(岩波Jr新書)という本を借り今手元にあるので参考まで。
【じゃがいも】P74、75 「イタリアではジャガイモは、トウモロコシ以上に、長きにわたって不信の目で見られ・・・農民は飢饉の時にも口にしようとしません・・・食用として受け入れられたのは18世紀・・・1840年代(※19世紀)に初めて大規模に普及・・・
【トマト】(P70、71)「17世紀に栽培が始まり・・・なぜか16〜17世紀の料理人はこれを避け・・・」(84、85P)「17世紀の末のことでした。ナポリのアントニオ・ラティーニのレシピ・・・大成功…18世紀後半にはパスタとトマトがしっかり結びつき・・・19世紀初頭には、行商人がトマトソースを売って歩き・・・1839年のレシピが・・・トマトソースとパスタの結びつきを示す文献上の最初の証拠・・・消費量はうなぎのぼり・・・」
との記述がありました。抜粋要約で恐縮ですが参考までに。
なぜにこんなにヘタリア、いやイタリアにてトマトが受け入れられたのかは判らないが、口にあったのだろう、としか言いようが無いか。
そして、この本についてもう少し続けます。トマトを含むソースについて、あるいはパスタそのものについて。
そもそも「麺」って不思議な料理…かな??
現在、その事実は無いとされているが、限られた趣味の人の中で広まった笑い話がある。
「第二次世界大戦でロンメル軍と英軍が『サハラの死闘』を展開しているとき、イタリア軍が、『当方水不足、救援を乞う』とドイツ軍に要請。ドイツ軍が苦労して水を運ぶと、現地ではイタリア軍がパスタを茹でていた・・・」
まあたいがいだが、イタリア人はことほど左様にパスタ好き。
しかし!
なんでまた、粉を練って、伸ばして、細く切って、茹でるようにしたんだろうね?絹の国(セリカ)から、ドラゴンロードを、海王が往復するときについでに伝えたんでしょうか?? なんか作品世界がごっちゃになったが、パスタ中国紀元説、ってありますよね。
その前にパスタの定義を、同書から引用する。
この本では、パスタについて、ごく簡単に「穀物の粉を水で捏ねて成形し、それを茹でたり蒸してから食べる弾力のある粘着性の食材」と定義することにしましょう
定義とかいうと急にややこしくなったな。
ちなみに調理法もパスタは三つに分かれ
パスタ・シュッタ…茹でて水切りし、用意してたソースとあえる。普通のやつ。
パスタ・イン・ブロード…スープパスタ。
パスタ・アル・フォルノ・・・茹でたパスタを水切りし、ソースで味付けしてオーブンで焼く
みたいなルーチャリブレの技みたいな名前がついている。
生パスタは軟質小麦。乾燥パスタはデュラム(硬質小麦)で、卵を使わない。
ジャガイモでつくる「ニョッキ」もある。
さてむかし。
ぼくはこの種の「たべものの起源や歴史」本は以前から好きでいろいろ読んでいたのだが、たしか原始時代の食を書いたものだったかな?
そこにはこういう趣旨の話があった。
なぜパンが出来たのか。米の籾は、ちょっと圧をくわえると綺麗にむけて実が残るから「ご飯」がつくれる。しかし麦のもみはそれより堅いから、思いっきり潰して粉にしないと効率的に籾殻が取れない。だからその粉をパンにするようになったのである
ただ、「粉」が「パン」になるのだって必然というわけでもないみたいで・・・パンの誕生はエジプト文明を待つことになった。
そしてギリシア文明から、ローマへ・・・
「拳闘士セスタス」11巻でローマの日常の食事を語る回があったのだが、そこでは「ローマ人は他の民族から『粥すすり』と言われるくらい、粥が一般的だった」という。
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そうなんだよな。粥にすればひと手間もふた手間もいらない・・・でも、なぜ粥の伝統は廃れた?のかな。「さすがにずっと食ってると飽きる」ということだろうか?
