INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

ちょっと前の編集手帳 信長肖像画の話題から。(読売新聞)

このエントリ、だいぶさぼっちゃったなあ。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/
今までのも多少とってあるから、そこから抜き出しもしたいけど、この前爆笑したやつを紹介させてくれい。

 天守閣」でなく「天主閣」と書くのは織田信長の築いた安土城だけだという。いわれは諸説あるらしいが、その人が天主(神)のそばにいるかのようで、天才肌といわれた革命児の生涯にきらびやかな光を添えている◆〈織田がつき、羽柴がこねし天下餅…〉の落首にあるように、信長が本能寺の変で没したのち、天下統一の事業を引き継いだのは豊臣(羽柴)秀吉である◆秀吉が修正を命じた可能性があるという。京都・大徳寺所蔵の「織田信長像」は当初の絵を大幅に描き直したものであることが京都国立博物館の調査で分かった◆信長像は狩野永徳の筆と伝わる作品で、信長が没して2年後に表装されている。伝わる絵の裏側から見つかった当初の絵は衣装がずっと華やかで、脇に差す刀も1本多かった。より地味に描き直したことになる。天下取りの前任者が派手できらびやかだと、後任者の心理としてはあまり愉快でなかったか――あれこれ想像してみるのも楽しい◆かつては同じ的を狙って戦場を共に駆けた間柄でも、前任者と現職の仲は常に微妙である。「ペテン師」と呼び、呼ばれることさえある。
(2011年6月7日01時17分 読売新聞)

コラムの話題の元ネタ
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20110606-OYT1T00700.htm

京都・大徳寺所蔵の「織田信長像」(16世紀、掛け軸)は、当初の絵を大幅に描き直したものだったことが、京都国立博物館の調査でわかった。

 安土桃山時代を代表する絵師・狩野永徳の筆と伝わる作品。絵の裏側に残る最初の絵は、衣装はより華やかで脇に差す刀も1本多かった。

 信長没後、権力を握った豊臣秀吉が描き直しを命じた可能性がある。派手好みの信長をなぜ地味にイメージチェンジしたのか、議論を呼びそうだ。

 同像は縦115センチ、横52センチで、絹地に顔料で描いた「絹本著色(けんぽんちゃくしょく)」の作品。絹本著色の絵は、裏にも表と同じ色づけをするのが特徴。2008年からの修復で、表裏を比べたところ、両腕とも薄藍色の小袖を着た表面に対し、裏面は右腕が萌葱(もえぎ)色、左腕が薄茶色と派手な色遣いだった。小袖の桐紋(きりもん)も裏面の方がより大きく描かれていた。