あと、パンは「軍事的に優れている」ということもあったでしょうな。
これは「風雲児たち」で傑物・江川太郎左衛門がパンについて語るシーンを知っていれば理解が早い。軽く、腐りにくく、炊く手間がいらない。
んで、ローマはパン製造を特許制の組合に担わせたという初代皇帝アウグストスの時代に、既に329の製パン所があったとか。
こうもパンが隆盛になれば、麺の出る余地は・・・・・・それでもやっぱりあるのである(笑)ラザーニャ、揚げたパスタなどはすでに古代ローマにあった。
・・・ただ!「茹でる」「スープで煮る」という、”水との結合”はまだ考えられなかった。肉を重んじ、農民の作物は麦も含めすべて「女々しい」と見なしたゲルマンの支配時、パスタの進歩も止まったが、ルネサンスによってパスタもまた復活する。この時は既に「スープで煮る」ものに進化していたという。
ん?内容を抜き出すと気づくけど、ところどころあまり腑に落ちない省略が多いな(笑)。だれがいつ、そうやってパスタを進化させたんだよう。
「トマト以前」のむかしのパスタは、チーズたっぷりで味付けしていた。
味付けと栄養を考えて、チーズを振り掛けるという習慣はかなり早くから広まりました。(略)トマトが普及する以前は、かならずたくさんのチーズをふりかけ、ときに胡椒その他の香辛料・・・
チーズはパルミジャーノやロディジャーノ。南イタリアでは羊の乳のチーズ「ペコリー」も有名。
ああ、こんどのお昼はパスタを茹でて、チーズだけで味付けして食べてみようかな・・・
むかしは「アルデンテ」は評価されなかった。
いまでも南から北に進むにつれ、パスタは徐々に柔らかくなるそうな。かつてのシチリアの料理書には、マカロニを「2時間ゆでろ」と。どこのぶた角煮だよ(笑)。
17世紀―18世紀ごろにアルデンテという概念が広がっていたらしい。これはイタリアの国家統一とも関係しているとか。
統一の象徴としてのトマトスパゲッティ?
イタリアが統一されたのは1861年。明治維新1868年。大差ないといえるし、江戸時代の日本のほうが統一性は高いから、あちらのほうがにわかづくりのナショナリズムが必要だったともいえる。
イタリア料理の父とも言える、アルトゥージという料理家がトマトソースをパスタのソース用に使うことを認めたという。際もの的なイメージもあったじゃがいものニョッキに市民権を与えたのも彼。
同書では、こう評す。
トマトとジャガイモ、この二つの素材は、特定の「地方」に結びつかない外来物だからこそ、普遍的な「イタリア料理」のシンボル的役割を果たしたともいえるでしょう・・・<<
新興統一国家イタリアでは、何らかの伝統や歴史を持つものであると、逆にある地方の色が濃くなってしまう。だから外来のものを統一のシンボルとして選ぶ・・・どこかで聞いたな。あ、これだ。
http://trust-me-swan.cocolog-nifty.com/swan/2005/12/post_8f53.html
ロイターによると、
[モスタル(ボスニア・ヘルツェゴビナ) 2005年12月26日 ロイター] ボスニア・ヘルツェゴビナ南部の町モスタルでカンフー映画の伝説的ヒーローである故ブリース・リーの彫像が完成、26日除幕式が行われた。
内戦終結後もイスラム教徒とクロアチア人の対立が依然として続いているモスタルだが、ブリース・リーはどの民族にも人気が高いという。
ブリース・リーの彫像は、世界でも初めて。彫像は等身大(1.68メートル)、内戦の前線だった場所にほど近い公園内に立てられた。
像建立を推進した団体のメンバーは、「ブルース・リーがわれわれを団結させるというわけではない。人はみな違うし、団結させることはできない。われわれはいつでも、イスラム教徒、セルビア人、クロアチア人だ。だが、みなが共通に持っているものが、ブリース・リーだ」と指摘。ブリース・リーは正義、卓越、正直さ、徳を体現している、と話した。
明治維新後の「【日本】の創作」も例は数多いだろうね。
「パスタはイタリアの遅れの象徴」という批判もあった。
イタリアの前衛芸術運動「未来派」
われわれ未来派は、まず自由な言葉と同時様式の文体で世界文学を敏捷化し・・・(略)…イタリア人にパスタはよくない。・・・活気ある精神や情熱的で寛容で直感的な気質を妨げる・・・彼らは、ずっとパスタを食べ続けるうちに、しばしば自身の熱狂を断ち切ってしまうような、皮肉な典型的懐疑主義者になってしまう。・・・無気力や悲観主義、階級に浸った無為・・・いつ解けるとも知れぬパスタの呪縛・・・パスタを擁護するものは終身刑の罪人や考古学者のように、その胃の中に重いパスタで出来た足枷の鉄球あるいは遺物を盛っている・・・
な、なんだってーー!
てか。パスタを食べると活気、情熱、直感的気質を妨げるのなら・・・妨げてアレかよ、イタリア人!!(※ステロタイプな偏見です)
とまあ、そんなこんなでした。「なぜ、麺という食べ方ができたか?」の謎はまだとけず、探偵ナイトスクープの北野誠なみの中途半端な調査になってしまいましたが、考えてみれば本当にドラゴンロードを東に進まなければならなくなるのでおしまい。
そういえば「そばもん」にも、引退したイタリア料理人が「そばはシンプルすぎて単純な料理だ!」と馬鹿にし、主人公がそれに反撃する回があったのう。何巻だっけ。
3巻だった。
そばもん ニッポン蕎麦行脚 3 新そばの季節 (ビッグコミックス)
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